第11話 オルトレオーネ子爵家 ~前編~
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「あとは、オルトレオーネ子爵家だけだな」
部屋に戻り、カロスタークはぽつりと呟いた。
モンモラシー男爵家はすでに傘下にある。 セザールの兄までもが、領地から駆けつけて土下座し、恭順を申し入れてきた。
残るは、シャルルの背後にいる“本物の貴族”たち―― その中でも、最も厄介なのはシャルルの実母だった。
「そろそろ、始まっているかな?」
慌てているだろうオルトレオーネ子爵家のことを思い、カロスタークは意地の悪い笑みを浮かべた。
それは一通の封書から始まった。
封を開けたのは勤続50年の執事長だ。
「こ、これは!」
内容に目を走らせた執事長は慌てつつも走りはせず、ゆっくりと歩きだす。
長年の習慣が、走ることを許さなかったからだ。
「奥様、これをご覧ください」
開封された封書は、正妻である子爵夫人へと届けられた
「どうしたというの?」
盤石な立場を得て、子爵夫人としての経験も豊富な正妻は笑みすら浮かべて封書を受け取った。
いまさら、慌てるようなことは起きない、と。
サイドテーブルにのせていた眼鏡をとって掛け、読み始める。
「は? 慰謝料請求?」
封書には『貴族院』の印が押してあり、数枚の書類が入っていた。
その一枚目、はっきりと書かれていたのが『慰謝料請求』の文字だ。
差出人は封書の印でもわかるように『貴族院』。
慰謝料を請求しているのは二者。
ひとつは、『婚約者を奪われた』と主張する商家の子息。
もう一つは、『娘を誑かされた』とする男爵家。
どちらも、子爵家の末息子シャルルを相手に請求する旨が記されている。
「ま、待ちなさい。第三夫人からは、すでに破綻している相手との婚約だと聞いていますよ?」
低位とはいえ貴族の男爵家と、商家の息子。
『婚約してみたもののうまくいかず事実上破綻していた』。
そう聞いたから、「好きになさい」と答えたのだ。
慰謝料請求が通るためには条件がある。
婚約が平穏に締結されている状態で、これを破綻させたような場合でなければならないのだ。
何もしなければ、そのまま続けられていたはずの『婚約』を『故意』により壊すことが要件となっていたはずである。
貴族社会において、自分と関りのある貴族の『婚約』関係は頭に入っていて当然。
過失などありえないので、壊せば『故意』だったと断定されることになる。
「その下の書類をご覧くださいませ。どうやら、セザール様が一方的に『破綻していると申告』していたらしゅうございます」
書類によれば、シャルルの相手が『婚約破棄』を突きつける直前まで、婚約者は婚約の継続を疑いもせずにいたとある。
事実、その場に居合わせた数人の学生が証言したことによれば、エスコートしようと手を差し伸べた手を振り払われたという。
さらに、その証言者は『婚約破棄』の直後、シャルルが言った言葉をも証言していた。
曰く、「こんな素敵な女性が、君と婚約しているなんて我慢ならなくてね。声をかけたのだ。聞けば親同士が決めた婚約で、彼女の本意ではないというではないか。悪いが、引いてくれたまえ」と発言していたと。
それが示す意味は——。
『婚約者』がいると知り、また、その相手が不同意であると知りながら声をかけた。
『婚約中』の相手と話もしないまま、『一方的に』婚約破棄をした。
——ということになる。
親同士が決めた婚約という点は、まったく理由にならない。
貴族家における結婚とはそういうものだからだ。
また、貴族家では『婚約』は『婚姻』と同等の意味を持つ。
『婚約』すれば『結婚』は規定だからだ。
厳密な契約行為なので、途中での破棄というのはまず起きえないことなのである。
男爵家からはさらに、『婚約破棄』の二日前にも二人がお茶会を楽しく開いていたとの証言が出ていた。
子爵家の三男が余計なことをしなければ、平穏な『婚約関係』が続いていたであろうと。
これらを踏まえての『慰謝料請求』であると、『貴族院』からの添え状付き。
正妻の手がワナワナと震えてくる。
『貴族院』が相手方の言い分を受入れているということだからだ。
慰謝料の支払いは免れ得ない。
「すぐに、相手方との交渉に入りなさい。金額などはどうでもよい。なによりも速やかな解決を!」
子爵家が『慰謝料請求』を受ける。
こんな恥辱はない!
「心得ました」
一礼して、執事が出ていく。
「オルトレオーネ子爵家に泥を塗って、どういうつもりなの?! 三番目は!」
扉が閉まった途端、正妻の怒りが爆発した。
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