32 愛してる
メリッサがサリオンに寄り添うと宣言してから一週間が経った。その後、サリオンはおかしな行動をとることもなく、メリッサもアリシアによく懐いている。今までとは違う、本当に心を許しあえた姉妹のような関係だ。
「どうやら本当に解決できたようだ」
「そうみたいだな。まさかメリッサがサリオンにあんな風に歩み寄るとは思いもしなかったが、おかげでサリオンは大人しくメリッサと友達になったみたいだし」
フレデリックとフレンの会話を聞きながら、アリシアはぼうっとフレンを見つめている。
(平穏な日々が訪れて、毎日が幸せで満ちているけれど、それはもうすぐフレン様がこの時代からいなくなるということなのよね)
ふと、フレンがアリシアを見て微笑み、その微笑みを見てアリシアは思わず顔を赤らめて目線を逸らす。
「本当に解決したなら、俺はそろそろ本来の時代に戻らないとだ」
フレンの言葉に、アリシアはハッとして顔を上げる。
「明日、戻ろうと思うよ」
「そんな急にですか!?」
「明日って……流石にいきなりすぎるんじゃないのか」
アリシアもフレデリックも驚いてフレンに詰め寄るが、フレンは眉を下げて寂しげに微笑んだ。
「先延ばしにしてもいつかは戻らなきゃいけないんだ、だったら早いほうがいいだろう。それに、怖気付く前に帰りたい」
「フレン……」
未来に戻ったとして、本当にフレンが無事でいられるかどうかはわからない。問題を解決しない限りは未来へ戻ったところで即死と言われている。フレンたちは問題を解決した、とは思っているが、それが合っているかどうかはわからないのだ。
「なあ、フレデリック。最後にアリシアと二人きりで話をさせてくれないか?」
フレンがフレデリックをじっと見つめて尋ねると、フレデリックは顔を顰めて無言になった。じっと床を見つめ、黙り込んでいる。
(フレデリック様……私も、できればフレン様とお話がしたいけれど)
アリシアがそっとフレデリックを見つめると、フレデリックがアリシアへ視線を移す。そして、少し寂しそうな顔をすると、フレンへ視線を戻した。
「……わかった。最後に一度だけ、アリシアと二人きりになるのを許そう」
「いいのか?本当に?」
「なんだよ、嬉しくないのか」
「いや、嬉しいけど」
ダメだと言われると思っていたフレンは驚いているが、フレデリックはそんなフレンを呆れた顔で見つめた。
「これで本当に最後になるかもしれない、だったら、最後くらいいいだろ。それに、あんたは俺なんだし。あ、でも変なことはするなよ」
そう言って、フレデリックはドアを開けて部屋を出ようとする。出る寸前、アリシアを見るとアリシアもフレデリックを見つめ、静かに微笑んだ。それを見たフレデリックは、頷いて部屋を出た。
部屋にはアリシアとフレン二人きりになった。部屋の中を静寂が包み込む。
(どうしましょう、何か話したいのに、何を話せばいいのかわからない)
きっと、もう二度と会えない。わかっているのに、どう声を掛ければいいのかわからず、アリシアは戸惑う。
「アリシア」
突然、フレンがアリシアの名前を呼んだ。アリシアがフレンを見ると、フレンはアリシアに優しく微笑んでいた。
(フレン様)
胸がズキンと痛む。もう会えないことが、こんなにも辛いだなんてアリシアは思いもしなかった。
「アリシア、今までありがとう。突然現れた俺を信じて、こうして側にいさせてくれてありがとう。まあ、途中でフレデリックに怒られてちょっと離された時もあったけどな」
フッと微笑むフレンの顔は、とても優しいのに寂しげだ。
「死ぬ前に一目会いたいと願ったのがこんなに若いアリシアだとは思わなかったけど、でも会えて本当によかった」
そう言って、フレンはアリシアの頬に手を伸ばす、だが、触れずに手前で止まる。
「私も、フレン様に会えてよかったです。始めは驚きましたけど、フレン様とフレデリック様と過ごす日々は本当に目まぐるしくて、でも愛おしくて……あ、れ?」
アリシアの両目から、ポロポロと涙が落ちる。
「すみません、泣くつもりはなかったんです。でも、どうして、涙が、止まらな……」
フワッとアリシアの体を温かさが包み込む。気がづくと、アリシアはフレンに抱きしめられていた。
「アリシア、愛してる」
フレンのその一言で、アリシアの涙腺は決壊した。自分でもなぜだかわからないくらいに、涙が次から次へと流れ落ちてしまうのだ。
(わ、たし、どうしてこんなに、悲しいの?フレン様と、離れるのが、こんなに辛いなんて)
フレンの温もりが、匂いが、アリシアをより一層悲しみへ突き動かす。心の奥底から、フレンを失いたくないという思いが湧き出て涙が止まらない。
「フレン様、お願い、どうか、死なない、で」
フレンの腕の中で、アリシアは精一杯言葉を紡ぐ。その言葉を聞いて、フレンのアリシアを抱きしめる力がより一層強くなった。
「アリシア、きっと大丈夫だ。絶対なんてわからないけど、でも、きっと大丈夫だ。俺は未来に帰って、未来のアリシアとちゃんと会う。そして、同じように愛してるって伝えるから。だから、心配するな」
そう言ってフレンはアリシアから体を離し、アリシアの顔を覗き込んだ。アリシアの目にはまだ涙がいっぱい浮かんで光に当たり、キラキラと輝いている。フレンはアリシアの前髪にそっと優しく口付けた。
「本当は唇にキスしたいんだが、それは俺じゃなくてフレデリックがすることだ。アリシア、フレデリックと、俺と幸せになってくれ。俺は未来に帰って、またアリシアを愛する。ずっとずっと、いつだって俺はアリシアを愛してる」
そう言って優しく微笑むフレンを見て、アリシアはまた両目から涙をポロポロとこぼした。そして、アリシアは背伸びをしてフレンの頬に唇を当てた。
「……アリシア?」
「フレン様の唇にキスするのは、私ではなくて未来の私。でも、これくらは許されるかと思って」
涙を浮かべながらフワッと微笑むアリシアを見て、フレンの心臓は締め付けられる。
「私、これからフレデリック様と愛を育めるように頑張ります。頑張ることではないのかもしれませんが……フレデリック様のことを思うと、胸がドキドキして、もっとフレデリック様のことを知りたいと、そう思うようになっているんです。だから、フレン様もどうか、未来でまた私とたくさん愛を深めていってくださいね」
アリシアの言葉に、フレンは思わずまた力強くアリシアを抱きしめる。
「ああ、もちろんだ。愛してる、アリシア」




