ゾゾ長老の贈り物
パスカル村のはずれにある暗い森、ダヨダヨ川のほど近くにゾゾ長老の館が建っている。
ゾゾ長老の館といえば、パスカル村の子供はもちろん、大人達でさえ近寄るのをはばかる場所だった。
森の木がぐねぐねとねじ曲がり、晴れた日中でもやけに薄暗い。魔獣など出るはずもないのに、すぐそこのダヨダヨ川を挟んで見える死の森を連想してしまう薄気味悪さ。
何より、天才というより鬼才というべきゾゾ長老自身が、偏屈かつ威厳がありあまり、村長であるエタンですら気を遣う相手。エタンの妻であるパンセナの祖母でもある。
ゾゾ長老自身は、長老として頼られれば姿を現すが、日頃から館にこもって魔法の研究を続けている。
触らぬ神に祟りなし。近づかないほうがいいとなるほうが、自然だ。
僕にとっても怖い、畏敬の存在だ。でも、同じくらい大好きな存在でもある。
いつも世間に流されず、やるべきことを示してくれる。厳しいけれど、信頼しているし、尊敬している。
ゾゾ長老の館は、とんがり屋根で見るからに魔女の家だ。庭に動物の頭蓋骨が並んでいるのは、趣味が悪すぎる。
「わっ!!な、なんだ。コウモリか。。。びびったぁ」
夕方に来たのもあって、ネズミが走り、コウモリが飛び回る。ホラーな雰囲気抜群だ。
歪んだ形のドアノブに手をかけて、ギィギィと軋む玄関の扉を開けると、中は明るかった。
「ゾゾ長老、ピッケル、来たよ」
部屋も温かいし、人の気配があるのに返事がない。
魔法書が運び出されたゾゾ長老の館は、ガランとして寂しい感じだ。
もちろんここには、もうアシュリもカリンもいない。同じ場所なのに、全く違う場所。覚悟はしていたけど、切なさが溢れ出てくる。
かまどに火がついて、得体の知れない紫色の液体がグツグツと煮詰められている。
これは、毒でしょう!間違いなく。
僕の本能がそう言っている。
立ち入り禁止と書かれた扉の奥からゾゾ長老の声が聞こえる。
「ヒッヒッヒ!これで成功じゃ!ウヒッヒッヒー!!これで逆らうものなど焼き尽くしてくれるわ!
ヒャーーッハッハッハー!!!ゲホッゲホッゲホッ!
カッカッカ!」
やばい。
狂気の魔法使いだ。怖すぎる。
ふと見ると、床に箒や水を張ったバケツに雑巾がかかっている。
これで掃除をしておけということなのかな。
僕は、怪しすぎる鍋に埃が入らないように蓋をして、掃除を始めた。
3年間、誰もいなかったにしては、はたきを使っても埃が舞わない。
そう言えば、プルーンがたまに様子を見に行っていたんだったな。
プルーンがやってくれるから、タイトス観測所では掃除なんか自分の部屋を少しするくらいだ。
でも、元の世界では、ぜんぶ自分でやっていた。慣れない部屋で戸惑うけど、掃除は楽しい。
箒が終わったら、仕上げに雑巾を固く絞って、木板の床を水拭きする。
キュッキュッ!
ひとしきり掃除をすると、床がピカピカに光って気持ちがいい。
大量の魔法書、雑然とした収集物や骨格標本が無くなったゾゾ長老の館は、掃除がしやすい。
それにしても、こんなに床が広かったなんて。
しばらくすると、ゾゾ長老がこっちの部屋にやってきた。
「おぉ。ピッケルか。良いところにきた。掃除もご苦労様。床がピカピカになって気分がいいわい。ありがとう。
そこに座りなさい」
ゾゾ長老が、煮詰められていた紫色の液体を、お茶を注ぐくらい当たり前な感じでティーカップに注いで、流れるように軽やかにトンッと僕の目の前に置いた。
「まぁ、まずお茶でも飲みな」
キターー!これ飲むの?無理無理!お茶なの?本当に?
まず、生理的に嫌ぁな匂いなの!なんかの試練なの?
そんな僕を横目に、目の前でズビビビビっとゾゾ長老が美味しそうに茶を飲んで、クビグビッ!プハーッと味わっている。
「ほれ、遠慮なんかいらん。うまいぞ」
本当に?美味しいの?信じていいの?エタンが自分を信じろって言ってたよ。いきなり難関だ。
いや、飲もう!きっと美味しいはずだ!滝のような汗をかいて、プルプル震えながら、ちびっと舐めるくらい飲む。
「★$2%#*」
あ、死ねる。これ女神様が来るやつだ。まずいっていうか、痺れるの、身体が。ウヒヒヒッ!
あれ?楽しい。なんで?楽しいの?
気がつくと僕もゾゾ長老みたいに笑っていた。
「ヒッヒッヒー!」
大丈夫?変なの飲まされてなぁい??
ゾゾ長老もノリノリだ。
「そうじゃ、人生楽しんだもん勝ちじゃ!ヒッヒッヒー!
ところで、お前の魔法のグレードを計ってやろう。
この魔法陣が書かれた石板に手を当て魔力を感じるんじゃ」
「う、うん」
石板に手を置いて、魔法を使うときのように魔力を感じると、魔法陣の文字や記号が怪しく紫に光を放った。
「ふむ。いいぞ。C5じゃ。5というか、それ以上かもしれんな。スピードは、まだ若いからな。鍛錬が必要じゃ。
魔力の耐久値が素晴らしいな。天晴れじゃ。驚いたわい」
キキリの間引いた小さな葉で、気を失ってしまった初日が懐かしい。あれから地道に魔力の耐久値を上げてきてよかった。
「あと、僕、無詠唱で魔法が出せるようになったんだ」
「ほう。それまた凄いな。偉いぞ。一度見せたくらいじゃ、フラザードにもできんかった」
おぉ。褒められた。ゾゾ長老に褒められると、すごく嬉しい。しかも、あの天才フラザードにもできなかった!?
「ま、今やみんなできるがな。わしはもう、無言でイメージだけで出せるぞ。ヒッヒッヒ!
ピッケル、お前の手を見せてみろ」
あまり見せたい手ではない。毎日クワを振って、畑仕事をしたせいでゴツゴツして、荒れた手。手の平も幾度となくマメが潰れて硬いタコになっている。
ゾゾ長老が僕の手に触れながら、何度もうなずいている。
「醜い農夫の手じゃの。
毎日毎日、クワで畑を耕した手じゃ。
わしには、分かる。
お前は、毎日鍛錬を重ねた。13歳でこんな手になるほどに。そして、これからも続けるといい。
この手を誇りに生きよ、ピッケル。
どんな試練があろうと、
必ずこの手がお前を助けるじゃろう」
僕も改めて手を見る。そうだ、僕はずっと地道に積み上げてきたんだ。
この手を誇りにしていこう。
「うん。これからも鍛錬を続ける。
そうだ、ゾゾ長老に渡したいものが。これ、ポッコロ様人形!ど、どうぞ」
僕は、ゾゾ長老の顔に似せて作った、緑のフサフサのポッコロ様人形を手渡す。
「おお。これがポッコロ様か。ありがとう。大切にするよ。面白い顔じゃな。
ふむ。よし、わしもお前に渡すものがある。これじゃ」
テーブルの上に出されたのは、不気味な杖と、草で編んだブーツや腕輪、複雑な紋章が書かれた木の札だ。
なんだろう。ハンドメイドというよりは、魔道具といったほうがいいような存在感や説得力がある。
「まずこれは、魔力の通りの良いガランの木に鉄の金具をつけた杖じゃ。見ろ、金具に炎犬の骨をはめてある。貴重な品じゃ。研究所の倉庫から、こっそり炎犬の骨をかっぱらってきて、魔道具屋ドワラゴンに作らせた」
ダメじゃん。泥棒だよ!炎犬の骨って、人類はまだ一体しか持ってないんだよ?
「え?大丈夫?炎犬の骨って、貴重なものじゃないの?」
「今はな。国家機密にして国宝じゃ」
「え?!!見つかったら重罪じゃないの!?」
「なあに、そのうち炎犬の骨なんぞ、珍しくもなんともなくなるわい。人類は、水魔法を手に入れたのじゃから。炎犬なんて雑魚じゃわい。
炎犬の骨を挟んで試してみたら、毎日1回、ファイガス級の火球が出せる優れものじゃ。1日経つとまた使える。
杖に魔力を込めると、火がつくから、その火を増やすイメージで詠唱するのじゃ。ヒッヒッヒ!
ファイポにすれば灯りにもなるじゃろう」
おぉ!それはすごい。待ってました、チート魔道具!
「あと、おまえが9歳の時、死の森が生還した時の草舟を覚えているか?」
「う、うん」
「あの草舟の草で作った、靴と腕輪じゃ。さすが、精霊がこさえたものは素材が異次元じゃ。
この腕輪も草木の魔法を出せる。
草木と風の精霊ポッコロ様の加護じゃな。
靴は、素早く走れる。旅装にするといい。
わしのこの杖も、炎犬の骨をはめ込み、ポッコロ様の草舟を編み込んでおる」
草木の魔法は、1番得意な魔法だ。これは地味だけど、ありがたい。地味だけど。
「ついでに、これも教えてやろう。新たに発見した草木の魔法じゃ。古文書にはあったが、誰も成功していなかった。おそらく、キキリでは魔力が不足していたのじゃろう。アシュリが見つけてわしに教えてくれたんじゃ。
最初じゃから、詠唱つきで見せる。一度で覚えろよ。行くぞ!
原初の果実よ、恵みを与えたまえ。ポムルス!」
ゾゾ長老が新しい草木の魔法を唱えると、目の前に小さな木の芽が生えて、すぐに腰くらいの高さまで伸びて、金色に輝く小さなリンゴに似た果実が実った。
「これを食べ続けていると、死ぬ気がせん。お前も食べてみろ」
これは美味そうだ。形もリンゴだし。シャリっと一口ほうばる。
「ぬぉぉーーーー!!!!」
酸っぱい!舌から全身を貫く刺激!
「かっかっか!酸っぱいじゃろう。じゃが、日持ちもするし、腹持ちもいいし、元気になるぞ。状態異常も治してくれる。草舟の腕輪をつけていれば、1日につき1回、お前にもできるじゃろう」
酸っぱいことを、さきに言ってくれ。だけど、確かに身体が内側からポカポカしてくる。それにゾゾ長老が元気な理由もわかる気がする。
「最後にこの木の札は、ゾゾ派のネットワークの身分証じゃ。ゾゾ家の家紋が魔法で刻まれておる。これを持っていれば各地にいるゾゾ派の魔法使いが助けてくれるじゃろう」
「ありがとう。ゾゾ長老。こんなに心強いことはないよ」
「ピッケル、各地でゾゾ派の力を借りながらピッケル保護派を増やすのじゃ。
そして、統一国家を作るのじゃ!!
ピッケル、王となれ!そのための贈り物じゃ」
え?何それ?そんな野望ないよ。ただ平和に普通の毎日を望んでいるだけなの。
ただ。生き残りたい、それだけ。でも、そのためには、強くならないと。あれ?僕は、どうなりたいんだっけ?




