33 VSガーファルド家②
ゴルドーは当惑していた。
依頼失敗の責任から逃れ、家を出たルナの痕跡を追って来た王国に、なぜあの無能がいる。
ルナが祖父からこの場所のことを聞いたと知らず、ゴルドーは思った。
裏切るのか、と。
先代の言で仕事を止めた我が一族から、娘は去ろうとしている。
「不利益を被らせておいて……自分だけ良ければそれでいいとは、いつからこんなクズに成り下がってしまったッ?」
ルナは騎士になっていたテオルと親善試合を行うという。
なぜあの逃げ癖のついた怠惰な男が騎士になれたのかは分からないが、どうせ小汚い手でも使ったのだろう。
そうか、ルナは特別な試験として試合を行うのではないか。
娘も騎士になろうとしているのだ。
そして、ガーファルド家を壊滅させようと。
「許せん……! どいつもこいつも俺にだけ損させやがって。誰も信じられたものではないなッ!」
自己を正当化し、ゴルドーは競技場内の陰から試合を見ていた。
「──!?」
しかし、試合が始まると突然、テオルの魔力が爆発的に強くなる。
ルナの攻撃を華麗な身のこなしで躱していく。
目を疑った。
今は亡き兄の姿。
いつも先を行き、幼い頃から自分が代替品としての劣等感を植え付けられる原因となった存在。
その影がテオルに重なって見えた。
「あいつ、あの力があるのなら何故働かなかった……ッ! 何もせず逃げ出してばかりで、俺を陥れたかったとでも言うのかッ?」
あの目だ。
兄にそっくりな深さを感じる瞳が気に入らなかった。
失敗したにも関わらず逃げ出したルナと、真剣に当主に仕えなかったテオル。
ゴルドーは本気で始末しようと思った。
周囲には数人手練れがいるようだが、逃走は容易。
全ての人間が最も気が抜ける場面で、大胆不敵に剣を振るう。
テオルが勝利した瞬間、ゴルドーは気配を消し接近した。
歓声が上がる中、二人の背後を取る。
(もらったッ。これは正当な制裁だ──!)
そのとき、真っ直ぐと向けられた瞳に体が止まった。
吸い込まれそうになる、ゴルドーが最も嫌いな瞳。
「テオ──」
その人物の名を口にしようとして、ゴルドーは理解したのだった。
テオルに、看破されたと。
◆◆◆
俺が声をかけると、ゴルドーがビクッと震えたのがわかった。
怯えたような目でこちらを見ている。
「な、なぜ……だ」
「その前に、手に持ってる剣はどういうつもりだ?」
「──っ」
ルナに向けられた剣先。
俺に対しても感じる殺意は見逃せない。
遅れてゴルドーに気がついたルナが事態を理解する。
「お、お父様……何を……」
「黙れ! お前はもう俺の娘ではないッ。この裏切り者が!」
「なっ!?」
距離を詰めようとするアマンダさんを止め、団長にフラウディアの警護を、リーナやヴィンスたちに警戒するように視線を送る。
観客が何事かと注目している。
俺はこっそりと〈幻想演劇〉で声が聞こえないように阻害をした。
「お前のせいで親父が仕事を止めろと言ったんだぞッ。そのクセ我が身可愛さで自分だけ逃げやがって……恥ずかしくはないのかッ、恥ずかしく!?」
「ち、違っ──。私はテオルを連れ戻そうとして!」
「なぜそんな奴を連れ戻す必要がある!?」
「私たちが実力不足だからっ。こいつが言ってたこと、本当なんだって」
「くだらない嘘をつくな」
「な、なんで信じてくれないわけ!?」
仕事を止めた?
やっぱりガーファルド家に何か問題があったらしい。
だからと言って単身でこんな場所に乗り込んでくるのは、いくらゴルドーでも呆れてしまう。俺が気づかなければ逃げ出せたとでも言うのか。
「それはこいつが兄貴の息子だからだ。自分の父親に代わって当主になった俺を憎んでいる。だから力を隠していた! 任務中にお前たちに同行もせずなッ」
「今は大変だけど私たちも頑張るから。一回頭を冷やして……」
「もういい」
鈍い音がする。
ゴルドーは耳を貸さず、ルナの頬を強く叩いた。
飛ばされたルナが地面を転がる。
「『ルドを支える最高傑作を』と考えていたが、お前はもう不要だ」
剣が突きつけられ、ルナは絶望に染まった顔を上げる。
家の話が聞きたくて俺は黙っていた。
酷い扱いをされていたことに関しては、思うところもある。
しかし、仕返しはしないと心の距離をおいていた。
でも思わず感情を失った目を向けてしまう。そうだ。最初からこいつはこうだった。
わかっていただろ。
何を抱えて生きているのかは知らないけど。
ルナの話を信じるなら自分たちを思って行動してくれた少女に──それも娘に、話を聞く耳も持たずに手を上げる、頭を使えないド底辺の三流だと。
「もういいのはこっちだ、ゴルドー」
「──なっ。テオル、お前どこに……!」
「ここだ」
気配を消してゴルドーの背後に移動する。
最悪だ。
こいつは暗殺者としても、人としても、親としても。
もう姿を見せるのは最後にしてくれ。そう思った。
「!?!?」
「ガーファルドの人間は、気配を感じ取れるはずじゃなかったのか?」
重心を移し足を振り上げる。
ゴルドーの頭を蹴りつけ、地面に沈ませた。
その勢いで地面が割れる。
「殺しはしない。ルナが言ったようにしっかり頭を冷やせ。確保だ」
意識を失う寸前。
届いたかは分からないがそう言って、俺は歯が抜け、歯抜け姿になったゴルドーを取り押さえた。
武器を持った乱入者が倒され、観客に安堵が広がる。
それからすぐに衛兵たちを呼んでゴルドーを引き渡した。
「大丈夫か、ルナ」
倒れたまま、次第に目を潤ませるルナに手を差し伸べる。
心に傷を負い、今は何も考えられないのだろう。
一点を見つめ固まっていた彼女は、しばらくして、ゆっくりと俺の手を取った。
魂が嗤笑したのがわかる。
だけど、今の俺はこれでいい。
制裁返し……!
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