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ううぅー……ん。
これは昔々に一度だけ会ったことを憶えているのかと、問われているのかしら。
それともまた別の話なのかしら。
おそらく微妙な表情を浮かべた私を確認したのか、彼は力を抜いて椅子の背もたれに体を預けた。
「いや憶えていないのならいいんだ。むしろ忘れてくれた方がいい」
「あのう、ミッドサマー卿。いったい何をでしょうか?」
「オベロンでいい」
よくありませんよ。公爵家の方ですよ。恩人ですよ。
私が困っているとちょっとだけ、彼の空気が和らいだ。それまでとても辛そうだった。
「では、パック子爵」
「遠のいた」
「……どうしても?」
「君の名前を呼ぶのが許されないなら、言ってくれ。だが君には呼んで欲しい」
名前を呼んだ自覚はあるのね。だとしたら、あなたから君になってるのもわかってやっているわね?
「——オベロン様」
呼んだら、彼は頬を緩めて「ああ」と返事をした。
「お呼びしましたわ。これで、私が忘れていることを教えてくださいます?」
「……そうきたか」
にこりと笑ってみせると、彼は両手を上げた。話してくれる気になったらしい。
ただ、それを信じるかどうかは君次第だと言われた。
聞かされたのは荒唐無稽な話。
オベロン様は、この年のこの月の時間を体験するのは三度目だと言った。
時間をくり返しているのだと。
そして彼が憶えている一度目は、なんと私とオベロン様が婚約者同士だったのだそう。
ええー…こんな美形と…?
話の前提以前にそれが信じられなくて、ひたすら戸惑っている私にオベロン様は苦く笑ってらした。
一度目も私はお父様と商団にくっついてグッドフェロー領に行き、やっぱりそこでオベロン様に会った。
当時少年のようだった私は長旅のせいもあって本当に男の子みたいな格好で、最初は男だと思っていたと言われた。すみません。
公爵家の子息として厳格に過ごしていたオベロン様は、山猿のように庭をころころ転がって遊ぶ私にだいぶ翻弄されたそうだ。本当にすみません。記憶どころか体験してませんけど。
田舎領の山猿をオベロン様がお気に召したのか、屈託なく笑うご子息に次期公爵が感動したのか、それから私は何度も公爵領を訪れる。たぶん、公爵家で出されるお菓子が絶品だったんだな…物で釣られたんだ私…
そうしている内に、私の知らないところで周囲を囲まれていたらしい。お父様だって公爵様からの申し出を断るわけにはいかない。だからオベロン様が寄宿学校に入る直前、私と彼の婚約が成立した。
うん?あれ?途中経過すっ飛ばしませんでした?
男の子だと思っていた元気な山猿を、ご友人とか侍従に望むんでなく婚約者になった経緯が抜けましたよね?
素朴な疑問を投げかけると、オベロン様は、決まり悪そうに組んだ手をもぞもぞ動かして視線を逸らした。
……照れて、いらっしゃる?
わ、彫刻のような美形がうっすら頬染めて、いやだ何かイケナイ色気がダダ漏れだわ。
これは追求しちゃいけないやつだわ。
う、うん!とわざとらしい咳払いなんて淑女のすることではないけど、自分の発言をなかったことにしてお話を促すと、まずい色気を振りまいたオベロン様はやや視線を落としたまま話を続けた。
寄宿学校は13歳から18歳までの貴族子息が通うもの。帰れるのは社交期と冬季。
我が領はだいぶ北にあって雪に埋もれることも多いから交通が悪い、そしてオベロン様は公爵家の方としてお忙しい、だから社交期に一度か二度、婚約者としてパーティーに出るくらいしか顔を合わせていなかったらしい。
だから不安だったとオベロン様は言った。
こんな美術館に飾りたいような美形で、お家柄もよく、自分の力で騎士団に入られるような方が何を怖がるのか。
それは彼にしかわからない。きっと私もわからなかったのだろう。
参加したパーティーなんて両手で足りるくらい。そんな数少ない中で、私とニコラス様は出会う。きっとお父様のお仕事関係でモウス伯爵に紹介されたのだろう。
「今ならわかる。君は、本当に、アイツを友人として見ていた」
それは、こんな美形な婚約者がいて目移りするほど男性に慣れている私じゃないから。ないだろうな。でもきっとニコラス様は変わらず優しかったんだろうな。
「だがモウス領はピースブロッサム領に近い、伯爵の商売でも必要な販路だったろう、本人がどう清廉に接していても噂はたつ。俺は、学校にいたから女性たちより下世話な話ばかり聞いた。だからアイツに直接言ったんだ。君は俺の婚約者で、公爵家の人間になるのだと」
オベロン様、もはや一人称が俺になってますわ。
そうして、こんな方に嫉妬される私…そんな要素が見つからない… 嬉しいより不思議だわ。
「ニコラス・ウェイドはわかっている、噂は噂だと笑っていた。だがアイツは確実に君に恋慕していて、そのくせ兄貴面して冬季休暇をパーシー家で過ごしたりして」
アウトです。
ニコラス様、婚約者でもないのにウチにいらしてたんですね。完全アウトです。
それは噂にもなるわ。何をしていたのかしら一度目の私。
優しくされて、浮かれていたのかしら。
だとしたら私が悪いんじゃ。
「まあ、君も親しげだったからな。俺も何度か諫めた。だが、……どう考えても俺のせいだ」
「私は憶えておりませんが、どうしてそんなはっきりわかるんですか?」
「婚約してからの俺の態度が悪かったからな」
「はあ、悪いとは」
オベロン様はもごもごと口を動かしたけれど、どうにもはっきりしない様子だった。悪いって、その、嫉妬しているとかを言ってくだされば私なんかちょろいと思うんだけど。
「その、入学前に君と婚約できてすぐに、男共ばっかりの愉快で気楽だが碌でもない場所で過ごしていたから。……女性に優しくするのは格好悪い、みたいな空気がだな」
ああー……うん。ちょっと納得。
貴族の礼儀として淑女のエスコートとかあるけれど、根本のところは相手のためというより紳士の格とか威厳とかそういうためなのだ。
わかっている。理解した上で、女性側は相手に恥をかかせないための所作が必要になるし、美しいパートナーを持つ器量の紳士だと周囲に言わせるために着飾る。
だから男女がきちんと理解しているなら互いに尊重もするでしょうけど。根本をはき違えて上辺だけなぞっていると、いつかのハラタツ男みたいに「女は従順にして着飾っていればいい」となるし、女性も「高価な物をくれるのがいい男」になる。
そうでなくても、うん、弟の思春期を迎えてわかった。男の子の繊細さ加減。
周りに「婚約者に優しくしてんの情けねえ」とか揶揄われて貫くのってきっと大変だわ、それを意志が弱いとか流されやすいとか言えないわ、集団で寄宿生活を送るってそういう所だものね。
つまり、オベロン様は婚約者にそっけないどころかかなり辛辣だったようで。
どんなに見目麗しくても私の方が挫けたんだろう。ニコラス様は優しかったんだろう。
「あ、それで不貞とか婚約破棄とか」
あれはニコラス様じゃなくて、オベロン様だったんですね。
「本気じゃなかった!ただ君が18歳も目前で俺との婚姻も近いのに、アイツと変わらない様子で苛立ってたんだ。父にも祖父にも馬鹿だ頭を冷やせと言われて、実際破棄されたわけじゃない。ただ、……君を傷つけたのは確かだ」
そうして私が泣きついた先がニコラス様だったと。
ダメだ私。婚約者に不貞を疑われている相手の所へ自分から行ってどうするの、そうですって証明してるみたいなものじゃない。
どんなお花畑だったのよその時の私。
自分の行動に絶望していると、綺麗なお顔を苦しそうに歪めてオベロン様は「君は被害者だ」と言った。
馬鹿らしい男社会の被害者だと。
「飛び込んできた子兎を、アイツはこれ幸いと閉じ込めた。両親を殺して実権を握り、使用人を黙らせ、ピースブロッサム伯に自分のところでしばらく静養させると伝えて、君を……」
え、いや、そこで言い淀まないでくださいますか。
先日のあれを思い出すと嫌な予感しかしませんけど。何があったの。
「貴族の犯罪は騎士団の管轄だが、今回のように容疑だけで動くことは基本的にない。他領のことに踏み入るには公爵家だろうと正当な理由が必要になるからな、伯爵夫妻の死亡について不審な点をあげて揃えてようやく騎士団がモウス邸に入った時には、君はとてもひど、…弱っていた」
や、優しく言い直されました。
今回の件も、一度目を踏まえてオベロン様が半ば強行的に騎士団を動かしてくれなければ、私はあのまま監禁コースだったのね……
甘くて優しい言葉と暴力。捕らえられたニコラス様は今回と同じように私がどんな風に弱っていくのかを詳細に述べたそうだ。嬉しそうに。
だからオベロン様は内容をご存知だろうけど、そうでなくとも私自身の状態で一目瞭然だったそう。
「君は治療中にずっと、俺に謝っていた。本当になってしまった、ごめんなさい、だから婚約破棄されて当然だと、最期までずっと」
この方は、私のために嘆いてくれたのだ。
男女のことも社会の仕組みの根底にあるものも、何も考えず優しさにすがった世間知らずのために。
時間を巻き戻してしまうほどに。
「どうしてなのか、俺も知らない。原理はいまだに理解してないが、理由はわかる。やり直したかった、俺のちっぽけな意地で君をこんな目に遭わせたのが許せなかった、……俺が君を諦められなかった」
そうしてある朝目覚めると、彼は公爵邸に向かって連なる商団を見る。
元気な山猿、もとい私を乗せたお父様の商団だ。
「何でもいい、君がいた。目の前に。元気な姿で。変わらず庭を走って木に登って、だけど庭の花をあげると可愛らしい顔で喜んで」
それ一度目では聞いてないですよ。恥ずかしいですよ。
反省したオベロン様は最初から女の子扱いしてくださったのかな。うひゃあ照れる。
赤くなった顔を両手で押さえる私を、彼はやっぱり辛そうな顔で微笑みながら見ていた。
今回が三度目ってことは、二度目でも彼は「やり直したい」と思ったわけで。
この時のオベロン様は、婚約者としてすべきことは頑張ったのだそう。がんばるって、あんな百戦錬磨みたいなチャラ、軽薄なお誘いかけてた人が…?
顔の赤味も引いてあらあら?と首を傾げると、だから努力の結果だとちょっと怒られた。初めからああだったわけではないのね。でもとってもお似合いでしたよ色気危険レベルでしたし。
ともあれ、ニコラス様と私の出会いは阻止できなかったものの、断固拒否の姿勢でいたそうだ。
私がお友達だと言っても社交界はそう思わないとこんこんと諭し、彼が学校にいる間に暇なら公爵領のどこかに招待して、ニコラス様と私の時間を減らした。
寄宿学校でも二つ下にニコラス様が入学しても無視していたのだが、この時は彼の方から絡んできたようだ。
可愛い婚約者ですね。僕もお会いしました。
ええ、とても可愛らしい。
今となっては、それらの言葉にぞっとするだけだ。
優しくて甘い女性が喜びそうな言葉を並べている裏で、何を考えているのかわからない。
もしかしたら裏などないのかもしれない。
私が18歳になって、念願の花嫁衣装を着て、オベロン様に嫁ぐ日。
彼は招待客にまぎれてやってきて、控え室にいた私のお母様と次期公爵夫人を刺して、そして私を殺した。
監禁の次は即死ですか……もう他人事だわ……
彼は息絶えた私に何度も何度もナイフを刺していて、その現場で捕らえられた。嫌だやめてと叫んだのは、これは正しくニコラス様に対してなのね。捨てられるよりハードな状況だったわ。
やめて助けてって、あなたを呼んでましたよオベロン。あなたを!
……ニコラス様の捨て台詞って、抉ってくるわよね。
彼がやったことなのに、いかにもオベロン様が守ってくれなかったみたいな言い方だ。
そうして目覚める三回目。
彼は、私に関わろうとしなかった。
お父様にご挨拶はされたけど、うん、の一言でさっさと部屋に引っ込んだのだそうだ。
「それは、さすがに嫌になりますよね」
「だから違う。もう俺が望まなければ、最初からアイツのものなら、俺から奪うという過程で起きる凶行もなく君が幸せになれると考えたんだ」
どこまでも私のため。
社交期のパーティーで私とニコラス様を見かけることはあっても、決して声はかけずにいたのだと。
「でも先日、あれは助けてくださいましたよね?」
「声は掛けなかっただろう」
確かに。でもご令嬢をその場から引き離してくれたことは否定されないのね。
だけどオベロン様。あなたはこんな美形ですもの、たった一度目が合っただけで身震いするほど、強烈な印象なんですもの。
一度会ってしまえば、きっともうダメなのよ。
「あの時も、手を出すつもりはなかったんだ。君なら何かやり返すだろうと思ったし」
私の性格が筒抜けですね。さすが三度目ですわ。
「けれどワインが、赤くて、どうしても花嫁衣装を染めた君が思い出されて」
赤い。どうしよう。私だって慌てた。
こんなにたくさん血が出たら死んでしまう。嫌だと叫んでも決してやめてくれなかったニコラス様。
何度も私を脅かした手が、ニコラス様が怖かった。
たとえ憶えていなくても。
「今回、伯爵が出仕しない件で取り調べるべきだと強引に進めてよかった。前のように手遅れになる前に君を見つけられた。怖い思いはさせたが… アイツは最初から狂っている。君を穏便に手に入れたからといってただ大事にするわけがないと、考えればわかるのに。どうして俺は何度も君をひどい目に遭わせた奴のところに置こうと思ったのか…」
申し訳ないと彼は謝罪した。
ようやく謝れたと言っていた。
そして許さなくていいと。
だけど私は。
許すも何も、この十八年弱を生きてきた記憶しかなくて。
夢にみて寝不足にもなったけれど、あれは私にとって夢の話で現実感はない。
今の私にとってオベロン様は、とってもお美しい方で、公爵家なんて雲の上のような方で、立派な騎士様で、私を助けてくれた方だ。
好感を持っても、ひどい許さないって言う要素がどこにもない。
それにねオベロン様。
きっと世間知らずで脳内お花畑だった私だってきっとそう思っている。
辛辣な婚約者に挫けそうになっても、それでもあなたに疑われて傷つくほどに。
痛い怖い死んでしまう目に遭っても、助けを求めたのはお父様でなくあなただったほどに。
「オベロン様は、どう、思ってらっしゃいますの?」
だからあなたは心配しなくていいの。ここまで話を聴いて、疑うどころか私の不安はそれだけなの。
今日我が家に来た時からずっと辛そうで苦しそうな彼こそ、もう私に関わらない方がいいと思う。どれだけのお礼ができるかわからないけれど、彼が望むようにできるなら。
それで終わりにして、もう解放されていいのだ。
くり返さなくていいの。
だって。
「——ティティ」
名前を呼ばれた。
小さい頃だけお父様とお母様が呼んでくれていた愛称は、きっと、一度目に私が彼に教えたんだ。
「そちらに行っても?」
「はい」
即答ね。私ったらあからさまだわ。ニコラス様が近くに来るのは、あんなに緊張したのに。
ご自分で尋ねておきながら、返事をもらった後でふーっと大きく息を吐いたオベロン様は、何かを決めたように立ち上がった。私が腰掛けるソファの近くまでやってきて、そうして跪いた。
「ティティ。どうか手を」
さし出された右手を見てためらったのは、今までのように怖くて緊張して、という理由ではなくて。
だって、だってね。
とってもとっても整ったお顔のそうよ美術館に飾りましょうレベルの方が、キラキラした黄金の髪を揺らして私の前に跪いたのよ。心の中できゃあああって悲鳴をあげたわ。
薄い青い瞳が透き通ってとても綺麗ね。よく見えるのは私をじっと見つめてくれているからね。というか色男オーラが半端ない。美形騎士の本気モード怖い。
そしてたぶん、ためらったのは一瞬もなかったので気づかれなかったと思う。
私はとっても素直に手をのせた。
彼はそこでようやく笑って、いえ今までも微笑んでらしたけどようやく嬉しそうに笑って。
手の甲にキスしてくれた。
ほ、本当に触れたー!!
ちゅっていったー!!
わざとじゃなくて吸われた音がしたー!!
照れるとか赤くなるとかを通り越して致死レベルの恥ずかしさに、私は石みたいに固まってしまった。
だからって!いっ、やあ!それを肯定と取らないで撫でないで手首の内側、人さし指が触ってるさわってるからあ!ちょもう一回キスしないで本当に死ぬ!!
どう考えても王に忠誠を誓う騎士でなく、お姫様を虜にする物語の騎士様だわ。破壊力…!
そろそろ離してくれないと腰が抜けて座ってもいられない。ふにゃりと腰を折って顔を伏せた私を見て、ふふと笑った声がした。笑ってもいいから手を離して下さい。
「どう思っているのか、伝わったか?」
悔しい。なんかそれ悔しいわ。こんな甘いのニコラス様だってしなかったわ。
その時の私はどうしてか、負けてなるものか!という気になってしまい、勢いよく顔を上げた。嬉しそうに楽しそうにしている彫刻のような美貌をきっとにらむ。
「いいえ!わかりませんわ!私はもう18歳になるんです、子供ではな」
「愛してる」
いっ、
……言い切れなかった。
私の完全敗北である。
「君は忘れてくれていい。けれど俺にとっては初めて、君のその先を見ることができる。ティティ。ティターニア・パーシー嬢。愛してる。私の妻となって共に時間を過ごして欲しい」
私には前科がある。ニコラス様の求婚でころっと転がり落ちたあれだ。
しかしこの状況でときめかない女子がいるだろうか…?無理じゃない…?
その瞬間に、ばぁんと扉が開いて「姉上から離れろおおお!!」と愛しの弟が乱入しなければ、はいと即答してたわ絶対…美形騎士の本気こわい……
それから約一年後に、私はオベロン様の妻になった。
怒涛の展開にお父様もお母様も右往左往してらしたけど、次期公爵様、オベロン様のお父様が足場の悪い中直々に我が領までやってきたものだから「はいどうぞ!」と商品みたいに私をさし出してくれた。
いいんだけど。いいんだけどね。お仕事の時は次期公爵様とも和やかに話されてるみたいなのに、お恥ずかしいと謝っておいた。
そうしたら娘ができた!と抱きしめられてしまい、物凄い形相のオベロン様とお義父様の決闘が始まるところだったのは余談として。
結婚までの一年、オベロン様はとても嬉しそうだった。
18歳を越えたティターニア・パーシーは初めてだととても喜んでくれた。
忙しいのにできるだけ時間を取ろうとしてくれた彼の要望で、私は社交期でもないのに王都の邸にいた。初めはグッドフェロー公爵のタウンハウスにいればいいとか言われたんだけど、お嫁入り前ですうう無理ですううと私が半分泣いたのでそれは諦めてくれた。
だけど公爵家のしきたりだとか相応しいマナーだとかを学ぶために頻繁に出入りさせてもらっていたから、半分以上はそちらにいたかも。いたわね。
ドレスの製作もあったし。
これに関してオベロン様はウキウキしたり落ち込んだりかなり情緒不安定で、結婚式やめようまで言い出してお義母様にこっぴどく叱られていた。
私は断片的に夢にみただけで憶えてないけど、自分の花嫁が血まみれの花嫁衣装で死ぬとかそれは心的外傷にもなるわよねえ。不安になるのは理解できるのだけど。
なだめすかして丁寧に説明して時にはぎゅっとして、あなたの花嫁になりたいわドレス着たいわって丸めこんだ。だって着たいでしょう花嫁衣装。
当日は大変だった。
着付けてくれる使用人たちと私のお母様と次期公爵夫人と、花嫁の周りは女性ばかりになる。それで二度目の時に誰も男性の力に抵抗できなかったものだから、あからさまな護衛と潜伏している護衛とかなり物々しい雰囲気の上オベロン様自身が私から離れなかった。
ニコラス様はもういないのに。彼は不安で仕方ないという結婚式にあるまじき顔をしていた。
男はどこか行ってなさいと叱られてもこの日だけは譲らず、お父様に私を渡してからようやく安心したらしく会場に入って行った。逆です。花嫁はお父様から彼に渡るのではなくて?
そんなだからお父様まで「お嫁に行かないで家に帰る?」なんて言い出すのよ。
ちょっと迷ったのは内緒。
でも私は彼のお嫁さんになりたかったから。
彼の元まで歩いた。自分の意思で。
そうして私に向けてくれた手に迷いなく、ためらわず、自分の手を重ねた。
本当なら神父様の前にエスコートしてくれるはずのその手は、私を引き寄せてぎゅっと抱きしめた。あからさまな言葉はなかったけれど、背中の方で会場がどよどよってざわめいていた。恥ずかしい。
「オベロン様」
「ティティ。ごめん、君にはたくさん辛い思いをさせた」
「ごめんはもうダメですって言いましたよね?」
「幸せにする。私はもうこんなに幸せだから。ティティを必ず幸せにするから」
「一緒に歳を重ねておじいちゃんとおばあちゃんになりましょう。そうしたら私は幸せです」
ぎゅーっと抱き合ったままの私たちを引き剥がしたのは、グッドフェロー公爵閣下の威厳ある一喝だった。ご高齢とは思えない低い良いお声が会場に響いて、我に返った私はべりっとオベロン様から離れた。
手順とかすっかり忘れてしまったわ。でも嬉しくてほわほわあったかくてずっと微笑んでいたら、彼もずっと笑っていたわ。
一緒に笑って過ごしましょう。
その間は手をつないでいてね。私の優しい旦那様。
真夏の夜の夢
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腰抜けるくらいたくさんの方に読んで頂き恐縮です
ランキング入れるとか微塵も想像してなかったので
思わずスクショ撮りました
本当にありがとうございます