6.守巫女の資格は……
本日三話更新のうちの二話目です。
『は? 何を言うておる』
「だってっ、天狐様も知ってるんでしょ? 花杜の守巫女の資格のことは」
『当然じゃ、よう存じておる。この島で妾以上に守巫女のことを知っておるのは、花守社の腐れ天狗ぐらいなものじゃ』
呆れた顔でわたしを見下ろしていた天狐様は、ふふんと胸を張る。でも、その言葉にわたしは肩を落とした。
「やっぱり、そうなんだ」
花守社は、この家のすぐ裏にある階段を登りきったところにある、八幡神社だ。
祖母の葬儀の日、ほとんど顔も知らない親族たちの集まる中で、微妙に居場所がなくて散歩に出かけた。その時に花守社の境内で、八日坊様に声をかけられたんだよね。
さすがに木の上から天狗が降ってきた時にはびっくりした。
妖は見慣れてたけど、天狗ほど霊格の高い存在にそんな至近距離で会うことなんかなかったんだもの。
それに、すっごい警戒してたっぽくて、取って食われるのも覚悟した。
……まあ、そのあと妖たちに取り巻かれて、マジで食われそうになる目にあったわけなんだけど。
ともかく、その時に花杜の守巫女のこととか、祖母の話とか、山野辺の家の話とかを聞かされた。
八日坊様ほど長く、島と花杜と山野辺を見守ってきた存在はないんだってことも、小天狗たちに教わった。
ついでに、こっちに引っ越してきてからあいさつ代わりにと花守社を訪ねたら、実は神社の神主を務めてて、人型の八日坊様は実はとてつもなくハンサムだってことも、独身の美男すぎる神主のいる神社とかいうことで、花守社が女性に大人気なことも知ったんだけど。
なんか複雑。
本来の姿だとずんぐりむっくりなんだけどなぁ。
「八日坊様に、資格が足りないって言われちゃったの」
天狐様は立ち上がると、わたしの前に座り直した。きつくつり上がった狐の目で、わたしを上から下まで眺め回されるとどうも居心地が悪い。なんていうか……値踏みされてる的な。
『そなたが何を聞かされたか知らぬがの、祐希。そなたは紛れもなく花守の守巫女じゃぞ』
「でも、八日坊様は、儀式が必要だって」
すると、天狐様は首をかしげた。
『……儀式とな? そんな話、一度も聞いたことがないの』
「え?」
『祐希、そなた騙されておらぬかえ? 守巫女の資格は、我らが見えて我らと語れることのみぞ?』
見えて、語れる……? それじゃ、山野辺の人間でなくてもいいことにならない?
「ええ、でも、だって、花杜の守巫女は初代の先祖返りだって」
『たわけ。先代は嫁御じゃ。山野辺の血は入っておらぬぞ?』
「あ……そういえば」
先代の祖母は、本土の庄屋の娘で、山野辺の祖父に嫁いできたんだって聞いた気がする。じゃあ、先祖返りって話はなんなの?
『そなたは幼い頃より見えておったのであろう? それで資格は十分じゃ。それとも、あの腐れ天狗になんぞ吹き込まれたかの?』
「そんな、だって、八日坊様は……」
『何を言われた。ほれ、言うてみぬか』
ずい、と目の前に天狐様の顔が迫る。その細められた目に苛立ちが浮かぶのが見えて、渋々口を開く。
「その……殿方を知らねば一人前の守巫女ではない、と」
そう口にしながら、顔が熱くなる。こんなはしたないこと、言わせんなぁっ! ばか天狗~~~っ!
「はぁっ? ねーちゃんっ、それって」
「うううううるさいわねえっ!」
大声で弟の言葉を遮る。これ以上恥ずかしい思いさせんなあぁっ! どうせこの年まで未経験だよっ!悪いかっ!
『……ほほ……ほほほほほ……ほーっほっほっ』
しばらく沈黙していた天狐様は、不意に笑いだした。うわぁ……めちゃめちゃ怖い。
狐の姿なのに、なぜか和装の切れ長美人が高笑いしているのが背後に見える。笑っている美人の目が座っているのって、マジ怖い。
思わず後退ると、笑い止んだ天狐様はすっくと立ちあがり、ひらりと庭に降り立った。
『……我が愛しの許嫁殿よ、妾はちぃとばかし野暮用ができた。今宵は戻れぬかもしれぬ』
「ああ……いや、俺も行く」
弟はすい、と右手を動かして桜輝を握り込むと立ち上がる。
「え、ちょ、陽平?」
『そうか、では共に行こうぞ。祐希はそこな河童の相手をしておれ』
「天狐様っ?」
「ねーちゃん、おれがきっちり引導渡して来るから。安心してて」
「はぁっ?」
すごーくいい笑顔をわたしに向けて、弟が軽々と天狐様の背に乗っかると、あっという間に二人の姿が庭からかき消えた。
「えええっ……」
『ありゃぁ相当怒ってますな、天狐の姉御は』
「……ですよねえ」
庭にぽつりと残された少年姿の河童さんが、二人が飛んでった先に視線を向けている。
「陽平も……」
あんなすがすがしい……でも禍々しい笑顔浮かべて、桜輝を最初っから顕現させていくなんて、絶対血の雨が降る。
天狐様が怒ったらどうなるやら……お願いだから人の世に影響がでない範囲でやりあってほしいんですけど。
陽平もひょいひょいついていくんじゃなーいっ!
何か被害が出たら結局わたしが頭を下げて回ることになるんですけどっ。ほんとーにわかってるのかしら。
『ところで、僕はどうしたらいいんでしょう?』
怒りの海に飲まれそうになったところで、河童さんの声が聞えた。
そうだった、河童さんはわたしを――花杜の守巫女を頼ってきたんだった。まずは話を聞かなくちゃ。
「じゃあ、お話を聞かせてもらえます?」
わたしは努めてにこやかに見えるように口角を上げた。
次回更新は18時です