7.河童の望みは……
本日三話更新の三話目です
『ねえ、聞いてますぅ?』
「あーはいはい」
縁側に引っ張り出したテーブルの上には、空になった缶ビールが並ぶ。
庭にもいくつも散らばっている。
うん、あんまりに見事な満月だったから、月見酒にしようかなってビール持ってきたら、河童さんに食いつかれたんだよね。
外に出るわけにも中に招き入れるわけにもいかないから、ビールとつまみの枝豆をお盆に乗せて、猫たちに運んでもらった。
ちらりと猫たちの方を見れば、闇を流し込んだような真っ黒な毛並みに金の瞳の大きな影がこちらを向いて座っている。
その周りには色々な毛色の猫たちが大小取り混ぜて二十匹ほど集っている。
最初見たときは、猫の王様かと思った。和猫、じゃないよね。鼻筋の通ったスッキリした頭部といい、ピンと跳ね上がった大きな耳といい、とてもエキゾチックで、夜の女王と心の中では呼んでいる。オスかメスかは知らないけど。
夜ってなんとなく女性的じゃない?
それに夜の帝王とか言ったら、なんかワルい感じがプンプンするし。この子はそんな感じじゃないんだよねぇ。
だから、夜の女王。首輪はしてない子ばっかりだから、地域猫ってやつだよね。きっとどこでも可愛がられてるんじゃないかなあ。
でもって猫たち。
この子たち、最初は全然懐かなかったんだよねえ。
さまざまな猫缶やキャットフードを試したり、マタタビ使ったり試してみたんだけれど、生のお魚以外は見向きもしてくれなかったなぁ。
慣れてくれた今は、集会に顔を出しても逃げられることは減った。今日みたいに何か頼まれてくれることもある。
勝手に家の中には入らないし、爪とぎしないし、おトイレはちゃんと決めた場所でしてくれるし、とってもいい子。
あとで何かあげとこっと。
『ちょっと、僕の方も見てくださいよぉ、猫たちばっかり、妬けちゃうなぁ』
「あー、はいはい」
いつのまにか本来の姿に戻った河童さんは、緑色の頬を赤く染めて、手に持った缶の中身をあおった。
沓脱ぎ石に座ってたはずが、地面にぺったり座って、缶ビール片手にスルメかじってる。
河童ってスルメ食べるんだ。
『それにしてもぉ、こんなおいしいもの、初めてですよぉ』
「そう? あ、庭のきゅうり取って食べてもいいよ」
『おおっ、なんと寛大なっ』
河童さんは酔っ払っているとは思えないほど俊敏な動きで立ち上がり、あっという間に畑まで飛んでいくと、立派なきゅうりを三本もいで戻ってきて、早速かぶりついた。
実は飲みながら河童さんがちらちら畑の方を見てるの、気付いちゃったんだよねえ。河童といえばきゅうりだもんね、おねーさん、大盤振る舞いしちゃう。
そもそも八日坊様が吹き飛ばさなきゃ、海に落ちたりしなかったわけで。罪滅ぼしも兼ねてたりする。
「どう? 初めて作ったきゅうりなんだけど、結構うまくできてるでしょ」
庭いじり程度とか、家庭菜園の水やり程度ならやったことあったけど、自分で土を耕して、苗を植えて育てる経験は、こっちにきてからのもの。
ちなみに、この庭にはなにやらまじないがかけられているそうで、真冬だろうが植えれば育つ。
まあ、普通あっという間に散る桜がさぁ、年中満開ってところで異常に気付くよね。
ちらりと桜を見上げる。満月の夜に宵桜を見ながら酒を飲むなんてこと、考えたこともなかったもんねえ。
えっへん、と薄い胸を張って河童さんを振り向くと、ぼろ泣きしていた。
「え」
『おおおっ……霊水で育てたきゅうりとは、なんと尊い……』
「ち、ちょっとおっ、泣かないでよっ。ただのきゅうりだからっ。食べたいならいつでも持ってっていいから」
『なんと寛大なっ!』
だから、ぼろ泣きするのはやめてよぉ。
「あ、でも全部持ってくのはやめてね? わたしも食べたいから」
『な、なんと心の広いお方だ……当代の守巫女も実に人が良い』
きゅうりに頬ずりしながら、河童さんは酔ったように尊い尊い、と繰り返す。その様子があまりに幸せそうで、わたしは笑い転げた。だから。
『実に尊い……花杜の守巫女の霊力が溶け込んだきゅうりを何の対価も求めずにくださるとは……』
河童さんがポツリとこぼした言葉は、わたしの耳には入らなかった。
それにしても、遅い。
柱時計はあれから二回は鳴った。三十分毎に鳴る振り子時計だから、一時間は経ったってこと。
まさかまだ八日坊様とやりあってるんじゃないわよねえ。
うちから歩いて五分の距離なのよ?
まあ、急な階段を迂回したら十分はかかるけど、天狐様に乗って行ったのよねえ?
一分あれば着くんじゃないの?
机の上には空き缶が並んでいる。そろそろ天狐様に怒られるレベルだ。
でも、今日くらいはいいよね?
満月の下の満開の桜を楽しめるなんて、ここに来るまでなかったんだもの。
それに、陽平はまだ未成年だから一緒に晩酌ってわけにもいかないし、素面相手に管巻いてもさっさと寝られて寂しいんだよねぇ。
天狐様は飲めるくせに付き合ってくれないし。まあ、話し相手はしてくれるんだけどさ。
だから、一緒に酔っ払う相手がいるのがすこーしだけ嬉しかったのよね。
河童さんはと見れば、もうビールは飲んでなくて、そういえばなんやかんやとおしゃべりしてたのがすっかり止まっている。
あ、もしかして、ここにきた目的を思い出したのかも。
いきなりお酒飲み始めちゃったから、話のことをすっかりほったらかしにしちゃったわ。
「ごめんね、河童さん。話をしにきたんだったよね」
声をかけると、河童さんはとても静かな顔でこちらを振り返ると、沓脱ぎ石に正座した。……中学生の姿で。
「河童さん?」
『花杜の守巫女殿』
居住まいを正し、静かな声で話す河童さんに、わたしもピッと背筋を伸ばした。
「……はい」
いつもこの瞬間は、とても緊張する。唾を飲み込んで返事をすれば。
『守巫女殿の名を教えてはいただけませぬか』
まっすぐな視線とともに、河童さんは言ったのだった。
次回更新は明日の8時です





