【第一一章・進化の礎 ー終ー】第七〇話 『因果の接点』
ヂラールが、元はペルロード人という知的生命体であったという事実。そしてペルロード人が自らのトーラル型システムによる暴走か、それとも宗教教義上の狂気の儀式か、はたまたやむをえぬ生存のためか……そのあたりはよくわからないが、そんなペルロード人の事情でそうなってしまったあのような存在。
もうそれは推測するだけで少なくとも万年単位も前の話であって、そんな歴史で宇宙に放たれた化物の如き生体兵器群は、ティ連首脳部も憂慮する、かつての敵であったガーグデーラに次ぐ脅威と認定している。
だが地球社会、即ち日本やヤルバーン自治国を除く国際連邦加盟国系の地球社会の国民認知度は、ティ連やゼスタールほどのもではない。
確かに国際連邦軍がグロウム帝国やゼスタールでの戦闘で垣間見たヂラール本気の侵略は、かの作戦戦闘に参加した軍人や軍属にはただ事ではない危機としてはっきり認識させることはできたが、現状多くの作戦内容が連邦機密になっているわけで、一般社会は情報統制されたマスコミの発する情報の範囲でしか、まだその脅威を知らない。
そういう新たな第三勢力ではあるが、まだ普通に日本-ティ連と、とりあえずは国際連邦で対処可能な存在であるために話題にはのぼるが、その憂慮度合いはまだまだといったところである。つまり対岸の火事感があるということだ。
日本やティ連にグロウム勢力も、その脅威を大大的に世へ訴えても良さそうなものなのだろうが、そこは国際連邦がまだ時期尚早と固くダメ出しをティ連に要望している。
それでなくても今の地球は、まだヤルバーン自治国ですら脅威と考えている人がいる状況である。それ以上のものを公表してしまったら、世論から経済から地球世界は大パニックだ。
そんな情報統制の典型的な例でいえば、あの情報統制のプロフェッショナル、中国である。
クーデター後の社会民主主義という概念で、一部政治体制の民主化を推し進めるかつての『中共』よりはマシになった王政権でも、これらの件に関しては一時期の中共ばりの情報統制をしいていて、国民のほとんどがヂラールの詳細など知らない。
中共国民の認識としては、まあちょっとした宇宙生物災害ぐらいにしか捉えていないのである。
* *
聖ファヌマ・グロウム星間帝国のサージャル大公達が日本・ヤルバーン自治国や、国際連邦主要国へ親善訪問真っ最中の時、月丘和輝を代表とする惑星イルナット改め惑星エルミナス調査隊が、マルチバース空間を飛び越えて地球圏へ帰還した。
人型宇宙艦艇、機動戦艦『コウズシマ』と、ゼスタール・カルバレータ艦『ヤシャ』は、火星のディルフィルドゲートからこちらの宇宙空間に顕現後、高速航行で二日後、地球に帰還した。
シビアとネメアは、月のゼスタール基地へカルバレータ艦のヤシャ級を返納してからトランスポーターで地球へ帰還するということでそのまま月へ向かい、地球への帰路の途中でしばし別れた。
人型機動戦艦コウズシマはヤルバーン自治国所有の艦なので、地球圏に到達するとそのまま大気圏に突入し、間もなくヤルバーンタワー最下部第一階層に接舷した。
「ログマ艦長、ベリロス副長、色々お世話になりました」
『なんの。そんなに長い時間ではなかったが、なんだが五周期分の仕事をしたような気がするよ。なあ副長』
『はは、まったくですな艦長。ですが今回の調査で、カイア型のハードウェアの一部や、システムも相当部分がデータ化できました。今後も色々な展開、謎、希望と、これまたワラワラと出てくるでしょうな』
『ああまったく同感だ。一〇周期前と違って、前エルバイラの遭難事故の件がきっかけでヂラールが大きな要素となってしまった。それに、その後のグロウム帝国の件もあって、あのバケモノどもが銀河系に顕現してるのがわかったのもデカいな。フゥ、これからどうなるのやら』
そんな話をブリッジでしていると、ガトラン上級曹長もブリッジに入室してきた。
『ああここにいらっしゃいましたかツキオカ少佐殿。探しましたよ』
ちなみに月丘は、司法警察員資格を持つお役人である。立場としては軍人ではない。比較できるものとしては、厚生労働省の麻薬捜査官に近い存在だ。まあ武器の種類の取り扱いは特危自衛官並みの資格が法律で与えられてはいるが。
なので正式な階級は、『三等諜報正』という、かつての自衛隊設立前の、警察予備隊に準拠したような階級なのだが、特危自衛隊出向時は3佐(少佐)の階級を充てがわれている。
「どうかしましたか?」
『現在、グロウム帝国のサージャル大公殿下が、この星に来訪していらっしゃる事は知っておりますな?』
「ええ、といっても火星到着時に聞きましたけど……サージャル大公殿下ですか。懐かしいお名前ですね」
『その殿下が、貴方に会いたいとおっしゃっていますぞ。ヤルマルティアのソウチョウタイ本部から通達です。すぐにココへ来るようにと、今連絡が入りました』
ガトランはカード型のVMCメモを月丘に渡す。月丘はそのVMCカードを見て、
「? ここですか。ふむ、なるほどわかりました」とカードを一瞥すると、改めてガトランへ向き直り、「では今回の調査隊もこれで解散ですね。チーフにもホント、色々お世話になりました」
と、一応立場は上官ながらガトランに頭を垂れると、ガトランも月丘の言葉へ少々名残惜しそうにしながらも軍人らしく、
『何を仰るやら。我々は任務を粛々と遂行したに過ぎません。自分達の仕事をしたまでです……ま、ですが、久々に面白い任務でしたな。また同じような任務があるときは、是非お誘い下さい少佐』
とガトランは敬礼の後、三本指でサムズアップをすると、片目をつむって微笑む。
月丘も、ユーン人という地球人視点からみてちょっとゴツイ、特殊な形状のデミヒューマン型異星人の友人ができたことを非常に嬉しく感じていた。
ということで、このブリッジで『惑星イルナット改め、エルミナス調査部隊』の編成は解除、解散となる。
コウズシマの艤装艦体後部機動兵器発艦甲板に向かうと、クロードに麗子、プリル他IHDの隊員達が待っていた。
「ご苦労さま。諸々の用事は済みまして? 隊長さん」
と麗子が月丘を労う。
「ええ社長……そうだクロード、ピエールはどうなんだ?」
「ああ、特に問題ないそうだ。あのタリア先生の時空間ナンチャラ技術てのはすげーな、あの恐ろしい波動を食らう直前までの状態に体細胞の時間をもどしちまうってんだから、そりゃどんな病気や怪我も確かに治るわ」
だがとプリルが自分のサイバネティックな工学知識で、
『でもさっ、代償として体が治る以前の記憶はなかったことになっちゃってるんでしょ?』
「って話だな。ピエールも、カイアシステムの波動を食らった時前後の記憶はまったくないらしい。ってか、記憶上は経験すらしてないことになってる。ホントに時間が少し巻き戻ってる状態になってるな」
なんとも不思議な技術だと思う月丘達。これも今回の調査での、ある意味入手できたスゴイ資料でもある。
「ま、積もる話は報告書でね」と麗子が言うと、諸氏、IHDの用意したトランスポーター型輸送車に乗って、日本本土へ帰国と相成る。
月丘とプリルは途中、日本国内、即ち東京でVIPの御用達となっている『大日本プリンスホテル』の近くで輸送車を止めてもらい、ここでIHDの皆と別れた。
あの華麗な麗子が無骨な輸送車乗ってる姿も見ものだが彼女はこれで全然楽しんでいるようである。まあこの会社の社長だし、自らコマンドローダー操るぐらいの度量に度胸があるんだから、やはり彼女は旦那の白木自慢の女傑だったりする。
ということで、月丘が本部、即ち白木から『来い』と伝達を受けた場所が、その大日本プリンスホテルである。
彼も事前に状況情報は得ているわけだが、ここで今、サージャル大公と日本、ティ連に、国際連邦各国代表との親善パーティが行われている。そこにお呼ばれされたわけだ。
今の月丘とプリルはラフな私服姿なので、ホテルへ入る前に近くのショッピングモールの御手洗いにて、所謂、正装というものに着替える。
着替えると言ってもPVMCGで一発装着な着替えだが、月丘はリアル服装だったので、元から着ていた服は宅配便で家に送ったり。
彼は蝶ネクタイのスリーピーススーツでバッチリ決め、髪型も整えると、プリルもディスカール軍の正装軍服に着替えて、手洗いから出てきた。
ショッピングモールの一般人なお客さんらは、場にそぐわない服装で決めた二人にびっくりしてたり。
「お、プリちゃん、カッコイイ服ですね!」
『エヘヘ~、モウ久しぶりにこんな服着ちゃったよぉ~』
ちょっと頭かいてテレテレのプリル。でも月丘と二人で、良い服着てパーティにお呼ばれなんだからプリ子も少しデート気分だったりする。
『カズキサンも正装キマってるよ』
「まあ一応、情報員ですから。マイネイム、イズ、ツキオカです」
多分メイラが聞いたら、『そこはそうじゃない!』と突っ込まれるような有名諜報員の真似なんぞしてみたり。襟元整えて、少しおどける月丘。
ということで徒歩で大日本ホテルに向かう二人。普通は高級車乗り付けて、月丘がプリルをエスコートして、どっかのアカデミー賞みたいな感じでいきたいところだが、そこは今、時空間飛び越えて帰国したばかりの今ココ状態なわけで、これも仕事の延長である。そこはやむなしと正面玄関に向かうと、今日の大日本ホテルは日本政府貸し切り状態なので、それはもう厳重な警備態勢だ。そんなところにノコノコと徒歩で派手な正装着てやってくる奴がいれば、警備の警察も不審に思って当たり前なわけで、月丘とプリ子に当然警官達も駆け寄ってくる。
すかさず二人は情報省総諜対の身分証明証を見せる。もちろんこの二人は司法警察員の資格も持っているので、ここで警備をしている警官なんぞよりよほど階級は上なわけで、身分証を見た警官は途端に二人に挙手敬礼すると、一応手続き上確認を取り、すぐに正面玄関から衛視の敬礼付きで中へ通される。
パーティ会場へ案内されると、既に立食形式のパーティが始まっていた。
これは所謂、ティ連式立食パーティの形態をとっている。ティ連でのこういったパーティでは、立食形式をとるのが通例である。というのも、着席型のパーティだと、種族の違いから椅子の生物学的形状や、着席の文化的順番などがあって一概にセッティングが難しいということもあって、こういう方式になっている。
日本もティ連加盟国なので、異星国家外交でのパーティの場合、今ではもう立食形式が通例となった。
此度は国際連邦加盟国で、先のグロウム帝国のヂラール戦争に加勢した、主にLNIF諸国とグロウム帝国との親善も兼ねているので、日本だけが主体というわけではないのだが、こういったセッティングはすべて日本政府に任されている。
「遅くなりました班長」と、白木崇雄 情報省内務局局長兼、総諜対班長に声をかける。
「おう、月丘、プリ子、お帰りぃ。ごくろうさんだったな」
と笑顔で迎える白木。人差し指をあげて、ビールのグラスを二人分取って注ぐ。
月丘とプリル、かけつけ一杯をグイとあけて、ホウと一息。ちょっと生き返った気分。
「報告書見たぜ、なんか大活躍だったみてーじゃねーかよ」
「ええ、まあ……というか、惑星イル、じゃなかった、エルミナスを中心に調査するつもりが、シガニー・ウィーバーみたいな感じになりましたからね。まあ良い方向に結果は出せましたが」
「あのカイアなんちゃらとかいうトーラルシステムか」
「はい。あのシステムのデータと……まあちょっと無茶やらかしましたが、システムの一部をもってこられたのが幸いでした。恐らくアレを調査研究すれば、ヂラールや、ペルロード人の事が一気に進展するでしょう」
「そ、れ、と……あの仮死状態になってるペルロード人のアダムとイブだな……プリ子、あの二人の生体機能停止措置はどれぐらいで解除できるんだ?」
『えっとですね、同じトーラル型システムの施術処理で生体機能を停止させていると思いますのデ、前例でいえば、恐らく三シュウカンからイッカゲツハンほどじゃないかなーと』
「ほー、ってか、結構幅があるし、時間かかるんだな」
『生態自体も未知の方々ですから、色々と手間がかかるんデスよね』
まあ、『生体機能を停止』させて、『ほとんど生きてもいないが死んでいない』状態から復帰させるのだから、寝てるやつをドツいて起こすのとはわけが違う。なんせ刑事罰の一つにも使われるぐらいの技術だからして、相応の手順がティ連科学感覚でも必要なのだと。
そんな雑談で白木が二人をねぎらっていると、情報省大臣の二藤部新蔵が声をかける。
「やあ、お二人共、任務ご苦労様でした」
“日本でも最重鎮の政治家”登場にハっとして「恐縮です、大臣」と頭を下げる月丘にプリル。だが二藤部も月丘達の活躍はよく把握しているので気を利かせて、「さあそれよりも早くあの方に、お二人はお会いしないと」と二藤部が指さす方向を見ると……二人には懐かしい顔である、サージャル大公がどこぞの白人男性と会話していた。
『あ、サージャル殿下ですよっ、カズキサン』
「ええ、懐かしいですね!」
というと、二藤部が、
「話は通していますので、お会いしてらっしゃい」
「いいのですか? 我々のような役人の立場の人間が、他の国の来賓の方々を差し置いて」
「かまいませんよ、私は先程会談でお話させてもらいましたから、今度は戦友同士、積もる話もあるでしょう」
「わかりました、ありがとうございます」
ということで、プリル連れて、サージャルの側にいこうとするわけだが、今サージャルが話をしている高級なスーツを決め、髪をオールバックにまとめて背筋の張った紳士……どこかでみたことあるなーーーーと思ってると、
その紳士が月丘達に気づいたのか、
「やあ! ミスター・ツキオカ!」
と声をかけてくるわけだが、なんと! ソイツはスタインベックサンであったりした!
ええええええ!? と思うプリ子とカズキサン……普段のカジュアルなお姿で、ちょっとナヨっとした女性成分の入ったお姿とは似ても似つかぬ、立派な『男性紳士』であったりするのであった。
で、スタインベックの声に同期して振り向くは、サージャル大公。
『おおっ! これはツキオカ殿にプリル中尉! 懐かしい!』
とグラスを置いて、手を広げ、月丘達に寄ってくる。
すると間髪入れず、ハグして背中を叩き合う。もちろんプリルも。
『久しい、実に久しいですな、お二人共』
「お久しぶりです殿下、ご壮健でなによりです! お国の復興は順調ですか?』
『ええ、お陰様でね。というより、進んでいるからこそ私がこうしてこの星にきているというわけでしてな……プリル中尉も今日は特段お美しいですな』
まあ社交辞令ではあるが、テレテレになるプリ子、そんな二人を見て笑うサージャル。
そして……
「先日はどうもですな、ミスター、ツキオカ」
なんだかなぁと思いつつも、頭たれて挨拶する月丘。いつものオネエなスタインベックではない。ちゃんと『男』してるやんと。
「あ、あ、あ、いや、どうもこれは……」と思わず吃ってしまう月丘であった。なんとも絶妙にカンが狂う。するとスタインベックは、
「まあ、今日は場所が場所だけにTPOというものもありますからね、そのあたりはご了承ください、ミスター」
「は、はは……わかりました」
スタインベックは隣のプリルに対しても、
「今日は一段ときれい……いや、カッコいいお姿ですな、ミス・プリル」
『ふぁい? はあ……そ、それはドウモです』
「あ、そうそうこれを……」
と、スタインベックは月丘にメモのようなものを渡す。月丘は裏返して書かれた文字を読むと、英語で「のちほどお話があります」と書かれてあった。
少し首を傾げて頷く月丘……その様子を遠目で白木も見ていた。
スタインベックが知り合いと軽く挨拶をかわす。そのスキに月丘は白木と目線を合わす。
白木は軽く頷く。つまり『好きにやれ』ということだ。
そんなことを短い間にスタインベック相手にやってると、サージャルが、
『ん? スタインベック殿とツキオカ殿はお知り合いですか?』
と二人に問う。するとスタインベックは、
「ええ、サージャル殿下。互いに仕事の内容もよく知り合っている仲です」
そう言われて少し吹き出すよう笑う月丘。横にいるプリ子も同じくで、
「まあ……そうですね。よく食事にも誘っていただきます」
と差し障りのない返答をすると、サージャル大公とスタインベックがなぜにこのようなところで親密に話しているのか、大体想像はつくわけで、
「お二人は、もしかしてペルロード人の一件で?」
頷くサージャルとスタインベック。
『ええ、日本政府のご紹介で先程まで会談させていただいていました。スタインベック殿のお話が、非常に興味深いものでしてな。少し予定より長く、といったところです』
サージャルの言わんとしている事も理解できるので、ナルホドなと思う月丘。
まあ言ってみれば彼は月丘が確保した、件のペルロード人達の子孫にあたるわけだから、世代を繋いでこの銀河系に影響を与えているという点でも、月丘が確保してきた一連の情報や証拠証左のつながりを示す人物であるのがスタインベックであるだけに、確かに彼と話し合うことは重要なところだろうと思う。
で、当然この四人が揃えば、まずはサージャルとスタインベックがどんな内容を会談で話していたかという事になるのだが、そこは国家の代表と日本が指定した参考人の話で、本来こんなところで聞くような話ではないのだが、サラっと月丘はサージャルに、
「お国のファヌマ教との整合性を、政治的に取れるようなお話になりましたか? 殿下」
と尋ねると、そこはもうお互い国の事情も知った仲なので、
『スタインベック殿から提供いただくことになっている生体データや、歴史的データなどを分析しなければならないが、もし事実なら此度のヂラール戦争の件も踏まえての宗教改革が必要になると法王庁は言ってましてな……まだ国民には公表はしていませんが、我々にとってヂラールがそのペルロード人……我々の言う“ファヌマ神”と同様の存在であるという事実の方が非常に重い。それにスタインベック殿も普通に考えれば、我々の視点で見ると「神の末裔」ということになる。となれば、もう宗教云々で話ができる範囲を超えてくる。これが平時であれば、異端派がどうのこうのだの、ドロドロした政争にもなるのだろうが、幸い……という言葉は使いたくありませんが、それでも今だから「理解の仕方を改革する」という事もできるのでしょうな……』
と、複雑な心境を月丘に吐露する。
だがスタインベックはサージャルに、
「それでも、やはりそのような問題を解決するのは“事実”でしかありませんな、殿下」
『事実ですか……真実ではなく?』
「そうです。事実です。真実というものは、事実を見た第三者の理解に過ぎません。ですから真実を考える事実を、お国の国民に知らせるべきだと私は思います殿下」
ここは流石世界的大企業の経営者だと月丘は思う。まさに正論だ。
そしてインベスターの首魁だからこその、この風格かと思いもする。
さらにいえば……この言葉に、この男が何を目指しているのか、ますます見えなくなってくるというのも正直なところだ。
そうこうしていると、サージャルは今日の主賓であるということもあるので、スタインベックや月丘達とばかり話をしているというわけにもいかず、地球駐在のティ連各国の大使諸氏やら、国際連邦のVIP諸氏とも色々と話の場を持ったりする。
まあスタインベックも一分一秒が忙しい身であり、また今日は参考人ということもあって本日は退散ということで、彼の秘書やらが迎えに来ているみたいなのだが、スタインベックはそんなせかす秘書を制して、月丘とプリルを部屋の隅っこの人気のない場所に呼び、ボディガードにマスコミを近づけさせないように言うと、
「先程の“お話”というヤツですか? スタインベックさん」
「ええ、そうよ」
と、いつものオネエ口調に戻って、
『今度はナニを企んでいるんですかっ、ケラー』
とプリルの言葉にスタインベックはプっと噴いて、
「企んでいる、ですか。まあ確かに企んではいるのですが、もちろんビジネスとしてですけどね」
「で、また何か情報交換ですか?」
「そういうことになりますわね……今回はちょっと大きなブツの取引になりますわよ、ツキオカサン」
「大きな取引?」
「ええ。まあもう別に隠すような事でもなくなってしまってますが、こちらのコネクションの情報で、あなたがまた外宇宙かどこかで、何か成果を上げたのではと、そんな情報を得ています」
「……」
「なんでも今回はかなり大きな成果だとか」
まあ確かに、いずれはティ連はもとより、国際連邦にも打診しなければならない規模の情報にはなり得る話である。
「で……我々も今回はかなりのものを商品として持ってきています。おそらくこれはもう、情報交換というレベルの範疇を超えているものですわね……興味がおありですか?」
といわれても、月丘の立場としては、彼お得意のハッタリというのもあるかもしれないので、おいそれと納得するわけにもいかない。但し、このスタインベックの件では、白木から全ての任務の遂行権限を一任されているわけでもあるので……と、どっかのダブルオーナンバーの諜報員クラスの仕事ができる月丘さんではあるが……
「ふーむ……あなたがそう仰るのであれば、大きなモノなのでしょう。実際あのナチスのオーバーテクノロジーな兵器にも驚かされましたが、あなたの持ってくるブツは政府の仕事の方針をごっそりと変えてしまいそうなものばかりですからね……正直言って怖いんですけど」
確かにそのとおりである。
このオッサンは、オネエではあるが、嘘はついたことがない。
ハッタリは突撃バカの王である柏木並みにかますが、基本、事実情報なので、もってくる商品自体に嘘偽りはない。ただ、タイミングが問題で、参考程度のブツや情報なら良いのだが、日本政府、時にはティ連本部も動かなきゃならないようなものを絶妙なタイミングで持ってくるので、かなわんところがあるわけなのである。
「では先に教えて下さいます? ツキオカサンの情報。どのみち近々には公開するものなのでしょ? 公か、特定機密取り扱い関係者のみなのかはわかりませんが、公開してしまったら、どのみち私達も知ることができます」
おいおい、トンデモないこというなぁと思う月丘。特定機密も知る事ができるということは、日本政府の中にインベスターの間諜がいるってことやないかいと。
そんなことよく平然と言ってくれるものだと月丘は思うが、まあそれはいいとして、多分そうなるというのも理解はできるので……フゥと溜息ついて、VMCボードをPVMCGで造成すると、
「どうぞ。持ち出し厳禁です。この場で読んで下さい」と、ボードをスタインベックに渡す。
『え! いいのですかっ、カズキサン!』
とプリルに意見されるが、まぁまぁとプリルの両肩を叩く。そしてスタインベックの反応を見る。
すると、ニヤついた彼の顔が、鋭い視線になっていくのが見えた。
月丘はスタインベックのこの表情を見たかった、というのもあった。
VMCボードに書いてある内容は、勿論、キャッスル・アンノウンこと『宇宙船ゲルベラール』内での出来事である。当然大きく表題に乗るのは、カイアシステムの件と……
「ツ、ツキオカサン……これって……」
「どうですか? 私の商品は」
「ほ、本当ですの!?」
「ええ。今はティ連の極秘施設で、そこに書いてあるとおりで蘇生中ですが、いずれはゼスタールにいる関係者であるマルセア議長こと、マルセアシステムさんとも面会してもらいたいとも思ってます。当然、“貴方もいずれ”、ということになると思いますが」
あまり大きな声も出せないので、周囲に視線をやりながらそんな事を月丘はスタインベックに話すと、
「素晴らしい!!!」
と急にスタインベックは月丘の手を取ってブンブンふり、らしくない動作で感動し、
「え? え? な、なんですか?」
「流石はソウチョウタイのエースですね、まさか我々のご先祖様を、いえ、生き証人を確保するなんて……そこまでのものは予想していませんでしたわ。しかもペルロードの全容を知るシステムも確保するなんて……」
「いや、まぁ……これも経緯を話せば、惑星エルミナス、いえ、スタインベックさんにはまだ惑星イルナットの名前の方がわかると思いますが、まあその、そこで発生するヂラールの起源、起点を調査してたら大当たりをくらった偶然のブツでしてね。あんまり自慢できるようなものでもないのですけど」
「なにをいってるのです……なるほど。では私の方の商品も、このツキオカサンの商品に負けないものですわよ。此度は本当に同じ値打ちの商品ですわね」
「?」
なんかメチャクチャ興奮しているスタインベックで、もう次のスケジュールもあって、「はよせー」とやきもきしている秘書をまたせて、なおかつ一人部屋の隅っこで興奮爆発させて、何事かとマスコミもワラワラ寄ってくるが、ボディガードに阻まれて、と、周囲を結構賑やかにしている二人ではあるが……
「では、私の商品の方は、直に見ていただかないといけないので、この場ではお話できませんが……」
「ええ? 教えてくれないんですか?」
月丘はちょっとおどけて不満そうな顔をすると、
「ウフフ、まあまあ」とスタインベックは言いながら、スっと黒塗りのIDカードを月丘とプリルに渡すと、「このカードを持って、この場所にいらして下さい」
「? ……ボツワナ共和国?」
「交通手段は、全部こちらで用意しますから」
「はぁ……」
「ご都合のよろしい時に、羽田の弊社航空会社のカウンターで、そのIDカードを空港スタッフに見せてくださいな……では、私も予定がありますので。あそこで秘書が目を三角にしてますから、そろそろいかないと」
月丘とプリル、スタインベックはそういうことでと握手して別れる。
まあ毎度のことではあるが、なんかこっちの情報を一方的に喋らされて、あとはお預けくらったみたいな、いつもの感じなのでもう慣れたが、ただこのパターンで次に来るのはかなりデカい案件だったりするので、警戒は必要なところではある。
むこうで手を振り、ロビー玄関の方へ消えていくスタインベック。マスコミをワラワラと引き連れて毎度の通りの有名人ぶりだ。
月丘も軽く会釈。
『……ねー、カズキサン。この“ぼつわな国”ってどんなトコロですか?』
「ああ、まー……暑くて、サバンナで、動物さんがいっぱいいてってな感じですね。ぶっちゃけ日本人的に言えば遠いところで、会社のサラリーマンが出張にいけ、と言われれば、呆然としちゃうような場所ではあります、むはは」
『あー、そういうカンジの場所かー』とプリルは、自分の知っている辺境惑星を想像しながら、実はあんまり自分の得意そうな場所ではないなと渋い顔をする。
まー、エルフ型異星人だしって、関係ないかと笑う月丘であった。
そんなコトやってると、
「月丘君」
柏木防衛総省長官閣下殿が、スリーピーススーツ着て、ドレス姿のフェルを伴い、月丘の元へやってきた。
「あ、柏木長官」
『お、お久しぶりですっ!』
月丘は普通に握手してるが、プリ子は緊張してビシっと敬礼して不動の姿勢。
まあプリル的に見れば一応彼女は日本の情報省へ出向の身で、本来所属はディスカール軍なのでティ連防衛総省長官閣下の柏木さんは、元来雲の上の人であるわけで、そんな感じになってしまうのだが、柏木は毎度のプリルの態度に笑って、「まあまあ」と彼女を宥める。
「フェルフェリア大臣も、お変わりなく」
『ウフフ、ケラーお二人の活躍はワタクシも色々聞いていますヨ。ご苦労サマですネ』
「今日はお二人も、サージャル殿下と?」
「うん、今も色々とあの時の話も含めて話していたところだよ」
「これは、パウル提督がいればなぁ、ですね」
「そうだよな。彼女がいれば、あの時の懐かしい面々が揃うのにな」
パウルは今、惑星ゼスタールで、居残り組として奮闘中だ。
「月丘君、向こうで二藤部大臣や白木達が手招きしている。向こうで話そうか」
と、四人は二藤部や白木のいるテーブルへ合流。
サージャルは国際連邦の理事長と個別会談に入ったみたいで、席を外しているようだ。
「大公殿下もここに来て大人気だな」
と柏木。
『デスね~。今はもう地球社会の知る異星人サン達の国家は、ティ連だけではなくなりましたからネ。国際連邦サンの完全な独自外交がモテる唯一の地球外主権が、グロウム帝国サンですから、今日の日は、地球各国サンも色々チャンスと見るデスよネ』
とフェル。そう、国際連邦加盟国のまだかろうじて自由の利くそれまでの異星のオーバーテクノロジーの入手先はスール・ゼスタールだったのだが、この主権もティ連に加盟することになってからは、ティ連の一極集中外交政策……これでも相当に緩和された政策ではあるが、この政策の規定の中で以降は色々制限付きで活動していたわけで、国連から見ればちょっと面白みが少なくなり、メンドクサくなってしまっていた外交ではあったのだが、グロウム帝国はその点でいえば完全にフリーな外交ができる異星人国家である。となれば国連各国も国家の全精力をあげて外交攻勢をかけるわけで、実のところ予想外にサージャルも地球的には重要人物となってしまって大変だったりするわけである。
まあこれに関しては流石にティ連も横槍を入れられないので、ティ連国家、即ち一番近い出先国家である日本国も彼らとは国連各国同様の外交を行わないといけない。
でもそこはフェルさんの腕の見せ所ではある。ま、グロウム側も、大恩あるのはティ連と日本なので、サージャルのメイン外交は無論日本とティ連なのではあるが。
「ところで月丘、スタインベック氏とのヒソヒソ話はなんだったんだ?」
と問う白木。月丘は彼からもらったツヤのあるブラックのIDカードを見せて、
「また毎度の事なんですが、一方的にこちらの情報喋らされて、今回はこんなのくれましたよ」
すると白木は、ゲ? というような目つきでそのカードを手に取ると、
「おいおいおい月丘、このカードってパイド・パイパー社の関連航空会社全社で使えるオールフリーパスだぞ。すげーもんもらったな」
「え?」
白木の話では、なんでもこのカード持ってたら、まるで電車にでも乗るようにパイド・パイパー社関連の航空会社の航空機に乗れて、どんな混雑期でも必ず座席が取れて、年に数回はチャーター機も運用できて、その座席は全てスーパーレジデンスクラスというトンデモVIP専用カードで、年間契約は、まあ相応の金額なんだそうな。
『ふわー、すげー』
と感嘆の声を上げるプリル。ってか、もっとスゴイ宇宙船で地球に来てるのに、と思うなかれ、パイド社のスーパーレジデンスクラスはホテルサービス並で有名なのだ。
その話聞いて、月丘は口を尖らせながら、
「それで、このカード使ってボツワナ共和国まで来てくれという話なんですよ、班長」
「ほう、ボツワナねぇ……アフリカかぁ……」
手をアゴに当てて、考える目をする白木。東大首席卒業の生まれつきの天才が何を思うか?
「よう、柏木。お前の偏った知識で、ボツワナって言ったらなにを思う?」
と白木は柏木に問う。
「なんだよ偏った知識って……って、ん~……そうだなぁ。ゾウさんやライオンさんがいっぱいいて……あとは、人類発祥の場所って事ぐらいか」
するとフェルが驚いて、
『エ!? ソウなのですか? マサトサン』
「ん? 調査局で調査していないの?」
『アー、そうか。私が退任するまでの間では、そこまで調べてなかったデスね』
「んじゃ、ポルさんなら、もう知ってるかもな」
だが、月丘は、
「あ、私は普通に知らなかったですが、そうなのですか?」
「確かそうだったと思うけど、俺もそこまで興味のある話じゃないからよくは知らないが、そうなんだろ? 白木」
というと、フフン顔で白木がメガネをクイと上げて、
「御名答だ柏木、はは。で、まあ言い方を変えれば、そんな話題ぐらいしかないようなトコロがボツワナだな。そんなところへ来いというのも、あのオネエのオッサンの事だ。普通の話で終わるわけはないんだろうが……」
すると、二藤部がちょっと思い出したように、
「そういえば白木さん、確かボツワナ共和国で、そのパイド・パイパー社が大規模な開発事業を行っているという話を耳にしたことがあるのですが、それと関係があるのでは」
「という話ですね、大臣。私もその件は把握しています。あの自然環境保護に五月蝿いボツワナ政府が、ああもあっさりと企業に自然環境保護区を差し出すとは……」
その白木の疑問に月丘は、
「大きなお金が動いたと見るべきでしょうね。しかもパイド・パイパーというよりは、インベスターとしてのパワーで」
「そう見るべきだろうな」
と、そんな事を考える諸氏。でも考えても仕方ないし、スタインベックがこんなパターンで動くとなれば、ドイツでの一件も考えるとまた大きな事案になるのはわかってるので、
「ま、そんなご招待IDもらったんなら行って来いや月丘。プリ子もアフリカは初めてだろ。ま、この地球にも“あんな環境、こんな環境、こんな民族に人種”があるっていう良い社会見学だ。ゆっくり見てこいよ」
『了解ですハンチョー……でも私、暑いトコロ苦手なんですよね~』
ということで、アフリカ出張決定のシャドウチームである。
* *
さて、地球帰還途中で月丘達と分かれてゼスタール合議体の月面基地へ、ゼスタール製機動攻撃艦“ヤシャ”を返納し、その後トランスポーターで地球へ向かったシビアとネメア。
彼女達は現在、ヤルバーン自治国の医療研究区画にいた。
シビアも今は立派な総諜対の出向エージェントである。彼女達は地球へ帰還途中に白木から指示を受けて、この場所にやってきていた。
ネメアは総諜対とは関係ない人物ではあるが、総諜対と繋がりの深い特危自衛隊情報科との共同作業であるという点で、現在特危自衛隊に出向中のネメアもシビアとともに仕事をしてくれという事に相成った。
さて、その仕事の内容はと言うと……
「お久しぶり、待ってたわシビアちゃん、ネメアさん」
医療研究区のロビーで待つのは、連合本部外務局部長にして、総諜対登録メンバーの瀬戸智子であった。彼女もお久しぶりの登場である。
『セト生体。久方ぶりだ。変わりはないか』
とシビアにネメア。彼女達もゼスタール戦争勝利以降、なんとなくあの機械生命体じみた性格から丸くなって、ちょっと人間味が出てきた感じである。智子もそこはそう感じて、
「ウフフ、お二人とも随分会わないうちに、なんかいい感じに丸くなってきたみたいね」
というと、ネメアは首をかしげて、
『丸くなった……形状的に変化を及ぼすような状況にはないと思うが……太るにしても、我々には栄養素に基づく体型変化の機能はない』
「え!? あ、いえいえそういう意味じゃなくってね」
まだちょっとスールボケの入るゼスタール合議体の方々。
ま、そんな話はおいといて、
「私も今日は白木さんに言われて、あなた方にお付きあいできたんだけど」
『肯定。我々も地球への帰路途中でシラキ生体より概要は聞いている。あのペルロード人の経過調査だな』
「そういうことシビアちゃん」
『だが話ではあの二人が蘇生するのはまだ先の話ではなかったのか?』
「まあそうなんだけど、お二人は資料にあった、あのゲルベラール? っていう宇宙船での一切を知っているからアレだけど、私達地球のスタッフはまだ完全な報告書も出てない状況だから、色々と事前調査もやっとかなきゃならないのよ。私の本来所属している連合外務局としてもね」
『了解した。では我々がアドバイザーとしてお前の仕事に必要である、という理解で良いか?』
「そういうこと。色々宜しくご助言くださいね、お二人共」
了解とゼスタール娘二人は仕事内容を承知すると、
『やあやあ! コンニチハです~』
と明るい笑顔で三人の下へやってくるは、ニーラ・ダーズ・メムル大先生であった。
「ニーラ先生、こんにちは。お世話になります」
『ニーラ生体、この再会を評価する』
とみなして握手すると、挨拶もそこそこにさっそく本題に彼女は入る。
研究棟へ歩きながら説明するニーラ。
『いやいやですね、今回ソウチョウタイのみなさんも、なかなかなかにデカイお仕事持ってきてくれまして、やりがいがありますよぉ~』
『それで、蘇生作業の方は順調に進んでいるのか? ニーラ生体』
「今のところは順調ですね、ケラー・ネメア。でも、慎重にならなければならないところはあるんですよぉ」
『と、いうと?』
先頭を行くニーラは少しその歩みを止めて、くるりと三人に向きあうと、『フゥ』と少し吐息をはいて、
『もうネタバレしちゃいますけどぉ……色々調べると、あの二人、もしかしたら“云万歳”のお歳かもしれないんですよね~』
『なに?』
流石のクールビューティーなネメアも驚きつつも訝しがる表情を見せる。それはシビアや智子も同じ。智子にいたっては、「えええ!?」なんて声を上げている。
『驚いたデショ? ティ連でも、過去の記録で犯罪者も含めて万年単位で生体機能停止された人なんてイナイから、やっぱり慎重にならざるをえないんですよね~、生体機能停止じゃないですけど、精死病の患者サンでも、万年単位で精死病状態だった人なんてのはいませんでしたから』
ニーラは再び歩き始めると、
『だから色々と手間暇かかっちゃうんですよね。ですから当初は地球時間で一ヶ月半ぐらいって言ってましたけど、これもわかんないデスね~』
『なるほどな』
とネメアが頷くと、研究棟に入る四人……中はイゼイラ技術の医療機器機材で溢れており、そこには数人のスタッフが二四時間、交代制で計器とにらめっこしている。
そして一つガラス状の透明物質で隔てた向こう側に、蘇生用の透明なカプセル状の機材に入れられたペルロード人二人が横たわっていた。
その容姿を初めて見ることになる智子は、
「わあ、美人さんと、イケメンさんね……で、うわ、すごい、本当に腕が六本もあるんだ……どんな肉体構造なんだろう」
すると、シビアが気を利かせているつもりなのだろうか、自身の体のモーフィング機能を使って、ペルロード人の六本腕を再現して見せる。
「うわわっ! って、いきなりナニするのシビアちゃん」
『コレがペルロード人の腕の構造だ。それをシミュレートしてみた。観察せよ』
「あ、そりゃどうもご丁寧に……って、ニーラ先生?」
『うひょ~! そうか、スールさんはこういうことができるんですねっ! なるほどなるほど、コレは研究作業に協力してもらわないとっ!』
なんか良いもの見つけたみたいなニーラ先生。
で、その六本腕だが、マジマジと見ると、やはり、かの『阿修羅観音像』のような付き方をしているようである。
「で、シビアちゃん、その状態で作業ってできる?」
と智子が問うと、はっきりした態度でシビアは首を傾げて、
『否定。正直なところ、我々に六本の腕を持つ意義は感じない。元々の生体がそういう構造ではないから、もしこの形態を使いこなすには、新たな経験が十二分に必要となるだろう』
ともっともな感想を返す。ということは、それが生体として完成しているペルロード人は……
『テレビゲームしながらゴハン食べて、背中掻いたりできるのかな?』
と真剣な顔で考えるニーラ大先生。
「いや、そんなおバカな話じゃないと思いますけど……」
と智子が言うと、
『ん? おバカ? おバカ……あ、そうだっ!』
と、なにかPVMCGをポチクサやって、VMCカードを出力して見せるニーラ大先生。
『コレコレ、コレですっ! なんですかこの“アホのニーラへ”とか書いてるデータはっ! まったく失礼ですねっ! どこの誰がこんな変なデータをよこしたんですかっ!』
「えっと……知ってる? シビアちゃん、ネメアさん」
コクと頷く二人。
『タリア・ファウンド・サリーネという科学者だ』
とシビア、ネメア二人でハモる。
『タリア? あーーーっ! あのトシマのウ○コ科学者ですかっ!』
「え? どしたんですか? ニーラ先生? どういうこと? シビアちゃん」
『あのオバチャンはですねっ! 私の論文にいーーーっつもケチつけてくるんですよっ!
で、時空間遡上学とかトンデモ学問考えだしてそれをですね……え? 時空間遡上技術の応用理論最新版?』とニーラがVMCカードを見ると、『あーーーっ、あのオバチャン、もしかして新しい研究を~……!!』
とか叫んで、三人をほったらかして医療区画を飛び出し、自分の研究室に飛んでいって、扉をバタン! と閉めてしまった。
ポカンとする智子にシビアにネメア……ゼスタール娘二人がポカン顔するぐらいだから相当なものである。
まあゼスタールの二人はいいとして、まだこれからカイア型の話もしなきゃなんないのに……と、ちょっと長くなりそうと思う三人であった……
* *
さて、あれから数日後、
月丘とプリルは羽田空港にいた。で、別に二人して婚前旅行に行くわけではないので、もう一人どなたかを待つ。すると……
『おまたせ、二人共!』
『わー、ケラー・メイラ! おひさー』
やってきたのは、防衛総省情報部のメイラ・バウルーサ・ヴェマ少佐であった!
そう、あのヴェルデオ議長の娘さんで、某英国諜報員マニアのあのフリュである。
ハイタッチしてキャイキャイ言っているプリルにメイラ。月丘は「観光旅行じゃないんだから」と、二人を宥める。
ということで三人はナニしに行くのかというと、これから飛行機でボツワナ共和国まで飛ぶと言った次第。『え? IDは二人分じゃなかったけ?』という話だが、一カードに同伴二名までおkと、コストコの会員証みたいなこと書いてあったので、メイラも同行するように白木が指示した。
なぜかといえば、プリルはスペクター要員、即ち後方支援要員なので、現場に精通したメイラも同行させたわけだ。即ち、ボツワナに三人で行きはするが、これも諜報活動なのでバックアップサポートとしてスペクターチームも動いており、ティ連トランスポーターで海中深く先行して……というヤツである。
本来なら外務局の件のイケメン野郎、セマルも連れて行きたかったのだが、外務局は独自に現在任務遂行中だそうで、残念ながら叶わなかった次第。本来ならボツワナまで飛んでとなったら外務局の案件じゃないのかという話なのだが、こればかりは先方、つまりスタインベックからのご指名案件なので月丘がいかないと仕方がない。
ということで、普通の旅行者みたいな格好の、そこらへんの日本人やイゼイラ人みたいな三人がパイドパイパーの運営する航空会社カウンターで、例のブラックカードなIDを見せると、カウンターのお姉さんは目をギョギョっとさせて大慌て。
中の事務室から偉いさんが飛んできてペコペコして三人を一般のお客とは違う搭乗待合室に連れて行く。
荷物検査もありゃしない。つまりそれだけの信用信頼があるということだろう。
『おひょ~、ナンデスカこれは! 豪華ですねぇ~!』
『こ、これは……こんなところきたのハルマに来て初めてよ……』
首を全周旋回させて驚くプリルとメイラ。
「スタインベックさん、やりすぎですよこれは……」
と頭に手を当ててイタがる月丘……話には聞いていたが、最高級のVIPチャーター機の待合室じゃねーかと。こないだ『世界不思議ナントカ』とかいうクイズ番組の、この航空会社の特集で見たぞと。
うまいお酒にオードブルなんぞがあってーので、サウナやデカいバスルームもあったりして、という感じだが、もう出発時間も一時間後ほどなのでそこまで堪能できるわけもなく、適当にソフトドリンクいただいて、オードブルでもつまんで待っていると、チャーター機のCAさんの偉い人みたいな女性がやってきて、
「皆様、詳細はスタインベックから承っておりますので、ボツワナ共和国までどうぞ、ご自分の航空機のようにごゆっくりお寛ぎ下さい」
と一礼なんぞ。でもってチャーター機まで案内されるが、チャーター機といってもビジネスジェットのようなものではなく、なんとスタインベック個人所有の有名大型旅客機だ……彼は自分の『マイ旅客機』を回してくれたのである。
さすがにこうまでされると月丘も恐縮しきりで、「いやはや、これはどうも」といつもの余裕あるシャドウ・アルファからは程遠い、ただの日本人の役人なオッサンになってしまう。
ま、そんな感じでボツワナ共和国まで飛ぶわけだが……
* *
まあチャーター機でスタインベックの私用機とはいえ、なんだかんだでパイド・パイパー社の航空機でもあるわけで、このバカでかい飛行機の中に月丘達三人だけというわけもない。
彼ら三人は、航空機二階のVIP来賓区画を私室のように自由に使うことができて、バーに娯楽施設なんぞ、まさにあの英国情報員のような演出満載の状況を満喫することができるわけで、なんか妙にメイラが興奮してたりするのだが、ま、それはいいとして、このチャーター機はシンガポールにインドのムンバイを経由して、それらの空港で物資と人員を若干数積み込んで、ボツワナ共和国の件のパイドパイパーが借り受けている敷地に作られた巨大な滑走路に着陸する。
まあつまり定期輸送便の役割も果たしているわけで、言い方を変えればその輸送便に便乗させていただいたという見方もできるのだが、それを言ってしまうとブラックカードIDの値打ちがなくなってしまうので、彼ら専用のチャーター便だったということにしておく。
到着早々、CAは三人に、
「長旅おつかれさまでございました。現在当機は“マクガディクガディー・パンズ国立公園”内に臨時で建設されました、弊社の専用空港に着陸しております」
「なんですって? マクガディクガディー・パンズ国立公園っていったら、ボツワナでも有数の自然公園で、管理が厳しいはず。そんなところにパイド・パイパーさんは空港を作ったっていうんですか!? いやはやよくボツワナ政府が許しましたね、そんなこと……」
月丘は驚く。彼も中東アフリカに関しては、例の使徒派の部族連合にも所属していたことがある経験から、そのあたりはよく知っている。
(これは、多分ものすごい金額の金と、人が動いたな……消えた人間もいるか?)
それぐらいの不可能な事を可能にしているのが、今のこの地なのである。だがそのCAさんは、
「申し訳ありません、私も詳しいことはわかりませんので、ご容赦を」
「ああ、そうですよね、すみません、失礼しました」
「では、今から皆様を当地の弊社社屋までご案内致しますので、この服に着替えられてお待ち下さい」
三人分用意された服とは、なんとここれまたパイドパイパー社員が来ているツナギの作業服である。縫い付けのIDには、これまたブラックカードと同じようなIDが取り付けられており、金色の文字で名前が書かれている。
なんとも恥ずかしいやんと思う月丘だが、プリ子にメイラは楽しそうに服を着替えているようだ。勿論別室で、である。
三人は着替え終わると、当地のスタッフに促されて、安全ヘルメット被り、なにやら大規模な採掘現場か発掘現場のような場所へ連れて行かれる。
すると、
「ようこそ、ツキオカサン」
「スタインベックさん……先日はどうも」
そこには先んじてスタインベックがすでに待ってくれていた。彼も畏まった服装などではなく、月丘達と同じツナギにID付けて、ヘルメットをかぶっている。ここは他の社員と同じ服装だ。なかなかに秩序正しいところのようである。
従業員はやはりボツワナという地だけあって、黒人系アフリカ人が多い。
ただ、コレほどの企業の中で働けるわけなので、相当な高給も期待できる。アフリカ人としては非常に良い職場だろう。
で、そんな事も思いながら取り敢えず握手。すると彼は見慣れない人物の方へ視線を移し、
「ツキオカサン、こちらのイゼイラ人のお方は?」
「ああそうか、初めてでしたね。彼女は総諜対のメンバーで、名前は、メイラ・バウルーサ・ヴェマさん。階級は私と同じです」
ぺこりと頭を垂れるメイラ。
「バウルーサ・ヴェマ……ということは、もしかしてヴェルデオさんのご親族か何かで?」
『はい、娘です』
「ああ、そうでしたか。それはそれは」
すると月丘は率直なところをスタインベックに話す。
「まあ彼女は総諜対に所属してはいますが、本来はティ連の情報部所属の軍人さんです。つまりあなたの動向は、ティ連も重要視しているということですよ」
「あらあら、それは光栄なことといえばよろしいのかしら?」
月丘は眉を上げて、その疑問に答えた。つまり『さあ?』ということだ。
「でもそうなればかえって今からお見せするモノにメイラサンがいらっしゃるのは、かえって都合がいいですわね」
その言葉に訝しがる月丘。
「では、こんなとところで油を売っているのもなんですから、先日のお取引の商品をお見せしましょうか、皆さん付いてきてください」
ここから三人はスタインベック直々の案内を受け、鉱山エレベーターのようなものに乗せられて、地下へ地下へと降りていく。
「さて、このエレベーターを下層区で降りたら、いきなりそのブツが見えることになります……みなさん、おどろかないで……いや、ちがいますわね。驚いてくださいね、ホホホ」
あー、彼がこれを言い出したらまた忙しくなると思う月丘。で、プリ子とメイラはワクワク顔だ……一応相手は要注意人物指定のオネエなんだからな、と心で思う月丘。
しばし後、チンという素っ気ない鐘の音がなり、2000m地下の最下層に到着した。
ガラガラという鉱山用エレベーターによくあるような、あんな音を立ててエレベーター前に広がるわ、なんとも巨大な地下空間であった!
「これは……」
『ほえー……』
『なにここ……』
と、上から月丘、プリ子、メイラとその巨大な地下空間に驚くわけだが、
「この空間は、パイド社の方が掘ったのですか?」
「いえいえ、もとからこの大きさの空間ですわよ。でも確かにつららみたいな鍾乳石なんかがたくさんありましたけど、そんなのはみんなカットしてしまいました」
「ええっ! そんなもったいない。観光資源になるんじゃないのですか?」
「ウフフ、そんな観光資源なんて……これを見た後に『必要』だなんていえるかしら?」
そのだだっ広い空間の約一〇〇メートルほど奥に、簡易シャッターのようなもので覆われた“何か”がある。
スタインベックは手を軽く上げて合図すると、何かを巻き上げるような機械音に従って、大きな何かを隠蔽するシャッターがせり上がっていく。
と同時に、暗い空間にさらなる照明が焚かれて、この地下空間がほどなく全て照らされる明るさに満たされると……まず声を上げたのは、プリルだった。
『こ、これは……!! まさかトーラルシステムなのっ!?』
次に続くは、『言われてみれば』として、
『た、確かに……私達が使ってるものとは見た目が違うけど、フレーム構造はトーラルシステムだわ……でも、なぜこんなとろに……』
とメイラも驚きを隠さない。だが状況を見抜く力はプリルのほうが上手で、
『でもでも、このトーラルシステム、もう壊れてるのかな? え? いや……朽ち果ててるの?』
月丘もシャッターがせり上がった後に彼も流石にそのブツが何かを理解したようで、
「はーーーー~……スタインベックさん、今度は何なんですかぁ? こればっかりは冗談じゃ済まされませんよ。まさかフェイクでしたとか」
と、そんなフェイクじゃないのはプリルが一発でお見通しで、月丘の呆れたような会話に割り込んできて、
『イエイエイエイエ、それより、このトーラルはどれぐらい前のものなんですかっ!?』
その総諜対三人組の狼狽する姿に、スタインベックもしてやったりといった感じで、
「オホホ、どうですかツキオカサン。あなたの商品に釣り合うよな取引でしょ?」
「ええ、まあ確かに……まさかこんなアフリカくんだりまできて、トーラルの遺跡みたいなものを拝まされるとは。で、プリちゃんの質問ですけど、どれぐらい前のものなんですか?」
「ええ、それなんですけど、年代測定がまだはっきりしないんですが、大体六万年前から、一〇万年前ぐらいではないかと、学者サン達は言ってますけどね」
「六万年から、一〇万年前……」
彼もその年数に心当たりがないわけではない。というか、真面目に学校行ってたら、中学生ぐらいには教わる年代だ。何があるのかは彼もあまりこういう考古学には興味はないのだが、知識としては覚えてはいる。
エレベーターから降りた四人は、そんな会話をしながら、そのトーラルの遺跡に近づく。
するとプリルはPVMCGで検査機を造成して、
『ケラー、ちょっと検査機かけてもいいですかっ?』
「はいどうぞ」
プヨヨヨ……と距離はあるが、その大きな物体を検査機でライトを照射するように、上に下へとあてがうプリル
『フ~ム、確かにもう化石化して壊れてますね。修復とかそんなんじゃなくて、本当に遺跡です』
するとスタインベックは、
「そうね。でも別に修復なんてどうでもいいのよ、このトーラルの遺跡に関してはね」
『え?』
と、思うプリルだが、そこは一応ベテランでもある諜報員のメイラが、
『なるほど……このトーラルという存在が、遺跡であろうが何であろうがここに在ることで、あなたの意図する目的は十分に達成される、ということですか? ケラー』
『ウフフ、さすがヴェルデオさんの娘さん。お察しが良いわね』
ああそうかと思う月丘。これは一本とられたと。だが彼も負けじと、
「ですが、このトーラルの出自も問題ですよね。もしかしてこのトーラルによって与えられた影響というものも、私の稚拙な歴史の知識から鑑みれば……まぁ~た、あのナチスの機動兵器なんて足元にも及ばない大事件になりそうな気がするんですけど……」
と月丘がボヤキ気味に言うと、スタインベックもそこは同意するといたっところで、「確かにそうね」と頷く。
月丘達四人がそんな話をしていると、また後方でエレベーターに乗って誰かが降りてきたようだ。
そのエレベーターの粗末な鐘の音に全員が振り向くと、ここに来る決まり事のようなツナギ作業服を着ずに、小綺麗なスーツ姿で降りてきた人物がいた。
見るに東洋人のようだ。
「? あの人は?」
するとスタインベックが少し顔をしかめて、
「ああ、あいつですか……」というと、声を小さくして「(ツキオカサンにはもう、貴方達と私の仲ですから言いますけど、所謂、インベスターの。ね?)」
プリルにメイラも腰をかがめて月丘とスタインベックの小声会話を聞くと、はぁはぁと頷く。投資家を名乗るインベスターの要人が、見学かと。
だが、この場所の決まり事であるツナギの作業服も着ずにやってくるとは、なるほどあまりスタインベックとはウマが合わない人物のようなのか? と思うのだが、と、いうことはこの組織も一枚岩ではないということなのか? ともおもうが……
そんな、その東洋人を観察していると、お付きのボディガードのような、コートを着た風体の人物に目をやる。
顔に大きな傷を……
「!!?」
そやつの顔を見た瞬間、月丘は顔を背けてシェードグラスをかける。
どうしたんだと訝しがるスタインベックにプリ子とメイラ。
シェードグラスを掛けて、横目でその顔に傷のある男を再度見る月丘。
その男は、以前月丘と対峙し、彼と、当時仕事を一緒にしていたシビアと協力して“始末”したと思っていた男……
北朝鮮人民軍偵察総局工作員。
忌避の意味を込めて、世界から『何でも屋』の悪名を持つ工作員、『李方博』だった……




