8話 欠落
廊下の空気は、先ほどよりも少しだけ緩んでいた。
怒鳴り声は消え、
誰もが言葉を選ぶ段階に入っている。
疑いが消えたわけじゃない。
ただ、表に出す形が変わっただけだ。
「……順番に聞いていこうかな」
俺はそう言って、三人を見た。
「さっき戦士にしたのと、似たような質問だよ。
当日の皆の行動とか、勇者がどのタイミングで亡くなったのかを知りたい」
ファルスは何も言わず、腕を組んだままだ。
⸻
僧侶・セリス
「セリス」
名を呼ぶと、彼はすぐに姿勢を正した。
「はい」
「勇者の回復は、普段から君が担当してた?」
「ええ。戦闘後は、ほとんど私が」
「軽傷も?」
「はい」
「重傷も?」
「……可能な限り」
「どの程度まで治せる?」
少し考えてから、答える。
「致命傷でなければ。
時間さえあれば、命を繋ぐことはできます」
「時間があれば、か」
俺は一度だけ頷いた。
「最後の日、勇者に回復はかけてる?」
「いいえ」
即答だった。
「怪我は?」
「確認していません」
「体調不良は?」
「……特には」
それ以上続く言葉は無かった。
俺は、間を置いた。会話が一段落したように見える、
ちょうどそのタイミングで──
「じゃあ」
声を落とす。
「勇者が倒れていると聞いた時、
どうして“もう間に合わない”と思った?」
空気が、わずかに沈んだ。セリスの視線が、ほんの一瞬だけ揺れる。
「……知らせを受けた時点で」
「誰から?」
「ファルスからです」
「どういう言い方だった?」
「……『息がない』と」
「それを聞いて、確認前に判断した?」
沈黙。
否定も、肯定もない。
「僧侶として?」
逃げ道を塞ぐような言い方ではない。
ただ、立場を確認する。
「それとも、個人の判断?」
「……僧侶としてです」
答えは出た。
正しい。
正しいはずだ。
それでも、
その“即断”は、頭の隅に残った。
────
魔法使い・ヴェラ
「ヴェラ」
「はいはい」
軽く返事をして、彼女は一歩前に出る。
「最後の日、勇者の様子は?」
「普通」
即答。
「苛立ってた?」
「いいえ」
「焦ってた?」
「特には」
「君と、言い争ったりは?」
ここで、ほんの一拍。
「……今後の方針について、意見の違いはあったわ」
「感情的に?」
「ならない」
言い切る。
だが、語尾は短い。
「結界について聞くよ」
彼女の視線が、わずかにこちらを向く。
「勇者専用の結界、管理は誰?」
「私」
「異常は?」
「把握してない」
「……音がした、という話がある」
何気ない調子で続ける。
「君は気づいてた?」
一瞬。
「さあ」
ヴェラは肩をすくめた。
「結界なんて、展開した直後は多少鳴るものよ。
それに、私だって他の箇所の調整に回ってたわ。
その時の作業音が、どこかで響いただけじゃないかしら?」
正論だ。
魔法使いとして、間違っていない。
「そうだね」
俺は、それ以上踏み込まなかった。
「管理者が触れば、あり得る」
肯定だけを返す。
ヴェラの表情は変わらない。
余裕のある、いつもの顔だ。
――ただ。
そのやり取りを聞いていたセリスが、
一瞬だけ視線を伏せたのを、
俺は見逃さなかった。
────
三人の話は、どれも破綻していない。
誰も、明確な嘘はついていない。
ただ──
判断が早すぎる者。
距離を取りすぎる者。
感情を前に出しすぎる者。
それぞれの“癖”だけが、静かに浮かび上がっている。
まだ、何も暴いてはいない。
だが、欠けているものがあることだけは、はっきりしていた。
誰もが次に何を言われるのかを測りかねて様子を見る段階に入っている。
空気が、わずかに緩んだ。
三人の肩からわずかに力が抜け、この不毛な聞き取りがようやく終わるのだと、誰もがそう信じた。
「……ふぅ。よし、今日はこれくらいにしようか」
俺は手帳を閉じ、ふっと息を吐く。
張り詰めていた視線を外して、どこか遠くを眺めるような、そんな無防備な姿を見せた。
全員のガードが下がり、思考が「次の行動」へ移りかけたその完璧な隙間に。
俺は、まるで世間話の続きでも思い出したかのような軽い調子で言った。
「──ああ、そういえば。聖剣の飾り金具は、どこいったのかな?」
──その瞬間。
廊下の空気が一瞬で密度を増し、喉に張り付くような沈黙が流れた。
ほんの一拍。
けれど、俺の目にはその一瞬の静止が何より巨大な違和感として映った。
戦士の視線が、無意識に床へ落ちる。
魔法使いは一瞬だけ眉を動かし、すぐに平静を装った。
僧侶は──息を吸うのが、わずかに遅れた。
空気が、再び張りつめる。
「……飾り、ですか?」
最初に口を開いたのはセリスだった。
確認するような言い方。
「柄元の装飾。宝石が嵌め込まれてた部分だよ」
俺は淡々と補足する。
「聖剣そのものじゃない。
機能に直接影響はない。
でも──」
一度、言葉を切った。
「俺が最初に確認した時点で、もう無かった」
沈黙。
「破損なのか故意なのか、とにかく外された跡があった」
説明は最低限。
事実だけを置く。
ファルスが、低く唸る。
「……そんなもん、誰が気にする」
「気にしない人が多いのは分かってる」
俺は頷いた。
「だからこそ、聞いてる」
視線を三人に向ける。
「勇者が生きていた最後の日。
あの剣を、間近で見た人は?」
答えは、すぐには出ない。
「……戦闘前なら、私が」
ヴェラが言った。
「結界の調整で、持ってるのは見たわ」
「その時、飾りは?」
「……そんなジロジロ見た訳じゃないから」
語尾が、わずかに曖昧になる。
俺は何も言わない。
否定もしない。
ただ、聞き役に徹する。
「私は、触れていません」
セリスが続ける。
「回復は必要なかったので……剣を見る理由がない」
「ファルスは?」
「鞘に収めてるのを見ただけだ」
短い返答。
だが、目は合わない。
三人とも、
“知らない”とは言っていない。
ただ、
“確実に覚えている”とも言っていない。
俺は、ゆっくりと息を吐いた。
「飾り金具は、後付けのものだ」
説明口調になる。
「王都で加工された比較的新しい部品。
聖剣そのものと違って、」
一拍。
「外しても本人以外には気づかないだろうね」
沈黙が、重くなる。
「でもね」
俺は、少しだけ声を落とした。
「少なくとも、「自然に無くなった」と考えるには条件が多すぎる。」
「でも聖剣の能力に関係ないんだろ?だったら──」
「そう、関係ないのに”無い”から気になるんだ」
誰も動かない。
誰も否定しない。
ただ、それぞれの呼吸だけが、不揃いに、噛み合わずに響いていた。
まだ、犯人は見えていない。
けれど――
この"欠落”を、ただの見落としとして扱うには、
俺の中に引っかかるものが残りすぎていた。
俺は、それ以上は踏み込まなかった。
今日、暴く必要はない。
だが、次に話す時
この話題から逃げられる者はもう誰もいない。




