78.勇者伝
「そろそろ会長の劇の時間だから、講堂に行こっか」
生徒会室でルーレストと話した後も校舎の巡回をしていたら、イヴがそう言うので講堂へと向かう。
「本物の勇者が『勇者伝』をするってことで、めちゃくちゃ注目度が高いのよ〜!」
イヴはもう既にとても楽しそうだ。
講堂へ入ると、ちょうど2-Aの前の、合唱部の発表が始まった所だった。
(あれ、あの真ん中の子、サンディだ)
キアラのクラスのチョコバナナ調理班のリーダー的存在で、最近頼りにしている相手なのですぐに分かった。
「綺麗な歌ねぇ」
特に興味なさげだったイヴもいつの間にか真剣に聞くくらい、素敵な歌声だ。
しかも、その途中でサンディは前に出てきて、ひとりでソロパートを披露した。
(わぁ、すごいなぁ。こんなに沢山の人の前で、堂々と歌えるなんて。とってもキレイ)
今まで人を避けてきただけでなく、元々引っ込み思案なキアラにとっては、舞台の真ん中にひとりで立てるというだけでも憧れだ。
綺麗な歌声の合唱部の発表が終わり、次はいよいよルーレストの勇者伝だ。
それまで舞台の準備時間があるので、イヴの所から離れてサンディに声を掛けに行く。
「……ぁのっ、サンディちゃんっ……」
「ん? キアラちゃん?」
見に来るとは言っていなかったので、不思議そうな表情だ。
「……ぁの、すっごく、綺麗だったよ……!」
キアラがそう言っただけで、ぱあっと光が差したかのように、とてもきれいに笑ってくれた。
「見ててくれたんだ。ありがとう」
「……ぅん。ひとりで、歌えるなんて、すごいね……。とっても、上手だった……」
「キアラちゃんにまで褒めて貰えるなんて、すっごく嬉しい! 頑張って良かったなぁ!」
頬を赤く染めて喜ぶサンディが、とっても可愛いと思うキアラだった。
(……どうしよう、イヴ先輩が居ない……)
サンディに直接感動を伝えられたのは良かったけれど、イヴを見失ってしまった。
仕方ないので合流は諦めて、自分はなるべく見やすそうなところを探す。
「あっ、生徒会の方、こちらへどうぞ!」
舞台横の音響機器周りの担当っぽい人が、舞台の真ん前へ案内してくれる。
あまりに近すぎて見づらい気もするけれど、せっかく案内してくれたのだからそこで見ることにする。
それに、『本物の勇者伝』は非常に人気の演目らしく、人が大勢詰めかけていた。
とてもじゃないけれど、今から別の場所を探すのは難しそうだ。
そうこうしているうちに、劇が始まる。
ルーレストと、もう一人ローブ姿の女の子が一緒に出てきた。
『我が名はルーレスト・フォン・ガレス!
これが神に選ばれし勇者の証だ!
我らはこれから、魔王を倒す旅に出る!』
出てきて早々に、右手にある勇者の証を掲げ、少し光らせて見せる。
このあたりの筋書きは、浸透しきっている普通の勇者伝と同じだけれど、本物の勇者となれば客の反応も上々だ。
『私はキアラ・レンツァー。
魔導六師《殲滅の魔女》で、勇者ルーレストと共に魔王を倒す!』
(……えっ!? マジで!?)
確かに、勇者伝には仲間の存在が不可欠だ。
どの勇者にも強い魔導師や剣豪の仲間がいて、その人達との関わりが熱いドラマを生み出す。
の、だが。
(レンツァーが出るなんて、聞いてないよぉ〜)
ワクワクしながら見に行った劇に、まさかの自分登場である。
これでは落ち着いて見ることもできない。
しかも、今回の劇では時間が短いため、仲間はレンツァーひとりだけだ。
劇のレンツァー役の子はイヴのようにかっこいい女の子だが、現実のレンツァーはちんまりしたキアラである。
『レンツァー魔導師、僕に力を貸してくれ!』
『もちろんですわ!』
舞台上では、ルーレストとレンツァーが熱いやり取りを交わしている。
(そんなやり取りは無かったよね? それに、そもそも私は頼りになる人じゃないのに)
リアルを知る身としては、やはり心の中でツッコミが止まらない。
ルーレストも知っているのだから単なる演出として見ればいいのに、キアラはどうしても色々気になってしまう。
『魔族が出たぞ!』
『勇者様、ここはわたくしが戦いますわ!』
劇に使える時間は短めなので、サクサク進む。
気を衒わずセオリーどおり、まずは魔族が出てくる。
(……いや、魔族っていうか魔獣っぽくない?)
中に数人が入って動かしているであろう巨大なハリボテは四足の毛皮を被った大きな獣の見た目で、魔族というより魔獣だ。
『魔族め、覚悟せよ!』
それに向かって叫んだレンツァーがしゃらりと剣を抜き、斬りかかる。
魔族も前足を振って応戦していて、ハリボテの大きさも相まって結構な迫力だ。
それに、レンツァー役の子の剣術も中々上手い。
強いかどうかは分からないが、舞台上で見栄えのする振り方を分かっている感じで、これはキアラでも楽しめた。
(実際のレンツァーは、剣術なんて全くできないけどねぇ)
心の中での呟きは消せなかったけれど。
『□□□□□□、輝け、光よ!』
いよいよ魔族戦も大詰め、という所でレンツァーが大技を出し、あたりが真っ白に染まる。
(……うわ、凄い威力だな)
目を閉じてしまえばどうということはない光だけれど、これだけ広い講堂全部を照らせるというのは中々の出力だ。
そして、光が収まって目を開けた時には、魔族は居なくなっていて、レンツァーが堂々と勝利を宣言する。
『魔族など、我らの敵ではない!』
魔石に似せたガラス玉を掲げるレンツァーに、観客の拍手が降り注ぐ。
(あの作戦いいな。強い光を出してる間に撤収してもらうの。
今度、機会があれば本当の魔王討伐任務でも使おう)
かなりの見せ場だというのに、キアラはそんなことを考えていた。
『むむっ、魔王の気配がするぞ!』
ルーレストがそう言う。
時間の関係上、魔族戦は短めに端折ってもう次は魔王戦をするらしい。
『魔王と戦うのならば! 神よ! 我に勇者の力をお与えください!』
決めゼリフと共にルーレストが右手を高く掲げると、そこに勇者の剣が現れた。
(……っ)
それに、咄嗟にキアラは身構えてしまった。
本能的に危険な物だと感じたのだ。
(大丈夫、あれは単なる劇。大丈夫、勇者はルーレスト先輩だから)
そう自分に言い聞かせてようやく、心が落ち着いてきた。
実は、今までの討伐任務では、ルーレストが勇者の剣を使うことは無かった。
だから、実物を見るのは今回が初めてだ。
(良かった、事前に見る機会があって。
魔境でこれを初めて見ていたら、怖くなっていたかも)
そう思うほど、本能が揺さぶられるような感覚がする。
だが、同時に安心もした。
(勇者の力を使ったルーレスト先輩でも、倒したくはなってない)
キアラは、少し怯えていたのだ。
魔王の玉座が自分の心に干渉するように、勇者の剣が干渉してきたらどうしよう、と。
ルーレストと戦いたいなんて思っていないはずなのに、『勇者と戦いたい』と思わされたらどうしようと。
でも、それは杞憂だった。
今のところは、勇者の力を前にしても、嫌な感じがする程度で収まっている。
それが分かっただけでも、今回の劇を見に来て良かったと思った。




