51.シシュトからの手紙
キアラ・レンツァーの学園任務が夏休みに入り、副官の仕事が増えて忙しくなっていたある日のこと。
珍しく、キアラではなく副官のアズーラ中尉だけが団長に呼び出されていた。
「レンツァーのことだが、そう深刻な話じゃねぇからそこまで緊張しなくていいぜ」
団長がそう言って笑うほど、アズーラ中尉は緊張していた。
だが、最近のキアラはトラブルメーカー過ぎるので、自分のことじゃないならまあいいや、と思う副官だった。
「で、話の内容なんだが。隣国レスティスからレンツァー師に直接個人的な手紙が来ている。
しかも、差出人は第4王子シシュト殿下だ。さすがに軍の規定どおりの検閲をするわけにはいかんが、穏当な内容とも考えにくい。
何か心当たりはあるか?」
そう問われ、アズーラ中尉は考えを巡らせる。
「この前の、魔族の襲撃のあったパーティーで、お二人で話していましたね。
シシュト殿下が防音結界を使われたので内容は聞こえませんでしたが、その後のレンツァー師はかなり機嫌が悪かったです」
「そうか。シシュト殿下を、レンツァー師があまり気に入っていないのなら、その方が好都合だな」
キアラ・レンツァーは今のガレス王国における最強兵器だ。易々と他国に渡られては困る。
だが、アズーラ中尉にとって気になることがひとつ。
「その、二人でバルコニーで話していた時の事ですが、シシュト殿下はかなり熱っぽくレンツァー師を見つめているように見えました。
自分の思い違いかもしれませんが……」
「向こうも王子だ、そこまで個人的な内容では無いだろう。
その視線も、自国へ連れ帰るための手段に過ぎない。おそらく、目的は自国へのスカウトだろうな」
「そうだとは思いますが、その時にレンツァー師が断っていると思います。それでも尚、直接手紙を送ってくるとは、あまり良いことではないように思います」
二人の予想としては、最強魔導師キアラ・レンツァーの引き抜き工作、というわけだ。
「だから、その手紙はアズーラ中尉の前で開けさせるのがベストだ。
そして、内容をその場で聞くか、出来れば目を通すように」
「はっ」
団長命令に、アズーラ中尉は敬礼で応えた。
「レンツァー師、個人宛に手紙が来ております」
「……えっ! ほんとですか!」
やけにワクワク楽しげなキアラに、副官は少し驚く。
そんなに楽しみにしているとは、全く予想していなかったからだ。
「はい、隣国レスティス王国の第4王子シシュト殿下より、書簡が寄せられています」
「……ん? カリナじゃ、ないの?」
「なるほど。お友達からの手紙かと思ったのですね」
「……うん。……えっと、あの変人腹黒王子様だよね。めんどくさ……」
さっきまでのワクワクはどこへやら、げんなりしてしまって、開けるのも面倒だと言わんばかりの状態だ。
というか、仮にも王子に対して何という渾名を付けているのか。
それから読み始め、1枚目を何度も読み返しているのでアズーラ中尉がいい加減不審に思い始めたころ。
「……ぁの、これ、本当にお手紙ですか……?
……暗号文みたいなんですけど……」
開ける前よりさらにげんなりした顔を上げた。
「暗号文ですか?」
「……はぃ……。大陸共通語だから、中身を読めるのに、何を言いたいのかさっぱり分かりません……。
『ハクアの夜明けに、聖鳥の声鳴き響く時』って、いつですか……?」
勉強中と同じ瞳で、アズーラ中尉に助けを求めるキアラ。
「読ませて頂いても、よろしいでしょうか」
「……ぜひ、お願いします」
出来れば目を通せ、という命令が思いのほか簡単に達成できた中尉は、キアラに不審に思われない程度に全力で、中身を頭に叩き込む。
そしてそれは、完全に、貴族向けの恋文だった。
詩的表現が多用された恋の手紙は、キアラには難解過ぎたのだ。
「……ぁの、アズーラ中尉、分かりますか……?」
「はい」
「……私、分からないので……訳してもらえますか……?」
母国語の訳を頼むとは情けない話だが、向こうでは違う使い方をしているのではないかと疑うほど、何を言いたいのかが分からない。
一方で訳を頼まれたアズーラ中尉は、考え込んでいた。
もちろん、これをそのまま分かりやすくキアラに説明することは可能だ。
心情その他は別として、事実を伝えることは難しくない。
だが、それでもしもキアラがシシュト殿下に想いを寄せたら?
それによって、結婚して国を出ると言い出せば、困るのは魔法兵団、ひいてはガレス王国そのものだ。
ここで、手紙の内容がよく分かっていないキアラに嘘を教えることも出来る。
実際、アズーラ中尉はそうしようと思っていたのだ。
だが、それでいいのだろうか。
ただでさえ、キアラ・レンツァーという1人の少女を、国のためという大義名分のもと、魔法兵団が使い潰しているのではないかと思っている今日この頃。
ここで嘘を教え、彼女の未来を潰すのは、本当に正しいことか?
本当なら、魔導六師という地位に見合った教育をすべきで、それには当然貴族的なやり取りも含まれるべきだ。
彼女がこの文を読めないということ自体、魔法兵団の怠慢で、キアラに対する教育不足といえよう。
それだけ長く葛藤した後で、アズーラ中尉は決意した。
命令通り、自分が内容を把握した。
だからこそ、レンツァー師には、手紙に書かれた通りのことを、嘘偽りなく伝えようと思う。
「簡潔に言えば、これは恋文ですね。要するに、レンツァー師に惚れたので、嫁に来てくれ、と言っています」
「はぁあっ???」
事実をありのまま伝えられたキアラは、大混乱だ。
「えっ、本気ですか? 意味分からないですよね? アズーラ中尉、本当に読めてますか?」
「読めていますよ。貴族的な言い回しですが、自分は一通り教育されていますので。
良ければ、いい機会ですから行儀作法の勉強もしましょうか。昔、イヴが見てもらっていた良い教師が居ますよ」
「……ぃぇ、今は魔法だけで手一杯です……」
「そうですね、ではまた今度で。ちなみに、返事はどうされますか?」
そんなもの、聞くまでも無いだろう。
「嫌ですっ!」
いつものキアラからは考えられないほど大きな声でハッキリと断る。
「そうでしょうね。では、そのように返信しておきます」
「えっ、書いてくれるんですか?」
「上官の代筆こそ、副官の仕事ですよ。もちろん、ご自分で書きたいのであれば書いて頂いて良いですが」
「ぃぇ、書いて欲しいです」
正直に言って、代わりに書いてもらえるのは非常に助かる。
王子のお誘いへの返事なんて、キアラの手には余るから、優秀な副官に任せておけば安心だ。
「書き上がったら、見せてもらえたりしますか?」
「ええ、もちろん。その前に、この手紙の詳しい解説は必要でしょうか」
「……ぜひ、お願いします」
そうして、いつもと同じように勉強の時間が始まるのだった。




