7-言葉の火葬
【お焚き上げ便:お知らせ】
「羽柴恵子様、次の“供養品”は【あなたの声】です。
下記に該当する“発声された記憶”が確認されております。
供養対象:2022年6月12日 午後10時14分 発言
『もう二度と顔も見たくない』
当該言葉の“焼却”をご希望の際は、3日以内に録音をお願いいたします。」
スマートフォンの通知は、そこまでで途切れていた。
それを読んだ瞬間、心臓が一度、跳ねて止まったように感じた。
「……なんで、そんなことまで……」
思い出したくなかった。
あの夜のことを。
*
2022年6月12日。
ちょうど、別れの夜だった。
酔っていた。怒っていた。
部屋の中で彼がまだ靴を履いている最中に、
背中越しに吐き捨てた。
「もう二度と、顔も見たくない
あんたの声も、名前も、全部聞きたくない」
本気だったかどうかも、もう分からない。
けれど、たしかに言った。
その言葉が、記憶の底に沈んでいた。
まさか、“それ”が今になって供養対象になるなんて。
スマホの録音機能を開いた。
画面のマイクボタンが、赤く脈打つように点滅していた。
指を近づけたとき、スピーカーから微かに音が漏れた。
「……やめろ……」
男の声だった。
「それ、燃やすな……
俺、まだ……その言葉だけ、頼りにしてたんだ……
怒ってくれたのが、まだ生きてる証だったんだよ……」
……そんなの、知らない。
もう、やめてほしい。
*
マンスリーマンションの部屋の空気が、
少しずつ焦げていく。
クローゼットの扉が、勝手に開いた。
中には、誰もいないはずの影。
声だけが聞こえる。
「言葉って、焼けないんだよ……
焼いても、灰にならないんだ……
だって、それは“お前の中”で今も響いてるから」
*
録音を始める。
手が震えていた。
「……私は……
“もう二度と顔も見たくない”って、言いました。
でも今は……
……今は……
怖いです……
私が、あんなことを言ったせいで……
あなたが、こんなふうに戻ってきたのなら……
ごめんなさい。
どうか……どうか、もう休んで。
私が“その言葉”を燃やします。
忘れます。
あなたを、もう……思い出しません……」
録音を停止した瞬間――
空気の温度が、急激に下がった。
部屋の中から、“肉の焦げる匂い”が消えていく。
壁の焦げ跡が、ひとつずつ薄くなり、
クローゼットの影が、ゆっくりと扉の奥へ引いていった。
そして、スマホの画面に表示された文字。
【供養完了】
「発声された記憶“もう二度と顔も見たくない”は、無事焼却されました。
これにより、該当の未燃者の“右目”が消去されます」
「え?」
恵子は、思わず目を見開いた。
スマホが勝手に映像を再生する。
そこに映っていたのは、例の“彼”だった。
焦げた顔、爛れた頬。
ただ――その右目だけが、ぽっかりと黒く抉れていた。
「……お前、ひどいな……
最後に……俺を……
目も見えないまま、残すのか……」
映像は、そこで途切れた。
*
静かになった部屋。
ただ――ひとつだけ、
スマホの画面に次の通知が表示されていた。
【次の供養対象】
発言:2022年2月18日 午後8時37分
「もう、いないと思ってた」
それは、恵子が“死んだと思っていた相手”に向けて言った一言だった。
でも、それは……
……誰に向けた言葉だった?
思い出そうとした瞬間――
クローゼットの中から、子供の笑い声が聞こえた。




