収穫と代償とご褒美
宿に戻ってきたジルだったが、それは帰るというより転がり込むといった方がしっくりくる様子だった。
身体はボロボロ、魔力もほぼ尽きている。
満身創痍で戻ってきてそっと借りている部屋の扉を開くと、先に戻ってきていたルカの横顔が目に入る。
「ルカ」
「あら、おかえり……ってボロボロね。また無茶したの?」
「レイとやった」
「嘘!? 全然気付かなかったわ!」
ルカはジルの姿を見るや読みかけの本を閉じてすぐさまに駆け寄ってふらふらで今にも倒れそうな身体を支える。
そして、ジルの口から告げられた事実に目を丸くする。
「レイは俺とルカがこの町にいる事を知っているみたいだった。それなのにこれまでルカに気付かれることなく、俺が一人になる機会を待っていたってことか……」
「……あんたがそんなことになってるなんて知らずに呑気に過ごしてたなんて……悪かったわ」
「いいんだ。それよりも……謝らないといけないことがある」
ルカには一定範囲内に同族がいればその存在を感知する力が宿っている。
だが、今回ルカは気付かずにいつも通り過ごしていた。
戦いが起きた事すら知らずにいたことを申し訳なく思い、ルカはしおらしい表情でジルに詫びる。
だが、ジルには謝られることなんてない。
むしろ謝らないといけないことがあり、中々言い出しづらい内容にしばらく口をつぐんでいたジルだったが、潔く覚悟を決めた。
「結論から言ってしまえば光のコアを持っていかれた」
コアストーンはルカにとっては身体そのもの。
何より優先すべき大切なモノ。
たとえそれが自分の属性のコアストーンでなくとも、失うことをルカは許容しないはずだと考えていた。
しかし、ジルが覚悟していた容赦ない責めはなく、ルカは優しく告げた。
「それならまだあるわ。取られたのが光なのは不幸中の幸いだったわね」
「本当にすまん。絶対に失くすなって言われてたのに……」
「気にしなくていいわ。無事って言っていいか分からないけど、あんたが無事でよかった」
「……怒らないのか?」
「怒らないわよ。あんたがレイ相手にコアの被害がこれだけで済ませたのならむしろ褒めたいくらいよ」
ルカは責めも怒りもせず、ジルのことを心配するそぶりを見せる。
ジルは光のコアストーンを奪われたことをかなり気にしているが、ルカはそうは思わない。
ルカはジルに戦闘面で頼っているが、それはルカ自身が戦えないことの証明ではない。
むしろ戦闘能力で言えばルカもジルに負けてはいない。
そして、他の精霊にはルカとジル、二人の戦闘能力を合わせて上回ればいいと考えていた。
それなのにジルはレイと一人で対峙することになり、苦しい戦いを強いられた。
その上で被害を最小に抑えてきたのは、ルカは評価すべきことだと思い、気を落とすジルを励ました。
「レイ相手にそれだけで済んだのは上出来よ。だから自分を責めるのはやめなさい」
「……ああ、ありがとう」
「……それにしてもよくそれだけで済んだわね。レイのことだから目的は水のコアのはずだけど、執拗に狙われなかった? そっちは守り通したってこと?」
「いや、水のコアは一番最初に取られたぞ」
「…………は?」
「でも取り返した。これしか取れなかったけど……ちょっとは足しになるか……?」
ジルは呆気に取られているルカの手に借りていたコアストーンをすべて握らせる。
手に広がる冷たい感触と貸し出したときよりも増えた重量感。
黄色の輝きは確かになくなっているが、増えている青色の輝きにルカはハッとし、これを為したジルを信じられないといったように見る。
「あんた……このためにそんな無茶した訳?」
「取られたのを取り返そうって気持ちはそりゃあったけど、抵抗しなければ全部持っていかれてたんだ。だからこれくらいどうってことない」
「そうは言っても……外傷はともかくとして、その魔力の消耗度合い……二つ目、使ったのね」
「ルカにはお見通しか」
ジルはコアストーン一つだけなら魔力が尽きるほどの消耗はしなくなった。
それを知っているルカは彼の内側に残る魔力の残骸を不自然に感じていたが、目の前に差し出された戦果と、それを得るにあたって必要な犠牲、そしてそのために取った手段に辿り着き、ジルが何を行ったのか推測した。
「やってしまったことは仕方ないわね。で、どうだったの?」
「……無我夢中でよく分からなかったけど、あれを使いこなすことができれば俺はもっと強くなれる」
「組み合わせは?」
「光と闇だ」
「……そう。その組み合わせだったのは中々悪くない判断ね。コアに宿る力のバランス的にもちょうどいいわ。今のあんたの状態から考えると……もし他の組み合わせだったらただじゃ済まなかったかもね」
「ただで済んだ訳じゃないけどな」
ジルが光と闇の組み合わせで挑んだのは特に理由はない。
コアストーン同士の特性や相性なんて考えることなく、一番使いやすい闇と残りの手持ちから適当に引っこ抜いたのが光だったというだけだ。
ルカの含みのある言い方と神妙な顔つきに、偶然にも当たりの組み合わせを引き当てたことを知り、ジルは顔を引きつらせた。
「ま、これだけ収穫があれば光のコア一個の損失なんてどうでもいいわ。よくやったわ」
ルカはジルに渡されたコアストーンを上に向かって放り投げる。
落下してくるそれに右手を振りかざしてすべてを取り込むと、ルカの身体から水属性の力が増幅したことを示す青いオーラが迸る。
「くくっ、あいつも深追いとか馬鹿なことをするから痛い目を見るのよ。本当に愉快だわ」
「深追い……そうだな。でも俺としては挽回のチャンスがあったから、勝ち逃げされなかったのは助かったよ」
「よくやってくれたわ。褒めてあげる。これで多分水のコアの総数はレイよりも多くなったわね。おかげで……ちょっと強くなったわ」
コアストーンの増加により力が蓄えられたルカはご満悦の様子だ。
しかし、コアストーンを取り込んだ際の様子を見てジルは何を思い出したのか考えこんだ。
「何よ」
「なあ、一つ気になることがあるんだが」
「……言ってみなさい」
「ああ、レイが水のコアを返せ返せってうるさかったから、だったらルカのコアを返せって言ったんだよ。そしたら――――あいつ、ルカのコアは持ってないって言ってたんだ。これっておかしくないか?」
「……まあ有り得ない話じゃないわね。私が光のコアを持ち出したように、他の精霊が所持していたコアを持ち出しているのが私の他にもいる……かもしれない」
「そういうもんなのか? なら俺の気にしすぎか……?」
「でも、レイの言葉の真偽はともかくとして、仮に持っていないのならどこに私のコアが……? レイが持っていないと確定させるにはまだ早いけれど、それが知れたのは助かるわ」
闇のコアストーンの行方。
ただでルカのコアストーンは初期状態よりも少ない状態なのに、所持していると思っていた精霊が持っていないとなると、誰が持っているのか。
もしくは、レイが嘘をついているのか。
ルカは与えられた情報を吟味して、院はどうすることもできないことをもどかしく思う。
「私はすべてのコアを欲しているけどまず自分のコアを揃えたい。そのための情報ならどんな些細なことでも教えなさい。それが有益かどうかは聞いてから私が判断するわ」
「了解。じゃあ、悪いがちょっと早いけど休ませてもらう」
「大丈夫? その様子だとろくに治療もできなかったんでしょう? 私がしてあげるからちょっとこっち来なさい」
ルカが闇の精霊術を発動させるとジルの身体は重力に逆らってふわりと浮かび上がる。
そのまま連行された先はベッドの上だった。
「今日は頑張ってくれたから特別よ」
頭を小さな両手で包まれると浮遊感が弱まりベッドの上に身体をゆっくりと落とされる。
しかし、手が添えられた頭に感じる柔らかさは布団のそれではない。
ジルがもぞもぞと動くとルカの嬌声が聞こえ、ぐっと頭を押さえられる。
「くすぐったいから動かないで。あと……恥ずかしいからこっち見たらぶっ殺すわよ」
「えっと……もしかしなくても、膝枕ってやつですか?」
「いちいち口に出して言うな!」
「いて」
こつんとやや弱めにだが叩かれたジル。
横を向いたまま固定された頭に感じるルカの太ももの柔らかさを堪能する。
ジルが動こうとしなくなったのを確認すると、頭を押さえるのではなくゆっくりと撫でるようにし、光属性の精霊術で治療を始めた。
「ルカ、ありがとうな」
「いいのよ。だから……ね。気持ち悪い手付きでさわさわするのはやめなさい」
「あ」
「一生覚めない悪夢にぶち込むわよ!」
無意識の行動を指摘され、ルカの闇のオーラに当てられてすっかり委縮したジルは、その後は大人しく治療を受けるのだった。




