キモチワルイ
めげないまけないくじけない。
戦勝ムードというよりあっけなく消失した敵に感情の行き場を無くしているのを感じて、アタシは独りほくそ笑んだ。
感情の行き先がどこに行くのかすぐに分かったから。
聖職者のクソシスター共が炊き出しをしたところで、貧民街の人間はこう考える。『行き渡らない量を配らないのが悪い』と。アタシや孤児と言った子供はソレの恩恵に真っ先に預かれるが。
そら。
「バケモノだよなぁ、あれ」
「なんか気持ち悪いな」
「ここで殺しておいた方がいいんじゃね?」
アタシが少し歩くだけでもそういった声をちらほら耳にした。
笑いが込み上げてくる。
メチャクチャに面白いじゃないか。貴族サマがそんなふうに害虫のように殺意を向けられるなんて。
ちなみにアタシなら、陰口を叩く奴を許さない。
必ず見つけ出して手勢で私刑にかけ、回復魔法で繰り返し繰り返し。心を圧し折る。
最終的な生死は問わない。
そうしてアタシの回復魔法の有用性、暴力性を示すことで歯向かう奴らの意思を削ぎ取ることができる。アタシの気分も良くなる。一石三鳥というわけだ。
檻の前に立ったアタシは笑みを頑張って抑え込んだ。
ロリコンシスターに向けたものと同じ営業スマイルをプレゼント。最早嫌った相手に被る猫もいるまい。
「アンタ、そーとーに嫌われてるね。仕返ししたくならないの?」
アタシが仕返しさせてあげようか。
ーーーだから、手勢含めてのアタシの総戦力を遥かに凌駕する暴虐を持つソレがやり返す意志を持たないなら、アタシが使ってやる。最後の最期、ぼろぞーきんになるまでコキ使って使い潰してやる。名も知らぬ婚約者サマはやり返すことで溜飲は下がるだろうし、WIN-WINの関係だ。
これは慈悲だ。最後通告だ。ここらで一度理解らせておこう。
あの魔術はアタシという人間一人だけを殺すにはあまりにオーバーキル。そして繊細な調整が出来ない。ならば出せるのはチャチな水だけ。そしてこの至近距離ならアタシの方が有利だ。
鎧に覆われた鈍重な動きではアタシの関節技に抗しきれまい。ついでに骨の数本でも折っておけばあとはアタシの言うことを聞いてくれるはずだ。
鎧を引っぺがされて回復魔法と日光の爛れを交互に食らえばさぞいい悲鳴が聞けるだろう。
愉しみだ。
だから、その狭い檻から出てきなさい?出てこなくても恐怖を刻みつける準備はできている。
ただ、アタシは偽善に満ちた言い回しへの嫌悪感に耐えられなかった。
クズは、
「暴力なら兎も角、悪意程度は慣れていますから」
と嘯いた。
ーーーああ。
気持ち悪い気持ち悪い。
衝動のままに箱を蹴る。
ガツン。
衝撃はアタシのつま先に集中し、痺れるような痛みが背筋まで這い上がって来るようだ。
でもそんなことは気にならない。
昔頭から袋を被せ、四方から滅多叩きにしてやった男共。
穢れたその喉から搾り出される苦鳴。
吐き出せ、吐き出せ。
「許して下さい」と言え。「もうあなたに逆らいません」と言え。泣け、叫べ。苦しめ。
アタシは死ぬまでやめないけどな。
死ね、死ね、死ね。
2度、3度、4度。
蹴る度にアタシの脚の方がダメージを受けて檻には凹みひとつない。
でも、反響する音は違う。
ガンガンと打ちつけられる音。
神経衰弱になるまで、なっても、やめないなら、十分アタシができる制裁だろう。
孤児がたくさんいれば一昼夜問わず交代で殴り蹴り続けて神経衰弱にさせるのだが一人ではかなり以上にキツイ。
それでも、
蹴る、蹴る、蹴る。
お前が悪いのだ、生まれてきたから。
お前が悪いのだ、生きているから。
お前がいるから、アタシは不幸だ、救われない。
お前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前がお前が。
死んでくれ、死ねよマジで。
そうしなくちゃアタシは救われない。
段々足先の感覚が無くなってきたので小休憩に回復魔法をアタシの足にかける。
ジンジンと身体の中で反響するような痛みはそれに合わせて消えて行った。
箱に僅かに開けられた空気穴からは、穢らわしい金と青の目が見える。だが、その両眼はアタシを見てはいなかった。
もしアタシに目線を這わせていたのなら、もっと強く蹴り込んでいただろうが。
ーーークソッタレ、アタシのことなんて眼中にないってのか。
ドガアァッ!
本気で回し蹴りを入れてみると、今度は四角い底面が軽く浮いた。ハハ、ざまあみろ。
息も整わぬうちに運動をしたせいで乱れた息をゼイゼイ整えていると、
「気は済みましたか?」
ーーーあ゛?
「アンタがいるから……ッ!」
もう一撃、今度は音がよく鳴るように、天板に拳を叩きつける。
ガンっ。
「アンタがいる限り、アタシはジェラルド様に振り向いて貰えないじゃないっ!!」
だから。
アタシの幸福のために。
死ね。
ガンっ。
ガンっ。
ガンっ。
見下ろせば、
「なにが楽しくて蹴っているのかはわからんがーーー
お前の苦しむ顔じゃい。
苦しむ姿が見たくてアタシは怪我しつつも殴っているのだ。中に誰もいないのに殴り付けるなんて真似、するわけないだろうがそんなこともわからないのか馬鹿かいいや馬鹿なんだろうそうなんだろう
いつでもアタシを殺せるが、逆にアタシを殺せないだろ、その油断が良くなかった。
「あ゛?」
口元に触れる冷たい感触。
まさか初めての接吻をこんな下衆に奪われたかと怒りが再度沸点に達するが、下衆に一蹴り入れようとしたところで認識との齟齬に意識が止まる。
檻の蓋は開いておらず、黒鎧と同じく錆止めの黒があるのみ。そこに人はいない。アタシの口元には何も見えない。
いや、それより先に。
息ができない?
口元を拳で拭こうとするが冷たい感触だけが触れ、噛み切ろうとしてもすぐに元に戻る。
鼻と口を水で塞がれている。
「公爵家は水魔術の大家だ、私にだってこれくらいは出来る」
そんな声を意識の端で聞いた気がした。
陸で溺れるという異常に腰が砕け、這いずり回るようにしながら水を、呼吸を妨げているそれを取り除ける何かを探す。
「流石に、少し鬱陶しい」
ひっという声は塞がれて全く外に漏れない。
檻の蓋がゆっくりと開けられ中から現れたのは黒い塗料で鈍い光を放つ兜。
殺、される?
こんな下衆に?
ふざけるな、アタシはこんなところで終わっていい人間じゃない。
人間かもわからないクズに殺される器ではない。
王子様、助けて。アタシを救ってクズを殺してよ。
クズなんかに仕えていないでアタシに仕えて。
敵を殺して。アタシに歯向かう全ての敵を。
守るとはそういうこと。アタシの人生が歪んだのだから、その責任を取って。
助けて、救って、アタシだけを。
ぶつり、口の中に弾ける感触。
溜まった水を吐き出し、新鮮な空気を吸い込んだ。
身体全体を揺らし、大きく咳き込むと空気が肺の腑を満たし全身を巡るのを感じた。
ナマ言いやがって。ぶっ殺してやる。
「私を殺すのなら、もっと慎重にやることだ。私はお前の全てを知っている」
あ゛あ゛!?
舐めやがって。
アタシの何を知っている。
アタシを知っているならお前の存在から何から、全てがアタシに不快であることを知っているはず。アタシを気遣って自害でもして遺産をアタシにくれているはず。つまり嘘。
口の中に僅かながらも唾が溜まったのをいいことに、かがみ込んだ相手に吹きかける。
だが、吐いた唾が空中で止まる。
そこまではいい。
水でアタシの口を塞いだのだから、水を操る技術はお手のものだ。
問題はその後、その飛沫がアタシの髪に落下した時。
じゅわっ。
髪が溶かされた。
焦げの黒が髪の金を穢す。
は?
「ーーーこんなふうに」
ぞわり。
心臓をつかまれたかのような怖気が背筋を走る。
アタシは間違っても口から酸を吐ける人外じゃない。あくまでも人間だ。
唾を酸に変えたということもそうだが、酸に変えた上で脅すという精神性、狂人と言っていい。
媚びを売る必要もなく、アタシはソレを睨みつける。
バケモノめ!
射殺さんばかりの眼光を向けられても気にする様子はなく、アタシを見下ろすばかり。兜に覆われて見えないが、アタシの動揺した眼の動きなど見ていない。そう確信できた。
「公爵殿下にも言われただろうに。どうでもいいと」
あ?お説教かよ鬱陶しい。
殺意が忌避感を上回る
「ハッ。てめーみてーなお坊ちゃんに何がわかる」
鎧の膝裏に足をかけ一先ず地面を舐めさせようとしたその時。
「いいことを教えておこう」
空気が変わったのを感じた。
「敬語は大事だ。謙ることは悪ではなく、援助を受けやすくなる」
そう言えば。
忘れていた。
目の前のソレは公爵と同等の青い血だったのだと。
「いつお前に敬語を抜きに話していいと言った?」
暗い兜の向こう側。嗤う気配。ふざけるな。
口に出す前にばきり、という音が体内で響いた。
初めての感覚、しかしその衝撃から骨が折れたことが分かる。
「ーーーぐぅ」
息を戻そうと喘ぐ瞬間痛みが走り息が詰まる。
ひ。ひっ。呼吸が乱れる。
貴族サマはいつもそうだ。
自分の気に入らなければすぐに暴力で解決する。いつもアタシ達はそれに泣かされてきた。
嗤いに皮肉で返してやりたかったが、噴き出す脂汗がそれを許さない。
「回復魔法を使えばすぐ治せるだろうに」
とは言うが、魔法は祈りがあってのもの。呼吸すらもままならぬ中魔法を使うのは相当な高等技術が必要になる。
代わりに、痛みに歪む視界でソレを睨みつける。逆光でその顔も全く見ないで済むことは救いか。
ーーー今この瞬間に、太陽の光が鎧を貫通して死んでくれないかなあ。
そう思ったのは現実には起こらないことを理解しているから。目の前のコイツさえ殺せれば、とここまでの殺意を抱いたのが初めてだからだ。
声は出せないまま、口の形だけで呟く。
死ね、死ね。死んでくれ。どうせ3年も保たず死ぬなら少し早くなっても同じこと。アタシに唯一の救いを与えてくれ。
「そうか、痛みで魔法を使う集中力もないか」
妙に冴えたカンを発揮したソレはおもむろに手を翳す。
籠手に覆われた手がアタシの頭を掴み、頭に走る稲妻と共にアタシの意識は闇に落ちた。
◇ ◇ ◇
暴力はコントロールされてこそ意味がある、とは誰の言だったか。
暴力をかつてないほどに示した異形はしかし、それをコントロールする意義を知っていた。
だからこそ、我儘を振り翳す訳ではないと理解されるからこそ、異形は曲がりなりにも周囲に受け容れられてきた。
その生まれの直後から。
気紛れに滅ぼす力と、それに不釣り合いに幼い精神しかないのなら、たとえ血を分けた子供といえど為政者たる公爵にとって無視できるリスクではない。当然殺すという選択が取られただろう。
さらに言うなら、その出生を隠すため名前すらも与えられていないにも関わらず確固たる自己同一性を保持しているのだから、精神すらも実は少しおかしい。
それほどの歪さに気付いたのはどれほどだろうか?
おそらく一人二人程度だろう。
名前を失くし指示語で呼ばれると言うことはそう言うこと。
『死んだ夫の顔を思い出すと辛いから』と写真を捨てられれば、段々と思い出される事も無くなっていく。
名前を持たなければ他から積極的に認識されることなくよって曖昧に濁される。
ソレは物心が付くとされる2、3歳よりも前から確固たる意識を持っていた。
生まれる直前の、圧迫される感覚も。産みの母が叫ぶ声も。自分を絞め殺そうとする手も。偶然他所の人間と出会ってしまった時の、蔑む目線も。
全て覚えている。
殺したいほど憎まれていることを理解して尚、素面でいられたのは、多分。本能で自分が永くないことを悟っていたからだ。
爛れた皮膚に、咳をすれば血痰が出る。関節は動かす度に軋みを上げ腫脹する。
それらの痛みを痛み止めや密輸した麻薬で誤魔化す日々は、むしろ生きているという感覚をもたらした。
麻薬の副作用による呼吸抑制や腸管運動低下をまた別の薬剤で調整しながら、その残り僅かな命を捨てる場所を探していたのだ。
ゴミ捨て場を探して、バケモノは生きる。
憎んだ相手が冷静だとさらに怒りが募るやつ。
暴力で黙らせるなんてサイテー!




