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第87話 王子様系TS少女は胸を高鳴らせる

「ローズ・ド・ボーモン様ですね。娘をお助け頂き、何とお礼を申し上げればよいものか」


 アンリに続いて馬を降り、ローズの足元にひざまずく勢いで腰を折ったのは四十余りの女性。グレース嬢の御母上、町の代官だ。

 代官はグレースの装いから想像される貴族趣味全開の美魔女とは異なり、落ち着いた雰囲気のおば様である。


「お顔をお上げください。魔法学園の生徒として、また貴族に生まれついた者として、当然の義務を果たしたまでのことです」


「お若いのに、なんとご立派な。さすがはボーモン伯爵家のご令嬢様ですね」


「よしてください。それなら町の人のために率先して見回りをし、負傷した兵士の命を守るために今度は自ら囮となった娘さんの方がよほどご立派です。どうか、褒めてあげてください」


 ぽんっとグレース嬢を母親の方へと押し出した。


「……お母様」


「グレース、よくぞ務めました。ううん、そんなことよりも、貴方が無事で本当に良かった」


「お母様っ、わたくしっ」


 グレースが声を震わせ、母に抱き付いた。

 気丈に振舞っていた、というより憧れのローズとの思わぬ遭遇に興奮して忘れていた恐怖が甦ってきたようだ。


「ローズさん、お怪我はないですか? ……もしどこか怪我をしたなら言ってください。少しは魔力が回復しているので、治します」


 アンリが言う。

 台詞の後半はローズだけに聞こえる様に耳元へ口を寄せて、コソコソと。

 こういう仕草が様になるのはさすが男の娘である。ふわっと良い匂いまで鼻腔をくすぐる。が、それはさておき―――


「アンリ、君はどうしてここに来てるのかな? 言ったよね、町で待っててって」


「あう。それはその、……代官様や兵の皆さんが一緒なら大丈夫かなって」


「それで問題ないなら、そもそもグレース嬢は危機に陥ってないよね?」


「それは、……だって、ワイバーンの時みたいに、ローズさんまた無茶するんじゃないかって思ったら」


「むっ」


 不意打ちに胸がキュンとした。

 グレース嬢のことだけでなくローズのことも案じてくれたらしい。


「……今回無茶したのは誰? 多少回復したとはいえ、魔力切れ寸前で戦闘に臨むなんて命知らずも良いところの無茶しようとしたのは?」


「うっ、……僕です。ごめんなさい」


「よろしい」


 しょんぼりした顔も可愛い。

 アンリの性格上、幼馴染のピンチに大人しくしていられるとはローズも思っていないし、嫌われては最悪だから本当はあまり強いことも言いたくはない。しかし主人公気質も大概にしてもらわないと、せっかく結ばれてもすぐに未亡人では困るのだ。

 ちなみに無駄に凝った戦闘演出でも知られる原作まほ恋だが、戦闘中の選択肢を間違えるとデッドエンドを迎えることもある。この世界では選択肢直前にセーブして総当たりなんてことは出来ないのだ。


「アンリ、ローズ様、何をしていらっしゃいますの?」


 おでことおでこを突き合わせるようにして話し込む二人に、ようやく気を取り直したグレースが問う。はた目には今にもキスでも交わしそうな距離感だろう。


「何でもないよ。―――あっ、衛兵さん」


 怪訝顔のグレースを何と言って誤魔化したものか、頭と視線を悩ませているとちょうど良いことに見覚えのある顔を一つ見つけた。


「ごめんなさい。剣、リザードマンを貫いたまま持って帰ってくるのを忘れてしまいましたっ」


「いやいや、私の剣がお嬢様の救出のお役に立てたと言うことなら、良かったです」


 空の鞘を腰に佩いた兵が答える。


「それはもう。最初の一体を倒せたのはお借りした剣のお陰です。あっ、この後魔物の死骸を回収されますよね? リザードマンの身体に根元近くまで突き刺さって抜けなくなっちゃったんですけど、死骸を解体したら取り出せると思います。でもだいぶ無茶な使い方をしちゃったので、もし何か問題がありましたらご連絡ください。弁償します」


「いえいえ、本当にお気になさらないでください。そんなにもお役に立ててくれたのなら、むしろ光栄です」


「でも―――」


 兵士の武器や防具は自己負担が基本だ。だから兵は庶民の中でも特に裕福な家庭の次男坊三男坊が就くことが多いのだが、それでも剣一本と言うのは手痛い出費なのは間違いない。


「そういうことでしたらっ」


 大声で割って入ったのは、当然の如くグレース嬢である。


「あの剣は我が家で買い取りますわっ。わたくしを救ってくれた剣ですもの、我が家にとっては実に縁起の良い品物ですわ。さらにリザードマンを一突きで仕留めた曰く付きとなれば、家宝としても申し分ありません。そうですわね、“魔女殺し殺し”とでも名付けて、大事にさせて頂きますわっ。よろしいですわよね、お母様?」


「ええ、そのように。貴方もそれで良いですか? 剣一本分の代金とは別に、我が家所有の剣一振りも付けましょう」


「はっ、はいっ。ありがとうございますっ」


 剣の代金はそのまま臨時収入となるし、代官所有の剣なら元の物よりも上物だろう。兵士はほっくほくの笑顔で頭を下げる。


「では兵はリザードマンの亡骸を回収して帰還。さっそく向かってください。場所は―――」


「あちらの方角へ真っ直ぐ進んでください。戦闘の跡がけっこう派手に残ってますから、すぐに分かるはずです」


「はっ」


 兵達は馬を降り、ローズが示した方角へと森を分け入っていく。焼け跡や土魔法で作った防壁がそのままだから、案内の必要はないだろう。


「ではローズ・ド・ボーモン様、我々と共に一度町までお戻り頂いてもよろしいでしょうか? アンリ君から本日王都にお帰りの予定だったとお聞きしていますが、色々とお話をお伺いしたいのですが」


「ええ、もちろん」


 リザードマンが町の近くに現れたとなれば代官の裁量で終わらせられる話ではない。

 領主である男爵に、さらにそこから王都の女王にも報告を上げる必要があるだろう。討伐に成功した伯爵令嬢の証言はしっかりと盛り込みたいはずだ。


「ありがとうございます。では馬を―――」


「よっと。アンリ、手を」


「は、はい」


 代官に余計なことは言わせず、愛馬に飛び乗ると轡を取っていたアンリに手を差し伸べた。


「な、なんかこれ、違いませんか?」


「そうかい?」


 アンリが小首を傾げる。

 膝の前に横座りにして乗せた。王子様キャラの面目躍如。これぞ王子様と男の娘の正しい図と言うものだ。


「うん。やっぱりこうですよ、こう」


「あっ、ちょっと」


 アンリが鞍の上に跨り直す。

 これでは自転車やバイクの二人乗りと同じ。前が男で後ろが女の“しっかりつかまってて”スタイルだ。


「じゃあ行きましょう。しっかりつかまっててくださいね、ローズさん」


 アンリはまるでローズの心の中でも読んだかのように、そっくりそのまんまの台詞を口にして手綱を取る。愛馬も主人であるローズを無視して駆け始めた。

 白馬だけに偽物の王子様キャラより本物の金髪碧眼美少年の尻にしかれたいと言うことか。はたまた飼い主に似たか、性癖が。


「ロっ、ローズさん!?」


「なんだい? 言われた通り、しっかりつかまってるよ」


 せめてもの反撃と、ローズは必要以上に乳房を押し付けるのだった。


「―――っ」


 とは言え、諸刃の剣でもある。頬は上気し、胸は先程の“キュン”より重くムーディーに“トクントクン”と高鳴った。


 ―――くっそう、主人公め。


 心まで乙女化してしまいそうな恐怖にローズは必死に胸の高鳴りを鎮めに掛かるのだった。


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[一言] 顔がニヤニヤしてしまう
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