第86話 王子様系TS少女は白馬に乗った王子様と邂逅する
「きゃあああああぁぁぁっっ―――」
「―――っと、間一髪。飛翔魔法を解かずに置いて良かったよ。大丈夫かい、グレース嬢?」
「は、はい、ありがとうございます」
令嬢の体が地面に叩きつけられる直前、急降下したローズは横から彼女をかっさらった。そのまま飛翔し、元居た場所からいくらか距離を取って着地する。
お姫様抱っこしていたグレース嬢も地面に下ろした。
「怪我は、……ないみたいだね。良かった」
貴族趣味全開のドレスがところどころ破けて台無しになっているが、体に届く傷はなさそうだ。リザードマンの石槍や爪が掠めたのではなく、ドレス姿で森の中を駆け回るうちに木々に引っ掛けたのだろう。
「さて、グレース嬢。敵は二体、いや残すところ一体となったあのリザードマンってことで間違いないかな?」
「え、ええっ、そのはずです」
アンリの探索魔法とも数が一致する。間違いないだろう。
残った一体はすでに木から降りると、這うようにしてじりじりと距離を詰めて来ている。要するに馬鹿でかいトカゲなわけで、迫力がすごい。
「ロ、ローズ様とおっしゃいましたよね? どうされるおつもりですか? 飛翔魔法が使えるのでしたら、ここはひとまず逃げた方がよろしいのではなくって?」
「うーん、それが君を抱えて逃げ切るにはちょっと魔力が足りなそうなんだよねぇ。―――“火砲”、“火砲”、“火砲”」
「―――ッ!?」
顔も視線もグレース嬢に向けたまま、ノールックで放った火球は一発目はリザードマンに直撃し、二発目、三発目は転がるようにして避けられた。そのまま地面に身体を擦り付けるようにして燃え移った炎を消し止めると、木陰に逃れた。
「火砲くらいじゃやっぱり火力が足りないか」
「む、無詠唱魔法っ。飛翔魔法と言い、貴方いったい何者ですの?」
グレース嬢が目を丸くする。
学園生ならこの年ともなれば初級魔法の無詠唱は珍しくもないのだが、市井の魔法使いならそれだけで十分に凄腕の部類である。
「自己紹介は後で。―――“土よ”」
「きゃっ!?」
グレースの周囲の大地が盛り上がり、防壁を形成した。
「うん、エリカほど上手くはないけど、とりあえずはこれで十分かな。グレース嬢、手狭で申し訳ないけれど、しばしその中にてお寛ぎを」
「エ、エリカって、あのエリカ様? 貴方、もしかしてローズ・ド・―――」
「“気砲”っ」
木陰から飛んで来た石槍を圧縮空気弾で撃ち落とした。
―――さて、格好付けたは良いものの。大丈夫か、これ?
足元に転がった石槍を拾い上げながら、自問自答する。
魔物との実戦なんてあのワイバーン戦以来であり、そしてあのワイバーン戦が初だから生涯で二度目だ。代官の娘として領地をその手で守って来たグレースの方がよほど経験豊富と言えよう。
他にローズに実戦と言える経験なんて、中等部一年の時に女王に嬲られたくらいか。
「…………途端にあのリザードマンがひどく矮小な存在に思えてきたな。―――“火焔砲”」
木々の間を縫ってそろそろとこちらに近付いて来ていたリザードマンに巨大な火球が直撃し、爆発する。
火砲の上位魔法、小爆発を伴う炎の塊を放つ中級魔法だ。ローズが無詠唱で発動出来る魔法の中では最大火力を有するが。
「――――ッ! ―――ッッ!!」
リザードマンは“シャーシャー”と声帯を介さない独特の鳴き声を上げながら、なおも立ち上がる。
全身の至るところがパチパチと燃え上がるも、木々にこすりつける様にして鎮火させていく。
「う~ん、頑丈だなぁ。魔物辞典で読んだ通りだ」
リザードマンの硬い鱗は耐刃、耐衝撃に優れるだけでなく、耐魔法の効果も備えている。これは鱗の材質や構造によるものではなく魔物が魔物たる所以、すなわち肉体に刻まれた天然の魔法術式によるものだ。リザードマンが“魔女殺し”などと呼ばれるのはそのためだ。
魔法使いの戦場に置いて一般兵士は彼女達を護衛する壁役を担うものだが、ことリザードマンが相手となると魔法使いが援護し兵士の剣や槍で止めを刺すと言うのが基本戦術となる。このリザードマンがまず兵士を襲ったのも、そちらをより脅威と感じたからだろう。
「……あれ? でももしかすると。―――“炎よ”」
火の最初級魔法に常ならぬ魔力を込めた。放たれた特大の炎は、身を隠した樹木ごとリザードマンを包み込む。
「―――ッ!」
特徴的な金切り声を上げ、リザードマンが別の木陰に逃げるのを―――
「逃がすか」
―――ローズは炎を放射しつつ追跡した。
「―――ッ!? ―――――ッ!!」
右へ左へと身をさばき、時に藪の中へ飛び込んで避けようとするのを、背後を取り、あるいは灌木ごと焼き尽くす。
そうして炎を浴びせ続けると、やがて目に見えてリザードマンの動きが悪くなり、―――ばたんと倒れた。
「やっぱり、熱自体は鱗で防げないのか」
鱗に移った火を入念にかき消す様子から予想した通りだった。
慎重に近付き、石槍で心臓を貫いて止めを刺す。
「後は、―――“水よ”」
辺り一面が火の海となっている。このまま森林火災になっては大変だ。火種を残さぬよう念入りに水を撒いて回った。
「ふうっ、こんなもんかな。もう出て来て良いよ、グレース嬢」
「―――ローズ様っ! 貴方はローズ・ド・ボーモン様でしたのねっ!」
言い付けに素直に従って大人しく身を伏せてくれていたグレースは、声を掛けるとえらい勢いで土塁から飛び出してきた。
「おや、僕をご存知で?」
「ええっ、ええっ、もちろんですわっ! 魔法学園の学園祭には毎年伺わせて頂いておりますのよっ。魔法戦のトーナメント、いつも見学させて頂いておりますっ。私にとってははるか格上の魔女の方々ばかりで勉強になることばかりですけれどっ、中でも感銘を受けたのがローズ様の戦いぶりですわっ」
「そ、そうなのかい?」
昔のマーガレット会長にも迫る勢いにローズは押され気味だ。
「ええっ。他の皆様が強力な魔法を撃つことに専念される中で、貴方様は私にだって使える魔法で、だけど真似出来っこない技術と戦術でっ」
トーナメントの様子でも思い描いているのか、グレースは胸の前で腕を組みうっとりした顔で虚空を見上げる。
「ああっ、いつもは遠目に眺めるだけだったローズ様とこんなにお近くでっ、それも言葉を交わすことが出来るだなんてっ。今日はなんて素晴らしい日ですのっ」
“君さっきまでもう少しで魔物に殺されかけてたんだけど”と思ったが、口には出さずに置く。
「とりあえず町へ戻ろうか、グレース嬢。みんなが君を心配しているよ」
「はいっ」
「本当なら君を抱えて飛び帰ると行きたいところだけど、さっきの水魔法で僕の魔力もすっかり使い果たしてしまった。徒歩でのエスコートとなってしまって、申し訳ないね」
「いいえっ、十分、いえっ、十二分ですわっ。ローズ様と並んで歩けるだなんてっ」
「ふふっ、並んで歩くだけで良いのかい? さっ、どうぞ」
「まあっ。し、失礼いたしますわ」
立てた肘にそっと手が添えられた。
こちらからの説明は一切不要。お嬢様キャラと王子様キャラで相性が良過ぎる。
戦闘跡が残る森の中を一組の気取った男女、いや女女が行く。はたから見ると中々滑稽な情景だろう。
「おや、あれは」
森を出ると、街道をこちらへ向けて駆ける十騎余りの騎兵の集団が見えた。
騎馬隊、と呼ぶには隊列が乱れに乱れているのは馬の質が揃っていないためだ。農耕馬に鞍を乗せただけにしか見えないものもちらほら。
急ごしらえで用意した援軍と言うことだろう。町の規模を考えればむしろよくかき集めた方だ。
「―――グレースっ、ローズさんっ!」
皆を引き離すようにして先頭で駆け付けたのは、明らかに他とは一線を画す白の名馬。というか、ローズの愛馬である。
昨日はさんざん馬車を引かされて、慣れない馬屋に押し込められてで、今日はちょっぴりご機嫌斜めだったのだが溌溂としている。
何せ、乗せているのは金髪碧眼の美少女、いやさ美少年だ。白馬冥利に尽きると言うものだろう。
「良かった、二人とも無事だったんですねっ」
「それ、僕の役どころのはずなんだけどなぁ」
ローズ達の目の前で馬を止めたアンリは、白馬に乗った王子様そのものだった。




