第80話 王子様系TS少女は未来の義家族(予定)に胡麻をすってすってすりまくる
「いらっしゃいっ、ローズさんっ」
並んで馬車を降りると、アンリはたたたっと小走りで前に出てこちらへ振り返りながら言う。
「うん、お邪魔します、アンリエッタ。ううん、ここではアンリか」
アンリが育てられた孤児院である。
夏休み突入早々、過日交わした再訪の約束を果たすため―――と言う名目でアンリともっとお近付きになるため―――、ローズはアンリの帰省に同行していた。
「あっ、アンリお兄ちゃんだぁーっ!」
「お帰りなさいっ、アンリお兄ちゃんっ」
中庭で遊んでいた子供達が気付いて、駆け寄って来る。
「わっ、こら、いきなり飛び付いたら危ないよ。―――ただいまっ、みんな」
孤児たちの一番上のお兄さんらしくしっかりたしなめつつ、アンリは朗らかに帰宅を告げる。
「あっ、こないだ来た貴族のお姉さんがいるぞっ」
ローズに気付いて子供達の一人が叫ぶと、他の子達も集まって来た。
「テレーズお姉ちゃんは? また遊んでくれるって約束したっ」
「おっぱいおっきなお姉ちゃんは? 今度は別の遊び教えてくれるって」
「髪の毛クルクルの姉ちゃんは? また追っかけっこしたいっ」
「そうだっ、黒髪のお姉ちゃんは? 院長先生が、馬屋の壁を直したいって言ってた」
「あー、ごめんね、みんな。他のお姉ちゃん達、今日は用事があって来れなかったんだ」
「えー」
「でも大丈夫っ。今日は他のお姉ちゃん達の分まで僕が、このローズお姉ちゃんが遊んであげるっ」
「ええー」
子供達が不満げにうなる。
まあ想定通りだ。前回の訪問では確かにローズは良いとこ無しだった。今日はその名誉挽回を期している。何せ、将来の義実家だ。関係は良好に保っておきたい。
そのための準備も万全だ。テレーズの代わりに子供達を楽しませるための風魔法を考案し、エリカの代わりに家屋の修繕などをすべく土魔法の復習も念入りにしてきた。ジャンヌからは下町の遊びも教わった。トリアの天性のコメディ体質は真似出来ないが。少なくとも一人三役で子供達や院長先生の人気と好感度をかっさらう作戦だ。
「みんな、一回ちょっと離れてて。馬車を馬屋まで案内するから。ローズさん、こっちです」
「あー、馬屋は確か中庭の向こうだったよね。僕がやっとくから良いよ。久しぶりのお兄ちゃんに子供達を甘えさせてやって。ついでに壁の方も直しておくからさ」
アンリへのアピールも忘れない。
「えっと、よろしいんですか? あっ、ジルっ、ちょうど良かった。ローズさんを馬屋まで案内して、修復が必要なところを教えてさしあげて」
「はいよ。……おう、ローズの姉御、さっそく来たのかよ」
「やあ、ジル君。久しぶり、ってほどでもないね」
前回の訪問からはテスト週間と一学期最後の一週間を挟んだだけだから、実はまだ二週間しか経っていない。不思議とずいぶん長く時が経ったような気がするが。
「こっちだ、姉御」
「ああ。みんなっ、馬車が通るよーっ、気を付けてっ」
馬具を取って、孤児院の中へ馬車ごと馬を誘導する。
「……今日は他の姉ちゃん達は一緒じゃないんだって?」
「ああ、あいにくみんな都合がつかなくてね」
トリアは国の式典に出席、テレーズとジャンヌは研究所の手伝い、エリカは生徒会の仕事がある。―――そういう日に帰省するようにそれとなくアンリを仕向けた。
「ふ~ん」
「なんだい? 僕だけじゃ不満かい? まあ僕の友人達は美少女揃いだからねぇ。君くらいの年の男の子なら、気になっちゃうのも仕方ないか」
「いやっ、俺は別にっ。…………それに、美少女って言うならあんただって」
後半はごにょごにょと小声で言う。顔を赤くしながら。未来の義弟はなかなか可愛らしい反応をしてくれる。
「ば、馬車の運転は姉御が?」
ジルが話題を逸らす。
「ああ、あいにく今日は二人乗りの軽装馬車しか用意出来なかったものでね」
御者とその隣に一人を乗せたらそれで定員であるから、ローズが操縦する他無い。
もちろん、ボーモン家はもっと大型の馬車も所有しているが、アンリと膝を並べて旅を楽しむべくあえて用意させてもらった。
今回の旅行、すべてローズの計算ずくである。
「へえ、お貴族様も自分で馬車を運転したりするんだな」
「馬車の扱いは紳士の嗜みとか教養という面もあるからね。自分で御者台に付く貴族も少なくないよ。もっとも、僕みたいに女性でってのは珍しいけどね」
「ふ~ん」
「ん、もしかして馬車に興味があるのかい? 後で運転を教えてあげようか?」
「い、良いのかっ? あー、でも、この馬車、それにこの馬もお高いんだろ? こんなきれいな白馬、見たことねえよ」
子供の頃に両親にねだって手に入れたローズの愛馬である。やはり王子様キャラ足るもの、白馬は必須アイテムだ。
「僕のこと姉御なんて呼んでるくせに、つまらない遠慮はしないの。この子は気性が良いし、初めての練習相手にはちょうど良いと思うよ。アンリも道中で教えたらすっかり出来るようになったし」
文字通り手取り足取り、赤面するアンリを堪能させてもらった。
「そ、そういうことなら」
「ふふふっ、素直でよろしい」
そこからは八面六臂の大活躍となった。
「あー、確かにここのところ、土壁が崩れて薄くなってるね。で、あっちのしっかりしたところは、前にエリカが直したところかな。すぐ近くで比べられちゃうのはちょっとプレッシャーだけど、そこは工夫で補おう。ジル君、そこの飼い葉をちょっともらって良いかな?」
「ん、ああ、別に構わねえよ」
「よし。それじゃあ飼い葉をここに撒いてと。“土よ”」
「な、なんだ? 粘土みたいのが出て来て、飼い葉と混じり合って。おおっ、壁にくっ付いた」
「うん、これで藁が繋ぎになって、ただの土の壁よりも崩れにくいはずだ」
「あー、でも姉御、ぴょこぴょこ藁が飛び出してて、なんだかきったねえぞ」
「ぐっ。わ、分かってるって。仕上げはここから。今度は飼い葉なしで綺麗にならすように、“土よ”。―――うん、こんなもんかな。どうだい、向こうのエリカの壁と比べたって遜色ない出来だろう?」
「うーん、でも何かこの壁、ちょっとこっちにせり出してないか?」
「まっ、まあまあ、これでもう崩れる心配はなくなったよ。―――あっ、院長先生、お邪魔しています。どこか他に補修が必要なところはないですか?」
まずは院長へのごますりに、孤児院の修復に精を出した。
「“風巻け”」
「わっ、わっ、手に持てたっ。なにこれっ? 魔法?」
「そうだよ、ローズお姉ちゃん特製の魔法の剣さ」
「剣? すっげえっ、じゃあそれで何か斬れたりすんのかっ!?」
「あー、いや、斬るのは無理。でも叩いたり、何かを弾いたりは出来るよっ」
「えー、それじゃあ剣じゃなくて棒じゃん」
「ぬぐっ。ま、まあ、それはそうなんだけどね」
「あっ、姉御、剣って言った方が格好良いとか思ったんだろっ?」
「かっこつけだ、かっこつけっ」
「う、うるさいなぁ。そんなこと言って君らだって、お気に入りの棒に“何とか剣”とかって名前つけて大事に取って置いたりしてるくせにっ」
「ぐっ」
「な、なんでそれを」
「ええー、ジル達そんなことしてるの~? お子様なんだからっ」
「う、うっせえ、」
「……ローズさん、男の子のやることがよく分かってますね」
アンリもそういうことをした口なのか、ちょっぴり照れたような表情だった。
そこからは圧縮空気剣でチャンバラに興じる男の子達に、格の違いを見せつけた。
「がぁっ、強ええっ」
「僕に勝とうだなんて十年早いよ、ジル君」
「魔法無しでもお強いんですね、ローズさん」
「アンリこそやるね。僕のは退役した男性兵士から習った正式な剣術なんだけど、君のは見様見真似だろう? それでここまで戦えるなんてすごいよ。―――きっとそれはお兄ちゃんとして弟や妹達を守るために培った力なんだろうね」
「えっと、その、……ありがとうございます」
アンリの心の琴線に触れそうな良い台詞をちょいちょい放り込むのも忘れない。
「よーし、それじゃあ交代ね」
「えー、もっとやりたいっ」
「ダーメ。次の子も待ってるから、順番ね。ほら、足元が危ないよ、僕の手につかまって。うん、良い子だね。また並んでね。それじゃあ次の子は―――」
「あの、ローズさん、これは?」
「ふっふっふっ、よくぞ聞いてくれました。これぞ今回の僕の秘密兵器。圧縮空気部屋とでも言えば良いのかな。早い話が中が空洞になったおっきな気砲だね。で、圧縮空気には弾力があるから」
「なるほど、だからあんな風に中へ入った子供達が弾むんですね。…………僕も並んでみようかな」
前世の世界で小さな遊園地やイベント会場で目にするバルーンの遊具を元に考案した魔法である。思った通り子供からアンリまで大盛況だった。
秘密兵器で子供達の気を引いた後は、ジャンヌから教わったケイドロのような下町の遊びでさらに距離を縮めに掛かる。
ちなみに名前はヘイドロだ。この世界には警察は存在せず、治安維持も兵士が担っている。要するに“警察と泥棒”ならぬ“兵士と泥棒”と言うわけだ。
「ほーら、捕まえたっ」
「きゃあ、つかまっちゃったっ」
「まだまだっ、そっちの子もっ」
「わわっ、ローズお姉ちゃん速ーい」
「ほんとほんとっ。すぐにみんなつかまえちゃったっ。もしかして、アンリお兄ちゃんより足速いんじゃないっ?」
「んー、どうかな?」
「泥棒側はあとはアンリの兄貴だけだろ。せっかくだから一対一で勝負してみろよ、姉御っ。俺はローズの姉御の勝利に今日の夕飯を一品賭けるぜっ」
「じゃあ私はアンリお兄ちゃんに一品っ」
「―――こらーっ、みんな、賭け事なんて駄目だよっ。…………あっ」
最後の一人がのこのこと目の前に姿を現したことで、賭けは成立することなく流れた。
暗くなってきたため外での遊びはお開きとなり、夕飯の買い出しに出た。ローズとジル君で馬車の二人乗りだ。人通りの無い道で御者席を交代する。
「ジル君、落ち着いて。基本的に最初に合図だけ送れば、この子は勝手に道に沿って歩いてくれるから、曲がる時や止まる時だけまた合図してやれば大丈夫だからね」
「お、おうっ、わかってるっ」
「そこ、右に曲がるんだよね。手綱を引いて」
「ええと、こうかっ!? ―――わあっ」
「強く引き過ぎだよ、ジル君。落ち着いて。君が慌てると、馬の方にもそれが伝わるからね」
「おっ、おうっ」
大きく振られた馬車の荷台でジルに言う。ローズの胸元に飛び込む形となった少年は赤い顔だ。
「夕飯出来たよーっ。今日はローズさんもお料理を手伝ってくれたよっ」
「ローズお姉ちゃん、貴族なのに料理なんて出来るの? 貴族のお屋敷には料理人がいるんでしょ?」
「僕は王都ではアパートに独り暮らしだからね。料理から洗濯、掃除まで家のことはたいがい何でも出来るよ。ねっ、アンリ、悪くない腕だったろ?」
「はいっ。それに僕が知らない調理法もいっぱいご存知で、勉強になっちゃいました」
「そうだろうそうだろう。どこにお嫁さんに行っても恥ずかしくない腕だろう?」
「お、お嫁さん!? ……そ、そうですね、確かに」
「おや、アンリ? もしかして僕にお嫁さんなんて似合わないって思ってる?」
「い、いやぁ、そんなつもりは。あっ、早くしないと冷めちゃいますねっ! ―――みんなー、席に着いて」
「あっ、今日は私、ローズお姉ちゃんの隣が良いっ」
「私も私もっ」
「あっ、女ばっかずるいぞっ。俺達だって」
「何よー、あんたたちのきったない食べ方じゃ、ローズお姉ちゃんのお洋服に汚れが飛んじゃうじゃないっ」
「なんだとっ」
「こらこら、みんな落ち着いて。今日は泊ってくから、男の子達は明日の朝一緒に食べよう」
こうして夕餉の時間には、すっかり子供達の心を掴むことに成功したローズだった。




