第79話 現お姉さまは火種をくすぶらせる
「やあ、生徒会の見回りかい?」
放課後の演習場でトリアとジャンヌ、それにアンリエッタの特訓―――光魔法のことは公表されたので、今では堂々と学園内で練習出来る―――を監督していると、何となくお堅い雰囲気の生徒数人とともにエリカがやってきた。
生徒会役員―――すなわち高等部各学年の成績上位者達である。
「ええ、明日からの夏休みに浮かれている生徒も多いですし、ローズさんのように風紀を乱す輩が現れないとも限りませんからね」
「ははっ、これは手厳しい。僕はいたって品行方正な学生のつもりなんだけどなぁ」
「ふふっ、それは面白い冗談ですわね」
胡坐をかいた膝の上にちょこんとテレーズを乗せていてはさすがに説得力に欠けるか。
いや、女性同士なのだから親しい友人同士のスキンシップで通るはずだ。いやいや、改造制服着用とは言え女性の身体で胡坐をかくこと自体がすでにちょっとはしたないか。
「そちら、ローズ・ド・ボーモン様でしたわよね? エリカ様のお友達の」
「お姉さま」
エリカから“お姉さま”と呼ばれたのは当然マーガレット生徒会長である。
かつてのローズファン第一号はあまりにもわざとらしく他人行儀にふるまう。
「会長、こんな格好で失礼します。何せこれなものでして。昨日夜更かししたらしくて」
視線を下げ、うつらうつら船を漕いでいるテレーズを示す。
他人事のように言ったが、昨夜はローズの下宿先にお泊りしている彼女だった。要するにちょっとかまい過ぎた
「……構いませんわ、学園では王族も貴族も平民もないのですから。それに神童テレーズさんには健やかに育ってもらわないと国の損失ですからね」
立派な台詞だが、やはり少々突き放すような口調だ。
「マーガレットお姉様っ」
練習に集中していたトリアが、ようやくこちらに気付いて駆け寄ってくる。
「あら、貴女もいらしたのですね、ヴィクトリア殿下。それにそちらは、噂の転入生と特別研究生の方でしたわね?」
「は、はいっ、アンリエッタ・マルタンです」
「ジャ、ジャンヌ・ベルナールですっ」
演習場の真ん中で大味で大技な魔法をぶっ放していたトリア達の存在に気付かなかったはずもないのだが、会長はしれっとした顔で言う。
一方、アンリとジャンヌはひどく緊張した面持ちで頭を下げた。
「マーガレットお姉様、生徒会の見回り中?」
「ええ。……殿下は、魔法の練習ですか。また魔法の発動に失敗して大騒動、などということにならないようにお気を付けて下さいね」
うふふと嫌味ったらしく笑いながら会長は言う。
「うっ。だ、大丈夫っ。いざとなったらローズが何とかしてくれるしっ」
「そこは失敗なんてしないから大丈夫、と言い切って欲しいところだけどね。先生役の僕としては」
「や、やかましいわね、ローズ。もしも万が一失敗したらの話よっ」
「あーもう、トリア、うっさい」
ローズの懐の中でテレーズがむにゃむにゃと言う。
「何よ、テレーズ。眠いならあたし達に付き合う必要ないから、家に帰ってちゃんと布団で寝なさいよっ。そんなところで寝てると、風邪ひくわよっ。ほらっ、今日は風も強いしっ」
毎度ながら器用なことに、トリアが怒りながら身を案ずる。
「んー、ローズあったかいから大丈夫」
テレーズは膝の上で身体を回し、ぎゅっとローズにしがみ付く。
ロリゆえに体温が高く、暖かいのはむしろローズの方だ。と言うより風が強いと言っても夏場であるから、触れ合ったところがじっとり汗に濡れるくらいに暑いのだが、テレーズは構わず密着してくる。
「“神童”に“お兄さま”、それに噂の転入生と特別研究生ですか。確かにこれだけ揃っているなら私が心配する必要はなさそうですわね」
「あっ、マーガレットお姉様」
蚊帳の外に置かれていた会長は、言い捨てると踵を返した。
エリカや他の生徒会メンバー達は、こちらへ頭を下げてから後に続く。“うちの会長がすいません”と言う顔だ。
―――う~ん、やっぱりこれ、僕達の、というか僕のせいだよな。
マーガレット・ファリアス。
繰り返しになるがトリアの従姉にして学園の生徒会長。そしてかつてのローズファンの一人。
原作にもサブキャラとして登場するが、作中ではトリアとの接点はほとんどない。むしろ彼女が活躍するのはテレーズルートである。
原作ではさらに一つ飛び級して三年A組に所属する暴君テレーズの、ある意味で唯一の理解者のような存在だった。慈愛溢れるお姉さんキャラであり、物語序盤でのツンツンを通り越してギスギスのテレーズとの意思疎通は彼女を介してなされることも多かった。
テレーズの方も彼女にだけはある程度気を許しており、“メグ”と愛称で呼んでいたのだ。
寛大にして公正。先程の“学園では王族も貴族も平民もない”という台詞も原作彼女の名言の一つで、決して皮肉じみた台詞ではない。学園の誰もが憧れる素敵な生徒会長だったのだ。
ところがこの世界では王子様キャラをより徹底したローズが“お兄さま”の異名を取るほどに生徒達の人気を集め、エリカはよりいっそう完璧超人ぶりに磨きがかかり、トリアもある種の人望を得て、テレーズも飛び級せずにローズ達の学年に留まった。
率直に言って学園における三年生の存在感は非常に薄い。“黄金世代の一個上”、“谷間世代”、“助走期間”などと揶揄され続けてきたのだ。聖母が如く彼女もさすがに気分を害するというものだろう。
―――まあでも、決定的になったのはやっぱり生徒会だよなぁ。
通常、生徒会長は選挙によって選ばれた高等部二年の首席が当たる。
一方、副会長や書記、庶務、広報と言った役員になる方法は二つ。一つは会長選挙と同時に行われる役員選挙に立候補して生徒達の承認を受けること。もう一つは生徒会長となった新お姉さまから打診を受ける形で生徒会入りすることだ。とは言え対象となるのはやはり二年の成績上位者、そして一年の首席や次席の生徒らであり、言ってみれば出来レースに近い。そのため実際には前者の選挙がわざわざ行われるのは稀で、後者の会長による指名制によって生徒会組織は作られる。
そして去年生徒会長に就任したマーガレットは、当然一学年次席のローズにも役員就任の打診を行っている。それも二年生や一年首席をすっ飛ばして副会長のオファーである。
現状を鑑みれば言うまでもないことだが、ローズはそれを丁重にお断りしていた。生徒会の仕事があってはアンリとお近づきになる機会が減らされると思ったからだ。
マーガレットのローズに対する態度があからさまによそよそしくなったのは、その頃からである。
“なんとかしなくちゃな”とローズが頭を悩ませていると―――
「……ぷは~っ。王族の方のお相手はさすがに緊張しますね」
アンリが溜め込んでいた息を大きく吐き出す。
「でっ、ですよねっ。私なんか貴族様がお相手でも緊張しちゃうのに、まして王族だなんてっ」
「ちょっとちょっと、アンリエッタ、ジャンヌ? あなた達、今の今まで誰と練習していたか理解してる?」
「ふぇ? あ、ああ、トリアさんは何と言うか、親しみやすい御人柄ですから」
「そうですそうですっ。食堂で色んな方のお相手をしてますが、貴族どころか平民と比べたってトリア様は親しみやすいくらいですっ」
「ふ、ふ~ん」
誉め言葉と取って良いのか微妙なところだが、当のトリアは満更でもない顔だ。
「しっかしお姉様も、せっかくなんだしちょっとは練習に付き合ってくれたっていいのに。生徒会のお仕事ってそんなに忙しいのかしら?」
「マーガレット殿下とは今でも親しいのかい、トリア?」
「そりゃあね。ローズも知ってるでしょ、あたしはお母様じゃなく伯母様に育ててもらったようなものだから、お姉様とも昔は何をするのも一緒だったの。従姉って言うより、ほんとのお姉様みたいなものね」
「……しかし、何と言うかずいぶんきつい性格をしているよね、最近のマーガレット殿下は」
「きつい性格? 何言ってるのよ、ローズ。お姉様はとってもお優しいわよ。昔は珍しいお菓子があったらいつも余分にあたしにくれたし、今だってあたしの魔法が失敗しないように気に掛けてくれてたじゃない」
「……」
「……」
思わず目を丸くし、それからアンリとジャンヌと見つめ合ってしまった。“これはガチのやつだよね?”、“ええ、たぶん”などと目語を交わし合う。
「……鈍感」
ぼそりと呟いたのはローズ、ではなくそのお腹にしがみついたテレーズだ。
「はあっ? 何よテレーズ、それってあたしのこと? こらっ、眠ったふりしてないで答えなさいよっ。あーもうっ、ほんとに風邪ひくわよっ。……んん? ローズ、何笑ってるのよ。あっ、アンリエッタとジャンヌまで」
「いやぁ、君には是非そのままの君でいて欲しいと思ってね」
「な、ななななっ、い、いきなり何を言い出すのよっ。そっ、そのままの君が素敵だよ、なんてっ」
「いや、そこまでは言って―――」
「―――もうっ、トリア、“うっさいの!”」
「きゃあっ。ちょっ、ちょっと、テレーズっ。い、今のかすったわよっ、私の右のドリルにっ」
いささか不穏な気配を残しつつにぎやかに放課後は過ぎ、―――そして学園は夏休みへと突入するのだった。




