第77話 王子様系TS少女は今度こそ完全無欠のメインヒロインを攻略にかかる その5
「急にどうしたんだい? そんな昔の話を」
「いえ、彼女達はあの時、私とローズさん、どちらに投票したのかなと思いまして」
「もう、そういう詮索はルール違反だよ」
「分かっています。けど、あまりに劇的な投票結果でしたから、どうしても考えてしまいます。ローズさんは覚えていますか、あの時のこと?」
「そりゃね。無効票が出て、それで僕はエリカに一票届かなかったんだよね」
「ええ」
すでに十年も前の話だが、エリカの言う通り劇的な結果だったからはっきり覚えている。
二十対十九。無効票の行き先によっては引き分け、あるいは誰か一人翻意していればローズの勝利もあり得た結果だ。
「―――あの時の無効票、私です」
「えっ、そうだったの?」
エリカはさらっと十年越しの真実を告げた。
「はい。というか私はてっきり、候補者は投票には参加しないものだと思っていました。得票数を聞いてローズさんは投票されたんだって、むしろちょっと驚いたくらいで」
「あー、そっか、そういう考えもあるか。なんだ、じゃあ本当は二十一対十九だったわけか」
それでも僅差だが、たった一人の気まぐれで覆ることはなくなる。スポーツで言うところのデュースと同じだ。エリカはしっかりローズに勝ち切っていたと言うことだ。
「二十一対十九、ですか。……ちなみにローズさんはあの時どちらに投票なさったんですか?」
「そりゃあもちろんエリカさ。クラス委員に相応しいのはエリカだって、あの時もはっきりそう言ったろ?」
むしろ応援演説と言うか、エリカに投票するようクラスメイトに呼び掛けたくらいのローズである。
「やっぱり。……なるほど、あの時点でもう並び立たれていたのですね」
「どういう意味だい? ……ああ、そっか。あの時、僕も投票しなかったら十九対十九で引き分けになったのか」
「いえ、そちらの意味ではなく。あの時もし、私が一票を投じていたなら……。いえ、なんでもありません」
「えっ、それってどういうこと? もしかしてエリカ、僕に投票する気だったわけ?」
「知りません」
「いやいや、今の明らかにそういう意味でしょ」
ある意味、彼女らしい正確な自己分析と言うべきか。
あの場ではエリカを押したローズだが、クラスメイトに対抗馬を擁立されてしまうような当時のロリカが本当にクラスの代表に適任だったかと言うと正直微妙なところだ。
「なるほどねぇ。エリカってばそんな風に考えてたんだぁ。その割に、ずいぶんと僕のこと拒んでくれたもんだけど」
まあ、口では拒絶しても強引に迫ればたいがいのことには付き合ってくれたものだが。本日のデートのように。
「それは。…………私は一番であり続けなければ、家族を、ステュアート家を守ることが出来ないと思っていました」
「家族を守ることが出来ない?」
「ええ。ローズさんもご存知でしょう、我が家が陰で何と呼ばれているか」
「あー、えっと、……“男系貴族”だっけ?」
要するに女性の力―――魔法―――ではなく政治で成り上がったことを揶揄する言葉だ。
魔法の強さこそ貴族が貴族たる所以と考える者は決して少なくはない。むしろこの国の貴族の多数派と言って良い。
政治で成り上がったと言うなら宮廷貴族はどの家も該当するが、宰相を何人も輩出し、男性が殊更に優秀なステュアート家は当然他家よりも多くのやっかみを買っている。嘲笑の対象にもそれだけなりやすいと言うわけだ。
「私が魔女として名を成せば、お父様やお母様をそんな風に笑える者もいなくなるでしょう。いずれお父様の後を継ぐリオンへの風通しも良くなるはずです」
「なるほどねぇ」
原作でも描かれなかったエリカの孤高の理由が、なんてことのない土曜日、このありふれたカフェのテラスで明かされていた。
まほ恋には困ったちゃんな親に振り回される子供と言う図式が多いが、尊敬出来過ぎる立派な両親であるが故にこじれるケースもあるらしい。
「だけどエリカ、きっとお父様もお母様も君にそんなことは―――」
「分かっています。と言うか、もうお父様とお母様からは叱られました。それもこれもローズさんのせいなんですからね」
「僕のせい?」
「ええ。ローズさんと魔法戦で引き分けて、このままじゃいけないって思い悩んでいたら、お母様に気付かれましてね。それで家族会議ですよ。何を悩んでいるんだって、洗いざらい聞き出されました」
「へえ」
あのいつも昼食をご馳走になる食卓で、両親に詰められるエリカの絵を思い浮かべる。
辣腕宰相の御父上が理路整然と責めたのか。あるいはあの温和な美人ママが無言で圧力でも掛けたのか。いずれにせよ、当時のとんがりまくっていたロリカの口を割らせるとはさすがはご両親。この親にしてこの子あり。蛙の子は蛙。この世界風に言うなら“ワイバーンはドラゴンを生まず”と言うやつか。
エリカの告白は続く。
「そうしたらお父様とお母様は、気持ちは嬉しいがそれは違うと。自分達は娘の御世話にならなきゃいけないほど頼りない両親かって。私はうぬぼれていたのだと、気付かされました。他人よりちょっと頭が良くて、魔法のセンスもあって、努力が苦にならないってだけなのに、子供の分際でお父様とお母様を救おうだなんて」
まだうぬぼれが抜け切っていない気もするが、エリカならこれくらいでも過不足ない等身大の自信と言うべきか。“ちょっと頭が良くて”と言う辺りにむしろ謙遜を見て取るべきだろう。
「だから、ローズさんのせいなんですよ。私が少しは丸くなってしまったのは」
「なるほど、僕のお陰なんだね」
「ローズさんのせいです」
「お陰だろ?」
「せいです」
「お陰」
「せい」
「お陰」
疲れるまで何度も連呼し合うこととなった。
―――しかし、ずいぶんと胸襟を開いてくれたものだ。
こうして二人きりでのんびりする時間なんてここ数年なかったから、エリカとしても機会をうかがっていたと言うことか。
夏休みもまたぞろいつもの面々と過ごすことになるだろうし、二学期が始まれば今度は生徒会役員のエリカは学園祭の準備に追われることになるだろう。そしてそれも終われば―――
「二学期には、ついに生徒会選挙だね。僕も応援演説の準備をしとかないとな」
「急になんです? というかローズさん、どなたか推薦されるんですか?」
「えっ? エリカ、僕を推薦人にしてくれないの?」
キョトンとした顔で、目を見合わせる。
頼まれていたわけではないが、当然そうだろうと思っていた。
原作エリカルートではアンリが生徒会長―――お姉さまになり、エリカは敗北を認め、それを切っ掛けにアンリに対する恋心を自覚するようになる。
だからエリカルートへの分岐を阻むためにも、この人気者がエリカの生徒会長就任を全力で応援する所存だったのだが。
「まあっ、ローズさんったら、そんな勘違いをしていらっしゃったのですね」
「ええー、エリカ、僕以外に推薦人を頼むつもりなの?」
地味に、いや滅茶苦茶ショックだ。
「うわっ、嘘嘘嘘っ、何だこれっ」
頬がかっかと熱くなる。
勝手にエリカの一番の親友は自分、推薦人を頼むなら自分しかいないと思い込んでいたのがたまらなく恥ずかしい。
「だから、勘違いしていますよ、ローズさん」
「お、追い撃ちはやめて、エリカ。は、恥ずかし~~~っ」
「だから、それが勘違いですって。そもそも私、生徒会選挙に出るだなんて一言も言っておりませんよ」
「ええっ!? ま、まさか、……出ないつもりなの?」
「二年ほどお手伝いさせて頂いておりますが、思った以上に時間を取られることが分かりましたからね。学園最後の一年は、もう少し自分の時間を持ちたいと思っています」
「自分の時間?」
「ええ。どんな進路を選ぶにせよ、勉学に集中出来るのはあと一年だけですからね。……それにその、ローズさ―――皆さんとも、もう少し遊ぶ時間が欲しいですし。ほ、ほらっ、このところ私抜きで集まることも多かったでしょう? ローズさんも、寂しがっているんじゃないかと思いましてねっ」
「―――お、おおっ」
「な、なんですか、その反応?」
「いや、エリカが思っていた以上に僕のことを好きみたいなんで、驚いちゃって」
「あ、当たり前でしょう。わ、私達は幼馴染で、一番の親友同士なんですから」
エリカが真っ赤な顔で言う。
まさかエリカルートの山場となるイベントがそもそも発生しないとは。首席、クラス委員、生徒会長―――そういったものにこだわり続けて来たエリカが自らそれを投げ打つとは。ローズと一緒にいるために。
―――攻略出来てるじゃないか、エリカ。
これはもう確定だろう。
完全無欠のメインヒロインはひっそりと、されどずっぽりとローズの手中に落ちていた。いつの間にか。
「だからなんなんですか、その顔は? 貴方が昔からよく言っていたことでしょうっ、私達は一番の親友だって。まっ、まさかっ、繰り下がりましたかっ? 今の一番は誰ですっ? トリアさんですか、テレーズさんですかっ、それともまさかアンリエッタさんやジャンヌさんっ?」
「お、落ち着いて、エリカ。繰り下がってない、繰り下がってないよっ。一番は君っ。揺るぎっこない絶対王者だよっ」
「そ、そうですか」
ふうーっと大きく息を吐くと、エリカが額に浮いた汗を拭う。
これは同着一位が何人かいる、なんて口が裂けても言えそうにない。
「いやぁ、僕にとってはいつだって一番の親友は君だったけど、君の方もそんな風に思ってくれてるとは知らなかったよ」
「はぁ?」
“何を言ってるんだ、こいつは”と言う見下げ果てたような、呆れ返ったような顔をされた。
「いや、だってエリカとは長く喧嘩していた期間もあったし、トリア達みたいに特別に何かしてあげたみたいなこともなかったし」
トリア、テレーズ、ジャンヌにとってローズは言ってみれば恩人だ。ひるがえってエリカは、いくら恩着せがましく振舞ってみたところでローズが何かをしてあげたとは言い難い。
「友情を築くのに、特別な何かなんて必要ないでしょう。長い時を共に過ごし、同じ道を切磋琢磨してきたのですから。本当に、貴方ったらいつだって私を一人にさせてくれないのですから」
「……そっか、特別な何かなんて必要ないのか」
ゲーム脳、いやギャルゲー脳とでも言えば良いのか。
彼女達と友愛を築くためには、特別なイベントをこなし好感度を稼ぎフラグを立てる必要があるのだと思っていた。
しかしまほ恋と同じ世界観を持つとは言ってもこの世界は今のローズにとっては確かな現実で、エリカもまたゲームのヒロインではなくここに生きる一人の人間なのだ。
「と言うわけで、来年はもっとローズさ、―――皆さんと遊びますよ」
「そっか」
「もうっ、ちゃんと返事をしてください」
「―――うんっ、僕ももっとエリカと遊びたいよ」
ローズの答えに満足した様子で、エリカはにっこりと微笑んだ。
と言う訳で、実はすでに攻略出来ていたエリカ編でした。




