第76話 王子様系TS少女は今度こそ完全無欠のメインヒロインを攻略にかかる その4
「ちょっと休憩してこうか」
雑貨屋を出ると、いささか疲れた表情のエリカをカフェへと引きずっていく。
ケーキセットを二つ注文して、大通りに面したオープンテラス席に陣取る。休日と言うことで、中高生くらいのグループや子供連れの家族が多く道を行く。
三人掛けのテーブル席の空いた一席にエリカは購入したばかりのクマちゃんを置き、角度が決まらなかったのか何度か座り直させる。―――ローズがにやにや見ているのに気付くまで。
「こほん。…………んっ」
わざとらしい咳払いを一つ、エリカはセットの紅茶を口に含み、そして眉をひそめてソーサーに戻す。
「ふふっ、こういうところで味を求めるもんじゃないよ。……うん、ちょっと酸味が立ち過ぎてるけど、こんなものかな」
「貴方は紅茶じゃなくコーヒーにされたんですね」
「どうあがいたってエリカの淹れてくれる紅茶には敵わないからね」
「そうですか。まあ、茶葉選びも、淹れ方のこだわりも、その辺りの専門店にだって負けないつもりですけど」
エリカはまんざらでもなさそうな顔だ。
「あっ、でもケーキはけっこう美味しいよ。ほら、食べてみて、あ~ん」
「もう、自分のがありますから。ああっ、しつこいっ」
フォークを持った手をうっとうしそうに払いのけられるも、懲りずに何度も口元へ突き付ける。
「エリカのはチーズケーキ、僕のはチョコレートケーキ。こういうのは食べさせっこして味を比べるもんだよ。……ほらっ」
くいっと顎をしゃくった先、同じオープンテラスの一席で都合の良いことに年頃の男女がケーキを食べさせ合っている。―――ありがとう、見ず知らずのカップル。
「郷に入っては郷に従えと言うよ。ほら、そこで固まってると変に目立っちゃう。早く早く、あ~ん」
「…………」
エリカはしかめっ面で頬を真っ赤に染めながら、口を開ける。
「どう?」
「よく味が分かりません」
「そう、ならもう一口」
「いえ、結構ですっ。大変美味しゅうございましたっ」
「そっ。じゃあ今度は僕が味見する番。―――あ~ん」
「わっ、私もするんですかっ!?」
「ほーぜん。ひゃやくひゃやく」
大口を開けたまま急かすと、周囲の目を気にするエリカに選択肢はなかった。
「うんっ、チーズケーキも美味しいね」
「はぁ。なんだか言い様にローズさんに乗せられているような気がするのですが」
「そ、そんなことないって。こういうお店での正式な作法さ」
「ふ~ん、さすがローズさん。こういう場所にもずいぶんとお越しのご様子ですね。我が学園のお兄様なんて呼ばれる方は、さすが遊び慣れていらっしゃる」
「あはははは」
じろりと剣呑な視線に、乾いた笑いを返しておく。
「し、しかし一学期もあと一週間かぁ。色々あったね?」
「そうですね。アンリエッタさんが転入してきて、ローズさんが仲間に引き込んで。ジャンヌさんの事情を知って、やっぱりローズさんが仲間に引き込んで。本当に“色々”ございましたね」
「あー、もしかして迷惑してる?」
「今さらそれを聞きます? もう諦めました」
「ええー、そこは迷惑なんかしてないって否定してよ」
「今この瞬間にも、誰が私の平穏を乱していると思っているんです?」
「えーと、もしかして僕かな?」
「何か疑問の余地がありますか?」
「エリカってさ、二人っきりだといつもより辛辣だよね。……ひょっとして僕に甘えてるのかな?」
「何を馬鹿なことを。馬鹿なの? いえ、馬鹿なんですよね。馬鹿が馬鹿なことを言うのは当然ですものね」
「ほらっ、そういうとこっ」
やいのやいのと言い合っていると―――
「―――ローズ様っ、エリカ様っ」
「お休みの日にお二人とお会い出来るなんてっ」
数人の少女達がこちらへとやって来る。
大通り沿いのオープンテラスなどと言う目立つ場所にいるから、実は先刻からちらちらとこちらの様子を伺う女の子達は少なくなかった。学園生だろう。中には見知ったローズファンの子もいたが、学外で気軽に声を掛けるのは躊躇われた様子だった。
そんな中、寄って来たのはローズとエリカ共通の知人、二年A組の生徒達だった。要するにクラスメイトである。
「やあ、みんなもテスト明けの息抜きかい?」
「はい。お二人もですか?」
「うん、僕達も息抜き、と言うかデートだね」
「まあっ。どうりで今日は他の皆様の姿がないわけですわね」
「それで今日は珍しくお二人でしたのね」
女同士だが、ローズが“そういうキャラ”で通っているので何ら疑問を差し挟むこともなく受け入れられた。
そのまましばし雑談となる。彼女達もA組所属の優等生であるから、こんな場所でもやはり話題は昨日までの定期試験のこととなった。そして必然的に話は自由課題の発表会に集中する。
「エリカ様のあの魔法、すごかったですわっ。あれ、やっぱり独自魔法ですよね?」
「え、ええ」
「あの難度の雷の独自魔法だなんて、学園始まって以来ではないかしらっ。ローズ様の煉獄だって十分素晴らしかったのに、何と言うか―――」
「見劣りした?」
言いよどんだ級友に代って、ローズが自分で続きを口にした。
「いえっ、そんなっ」
「ははっ、良いの良いの。昨日は良いところ全部みんなに持ってかれたよ。エリカに、ジャンヌに、―――それにアンリエッタに」
「そういえば、お二人はやはりご存知だったのでしょうか? アンリエッタ様の光魔法のことを」
「ふふっ、まあね。実は休日に王宮で練習に付き合ってたんだ」
隠すことでもない。正直に答えた。
「そうしますと陛下、―――学園長先生もご存知と言うことですよね? もしかしてアンリエッタ様があんな時期に異例の転校をしてらしたのは、光魔法のことがあったからなのでしょうか?」
「あー、それはどうだろう? 学園長先生やルイーズ所長も確信が持てたのは最近になってみたいだからね。それにほら、アンリエッタは光魔法のことがなくたって規格外だしさ。魔力量はトリア並みだし、頭も良ければ運動神経も良い。回復魔法だって使える。それにみんなも気付いてるかもしれないけど、何より―――」
「な、何より?」
ローズがもったいぶって言葉を切ると、少女達がごくりと固唾を飲んだ。
「何より、めちゃくちゃ可愛い」
「うふふっ、ローズ様らしいっ」
「ふふっ、そんなことだろうと思いましたわっ」
ひとしきり笑い合うと、少女達は“あまりデートの邪魔をしても申し訳ありませんから”とその場を去った。
「…………」
「何? どったの、エリカ? 黙り込んで。あっ、もしかしてデート中に他の女の子と仲良くしたの、怒ってる?」
「貴方は本当に、誰とでも仲良く話せますね」
ローズの軽口はスルーでエリカは言う。
「誰とでもって。いや、クラスメイトじゃない」
「それはそうですけど」
「……まさかエリカ、彼女達の名前も知らないとか言わないよね?」
「さすがにそこまでではありませんけど」
“失礼な”と強く否定しない当たり、“名前くらいは何とか分かる”程度と言うことらしい。
「はぁ。あの子ら初等部の、それも一年生の時からA組のクラスメイトだよ」
呆れたという顔を、いつもとは逆にローズからエリカに向ける。
「そうか。そういえばそうでしたね。…………ローズさん、覚えておられますか? 私とあなた、どちらがクラス委員になるかでもめた時のことを」
「去年の話? なんだい、今さら恨み節かい? 君も最終的には納得して、立候補を取り下げてくれたじゃない」
色々と画策するためにクラス委員の立場が欲しかったローズは、“生徒会活動との兼任は大変”などと親切ぶってエリカに辞退させている。テレーズが飛び級して来た去年、そしてアンリが転入した今年も続けて。
「いえ、最近の話ではなく、昔の話です」
エリカは小さく首を振った。
「……それって、もしかして初等部一年生の時のこと?」
「ええ」
それはお互い、何となく避け続けてきた話題だった。




