第68話 王子様系TS少女は完全無欠のメインヒロインとの過去に思いを馳せる その9
「“石弓”、“石弓”、“石弓”」
「“気砲”、“気砲”、“気砲”、“気ほ―――」
三発目に放った圧縮空気弾が、同じく三発目のエリカの土弾を相殺し切れず押し負ける。ローズの頭上スレスレを土塊がかすめていった。
「くっそー、今日も負けたぁ」
「ふふん」
十メートルほどの距離を置いて対峙したエリカが、得意げに笑った。
初等部の生徒はまだ直接魔法を当て合う本当の魔法戦は許可されていないから、言うなればこれは模擬戦である。相殺し切れず、相手の魔法に頭上を過られた者の負けとなる。
お遊戯のようでもあるが、“より早く、より高威力の魔法を完成させて撃つ”と言う魔法戦の肝要はしっかり押さえており、実戦の実力をほぼ正確に測ることが可能とされていた。と言うより、制服の耐魔法術式のお陰で魔法を当て合える学園が特別なだけで、一般に行われる魔法戦の試合はこちらの形式が普通だ。
「得意の火魔法以外を無詠唱で連発すると、次第に魔力の練り込みが落ちていくの、悪い癖ですよ、ローズ様」
「そういうエリカは二、三発撃ったら一拍置いて様子を伺うの、悪い癖だよ。土魔法は基本四属性の中で一番魔力消費が大きいから、気持ちは分かるけどね」
三発目が相殺出来ていればローズの勝利、とはいかないまでもこちらの四発目の圧縮空気弾への対応にエリカは追われることになったはずだ。
「ふん、そういうことはその隙を突いて見せてから言って欲しいものですね」
「うぐっ、痛いところを」
「ふふっ、私と並び立ちたいと言うのなら、せいぜい精進することです」
言い捨て、エリカは腰の高さまで伸びた黒髪をなびかせて放課後の演習場を去って行った。
「―――ローズ様っ」
代わってこちらへ駆け寄って来たのは一学年上、中等部一年生の首席マーガレット・ファリアス殿下だ。そう、ローズ達は初等部の最高学年、六年生になっていた。
今ではローズもエリカも初級魔法は無詠唱で放つ。初等部のうちにそこまで出来るのは一部の例外だけ―――たとえば目の前にいる王族のマーガレットなどだ―――だから、同学年に二人揃ってと言うのは魔法学園としてもちょっとした快挙である。
“双璧”とか“二強”などと並び称されるのは、エリカ的には大層ご不満らしいが。
「マーガレット先輩、すいません。せっかく練習に付き合って頂いているのに、また負けちゃいました」
「私のことはお気になさらないで下さい。頑張り屋さんの後輩に手を貸すのは、先輩として当然のことですからね」
マーガレットはにっこりと微笑む。
学年首席の肩書と言い、腰の高さまであるプラチナブロンドのストレートヘアと言い、何と言うかエリカを漂白したような存在だ。つまりは性格まで百点満点の完璧優等生である。
「やっぱり、以前私がお贈りしようとした杖を受け取ってもらうわけにはまいりませんか? あの杖なら、魔法構成が多少甘かろうと十分な魔力を乗せてくれますわよ」
「い、いや、さすがに国宝級の杖なんて頂くわけには」
「そんなにたいそうにお考えになる必要はありませんのよ。あれはお祖母様が私の入学記念にプレゼントしてくれたものですもの。もう私の私物なのですから、どう扱おうと私の自由ですわ」
要するにこのファリアス魔導王国の先代女王が、次期女王候補である孫娘の魔法使いとしての第一歩を祝って贈った杖と言うことだ。まさしく国宝級だろう。
前言撤回。彼女は彼女で性格に少々難ありだ、特にローズが関わる事象においては。
「その、ちゃんと実力で勝たないと、エリカに並び立ったとは言えませんから」
「……そうですか、少しでもローズ様のお役に立ちたかったのですけれど、残念ですわ」
マーガレットは綺麗な顔を曇らせ、シュンとうつむいてしまう。
「いえいえ、もうこれ以上無いってくらいに手助けして頂いていますから。僕が次席を維持出来てるのも、先輩が勉強を見てくれてるからですし。先輩にはとても感謝しているんですよ」
「……本当ですの?」
「もちろん。僕が先輩に嘘を言ったことがありますか?」
“四六時中、自分を偽ってはいるけど”と心の中だけで言い足しながら、マーガレットの手を取る。
「だからうつむかないで、こちらに顔を見せて下さい。―――マーガレット先輩が太陽なら僕は月。先輩が笑顔を向けてくれないと、僕は自分で輝くことも出来ないんだ」
「……もうっ、ローズ様ったら」
マーガレットが顔を上げ微笑んだ。次いで、周囲からもキャーキャーと黄色い声が上がる。
ローズとエリカの勝負はすでに学園の名物のようなものであるから、見物人には事欠かない。同世代最高峰の魔法戦に興味があって足を運んだ者や、最近になってようやく増えてきたエリカファンはすでに立ち去り、この場に残っているのはローズのファンの子達だ。
「そうですわよねっ。ローズ様がこんなに小さかった頃から、お支えしてきたのは私ですものっ」
マーガレットは自身の腰の高さくらいに手をやると、存在しない頭を撫でるように動かしながら言う。
「ははっ、さすがに一年生の頃だってそんなに小さくはなかったと思いますが」
「いいえ、こーんなでしたわ。今では私の背を抜かれてすっかり凛々し格好良くおなりですけれど、あの頃のローズ様はそれはそれは可愛くて、今とはまた別の魅力がございましたわっ」
マーガレットは拳を握りローズに、そして周囲のローズファンに向けて力説する。“最初に目を付けたのは私よ”と言う古参から新規への牽制の一種、なのかもしれない。
―――そう、マーガレット・ファリアスは学園で最初にローズの王子様キャラの餌食となった少女である。
“会長”あるいは“メグ”ことマーガレットは、原作でも人気のサブキャラの一人だ。公式人気投票でもエリカより上位にランクインしている。
まほ恋にはお姉さんヒロインが存在せず、唯一の先輩ヒロインはロリ枠のテレーズである。そんなこともあって、コンシューマ版あるいはファンディスクでも作られた日には彼女のルートが追加されると、ファンの間ではほとんど確定情報のように囁かれていた。
だからローズとしてもマーガレットは捨て置けない存在だった。ローズも知らない新規ルートにでも分岐されては対処のしようがないのだ。
「あれは私が初等部三年、ローズ様が二年生の時でしたわ。ローズ様たちの初めての野外演習の引率を任されたのが私でした。お姉ちゃん、お姉ちゃんと私の後を付いて回るローズ様が本当にお可愛いらしくて。だけど道が悪いところに差し掛かると、きりっとした顔でエスコートしてくださって」
マーガレットが熱く語る通り、王子様ムーブを繰り返すうちに見事攻略となったのだった。
―――とはいえ肝心のエリカをどうにかしないことにはお話にならない。
エリカ越えの難易度は年々上がるばかりだった。何せローズの武器は幼少期から持ち合わせた大人の理解力であり、歳を重ねるごとにそのアドバンテージは失われていく。恐らく中等部になってしまえば完全に“詰み”だろう。時間はもうほとんど残されていなかった。
「それにしてもエリカ様にも困ったものですね。ローズ様があれほど気に掛けてあげていると言うのに、かたくなで」
熱弁する古参の目を盗んで、他の女の子がこそっとローズに話し掛ける。
「エリカは悪くないよ。彼女と並び立ち、切磋琢磨出来る存在たり得ない僕がふがいないのさ」
「ですが私の目からは、もう十分にローズ様とエリカ様は切磋琢磨し合っているように見えますわ。先程も、お互いにアドバイスを送り合っていたではないですか」
他の少女達もうんうんと頷く。
「確かに。これはちょっとはデレてきたと考えて良いのかな?」
「デレてきた? それってどういう意味ですか?」
「えーと、内心の好意を隠し切れない状態とでも言えばいいかな?」
「あ、なるほど、デレデレのデレ。ローズ様は面白いお言葉をお知りですね。……うん、エリカ様、デレてると思います」
“デレてる”、“デレてる”と他の少女達も口を揃える。
「―――ちょっとそこっ、私のお話を聞いておりますの?」
古参に一喝されるまで、少女達のデレてるコールは止まなかった。




