第67話 王子様系TS少女は完全無欠のメインヒロインとの過去に思いを馳せる その8
「今日は夏休みの宿題にも出した、魔法の相殺と属性間の相性を試してみましょう。実際に魔法をぶつけ合うことになりますので、十分に注意してくださいね。皆さんの制服には耐魔法術式が施されていますが、それでも魔法が当たるとちょっと痛いですよ」
クラスメイト達は“はーいっ”と元気に応じる。さすがA組。臆している生徒はいないようだ。
「それでは皆さん、ペアを組んでください」
先生のいつも通りの指示に、されど演習場の空気が固まった。
昨日の今日である。普段ならローズと組んでいたエリカと誰が組むのか。はたして誰か声を掛けられるのか。
「じゃあエリカ、やろうか」
そんな空気に気付かぬ素振りで、ローズはいつも通りに振舞った。
「ローズさ―――、ま。……昨日あんなことがあったと言うのに、いい面の皮ですね」
「また君は、子供らしくない言葉を使うね」
一端呆れて見せてから、言葉を続ける。
「友達じゃないと言っているのは君だけで、僕は今だって君のことを一番の親友だと思っているからね。そりゃあペアを組めと言われれば君を誘うさ。何か問題があるかい? それともまさか、君曰く障害に過ぎない僕なんかじゃなく、もっと仲の良いお友達と組みたいとか?」
“そういうのを嫌ってるんじゃなかったのかい?”と、鼻で笑って見せる。
「―――っ、誰も組まないだなんて言っておりませんっ。やりますよっ」
挑発に乗って、エリカがぷりぷりと歩き出した。他の生徒達と距離を取り、二人向き合って立つ。
―――うん、悪くない。むしろ良い感じだ。
このピリピリした様子、エリカルート分岐直後のエリカとおんなじだ。
昨日は突然の展開に面食らったが、考えようによってはこの状況は順調と言えなくもない。
―――なら、やることは最初から変わらない。
適度にちょっかいを出しつつ、どこかで高慢ちきな鼻っ柱をへし折って、もう一度“ローズさん”と呼ばせてやるだけだ。
「それではまずはそれぞれの得意属性をぶつけ合ってみましょう。最初にお手本を、―――ではエリカさんとローズさん、よろしいですか?」
「はいっ」
「良いですか、皆さん。魔法の軌道に気を付けてくださいね。お互いすこし上に逸らして―――」
「―――――――。―――――。“火砲”」
「――――――――。―――。“石弓”」
中空で火魔法と土魔法がぶつかり合い、土塊がほぼ一方的に炎を突き破り、かき消した。勢いそのままにローズに迫る。
「―――おおっと」
迎撃に魔法、は間に合わないので咄嗟に後方に身を倒しながら、蹴り上げた。
魔力で固められた土の塊は思いのほか脆く、粉々に砕け散った。仰向けに地面に転がったローズの頭上からパラパラと土と砂が舞い落ちてくる。
「なるほど、これが耐魔法術式かぁ」
靴先が土塊に触れた瞬間、魔力と魔力が衝突するのを確かに感じた。
立ち上がり、感謝の気持ちを込めて制服に降り積もった土砂を手で払い落す。
「ふふん」
そんなローズの様子を見て、エリカが鼻を鳴らした。
「得意になってるところ悪いけど、今のは単に土魔法が火魔法に相性が良いってだけのことだからね」
「そっ、そんなことは分かっていますっ。先生、次は―――」
「あ、な、た、た、ちっ! 魔法は当たらないように逸らして撃ちなさいっ!」
お利口さん揃いのA組では珍しく、先生の叱声が飛んだ。
―――この日から、ローズとエリカの戦いの日々が始まった。
実技の授業では魔法を撃ち合い―――
「今の、僕の方が強かったよねっ」
「そうですね、火魔法だけは本当にお得意ですね、ローズ様。でもその前にやった風魔法は私の勝ちで、前の前にやった水魔法も私の勝ちで、前の前の前にやった土魔法は私の圧勝でしたけどね」
「ぐうっ、お、大人げないっ」
「初等部一年生を相手に何を言っているんですか、貴方は」
座学の授業では小テストの出来を競い―――
「エリカ、ほら、僕も十点満点っ。同点だよ」
「この程度の問題、A組の生徒なら満点を取って当然でしょう。まさか、こんなテストの結果一つで私に並び立ったとでも?」
「えっと、いや、そんなつもりは」
「……あら、ローズ様、ここのところ、文字が斜線で消されてますけど、まさか一度書いた解答を訂正されたのですか?」
「―――っ、それは」
「いけませんね。これがもし実戦の最中であれば、魔法を放つ機会を一手逃したと言うことです。当然、その間も相手は待ってはくれませんから……。あらあら、ローズ様、これは大変ですわよ」
「分かった、分かったよ。くっそー、嫌みったらしい言い方して。性格悪いなあっ」
「ふふっ、そういう貴方はお口が悪いですよ、ローズ様」
勝負の日々は、すなわちローズ敗北の歴史だった。
入念な準備で挑んだ二学期末の定期試験も三百点満点のエリカに対してまたも一ミスの二百九十七点で敗れた。
時に自分から強引に仕掛けたくだらない勝負―――駆けっこであるとか鬼ごっこであるとか―――で勝利を収め、“そんなもので勝って私に並び立ったと言うおつもりですか”というやはり冷めた視線を向けられることもしばしば。
そうして敗北を積み重ね、やがて訪れた三学期末の定期試験。
来年度のクラス分けにも大きく影響する一年生の総仕上げだ。出題範囲は三学期に習った範囲に留まらず初等部一年生の全範囲に及び、応用的な問題も多い。例年の傾向からして、過去二回の定期試験よりも格段に難易度が上がり、平均点はガクッと落ちる。エリカもさすがに満点とはいかないだろう。
そんな中ローズは、
―――あっ、この問題、進○ゼミでやったところだ。
などと言う冗談はさておき、常になくスラスラと問題を解いていった。
今回、試験対策としてローズが行ったのは、過去問の入手である。
前世では当たり前に行われていた試験対策の一つだが、この世界では一般的ではない。誇り高き貴族が多く通う学園であるし、高学年になるほど座学よりも実技の比重が増すので過去問を覚え込むだけでは対応出来なくなるためだろうか。
とはいえ、エリカに勝つためにあと数点を稼ぎたいローズには有効な手法である。この一年で上級生の中にもファンを得ているため、甘い声で囁けば簡単に問題は手に入った。
そして生徒が過去問による対策をしないと言うことは、教師も対策の対策を講じていないと言うことでもある。問題はほとんどそっくり同じだった。
―――いける、勝てるぞっ。
最後の応用問題を解き終えた時、隣席のエリカはまだカリカリと忙しなくペンを動かしていた。
ローズは勝利を確信し、机にペンを置くのだった。
「―――ローズ・ド・ボーモンさん」
「はいっ」
数日が経ち、授業毎にテストの返却が始まった。
「あっ」
最後に返された基礎魔法構成のテストが五十点満点中四十七点だった。ここまで実技も含め全て満点で来ているから、今回も合計で二百九十七点だ。
「くうっ、油断したぁ」
間違えたのは応用問題の一つ。
問題の組み立て、解き方は去年と同じ。しかしよく見れば細かな術式に違いがあった。言うなれば数学の文章問題で数字だけ変えたようなものだ。
あまりに去年と同じ問題が続くものだから、気付かず過去問のままの解答を書いてしまっていた。
「…………」
ちらっと隣りに横目を使うも、エリカはさっと解答用紙を隠してしまう。
―――まあでも二百九十七点なら、勝利は固いだろ。
最近仲良くしてもらっている一つ上の学年の首席にして原作サブキャラ、マーガレット・ファリアス殿下も去年は二百七十点代だったと言っていた。二百九十七点ならぶっちぎりの勝利もあり得る、―――などと思っていたのだが、数日後の登校最終日、結果発表の日。
―――1位 エリカ・ステュアート 300点
―――2位 ローズ・ド・ボーモン 297点
「はあっ、嘘だろ? 今回も満点?」
「ふんっ」
エリカが高々と伸ばした鼻から大きく息を吐く。いつも以上に鼻息が荒いのは、さすがに今回の試験は簡単ではなかったと言うことか。
「そういうローズ様も今回も二位、今回も二百九十七点ではないですか。よほどその数字がお好きなのかしら?」
「ぐうっ、また意地の悪いことを言う」
「ふふっ」
「……す、すごいですわね、エリカ様。先ほど先生がおっしゃっていましたわ、一年間通じて満点と言うのは学園始まって以来だとか」
クラスメイトの一人がエリカの嫌味を警戒しつつおずおずと言う。
「あら、そうでしたか。……へえ、学園始まって以来。うふふ。―――み、皆さん、いつまでも廊下に出ていないで、教室に戻りますよ。まもなく講堂への移動です」
これにはさすがのエリカもニンマリだ。周囲の目に気付いて、すぐに背を向けてしまったが。
しかしこのロリカ、三百点と言う上限に突き当たってこれまで正確に測れていなかっただけで、もしかするととんでもない高みにいるんじゃなかろうか。
「ローズ様も、惜しかったですわね」
「でも三位と三十点近い差は、さすがです」
「あ、ああ、ありがとう」
過去問と言うズルに引け目を感じ、ローズは少女達に少々ぎこちない笑みを返した。
「―――ローズ様、貴方ね、ちょっとおかしいんじゃないの?」
「何がだい?」
「何がって。よ、よくもあれだけ邪険にされて、堂々と人の家へ付いて来れますねっ」
終業式が終わると、例によってローズはステュアート邸に押し掛けていた。
玄関前で締め出しをくいそうになるも、エリカの母親が出て来て招き入れてくれた。これも例によって昼食もご馳走になり、今はエリカの私室に引っ込んでいる。
「だってまだ、春休み中の遊びの約束を立ててないじゃないか」
「だからっ、どうして私が休暇中まで貴方と御一緒すると思えるのですかっ!」
「そんなこと言って、結局冬休みも一緒に過ごしたじゃない」
「あれはっ、貴方がしつこく誘いに来るからっ。…………本当に、どういうおつもりなのですか、貴方は?」
「どういうつもりって、だから何度も言ってるじゃない。君が何と言おうと、僕は今だって君を一番の親友だと思ってるって。―――あっ、もしかして僕からこの台詞を引き出したくて、わざと聞いてるのかい?」
「そんなわけがありますかっ!」
こうして、それぞれに敗北と勝利を積み重ねてローズとエリカの一年は終わりを告げ、―――そしてさらに数年の時が過ぎた。




