第46話 王子様系TS少女は男装隠しヒロインを攻略にかかる その7
「いらっしゃい、テレーズ、ローズさん、それにお友達の皆さんも」
魔法研究所を訪ねると、すぐに所長室へと通された。
女王の紹介状を出すまでもなくテレーズの顔パスだ。母娘の和解以降、テレーズの職場訪問は珍しいことではなくなっている。
「あら、もしかしてそちらはアンリエッタ・マルタンさんかしら?」
「は、はい。お初にお目に掛かります、ルイーズ様」
ここでもまず、アンリに目が向いた。
初対面ということだが、取り立てて目敏くと言うほどのこともない。強大な魔力に加え、この国でもアンリほどの目が覚めるような金髪碧眼は珍しいからどうしたって目に付く。
「娘から最近お友達グループに新しい子が加わったと聞いていたけれど、貴方のことだったのね。娘と仲良くしてあげて下さいね。取っ付き難いところもあるだろうけど、本当はすっごく良い子だから。この間もね、私がちょっと体調を崩したら―――」
「マ、ママっ! そういうのは良いからっ。今日はお願いがあって来たのっ」
「あらあら、大きな声を出して」
「もうっ。ローズ、早く話を進めて」
「……まずはこちらを、ルイーズ様」
二人の普通の親子のようなやり取りをもう少し見ていたかったが、テレーズにぐいぐい前に押し出され、ようやくの出番となった紹介状を手渡した。
ルイーズが紙面に視線を落とす間、皆は興味深げに所長室を眺める。
ローズにとってはすでにある程度馴染みの場所だ。例の親子喧嘩仲裁のため研究資料を取りに立ち寄って以来、テレーズの付き添いで幾度か訪れている。
魔法研究所の所長と言えばファリアス魔導王国きってのエリートだ。魔法があらゆる分野で活躍するこの世界において、単に学究機関のトップと言うだけでなく政治的な発言力も有する国の重鎮の一人である。
が、所長室は格式ばったものではなく、いくつも並んだ書棚には本や書類が満載し、ルイーズの執務机の上にも何やら実験データが記載された紙片が山積みされている。
そして壁や棚などの側面、空いたスペースに張られているのはテレーズの魔導複写絵だ。まごうことなくルイーズの仕事部屋である。
「……ええと、ジャンヌさん、と言うのは貴方よね?」
やがて紹介状から顔を上げると、ルイーズはジャンヌに目を向けた。
「はっ、はいっ」
「“探れ”。……なるほど、確かに魔力を感じられないわね」
「?」
ぴりっとほんのわずかに神経に触ったのは、無属性魔法の一つ魔力探知だ。隣に立つローズにも余波が感じられたほどだが、ジャンヌは気付かなかったようだ
「うん、それじゃあまずは正確な魔力量を測ってみましょうか。付いて来て」
紹介状におおよその事情は認められていたらしく、話が早い。ルイーズは皆を促し、所長室を出る。
母親としては未熟なところもある彼女だが、仕事人としては一流、いや超一流である。
案内されたのは実験室の一つ。
研究所には学園の課外授業で―――いわゆる職場見学と言うやつだ―――、そしてテレーズと一緒にプライベートで何度か訪れているが、いつ見ても不思議な空間だ。
実験ベンチがあり、試験官のようなガラス器具や魔導具の元になる素材―――保存液に浮かぶ魔物の組織の一部や、おどろおどろしい色をした液体―――が瓶詰にされて並んでいるのは、前世でイメージするマッドサイエンティストの実験室が如く。一方で少し開けた場所には床に魔法陣が描かれ、魔女が毒薬でも煮出しそうな巨大な錬金釜がその上に設置されている。ここには科学と魔法が混在していた。
「使い方は分かるかしら?」
ルイーズが指し示したのは、古木の切り株で作られた台座に鎮座する宝珠だ。一抱えもある巨大なもので、これが魔力測定用の魔導具である。
「えっと」
ジャンヌは困ったような顔で言葉を濁す。分からなくはないが自信はないと言うところか。
貴族であれば子供の頃から幾度も魔力量を確認するものだが、平民は五歳の誕生年に一度調べるだけの者が大半だろう。
「簡単だよ、見てて」
言って、ローズは宝珠に触れた。
「―――っ」
身体の中から何かが吸い上げられる喪失感の後、宝珠が発光する。うっすら赤みを帯びたそこそこに強い光だ。
「七から八の間ですね。うん、さすがローズさん、国内でも上位に入る魔力量です」
「いやぁ、トリアやテレーズの前で魔力量を褒められても、ちょっと立つ瀬がないんですが、ルイーズ様」
台座には宝珠の他に細長い板ガラスが一枚備え付けられている。色の付いたガラスで、右端に行くほど色合いは濃くなっていく。ガラスの裏面には左から順に一から十までの数字が書かれていて、光が当たるとその強さに応じてガラスが透け、数字が読み取れるようになる。魔法ではなく、光の透過率を利用した仕掛けだ。
そしてローズの光は七までをくっきりと、八をぼんやりと浮かび上がらせた。
「と、このように、この魔導具は触れることで対象の魔力の一部を吸い上げ、それが魔法陣に流れ込むことで光を生じます。この光の強さを判定することで魔力量を間接的に測定するわけです。間接法と呼ばれていて、今の魔力測定器は大抵この原理です」
不定形で宿主によって微妙に性質も変化する魔力を定量するために考えられた手法である。水を張った槽に物体を入れ、増した水嵩から体積を求めるようなもの、と言えば分かり易いか。
ちなみに生じる光は得意属性ごとに火ならわずかに赤みがかり、風なら緑がかり、土なら黄色がかり、水なら青みがかる。
「せっかくだし、久しぶりにあたしも」
「あ、トリア、ちょっと待っ、―――くうっ」
止める間もなくトリアが宝珠に触れた。
ローズの時とは比べ物にならない、瞳を閉じても瞼を貫くような強烈な赤い光が放たれる。
「……ト、トリア、君の魔力は特別なんだから、そういう時は先に一言言ってくれないと」
「ごっ、ごめーん」
一番近くで直撃を受けたのは当の本人であるから、トリアは目をしばたたかせながら言う。
ガラス板を直視出来なかったから判定不能だが、まず間違いなく十までくっきりと透けたことだろう。
「す、すごいんですね、ヴィクトリア殿下」
やはり目をぱちくりさせながらジャンヌが感心する。
その後、ついでと言うことでエリカとテレーズも魔力を測定した。
エリカが触れるとローズよりいくらか弱い黄色の光が発され、判定は六。テレーズが触れるとトリアほどではないが目を背けたくなる強い緑の光が生じ、やはり測定上限越えの恐らく十一前後。
「では、私も―――」
「あっ、アンリエッタ、君も―――。……あれ?」
閃光弾もかくやと言う強烈な光を想定するも、―――アンリが触れた宝珠は何の反応も示さなかった。
まさかジャンヌだけでなく、アンリまでが低魔力症か。
いや、それはない。こうしていても少し意識を凝らすだけで、トリアと同等かそれ以上の強大な魔力をアンリの身の内から感じ取れるのだ。
「やっぱり、そういうことなのねっ」
ルイーズが興奮気味に叫ぶ。
「どういうことですか、ルイーズ様?」
「先ほども説明しましたが、宝珠は刻まれた魔法陣に魔力が流れ込むと発光します。ただ、この魔法陣の本来の機能は“発光”ではなく言うなれば“蓄光”。特定の魔力を溜め込み、それを光魔法として適宜放出する国父様が考案された対魔族用迎撃兵器の流用なのです」
「それじゃあ、僕達が触ると発光するのは?」
「光魔法の発動に相応しくない魔力が注がれたことによる誤作動、不完全な形での光魔法の発動と言うことになりますね」
「ということは、要するにアンリエッタは―――」
ローズは既知の事実へ向けて話を導く。
「そうっ、もしかしたらとは思っていたけれど、アンリエッタさんは百数十年ぶりの光魔法の適合者よっ」
「あー、なるほど。アンリエッタほどの魔力の持ち主が何だって今の今まで見つかることなく、今さらになって転入してきたのか不思議に思ってたけど。間接法の測定器では魔力量が測定出来なかったから、と言うわけですか」
うんうんと頷きながら言う。この辺り原作でも説明が足りない部分なので、本心からの首肯である。
男児故に見逃されたとされていたが、現実のこの世界では男児であっても魔力量の測定は免除されない。結果如何によっては貴族の家系への婿入りなどと言う話もあり得るので、それはそれでけっこうな重大事なのだ。
「……私が、光魔法の適合者?」
アンリはポカンとした顔だ。
「すごいじゃないのっ、アンリエッタ。国父様以来よっ、おめでとうっ。―――まあ正直、ちょっぴり悔しいけどっ」
「か、回復魔法に続いて光魔法までなんて、前例が見当たらないくらい稀有な才能ですよ、アンリエッタさん」
「むむぅ、な、なかなかやるの、アンリエッタ」
「わぁ、すごいですね、アンリエッタ様」
わっとトリアが歓声を上げると、皆も賛辞を続けた。
こういうところ、実にトリアらしい。魔法使いであれば誰もが羨む才能にエリカとテレーズが戸惑う中、一番妬んでもおかしくない国父様直系の末裔たるトリアが真っ先に賞賛と素直な嫉妬心を表明していた。
「アンリエッタさん、他にも是非試して頂きたい魔導具があります。まずはどれからが良いかしら? ああでも、先に光魔法を使って見せてもらった方が良いわね。ええっと、光魔法についての教本は―――」
「ルイーズ様、盛り上がっているところ申し訳ありませんが、そういうのはまた後ほどお願いします。アンリエッタの光魔法も興味深いけど、今日の本番はここから。―――さあ、ジャンヌ」
ローズは本来の目的へ話を戻す。
「はっ、はいっ」
ジャンヌは緊張した面持ちで宝珠の前に立ち、その手を触れさせた。




