第4話 王子様系TS少女はロリ枠ヒロインとの過去に思いを馳せる その1
「……テレーズ・シルヴァー」
長期休暇明けの新学期。
高等部“一年”A組の教室では、教師から自己紹介を促された少女が教壇に上がり、ぼそっと名前だけを口にした。
「ええと、それで終わりですか?」
「……」
戸惑い混じりの教師の問いに、テレーズは無言でこっくりと頷き返す。
「そ、そうですか。それでは、あなたの席は―――」
「はいっ、僕の隣が空いていますっ」
ローズはぴっと腕を伸ばし言う。
「ああ、それはちょうど良かった。ローズさん、彼女の面倒を見てあげてください。―――テレーズさん、あちらはクラス委員のローズさんです。お隣の席へどうぞ」
「……」
教師の言葉にテレーズはやはり無言で頷き返すと、机と机の間を縫ってこちらへやって来る。
むすっとつまらなそうな顔をしているが、袖余りの制服を着てちょこちょこと歩く姿はつい応援したくなるような可愛らしさだ。
名門女学園なれば、この見るからに生意気そうな新入り相手にも足を引っ掛けて転ばすなどと言うベタないたずらを仕掛ける者もなく、テレーズはローズの前まで無事辿り着いた。
「やあ、テレーズ。先生からご紹介頂いた通り、クラス委員のローズ・ド・ボーモンだ。よろしく」
「……」
右手をすっと差し出すもそれを無視し、テレーズはやっぱり無言でローズの隣席に腰を下ろした。
お嬢様かつ優等生揃いのクラスメイト達がざわめく。“子供のすることだから”と微笑ましくすらあった視線が、急激に悪意へ傾いていく。
「ははっ、振られちゃったか」
クラス全員の視線が集まる中、ローズはあえて軽い調子で言う。
行き場を失った右手で髪などかき上げてやれば、周囲のクラスメイトからほうっと吐息が漏れた。
―――まあ、想定の範囲内だ。
ばつの悪さに顔から火が出そうだが、たぶんうまく誤魔化せたはずだ。こういう演技は慣れたもので、もはやこちらが素と言っても良いくらいである。
ぶ厚く王子様な面の皮で、めげずに休み時間が来るたびに怒涛のアプローチを続けた。
「どうだい、テレーズ、授業に付いていけそうかい? 何度も言うが僕はこのクラスのクラス委員だ。分からないことがあったら、何でも僕に頼ってくれると嬉しいな」
「……」
一時限目終わりにまた無視をされ―――
「しかし神童と誉れ高い君のクラスメイト、それも隣の席に座れるなんて実に光栄だなぁ」
「……」
二時限目終わりにはプイっと顔をそむけられ―――
「さて、次は実技で移動教室だよ。場所は、……ああ、知らないはずがないか。中等部でも使うものね。でもせっかくだ、一緒に行こう。―――ああっ、ちょっとちょっと」
三時限目終わりには背中を向けて逃げられた。
「ふふっ、さすがのローズさんもあの子には苦戦していますね」
「うう~ん、“暴君”テレーズ、か」
幼馴染のエリカ・ステュアートの台詞に首を捻りながら答える。
成績順にクラスが割り振られるこの学園では、それほど大きくクラスメイトの顔ぶれが変わることはない。
この一年A組でも二人に一人は初等部の頃からの付き合いで、残る面子もここ数年は大きく変わり映えはしていない。
エリカのように初等部一年の時からずっと同級生と言うのも、一人二人ではなかった。
しかしローズにとって、そしてたぶんエリカにとっても、幼馴染と認識しているのはお互いだけだろう。彼女ともそれなりに紆余曲折あって今の良好な関係が築けているわけだが、今は別の話だ。
そんなほぼ固定メンバーのA組に新たに加わった明白な異分子、―――テレーズ・シルヴァーといかにコミュニケーションを図るか、である。
わざわざクラス委員になって席替えのくじに細工までして、せっかく隣の席を空けてテレーズの飛び級に備えていたと言うのに、彼女は今のところまったくのなしのつぶてだった。
学期初めの今日は午前だけで授業は終わりだから、次の実技が最後である。
「クラス委員のベテランとして、何か僕にアドバイスはないのかい、エリカ?」
二人並んで実技の実習室へ向かいながら、尋ねる。
初等部一年から去年―――中等部の三年までの都合九年間、彼女はA組のクラス委員を務めあげている。
「あら、私から委員の座を奪っておいて、こんな時だけ力を借りようだなんて虫が良くはないですか?」
「いや、それは君が生徒会に入ったから、さすがに兼任は大変だろうと思って」
と、言うことにしていた。
まあ完全な嘘ではない。テレーズの飛び級、そして来るべく主人公の転入に備えるのが一番の目的ではあるが、この何でも背負い込みがちな友人の助けになりたいというのも偽らざる本心である。
それは原作では主人公が担う役割であり、であるならこの世界ではこのローズ・ド・ボーモンの仕事だ。
「それならなおのこと、私の手をわずらわせてはいけないでしょう」
「むむっ、痛いところを突く。何だか意地悪だね、エリカ。……もしかして僕がテレーズにばかり構うから、焼いているのかい?」
「なっ、―――そ、そんなことはありませんっ」
軽口のつもりが、意外にも多少なり彼女の心中を言い当てていたようだ。エリカは真っ赤になって否定した。
ローズが思わず頬を緩めると、エリカはコホンと咳ばらいを一つして平静を取り戻す。
強硬な否定はかえって逆効果であると悟ったのだろう。もう少しうろたえるエリカを見ていたかったのだが、さすがに冷静沈着だ。
「飛び級だなんて、さすがに異例のことですからね。私にも上手いアドバイスなんてありません。そもそもこういうのは、あなたの方がお得意でしょう? 何せ、学園の“お兄さま”なのですから」
この王立魔法学園には高等部の生徒会長を指して“お姉さま”と呼ぶという何とも百合百合しく、そして何とも素敵な慣習が存在する。多くのルートでは主人公アンリエッタが生徒会長の座に就き、お姉さまの異名を勝ち取ることになる。
そんな半ば学園公式の称号に近い“お姉さま”に対して、下級生を中心に女の子達からある種の人気を誇るローズを、いつしか生徒たちは“お兄さま”と呼び始めた。
―――我ながら少々やり過ぎた。
原作ローズを意識し過ぎるあまり、“ローズ以上にローズらしいローズ”が完成していた。
王子様キャラが印象的なローズだが、改めて思い起こせばごく普通に人と接する場面も多々あったのだ。
とはいえ―――
「君までからかわないでおくれよ、エリカ」
そう言って肩など竦めて見せながらも、元の中身が男であるだけに“お兄さま”呼びはまんざらでもないローズであった。
その後の実技の授業では、テレーズが“神童”にして“暴君”たる実力をいかんなく発揮した。風の魔法で標的を粉々に打ち砕いた上、周囲に張り巡らされていた魔法障壁までも貫いたのだ。
「そういうのって、転生主人公のお約束じゃないのかなぁ?」
ローズは一人首を捻るのだった。




