第3話 ロリ枠ヒロインは可愛い独占欲を発揮する
食堂で仲良くいつもより遅い昼食を取り―――ちなみにトリアもふうふう言いながら二度目の昼食を取った。仲間外れにされるのが嫌だったらしい―――、午後の眠たい授業に耐え抜くと、待ちに待った放課後だ。
「ねえ、アンリエッタ。よかったら一緒に帰らないかい?」
「い、いえ、私、寮ですから」
「ああ、そうなんだ」
もちろんそんなことは把握していた。何せ主人公を通してゲーム内で寮生活を体験しているのだ。
さらに誘いの言葉を掛けていく。
「じゃあ寮の前まで送っていくよ。まだ学内に慣れていないだろう? 近道が―――」
「―――ローズローズっ、今日は私のおうちに来て欲しいの」
背後からテレーズが腰に絡み付いてきた。
その隙に標的はぺこりと頭だけ下げるとそそくさと教室を辞してしまう。
「良いでしょっ、ねっ、おうち来てー」
「……わかったよ」
“全身全霊全幅であなたを信頼しています”とばかりにべったりと全体重をこちらに預け、上目遣いに見上げてくるテレーズの愛らしさにローズは負けた。
この時期―――転入直後―――は、まだアンリエッタは女装が露見することを恐れて、周囲との係わりを極力断っているはずだ。あまりぐいぐい行き過ぎても警戒されるだけかもしれない。
それに今のところアンリエッタに接近するローズ以外の女の影はなかった。
前例のない転入生、それもあれほどの器量良しともなれば休み時間にはクラスメイトに囲まれそうなものだし、実際にゲームでは女子からの質問攻めにアンリエッタが辟易するシーンがあった。
しかし現実には皆、遠巻きに観察するばかりだった。隣席になった“あの”ローズが今度はどうやって彼女を攻略するのか、そんな好奇に満ちた視線を注ぎながら。
というわけで幸いにして誰かに抜け駆けされる心配はない。今日のところはテレーズに付き合っても問題あるまい。
「じゃあ、行くのーっ」
「ははっ、強引だなぁ」
「ぐずぐずしてると他の子達に見つかってめんどーなの」
テレーズに引っ張られるようにして、学園を出る。
ふんふんと鼻息荒く意気込む様は小動物のように可愛らしい。
「しかし家に来て欲しいだなんて久しぶりだね。何かあるのかい?」
大通り―――宮殿と城門を繋ぐ王都のメインストリート―――を、二人並んで歩きながら尋ねる。
ここ最近はテレーズの方がローズの下宿先へ訪ねてくることが多い。そのままお泊りすることも少なくないのだ。
「あのねっ、ママがねっ、久しぶりにお夕飯をおうちで食べるんだって」
「そうか、それは良かったね。でもそれなら、親子水入らずの方が良いんじゃないのかい?」
「ううん、ローズにも居て欲しい。ママもいつも私がお泊りしてるお礼を言いたいって言ってたし。それに、その……」
「何だい?」
次第に小さくなる声に、形の良い口元に耳を寄せた。
「……ママと二人だと、まだちょっと緊張するの」
「ふふっ、分かった。僕が責任をもって晩餐を盛り上げるとしよう」
「うんっ、ありがとうなの。―――それじゃあ、さっそく帰るの」
「待って待って、テレーズ。どこかお店によって手土産でも買わせてくれないかい? 君のママから娘の友人は礼儀知らずだなんて思われるのは避けたいからね」
「ママはそんなこと気にしないの」
「そうかい? でも君も、あのお店の砂糖菓子は食べたいんじゃないかい?」
「むー、確かに。なら、急いでいくのっ。―――――。―――」
テレーズの小さな唇から魔法言語が紡がれる。
「あっ、テレーズっ。こんな街中で魔法は」
「“飛翔”」
気付けば街行く人々を眼下に宙を飛んでいた。
“飛翔魔法”。
高度な魔力制御を必要とする上級魔法だが、神童テレーズの十八番でもある。二人分の詠唱を簡略化し、止める間もなく発動させていた。
街を爆走もとい爆翔するテレーズの姿に、ローズはかつての彼女の姿を思い出さずにはいられないのだった。
「―――ルイーズ様、突然押しかけてしまって、申し訳ありません」
「いえ、良いのよ。またこの子が我が儘を言ったのでしょう?」
テレーズのお気に入りのお店でお土産のお菓子を買い込むと、やはり制止も聞かず再び飛翔してシルヴァー邸に。
いつも多忙なテレーズの母、ルイーズ・シルヴァーはすでに在宅だった。
三番街にあるシルヴァー邸はアパートメントの一室で、家主の身分を思えば大変にこじんまりとしている。
もっとも三番街は隣接する二番街に建てられた魔法学園の学生と魔法研究所の研究員達が下宿するいわゆる学生街であり、どこを見ても似たようなアパートメントが並んでいて、豪邸などの入り込む余地はない。そしてシルヴァー邸はそんな中にあっては最上等の建物の、日当たり良好な最上階の角部屋である。
「そういえば、貴方たちのクラスに転入生が来たんですってね」
「おや、よくご存じで」
「転入生なんて珍しいからね。研究員達が噂していたわ」
「ははあ、なるほど」
魔法研究所。
学園が魔法教育の最高峰なら、研究所は魔法研鑽の最前線である。
基本的に学園とは独立した組織であるが、ある種の上部組織と言う見方も出来る。
学園の卒業生のうち、成績優秀な者の多くがスカウトされ、籍を置くことになるためだ。
“最新の研究成果をすぐに教育へ”という理念の元、学園の講師の半数以上が研究所の職員との兼任でもある。
そしてそんな研究所の所長に三十代の若さで付いたのが、テレーズの“血縁上の母親”ルイーズだった。当然学園での出来事など筒抜けだろう。
「もうっ、あんな転入生の話なんていいのっ」
テレーズがぷりぷりと語気を強めた。
「あら、何かあったのかしら?」
ルイーズが窺うような視線を向けてくる。娘ではなくローズに。
やはりまだ気兼ねない母娘関係とはいかないようだ。
先般、あえて“血縁上の”などと持って回った言い回しをしたのは、テレーズは彼女がお腹を痛めて産んだ子ではないためだ。
彼女は卵子提供者であり、テレーズは言うなれば魔法的に作成された試験管ベイビーである。それも受精後にルイーズの腹に戻されることもなく、十月十日を培養液中で過ごした完全なる試験管ベイビーだ。
故にこの二人の間には実に微妙な母娘関係が続いてたのだが、その改善に一役を担わせて貰ったのがゲームでは主人公のアンリエッタであり、この世界ではローズと言うわけである。
―――さて、この場はどう言って収めたものか。
ローズがアンリエッタを構うからやきもちを焼いているところに、母親までがアンリエッタを気に掛けたことでへそを曲げた。などと正直に答えてはさらにテレーズのへそが曲がるばかりだろう。
「むー」
唇を尖らせ、不機嫌を隠そうともしないテレーズにローズは再びかつての彼女の姿を思い浮かべた。
“神童”と称えられると同時に、癇癪持ちの“暴君”と恐れられていたかつてのテレーズ・シルヴァーを。




