第39話 王子様系TS少女は最後のヒロインと邂逅する
「いただきます」
昼休みの食堂、C組のトリアが最後に合流すると、声をそろえた。
いつもの四人組にアンリが加わり、今ではすっかり“新しいいつもの五人組”だ。
「ほら、あちらが例の」
「ああ、あの方が。噂通りお綺麗な方ですのね」
周囲から聞こえて来るひそひそ声も好意的だ。
他の生徒達もローズ達四人―――全校生徒のお兄さま、学園の至宝、神童、熱血暴走王女―――に、新たに加わった第五の学園の主役とアンリを見なしつつある。
元々が前例のない転入生、しかも絶世の美少女と言うことで注目度は抜群だったわけだが、今ではその男前な振る舞いと魔法の強さも評判である。
トリアのC組の友人三人が噂を広めたらしい。平民、下級貴族、上級貴族と言う、それぞれのコミュニティに向けて。結果、学園中の生徒達が野外演習場でのアンリの活躍を知るところとなった。
特にローズの傷を癒し、瞳に涙して無謀を諫めた件は生徒達の心を打ったようで、今では舞台の一幕が如く過剰演出と共に語られている。
「うん、今日も美味し」
そんな周囲の視線を気にした素振りもなく、アンリがじつに良い笑顔を浮かべた。
「しっかしアンリエッタ、あなた細っこい身体してよく食べるわねぇ」
トリアが感心した様子で言う。
アンリの前にはパンに主菜、副菜、汁物が揃った一式の他に、追加の麺料理とデザートのケーキが並んでいる。
「その、食堂のご飯おいしくって、つい」
と言っても、貴族の晩餐会で出されるような贅を尽くされた料理ではない。一般的にイメージされる安さが売りの学食とは異なるが、せいぜいが街で人気の大衆レストランと言ったところだ。
多くの貴族令嬢達が通う学園だが、魔法使いは有事にはこの国の一兵卒として働くことになる。要するに軍学校の側面も持つわけで、過度な贅沢は戒められていた。
「まっ、あなた細いけど背は高いものね。エリカよりも上よね? ローズとはどっちが高いかしら?」
「―――比べてみようかっ」
これは好機と、ローズは少々食い気味にアンリに詰め寄る。
「か、構いませんけど」
「よし、じゃあこっちに背中を向けて立ってくれるかい? ピンと背筋を伸ばしてね」
「は、はい。―――ええっ!?」
「ちょっとローズっ、何やってるのっ! 普通そういうのって背中同士を合わせるもんでしょっ」
「ああ、そうか。ごめんごめん」
アンリの腰に回した腕と背中に押し付けた胸を惜しみつつ離す。
「ローズさん、女性同士でもセクハラは成立するんですからね? アンリエッタさん、もし何かありましたら生徒会室まで是非ご相談にいらしてくださいね?」
「い、いえ、急なことで驚いただけですから」
アンリは赤らんだ顔で言う。
男の娘の魔性にふらふらっと吸い寄せられてしまったが、結果オーライか。
ただでさえローズは男友達枠に認定されかねないのだから、こうして異性を意識させるのは悪くない。せっかくそれなりに実ってくれた乳肉をたまには有効活用せねば。
「じゃあ、改めて」
「……はい」
今度は背中合わせに身体をぴったりとくっ付ける。
制服越しに男の娘の神秘を感じる。ローズは背中に全神経を集中した。
当たり前だが、お尻は安産型とは言い難い。張りがありキュッと引き締まった小尻だ。一方で背中は男性とは思えないほど小さく、肩幅もローズと大差ない。
寄りかかれば崩れてしまいそうな線の細さ、されどどこか女性にはない芯も感じさせる。―――これが男の娘。
「う~ん、ちょっとだけアンリエッタの方が大きいわね」
トリアが結論付けると、アンリはぱっと身を離した。自業自得だが、ちょっと悲しい。
「何だかアンリエッタ、まだ顔が赤いわよ。あっ、もしかしてローズにお尻でも揉まれた?」
「やっぱり生徒会に」
「い、いえいえ、大丈夫です。何もされてませんからっ」
アンリは素早く席に戻ると、食事を再開した。“この件にはもう触れてくれるな”と言ったところか。アンリも年頃の男の娘、いやさ男の子だ。
「ローズローズ、アンリエッタばっかり構ってずるいのっ。私とも背比べするのっ」
テレーズが飛び付き、見上げてくる。ローズの胸くらいの高さから。
「ちょっとテレーズ、あんたは比べるまでもないでしょうが」
「むっ、トリアと違って私は背も胸もまだまだ成長期なのっ。比べてみないと分からないのっ」
「いやいや、一目瞭然でしょうがっ。って言うか、あたしとは違ってって何よっ。あたしだって背はともかくまだまだ胸は―――」
「―――きゃ」
揉み合いを始めたトリアとテレーズが給仕の“少年”にぶつかった。
「おっと、大丈夫かい?」
ローズはさっと“彼”を支えると、落としかけたお盆も危なげなく掴み取った。
「すっ、すいませんっ、すいませんっ。ありがとうございますっ、助かりました」
「いや、こちらこそ連れが失礼を―――」
言葉を飲んだローズに、“少年”は何か粗相でもあったかとさらにぺこぺこと頭を下げ続ける。
「……ローズさん、何を呆けているんです? ―――給仕さん、こちらこそ仕事のお邪魔をして申し訳ありません。ほら、トリアさんとテレーズさんも謝って」
ローズに代わってエリカが頭を下げると、騒ぎの当人達にも謝罪させる。
「ごめんなさい、怪我とかないわよね?」
「ごめんなさいなの」
「い、いいえっ、とんでもないです。どんくさくってすいませんっ」
“少年”はなおも頭を下げる。
学園の食堂で働く人間ならこの一際目立つメンバーの素性くらいは教えられているだろうから、それも当然だ。怖がらせてしまったか。
「いやいや、こちらこそごめんね、―――ジャン君」
ローズも改めて頭を下げる。
「えっと、どうして名前を? ああ、そっか、名札」
胸元に付けたプレートを指差すと、彼は納得したようだ。が、実際は名札など見るまでもなく知っていた。彼の名前も、“彼女”の本名も。
―――きたぁぁーーっ!!
第四のヒロイン。
例によって主人公と出会う前にシリアスパートを攻略してしまいたかったが、そもそも出会うことさえ出来なかった少女。原作の攻略ヒロインは四人であるから、彼女が最後の一人と言うことになる。
パッケージには登場せず、公式ホームページでもヒロイン枠ではなくサブキャラ枠としてローズと並んで紹介されていた隠しヒロインだ。
しかし実際には主人公の対となる立ち位置で、絶妙な存在感を発揮するキャラクターである。要するに彼、いや彼女は―――
「皆さん、本当にお怪我などありませんか? すいません、僕、よそ見しちゃってて」
「僕達の方こそ、ごめんね」
ジャンがちょっと怪訝そうな顔をする。“僕”という一人称が被ったのが意外だったようだ。
今さらだが、あまり女性は使わない一人称である。
とは言え“まほ恋”に限っては珍しくもない。原作ではアンリ(男の娘だが)もモノローグでは“ボク”と自称するし、王子様キャラのローズも“僕”、そしてジャンもだ。
ジャンの場合、アンリとは逆にモノローグが“ワタシ”になる。そう、つまりジャン―――ジャンヌは、男装美少女なのだ。女装美少年アンリのまさに対極の存在である。
「……あ、あの、何か?」
「いや、何でもないよ」
ローズの目付きに怪しいものでも感じたのか、視線から逃れるようにジャンヌは身を竦めた。
そんな仕草にも艶がある、とでも言えば良いのか。ホテルマンのような白の詰襟の制服をまとってなお、隠し切れない独特の色気があった。
―――いやぁ、よく気付かれないもんだなぁ。
ゲームの立ち絵でもどこからどう見ても美少女だったが、こうして実写で見てもまごうことなく女の子だ。
栗色の髪の毛をベリーショートにして、口調をちょっぴり男性に寄せたくらいでは隠しおおせるものではない。何より―――
「その、それでは失礼致しました」
ジャンヌは一礼すると、やはりローズの視線から逃れるようにぴゃーっと去っていった。
「……ローズ、あなたまさか、男の子にまで手を出すつもりじゃないでしょうね。確かにすっごい美少年だったけど」
「むう」
トリアとテレーズが疑わし気な眼差しを向けてくる。
「いやいや、そんなつもりはないよ。その、かのじ―――彼、ずいぶん立派な身体付きをしていたから、つい目を奪われちゃってさ。ねっ、エリカ」
「そうですね。食堂のお仕事と言うのは重い物を運んだりもするのでしょうか? 可愛らしいお顔に似合わず、すごい胸板でしたね。まるで男性兵士みたいな」
―――そう見えちゃうかぁ。
あるいはエリカなら冷静な突っ込みの一つも入れてくれるのではないかと話を振ってみたのだが。
男性だと言う前提で見れば、そう見えても不思議はないのか。いや、でもさすがに無理があるだろう。
ギャルゲー“まほ恋”には多様な個性を有するヒロイン達が用意されている。性格も立場も顔立ちも、そしてお胸も。
“天に全てを与えられた女”、巨乳かつ美乳のエリカ・ステュアート。
“王道ツンデレ、故にぺったんこ”、貧乳のヴィクトリア・ファリアス。
“すでにトリアよりはちょい上か?”、ふくらみかけ育成枠のテレーズ・シルヴァー。
そして“サラシの下は規格外の双丘”、隠れ爆乳のジャンヌ。
ゲームでも“胸板が厚い”で押し通すには無理のある立ち絵をしていたが、実写で見ると違和感が凄まじい。サラシで押し潰すにも限度があるのは分かるが、あれでよく周りに気付かれないものだ。
「……いいなぁ」
アンリがぼそりと呟き、自身の胸に手を当てる。女の子にしか見えない痩身に実はコンプレックスでもあるのか。
―――頼むから筋トレにはまってガチムチになったりしないでくれよ、いや、ほんとに。
ローズは密かに天に祈った。




