第30話 王子様系TS少女は無限ループに陥る
「よかった。まだやってた」
「ローズっ」
演習場へ戻ると、テレーズが駆け寄って―――ではなく飛び寄って来た。
「テレーズさん、試合の途中ですよ」
「いち抜けたーっ、なのっ」
「ちょっ、ちょっとテレーズっ、そんな勝手な」
どうやらテレーズとトリアでペアを組んでいたらしい。
エリカは喜々と、アンリは申し訳なさそうにトリアに攻撃を集中し、ほどなく勝負はついた。
「テレーズ~~っ、あんたねぇっ」
ローズにひっ付いて見物を決め込んだテレーズの元に、肩を怒らせたトリアが詰め寄る。
いささか薄汚れているのは、エリカの土魔法で土砂に呑まれたためだ。王女相手にエリカもなかなか容赦ない。いや、これもトリアの人徳と言うやつか。
「トリア、ばっちいの。近付かないで」
「だ、れ、の、せ、い、でっ! こんなになったと思ってるのよっ!」
「こらこら、テレーズ。そんなこと言っちゃいけないよ。大丈夫かい、トリア」
言いながら、ぱんぱんと制服に付いた泥を払ってやる。
「ありがとぉ、ローズ」
「どういたしまして。うん、これでどこに出しても恥ずかしくない素敵なお姫様だね」
「も、もうっ、調子の良いことばっかり言っちゃって。―――って、そうだっ。ローズ、お母様に呼び出されていたんですって? 何のお話だったの?」
「それはもちろん、個人教師として君の勉学の進捗具合なんかをね」
「なっ、なんて言ったのよ?」
「この分なら、来年は同じクラスになれるかもしれないって」
「ちょっ、ちょっと、それはいくら何でも言い過ぎよっ。お、お母様は何だって?」
「期待してるってさ」
「うー、そんなこと言われたら、A組にならないわけにはいかないじゃないの」
「先生としては、君にはもうちょっと緊張感を持ってもらいたいからね」
極限まで追い込まれれば、トリアなら何とかする。根っからのスポ根体質なのだ。
「もうっ、意地悪なんだからぁ」
「トリアは何をそんなに心配してるの?」
ローズの脇からテレーズが顔を出して問う。
「何って、あたし今C組なのよ。あと半年やそこらでBをすっ飛ばしてAになんて」
「余計な心配なの」
「どういう意味よ? どうせなれっこないとでも言いたいわけ?」
トリアはさすがにむっとした顔で問い返す。
「そうじゃないの。トリアはもうとっくにAの実力があるの」
「えっ。な、何よ、あんたまでそんな、あたしを持ち上げて―――」
トリアはテレーズから視線を上げてローズの顔へ向け、さらにこちらへ寄って来ていたエリカへ移し、最後にその隣のアンリの顔の上で止めた。
「ど、どう思う、アンリエッタ?」
「えっと、転入してきたばかりの私に聞かれましても。ヴィクトリア殿下がとてもお強いと言うことは、今の魔法戦で分かりましたけど」
「ちょっとちょっと、なんでアンリエッタに聞くのさ。僕とエリカを差し置いて」
というか、一人クラスが違うトリアはアンリとは初対面のはずだが、ずいぶんと気安い。さすがトリア、油断ならない。
「だって二人とも、なーんか信用ならないんだもの。ローズは茶化しそうだし、エリカは意地悪しそうだし。でもまあ、どっちかと言えばまだエリカかな。エリカ、どう思う?」
「ローズさんと一緒にされるのは心外ですから、ここは真面目にお答えしましょう。今のトリアさんは、A組下位の生徒と同じくらいには魔法を扱えていると思いますよ」
「ほ、ほんとっ?」
「A組って言ったって私やローズみたいな天才や、エリカみたいなガリ勉ばっかじゃないの。ポンコツなトリアでも凡なAの連中になら十分勝てるの。打倒凡Aなのっ」
「テレーズ、あんたって子は」
テレーズ自身とローズ以外の全方向に失礼な物言いだが、トリアは素直に激励と受け取り感極まった様子だ。こういうところ、本当にすごい。
「さて、良い時間だし、お茶でもどうかな?」
いわゆるアフタヌーン・ティーと言うやつだ。ローズ自身は学園長室で最高級のお茶とお茶菓子を頂いてきたばかりだが。
「さんせー、なのっ」
「良いわね。せっかくだし一番街まで繰り出しましょうか」
「まあ、たまにはお付き合いしましょうか」
「―――いえ、私は。……その、あまり持ち合わせが」
ヒロイン三人が賛同する中、アンリがおずおずと言う。
「ああ、そういえばアンリエッタって平民なんだっけ? お小遣いとかどうしてるの?」
普通なら王女の立場からはためらわれそうな質問もずけずけと口にする。トリアらしい。
「ええと、転入の際に月々の生活費をいくらか頂けることになったのですが、あまり無駄遣いは。―――ああいえっ、皆さんとお茶をするのが無駄だと言いたいわけではないのですけどっ」
アンリが慌てて言い足す。
原作ではアンリは月々の生活費を節約しては文房具なり玩具なりを買って実家へ送っていた。兄弟が多くて大変なのだとか。うん、ほんと良い子。
「ふふっ、大丈夫、分かってるよ。それじゃあ、学園の食堂に行かないかい? 昨日は断られちゃったけど」
「でもこの学園の食堂なら、やっぱりそれなりに……」
アンリはトリアやエリカにちらと視線をやる。
王女や宰相の子女が通う学園なら、食堂のグレードも相応だろうと言いたいようだ。
「アンリエッタ、学園の事務から何も聞かされていないのかい? この学園に通う生徒なら、食堂は何を食べても無料だよ。ふふっ」
思わず笑みが漏れたのは、この台詞は他の誰かの言葉を奪ったわけではなく、原作でもローズがアンリに告げる台詞だからだった。
「―――うわぁ、これ美味しそうっ。あっ、こっちも」
食堂へ移動すると、お品書きを手にアンリが目を輝かせる。
開かれているのは軽食用のメニューの甘味の項目、中でも学生食堂とは思えないほど種類が豊富なケーキのページである。年相応の“女の子”らしい姿だった。
「う~ん、どっちにしよう?」
「両方頼んだら良いじゃない」
「えっ、そんなの有りなんですか、ヴィクトリア殿下?」
「一つしか食べたらいけないなんて決まりはないわよ。むしろ学生はタダなんだからたくさん食べなきゃ損じゃないっ」
嫌に庶民臭いことをトリアは言う。
「じゃ、じゃあ、これとこれと、あっ、それも」
「ふふっ、夕食前にそんなに食べて大丈夫なのかい?」
未来の花嫁―――花婿にぷっくり太られても困る。少々野暮だが水を差させてもらった。
「うっ、確かに。寮のお食事も美味しいしなぁ」
原作同様、アンリは学生寮暮らしだ。
国中から資質ある若者を集めた学園であるから、寮は必須である。王都に屋敷を構えていない地方貴族の子弟や、数は多くないが平民ながらも魔力に恵まれた子供達が生活している。
ちなみにローズも高等部に進学して独り暮らしを始める際に、一度は入寮を申請している。魔法学園の生徒の当然の権利なわけだが、風紀を乱しかねないと言う謂われない理由で却下されていた。―――まあ、下心は完全には否定出来ないところだが。
「う~ん、それじゃあ今日のところは一つで我慢するとして、……どれにしよう?」
「それじゃあこうしないかい? 皆で違うのを頼んでシェアしよう」
「えっと、それは―――」
アンリが言葉を濁す。
女性の中、実は一人だけ男であることを気にしているのだろう。肉体は女性そのもののローズでさえ、騙しているようで最初は気が咎めたものだ。
もっとも、今ではすっかり割り切って分けっこを楽しんでいるが。女学園と言う百合空間の醍醐味の一つと言えよう。
「なあにアンリエッタ、そういうの気にするタイプ? もう友達なんだから、つまらない事を気にするんじゃないわよ」
「ええと、…………はい、そうですね」
トリアがいつもながらの距離の詰め方で押し切った。グッジョブ。
「じゃあ僕はこれにしようかな」
「あたしはこれ。で、テレーズはどうせいつものこれでしょ。エリカはどうするの?」
「むー、勝手に決めないで欲しいの」
「では私はそちらを」
ローズはねっとり濃厚な味わいのチーズケーキを、トリアはちょっと背伸びしてビターなチョコレートケーキを―――たぶん途中で交換を持ち掛けられる―――、テレーズは雪兎を模ったショートケーキを―――文句を言いつつも代わりを言わないあたり、やはり大のお気に入りらしい―――、エリカは甘さ控えめで酸味が爽やかなアップルパイを選んだ。
アンリは―――
「それじゃあ、えーと…………」
悩みに悩んだ末、主人公らしく王道のイチゴのショートケーキを指差した。
程なく、紅茶と全員分のケーキが給仕される。
「うんっ、美味しいっ」
フォークを口に運び、アンリエッタはご満悦な表情だ。
ローズもチーズケーキを一口し、返すフォークでもうひとすくいすると―――
「じゃあ、アンリエッタ。僕のも味見してみて。はい、あ~ん」
「ええっ? いや、自分で―――」
「あっ、ローズっ、転入生じゃなく私に」
「こらこらテレーズ、君にはいつもあげてるだろう。アンリエッタは初めてなんだから、今日はまず彼女から、ね?」
「むー」
テーブルの上に乗り出す勢いのテレーズを、ぽんぽんと軽く頭を叩いて落ち着ける。
「さっ、アンリエッタ、あ~ん」
戸惑った表情のアンリに、フォークを突き出したままにっこり微笑みかける
「…………あ、あ~ん」
テレーズの“早くしろ”という視線も手伝って、アンリが折れた。
恥ずかしいのか目をキュッとつぶり、髪と同じ金色の長い睫毛をふるふるとふるわせている。控えめに開けた唇はぷるぷると瑞々しい。
上に目をやればふるふる、下に目をやればぷるぷる。ふるふるぷるぷるふるぷるふるぷる、―――ヤバい、視線が無限ループだ。
「あ、あの、まだですか?」
蕩け切った脳ミソがアホな袋小路にはまっていると、アンリがぷるぷるの唇をふるわせて言う。
「あ、ああ、ごめんごめん、はい、あ~ん。…………どうだい?」
「おいひいです」
恥ずかしそうに口元を隠し、くぐもった声で答える。
「よかった。ならもう一口」
「いえいえ、わっ、私はもう大丈夫ですからっ。テレーズさんにあげてください」
「そうかい?」
言いながら、すくい取ったチーズケーキを自分の口に運ぶ。あえてアンリエッタに見せつけるようにすると、彼女は赤い頬をさらに赤らめた。
―――うーわ、かーわいいっ。
こんなに可愛い子が男の娘って、何かの法に触れちゃってないか。国のと言うより、神の法とか自然の摂理に。どこかに隔離でもしておかないと世の男達の性癖がヤバい。ひいては人類の存続が危うい。うん、ここはボーモン伯爵家が責任をもって預かろう。それが良い、そうしよう。
「―――ローズローズっ、次は私の番なのっ」
「あっ、あたしだって付き合ってあげても良いんだけどっ?」
またも脳を蕩けさせたローズを、アンリに劣らぬ美少女達が現実へと引き戻す。
「分かった分かった、順番ね」
アンリの初あ~んと初間接キッスを堪能したローズは、そこからは思うさま百合空間を楽しむのだった。




