第22話 王子様系TS少女はツンデレど根性ヒロインとの過去に思いを馳せる その7
「ローズ様、これ受け取ってくださいっ」
放課後の演習場で今日も今日とてトリアを待っていると、紙包みを手渡された。
「ありがとうございます。これは、クッキーですか? 手作りしてくれたのかい?」
「はいっ」
相手は高等部のお姉さんだが、あえて敬語を崩すと嬉しそうに微笑んだ。
可愛い後輩と王子様キャラとのさじ加減には慣れたものだ。
「お口に合うと良いのですけど」
「今頂いても? …………うん、美味しい」
「よかったぁ」
先輩はほっと胸を撫で下ろす。
「あの、私も」
「私のも」
遠巻きにしていた他の少女達も集まって来て、お菓子の入った包み紙を手渡してくる。
ファンの子からこうしてプレゼントを貰うことは多々ある。
学園に通う少女達の中には平民の子も一定数いるし、貴族と言ってもピンキリだ。貧富の差がもろに出る贈り物合戦などされても興醒めだし、プレゼントは手作りのものが嬉しいと折に触れて公言するようにしていた。一度など国宝級の杖を渡されて困り果てたことがあるのだ。
「―――ローズローズぅっ、どうしよう?」
年上のお姉さんからロリっ子まで、美少女達に囲まれて“あーん”してお菓子を食べさせ合うという夢のような百合時間を過ごしていると、どたどたと騒がしい足音が近付いてきた。
「いったい何事だい、トリア?」
「来週のテストのことに決まってるじゃないっ。聞いたでしょ、課題」
「ああ、君の苦手な水魔法だったね」
「そうなのよっ。どうしたら良いと思う? あたし、この前の試合では一番初歩の水魔法にも失敗しちゃったっていうのに」
「そうだったね。何にせよ、特訓するしかないんじゃないかい? 良かったら明日からの週末付き合おうか?」
「良いのっ!? ありがとぉっ! ―――あっ、でもダメだ」
「何か用事でもあるのかい?」
「そういうんじゃなくてね。平日の放課後はこうして好きにさせてもらってるけど、休日はちょっとね。そもそも王宮を出るだけでもいろんな人に話を通して、面倒を掛けることになるのよ」
「なるほど、お姫様も楽じゃないね」
初めて聞いたと言う顔で返す。
「しかし困ったな。僕の方から訪ねていくわけにもいかないだろうし」
「それよっ」
これ見よがしに放ったエサに狙い通りトリアがバクっと食い付いた。
そして明くる土曜日の朝、ローズは王宮を訪ねていた。
ちなみに、この世界にも七日を一週とする習慣が存在する。週末と週初めの二日間は基本的に仕事や学園が休みとなるのも元の世界と同じだった。
各曜日は日月火水木金土ではなく日月火水“風”金土の七日で、これも木が風になるだけで大きな違いはない。
元の世界では確か星の名前を語源とするはずだが、この世界では世界を構成すると考えられている“元素”に由来する。そして元素とはすなわち魔法の属性に等しい。
現在では基本魔法は火水風土の四属性であるが、かつてはここに光魔法に闇魔法、錬金魔法の三つが加わり七大属性とされていた。光は日に、闇は月に、錬金は金に相当する。
今では使用者の絶えた光と闇は特殊魔法と言う括りにされていて、錬金は土と水の応用魔法として扱われている。ちなみにまだ見ぬ主人公は百数十年ぶりに現れた光魔法の使い手であることが作中でほのめかされている。さすがはチート主人公、ローズにもそういうのが欲しかった。
などと、益体もないことを考えていると―――
「―――よく来たわねっ、ローズ」
取り次ぎを頼むまでもなく、トリアが門前まで顔を出した。フットワークの軽いお姫様だ。
「やあ、おはよう、トリア。おっと、ここではヴィクトリア殿下とお呼びした方が良いのかな?」
門番と、トリアが引き連れて来た護衛の兵に視線をやって問う。
ちなみに兵といってもこの国では半数以上が軽装の女性、つまり魔法使いである。いざという時、恐らく身を挺してトリアを庇うであろう先頭の数人だけが鎧を着込んだ偉丈夫だ。
“剣と魔法のファンタジー世界で、恋と冒険に彩られた女学園生活を送ろう”という宣伝文句で売り出された『まほ恋』だが、この世界、とりわけこの国では魔法が圧倒的に優位である。
「いつも通りトリアで良いわよ。今さらローズに殿下なんて呼ばれたら、ぞっとしちゃうわ」
「そういうことなら。それじゃあ改めて、今日はお招きありがとう、トリア」
優雅に頭を下げる。
言葉はちょっと馴れ馴れしいくらいに親しげに、されど挙措は一国の王女に対するように恭しく。ローズとして生きる上で心掛けている女性に対する振る舞いだ。トリアに関しては比喩でも何でもなくそのまんまだが。
「さっ、入りなさいよ」
「ああ、お邪魔するね。―――んっ」
門を超えた瞬間、ぴりっと何かが体内に触れて来るのを感じた。
それはそのまま小さな釣り針となってローズに引っ掛かり、細い細い糸が後を引いた。
ここで言う針も糸ももちろん不可視であり、イメージの産物に近い。が、何か良からぬ企てをしようものならこの糸を伝って現実的な攻撃が加えられるのだろう。
王宮が誇る防衛魔法と言うものだった。詳細はもちろん秘匿されているが、存在自体はむしろ広く喧伝されている。
これがあるから王女の突然の外出は難しくても、突然の訪問客はそれほど問題にならないと言うわけだ。
「ローズ、何してるの? 早く来なさいよ」
「ああ」
王宮の敷地は学園の半分程度に過ぎないが、多種多様な装飾に彩られた絵画的な美しさを誇る。いわゆるバロック建築と言うのに近く、それ自体が一級の芸術作品である。
まず通されたホールは精巧な彫りが施された飾り柱に、壁には名画が配され、天井はそれ自体が巨大なフレスコ画だ。
「ほら、こっちよ。あっ、あなた達はここまでで良いわよ。お疲れ様、ありがとぉ」
美しさに息を呑む間もなく、トリアは近衛兵を下がらせるとズカズカと先行していく。
伯爵家の跡取り娘であるローズはこれまでにも何度か王宮を訪れたことがあるが、それは晩餐会の開かれる大広間や宮廷貴族たちの仕事場である庁舎にだ。王族達の生活の場である奥深くに立ち入るのは初めてだった。
きらびやかな造りは途切れることなくどこまでも続いていく。
「しかし、見事だね」
「ん、何がよ?」
「王宮が、さ。これほどの宮殿、比肩するものは世界のどこにもありはしないだろうね」
「そーお? いつも見てるから分からないわ。というか、正直ちょっと暮らしにくいのよねぇ。―――さっ、ここよ。どーぞ、いらっしゃい」
トリアは嫌味なくさらっと言うと、やがて一室の扉を開けた。
「友達を部屋に招くのは初めてよ」
「そうなのかい? それは実に光栄だね」
「ちょっ、調子に乗らないでよねっ。べ、別にローズがあたしの一番の友達だとか、そういうことじゃないんだからねっ」
「ふふふ」
トリアの定番の反応に思わず笑みが漏れる。
初めてであることはもちろん知っていた。
なにせ原作では四年後の高等部二年生の時点で主人公のアンリがその栄誉に浴することになるのだ、今回と同じく勉強会と言う名目で。
トリアシナリオ最序盤の展開であり、要はこのイベントを見ることが彼女のルートへの分岐点なのである。
アンリには、そしてトリアにも悪いが、あったかもしれない二人の未来を横取りさせてもらった。
攻略難度甘々で原作最チョロインと呼ばれるトリアだけにこれは大きい。実に大きい。何せ、友情エンドや他のヒロインルートを狙っていたはずが、気付けば入り込んでいるのがトリアルートなのだ。
「それじゃあ、好きなところに座ってちょうだい」
「ああ」
ローズは心中でガッツポーズを決めながら、室内に目をやった。
私室も芸術的な造形だ。天蓋付きの巨大な寝台や机に椅子、燭台の一つ一つも豪奢な造りで、柱や天井と調和して一幅の名画を形作っている。
原作よりも色彩豊かに感じるのは四年と言う歳月による差か。
いや、恐らく現実とCGの違いだろう。背景CG―――それもトリアルートの一部イベントでしか使われない―――でこれを再現しろというのは、イラストレーターに対する無茶ぶりが過ぎると言うものだ。絵画的でありながら絵にも描けない壮麗さだった。
「な、何よぅ、あんまりじろじろ見ないでよねっ」
「ははっ、ごめんごめん。あまりに立派過ぎてね」
この手のイベントではお決まりのやり取りを交わしつつ、手近な椅子にちょこんと浅座りする。
しかし、本当に部屋が立派過ぎる。
会話こそそれらしいが、これだけ立派だと普通に気圧されてしまって女の子の部屋に上がらせてもらう甘酸っぱさみたいなものが湧きようもない。何となく手を伸ばした先に下着が、なんてお約束も起こりえないだろう。
「さてと、まずは呪文の復習から始めようか」
「そっ、そうよねっ。でっ、でもっ、その前に」
「うん? 何かあるのかい?」
「えっとね、その……」
何事も当たって砕けろのトリアにしては珍しく―――王女としてそれはそれでどうなんだという気もするが―――、何やら言い出し難そうにもじもじしている。
「あのねっ、の、喉乾かない?」
「うん? まあけっこう歩いたし、少しは―――」
「―――そ、それじゃあ、しばらくここで待っててね。あたし、お茶もらってくるからっ」
「あっ、ちょっとトリア」
呼び止める間もなく、トリアは部屋を出て行った。
手でも叩いたら召使いの一人も現れそうなものだが、本当にフットワークの軽いお姫様だ。
いや、あの柄にもなく内股でもじもじとした様子は突っ込むのも野暮な別の用事があったと考えるべきか。
「まあ、大人しく待たせてもらうとするか」
この部屋ではタンスを漁るなんて真似も出来ない。もちろん、ローズと言うキャラクターに誓ってそんなことをするつもりはないが。
椅子に浅く腰掛けたまま、部屋の主の帰りを待つ。
座面と背もたれに張られた布は精緻な刺繍で彩られ、すでにして一つの作品だ。どかっと背中を預ける気にはとてもなれない。
「暮らしにくいか。……確かに」
トリアの台詞を思い出し、小さく頷く。
王子様キャラを演じてはいても、根っこの庶民感覚が微妙に抜けきらないローズだった。




