第20話 王子様系TS少女はツンデレど根性ヒロインとの過去に思いを馳せる その5
「“炎よ”。―――あっ、やばっ」
標的を目掛けて真っ直ぐに射出されるはずの炎が、トリアの足元に突き刺さる。
「“水よ”」
「ひゃあっ」
炎が周囲へ燃え広がる直前で、術者諸共に水魔法をぶっかけた。
「うう~、つべたっ。もうちょっと優しく助けられないのっ。……でも、助けてくれてありがとぉ」
トリアが舌足らずに感謝の言葉を口にする。
濡れた制服がぺったりと張り付いた身体は少々メリハリに欠けるが、何にせよ眼福眼福。
「……さて、失敗の理由は分かっているよね?」
尻もちを付いてしまったトリアを助け起こし、次いで清潔なタオルなど手渡しながら問う。
放課後の演習場で、今日も今日とてローズはトリアの練習に付き合っていた。
「……はーい。また“癖”が出ちゃったからです」
シュンとしながらトリアは答える。
「とにかく集中して正確な構成と詠唱を繰り返して。一度染みついてしまった癖を抜くには、それしかないよ」
「はぁい」
「僕も付き合うから、さあ、練習再開だ」
「ふ、ふんっ、別にうれしくなんかないんだからねっ」
トリアはお手本のようなツンデレ構文を披露すると、呪文詠唱に戻った。
実際、付き添いは必須だった。魔力量だけなら学園最強のトリアの魔法が暴発すれば、またも先日のような大惨事が起こりかねない。
それでもローズが魔法を教え始めて十日余りが過ぎ、以前と比べればずいぶんとコントロールが効くようになってはいる。お陰でローズ一人でも対処可能な程度の失敗に収まってくれているわけだ。
「――――――。――――。―――――」
ツンデレ少女の口から紡がれる呪文にじっと耳を傾ける。
この世界の魔法は魔法言語と呼ばれるある種の記号を組み合わせることで完成する。この構成をあらかじめ“下書き”するのが呪文で、無詠唱魔法はそれを頭の中で“一筆書き”するようなものだ。いずれにせよ魔法言語で正確な構成を書き上げることが魔法制御の肝となる。
そしてトリアのつまずきと言うのは、まさにその魔法言語の習得と言う基礎中の基礎であり、最も大事な部分にあった。それも実に“巧妙”と言って良いつまずき方だ。
例えるなら、文章中の変なところに“ ”を紛れ込ませてしまうとか、“を”を“お”と、“ゐ”を“い”と混同してしまうとか、他人が詠唱を聞いてもちょっと気付けないような絶妙な間違いぶりなのだ。
だからまがりなりにも魔法自体は発動してしまうし、本人も周囲の人間も過ちを特定出来ないまま間違った努力を続けることになった。
原作においては、学園入学を機にちょうど基礎学習を始めたばかりのアンリが些細な違和感を覚えることで判明したとされている。この世界においては、基礎に問題があると知っているローズが注意深く何度もトリアの詠唱を確認したことでようやく気付けたのだ。
ただでさえトリアの使う詠唱は王家独自の表現も加わっているだけに、他の魔法使いにそれを見つけ出すのはほとんど不可能に近かっただろう。
「…………ねえ、トリア。君に魔法を最初に教えてくれたのは誰だい?」
ふと、一つの疑問に行き当たり尋ねる。
「伯母様よ。王族の中ではお母様の次に魔法がお上手で、お母様と違ってお優しいの」
「……なるほど」
「あー、ひょっとして、あたしが魔法が下手なのは伯母様の教え方が悪かったからだって思ってる? 違うわよ、単にあたしがそそっかしいだけ。―――って、誰がポンコツよっ」
「誰も言ってないよ。しかしそうか、つまり陛下の御姉妹ということになるのか。伯母様には、子供は?」
「いるわよ。と言うかあなたも知っているでしょう? ほら、一つ上の学年で首席の」
「ああ、王族とは聞いていたけど、そうか、会長が―――」
「会長? 何いってるのよ、ローズ。お姉様はまだ中等部二年生なんだから、生徒会長になんかなれるはずがないでしょ。誰と勘違いしてるのよ?」
「あ、ああ、ごめんごめん、ちょっと人違いしてた。…………そうか、“彼女”の母親がトリアの先生だったのか」
魔法学園には一応初等部、中等部、高等部と言う区分けは存在するが、生徒会は合同である。
封建国家にあって何故か生徒会役員は選挙によって選出されるが、大半が高等部の生徒だ。魔法至上の王国であり学園であるだけに特に生徒会長―――またの名を“お姉さま”の席には最上級生の学年首席が就くのがほとんど慣例である。
そしてローズ達が高等部二年生に当たる原作開始時点において生徒会長を務めるのが、その王族の“彼女”だった。
ローズと同じサブキャラで、ルートによってはローズ以上の存在感を放つキャラクターである。
後に生徒会長の後を継ぐことになる学園のお姉さまこと主人公との差別化のためか、ゲーム内では単に“会長”と呼称されることが多かった。だからローズにとって生徒会長と言うと彼女の印象が強いのだ。
「……確か陛下の戴冠の際には、珍しくちょっとした番狂わせがあったらしいね?」
国土や人口で見れば小国に過ぎないファリアス魔導王国が、周辺諸国に対して強い発言力を有するのはひとえに発達した魔法技術のお陰である。特に王には存在するだけで魔族への牽制と紛争の抑止力になるほどの強い魔法使いであることが求められる。
故にこの国の王位は“魔法が最も強い者が就く”と初代女王が定め、遺訓として残している。
“王家の血を引く”という文言すらそこには認められず、実際に代替わりの際には自薦他薦を問わず広く候補者が募集され、王を決める魔法試合が開催される。
とはいえある種の出来レースみたいなもので、形骸化して久しかった。何も事前の裏取引や王家への忖度があるわけではない。単純に王家の血筋が強過ぎるのだ。
最強の王が次代と見定め英才教育を施した嫡子が当たり前のように優勝する、というのが毎度のことらしいのだが―――
「ええ、そうよ。お母様は嫡子じゃなかったの。嫡子はさっき言ったあたしに魔法を教えてくれた伯母様ね。伯母様の父親は早くに亡くなられて、後添えとして迎えられたのがあたしのお祖父様なの。お祖父様は庶民の出だったらしくて、それでお母様も後継者としてはあまり期待されてなかったみたい」
身分違いの婚姻が忌避されるのはどこの世界でも同じだが、この国の場合は単に貴賤の問題ではない。
この国の貴族の多くは魔法で名を挙げた者達の末裔であるから、総じて庶民よりも魔力が強いのだ。王侯貴族にとってその血を薄めないことは責務なのだ。
そうして生まれた姉が庶出の妹に敗れたのだから、当時の貴族達には驚きだったろう。
「……なあに? 何が言いたいわけ?」
「いやなに、そう言えば有名なラブロマンスがあったと思ってね」
「ラブロマンス?」
トリアが可愛らしく小首を傾げた。
「おや、知らないのかい? まあそうか、こんな話を当事者の王族に話す人もいないか。すまない、忘れてもらえるかい」
「ちょっとちょっと、何よっ。そんなふうに言われたら気になるじゃないっ。話しなさいよっ」
「はあ、口を滑らせた僕が悪いし、しかたないか。よそで僕から聞いただなんて吹聴しないでおくれよ?」
「分かったから、早く話しなさい」
まあ、ありがちな恋物語だった。
王女は一人の能吏に密かに思いを寄せるが、男は平民であった。結局、王族の責務に抗えず家柄良い別の貴族を夫とすることになった。男たち二人は身分を越えた親友同士であったとも言われている。
しかし夫は早くに亡くなり、王女は寡婦を、平民の男も独り身を貫こうとするが、二人の元に亡くなった夫が残した手紙が届く。
「王女様への手紙には“真実の愛に生きろ”と、男への手紙には“彼女を支えてやって欲しい”と、そう書かれていたのさ。二人はその言葉に後押しされ、ついに結ばれることになる」
「お祖母様とお祖父様に、そんなロマンスがあったなんて」
「あくまで噂だよ」
ありがちな話だが、箱入りのトリアはいたく気に入ったらしく目をキラキラさせている。―――何にせよ、上手く話を逸らす事が出来た。
トリアの伯母の立場と先の戴冠の事情を考え合わせると、少々きな臭いストーリーに思い至らざるを得ない。しかしトリアにとっては良い伯母のようであるし、確証もなくおかしな話を聞かせたくはなかった。
「さっ、練習を再開するよ」
「はーいっ」
尊敬する祖母の若き日の恋物語に気合を入れ直したのか。トリアはその後、見事にそれを空回りさせて失敗を繰り返した。




