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第2話 王子様系TS少女は画策する

「とりあえずはこんなところかな。何か質問はあるかい、アンリエッタ?」


 昼休みの始めに、アンリエッタに学園内を一通り案内して回ると教室へ戻った。これもまたクラス委員になった恩恵である。


「ええと、そうですね。……あの、せっかく案内していただいたのに、それとは関係のない質問をしてもよろしいでしょうか?」


「もちろん。テストの傾向と対策から学園内のゴシップ、そして僕のプライベートに迫る質問まで、何でも聞いてよ」


「えっと、制服のことなんですが」


「ん? ―――ああ」


 アンリエッタの視線を辿って、言わんとしていることを理解した。

 彼女―――彼―――が見ているのはローズの下半身、ではなくズボンだ。

 深紅クリムゾンレッドのブレザーに紺と灰色グレイのチェック地のスカート、と言うのが王立魔法学園の制服だ。

 ローズがはいているのは生地はそのままにズボンに仕立て直した、いうなれば改造制服である。


「これ、良いだろう? 僕らは魔法戦で空を飛んだり駆け回ったり風に飛ばされたりするわけだからね。ズボンの方が色々と都合が良いわけさ」


 いつまで経ってもスカートに慣れないローズがやり出したことだが、最近では下級生の中に真似をする娘たちも少なくない。


「そうっ、そうですよねっ」


 アンリエッタが力強く同意する。

 ローズは“これはまずい”と否定に掛かる。


「ただまあ、あまり先生方から良い顔はされないからね。転入早々にやるのはお勧めしないよ」


「……そ、そうですか」


 アンリエッタは目に見えて落胆した。

 自分も、という心算だったのだろうが、悪いが邪魔させてもらった。

 パンツルックも似合わないではないだろうが、それじゃあただの可愛らしい男の子だ。アンリエッタにはちゃんと男の娘でいて貰わないと困る。

 実際には学園の講師陣は教育者と言うよりも学者肌の人間が多く、生徒の服装などたいして気に留めないのだが。


「質問はそれだけかな? ―――さて、アンリエッタ、お昼はどうするんだい? 良かったら一緒に食堂へ行かないかい? この時間ならちょうどいているはずだよ」


 クラス委員として教師に頼まれた仕事はこれで終わりだが、ローズ個人としてはここからが本番だ。初日に食事を共にしてしまえば、なし崩し的に明日以降もそれが自然な流れになると言うものだ。

 ここまでは、かなり事務的な反応しかもらえていない。

 今の制服のくだり以外では“はい”、“そうなんですか”、“ありがとうございます”くらいしかアンリエッタの声を聞けていなかった。

 さて、アンリエッタの反応は如何に―――


「ご、ごめんなさい、ローズ様。ちょっとその、……そうっ、先生に呼ばれておりましてっ」


「おや、そうなのかい? 用事が終わるまで待っていようか? うん、是非そうさせておくれ」


「いえいえっ、そんなっ、申し訳ないですっ。せっかくのお昼休みを私なんかのために使って頂いたと言うのに、これ以上はっ」


「クラス委員として当然のことをしたまでだよ。そうだ、職員室の場所は覚えている? 良かったら僕も一緒に―――」


「大丈夫ですっ。で、では―――」


 アンリエッタはぶんぶん両手を振って拒絶すると、教室を飛び出して行った。


「やれやれ。……まあ、最後に声をたくさん聴けただけ、良しとするか」


 ゲームでは主人公には音声が当てられていなかったのだが、生のアンリエッタは声まで可愛かった。


「ふふっ、ふられてしまいましたね」


「ローズの誘いを断るだなんて、あの子生意気なのっ」


 一人寂しく食事か、と食堂へ足を向けるといつもの二人が後へ続いた。どうやら昼食を取らずに待っていてくれたらしい。


「しかしお綺麗な方でしたね、アンリエッタさん」


 一切の嫌味なく言うのは、そんなアンリエッタに負けず劣らずの超絶美少女。

 腰まで伸ばした黒髪はしっとりと艶やかで、烏の濡れ羽色とはこれだろう。

 成績優秀にして運動神経も抜群。“天が二物も三物も与えた”とか“神様の依怙贔屓”などと囁かれる学園一の才女にして生徒会役員も務めるエリカ・ステュアートである。

 後に学園内での人気を主人公と二分し、生徒会長選挙を戦うことになる。金髪碧眼のアンリエッタとは対照的な黒髪黒目の持ち主で、パッケージでも主人公と対になる位置に描かれたいわゆるメインヒロインだ。

 しかし終始ライバルポジションのままストーリーが進行し、エンディング後のエピローグでようやく恋仲になるという展開はプレイヤーからは不評で、公式人気投票では全ヒロイン中最下位、サブキャラにも何人か抜かれての八位に終わっている。

 ちなみにゲームでは生徒会とクラス委員を兼任しており、アンリエッタに学園内を案内するのは彼女の役割であった。


「そうだね、とても綺麗だ。それにいきなりA組ということは、転入試験の結果が相当に良かったんだろうね。エリカにライバル登場かな?」


 学園では成績順にA組からE組までに振り分けられる。初等部の低学年であれば魔力頼みで好成績もおさめられるだろうが、高等部二年ともなれば一部の例外を除いて総合的な学力や技術と言うものが重要になって来る。


「もうっ、二人とも何を言ってるのっ。あんな子より、ローズの方がずっとずっときれいで可愛くて格好いいのっ!」


 そう力説して、アンリエッタの消えた廊下の先を睨んだ小さな影こそ、その一部の例外。

 テレーズ・シルヴァー。

 家名通りの銀髪に赤い瞳、雪のように白い肌。白兎を思わせる愛らしい少女だ。それもそのはず、ローズ達より四つ年下で本来なら中等部の一年生だ。

 エリカが秀才ならテレーズは天才である。学園始まって以来の神童で、飛び級を繰り返し同級生となっている。

 ゲームではさらに飛び級を重ねていて、初登場時には年下の先輩として主人公アンリと出会うことになる。

 公式人気投票では第三位。やはりロリ枠は強い。


「ふふっ、そういうテレーズの方が僕より綺麗で、ずっとずっと可愛いよ。格好良いという評価だけは、僕も譲る気はないけどね」


 金髪、と言うよりも明るめの茶髪をかきあげながらローズは言う。つり目がちの緑の瞳で流し目なども送りながら。

 ゲームでもこの世界でも女の子たちにきゃーきゃー言われるだけの容姿をローズは備えている。こういう歯の浮くような台詞を素面で口に出来るのも、この姿あってのものだ。


「あっ、A組のお三方よ」


 廊下を歩いていると、周囲から黄色いひそひそ声が聞こえて来る。

 入学以来学年首席に君臨し続けるエリカ。実技ではそのエリカをも上回る圧倒的な結果を叩き出し続けるテレーズ。そしてそんな二人から好敵手であり親友と認められた次席のローズ。

 二学年の頂点であるのみならず、三学年の先輩方には申し訳ないがすでに学園の顔たる三名である。

 ローズ一人の時には気さくに声を掛けてくれる―――取り囲まれることもある―――女の子達も、この三人が揃っていると遠巻きにするのみだ。

 割って入る者がいるとするなら―――


「あーっ、見つけたっ! もうっ、何で食堂に来ないのよっ、一人でご飯食べちゃったじゃない。―――べ、別にローズがいなくて寂しかったわけじゃないんだからねっ」


 実に典型的なツンデレ台詞を口にしつつ正面からずかずか近寄って来たのは、ローズ達とはクラスが異なりC組所属の少女だ。

 ヴィクトリア・ファリアス。

 驚異のツンデレ比1:9というツンデレデレデレデレデレデレデレデレデレ少女で、お約束通りの金髪ドリルツインテール。

 国名と同じ姓を持つこの少女は、それもそのはずこのファリアス魔導王国の王女である。

 当然最高峰の魔法の英才教育を施されているわけだが、可もなく不可もなくのC組所属。―――早い話が少々ポンコツなのだ。ちなみに原作ではC組どころかE組所属であった。

 しかし決してめげない前向きな努力家である。ゲームでの彼女のルートは熱血青春物語を基調としつつ、同時に周辺諸国との外交や魔族との小競り合いまでを描いた非常に読ませる出来となっている。

 公式人気投票では他のヒロイン達を抑え主人公に次ぐ堂々の第二位を獲得した人気ヒロインである。


「すまないね、トリア。ちょっと転入生に学園を案内していてね」


「そうそう、それよっ。その転入生の話が聞きたかったのに、来ないんだものっ」


「ははっ、ごめんね。それで、僕達もちょうどその子の話をしていたところさ。トリアは学園長から何か聞かされていないのかい? 転入生なんてもしかしたら学園始まって以来のことじゃないのかな」


 次代の優秀な魔法使いの育成を目的とするこの王立魔法学園の学園長には、この国の女王が就くのが慣例だった。つまりトリアのお母さんである。

 そしてファリアス魔導王国では、初等教育を受ける年齢に達すると必ず魔力量の測定が課される。ある一定の値以上を示した者は、半ば強制的に魔法学園へ入学することになるのだ。途中編入というのは本来あり得ないことだ。

 その辺り、原作では田舎育ちの上に男児と言うことで見落とされてきた、という曖昧な説明がされるのみだった。


「なーんにも。ここのところ忙しいみたいで、お母様とはほとんど話せていないのよ。それでそれでっ、どんな子だったの?」


「そうだね、とっても綺麗な子だったよ」


「ローズのその手の発言は信用ならないからなぁ。女の子みんなにそんなこと言ってるの、知ってるんだからっ」


「ふふっ、女の子は女の子と言うだけで美しいものだからね」


「ほら、これだもの。もう馬っ鹿じゃないの」


「心配しなくても、もちろんトリアも綺麗だよ。いや、トリアの場合は可愛いと言った方が相応しいかな。それも特別にね」


「…………ばっ、馬―――っ鹿じゃないの」


 もはや習い性のようなもので、自然と口説き文句が口を衝いて出る。

 トリアの言う通りとても信用出来たものではない。が、少なくともアンリエッタもトリアもテレーズもエリカも綺麗だと思っているのは嘘偽りない本心だ。というかこの世界、ゲームでは顔無しのモブキャラも含め総じて美男美女が多い。


「ふ、ふんっ、そんなことより転入生よ。エリカ、テレーズ、実際のところどうだったのよ?」


「ええ、大変お綺麗な方でしたよ」


「大して綺麗じゃないの」


「うう~ん、エリカとテレーズがそう言うってことは、これは相当なものね」


「ちょっとトリア、私の話ちゃんと聞いてるの?」


「うん、だからテレーズがそんな風に敵視してるってことは、よっぽど綺麗だったんでしょ。ローズの悪い虫が騒いじゃうくらいにね」


「むう」


「ふふっ、ローズさんの悪い虫ですか。それは確かに」


 テレーズが頬をふくらませ、エリカが口元を隠し上品に笑う。

 前者の可愛らしさと後者の美しい仕草に、ローズの胸の奥でその悪い虫がまた騒ぐのだった。


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