第101話 王子様系TS少女は婚前お泊りハーレム旅行に繰り出す その8
「本当だ」
魔力切れの祖母と祖父を残し、女騎士の先導で木々の生い茂る屋敷を離れた。大通りへ出て視界が晴れると、確かに領都上空を飛び交う複数体のワイバーンの姿を認められた。ボーモン領の政の中心、政庁がある辺りだ。今日は母も顔を出しているはずである。
五頭。先程の一頭を足して情報通り六頭だ。
地上からは迎撃の魔法がいくつも放たれている。領都には五十の兵士が駐留していて、その内の三十人が女性―――すなわち魔女である。さらに今はトリアの護衛で同行した二十人の近衛魔導騎兵までいる。
火球に水弾に石弾に圧縮空気弾、珍しいところでは応用魔法の雷が走ったり、氷の槍が飛んだり、中空で爆発が生じたりもしている。時折り撃ち上げられる巨大な火球は母だろう。弾数も火力も十分だが―――
「よしっ、いけっ。あっ、また避けた。う~ん、当たらないもんねえ」
小走りでせかせかと移動しながら、隣りでトリアが騒ぐ。ワイバーンたちは高度を保ったままひらりひらりと魔法をかわしていた。
「そうだね。それにこうして並んでいるところを見ると、やっぱりあれらが同一の種とは思えない」
翼が大きかったり、頭が大きかったり、首が長かったり。明らかに個体差では片付けられない差異だ。
「あっ、あれなんて翼の感じと言い、後ろ脚の付き方と言い、鷲みたいでちょっと格好良いね」
「そーお? あたしはあの頭が大きいのが雀みたいで可愛いと思うわっ」
「私は首が長いのが白鳥みたいで綺麗だと思うのっ」
「えー、なんかバランス悪くない?」
「トリアが言ったのだって頭おっきすぎて変なのっ」
「……何と言うか、悠長ですね」
女騎士が呆れ顔で言う。
「いやいや、これも戦力分析ってやつですよ。ワイバーンは魔法で飛翔するとは言え、体型と飛び方や行動の特徴がまったく無関係ってことはないでしょう。どんな鳥に似ているか分かれば、そのワイバーンの得意なことや苦手なことも推察できるってものですよ」
「はー、なるほど、まさかそんな深遠なお考えがおありとは」
「へえ、単に魔物好きを爆発させたわけじゃなかったんですね」
女騎士、そしてエリカがいたく感心した様子で言う。
さすがに自分の領地が襲われているという時に、単にマニア心だけで考察などしない。“そうそう、そうなのよ、戦力分析ってやつっ”とローズに乗っかったトリアはどうだか知らないが。
「見たところ、さっきと同じカラス型が一頭、雀型が一頭、白鳥型が二頭、鷲型が一頭。鳥と同じだと考えると、強いのはやっぱり鷲型で、次がカラスかな? 雀は小回りが利きそうで、白鳥は渡り鳥だから長い距離を飛ぶのは得意そうだ」
「なるほど。―――ローズ様、今のお話、先行して御母上にお伝えしてもよろしいでしょうか?」
「はい、こちらからお願い出来ないかと思っていたところでした」
「はっ。その代わりと言っては何なのですが―――」
「ええ、トリアのことはちゃんと僕らが見ておくから安心してください」
「感謝します。―――ではっ」
女騎士は馬を疾駆させ去って行く。
領都の大通り、城門から政庁までを貫く街のメインストリートだ。いつもは人で賑わう道だが、今は人っ子一人いない。みな家の中に閉じ籠っているのだろう。
「実はもう一つ気になることがあったんだけど。まあこれは今言っても仕方ないことか」
あのワイバーンたちが鳥と同じくそれぞれ別種の生物ならば、何故喧嘩もせず仲良く領都を襲ったのか。鷲とカラスと雀と白鳥が一緒くたになった鳥の群れだなんて聞いたこともない。
「さて、僕らも急ごうか」
「そうねっ、あたし達も早く加勢に行かないとっ」
「トリア、今の僕と先輩のやり取りをちゃんと聞いてた?」
「? 何が言いたいのよ?」
「だからね、僕らは君の護衛を頼まれたってこと。むざむざ戦闘の渦中に連れて行くわけにはいかないよ」
「何よ、あたしを戦わせないつもり? そんなの今さらじゃない。前回も今回もとっくに戦っちゃってるんだから」
「襲われてやむなしって状況と、こっちからわざわざ前線に乗り込んでいくんじゃ話が違うよ」
「……あのねぇ、ローズ、知らないの? 我が国で魔法が最も強い者が王位に就くのは、いざという時に自ら魔物を退けるためなのよ。だってのに、王女のあたしが魔物に背を向けてどうするのよ」
「う~ん、まあ君ならそう言うだろうとは思ってたけどね」
ローズ主催の旅行、それもボーモン領でトリアの身に何かあればあの女王に何をされるか。そういうの抜きにしても、彼女達を危険な目に合わせたくはない。何せ、アンリを頂く分だけ徹底的に幸せにしてみせると心に誓っている。
とはいえトリアの性格上、ここで黙って守られていろと言うのも無理な話。それ自体がすでにして不幸の種と言えよう。
「……無茶はしないようにね。ここは学園ではないから、耐魔法術式は働かないよ。いつもの感じで魔法をバンバン飛び交わせていたら、自爆や同士討ちも有り得るからね」
「その台詞、そっくりそのまま返したいんだけど。前回むちゃくちゃ無茶してくれたのは誰だったかしら?」
「そうなのっ。ローズ、前回は耐魔法術式があっても大火傷して大変だったのっ」
「うっ。……その節は回復魔法ありがとう、アンリ」
「今度あんな無茶をしても、治してあげませんからねっ」
「はい、ごめんなさい」
「ローズさんも反省したところで、それでは行きましょうか。―――いえ、こちらから出向くまでもないみたいですね」
エリカの言葉に視線を上げると、ワイバーンが二頭こちらへ馬首ならぬ、竜首を向けていた。
トリアやアンリの馬鹿でかい魔力を認めたようだ。そもそも領都の外れの祖父母の屋敷に一頭が現れたのも、他のワイバーンたちが兵の駐屯地も兼ねた政庁の上空を飛び回っているのも、魔法使いの魔力を感知したためだろう。
魔物は血肉と魔力からなる生物だから、至上の餌は魔力たっぷりでタンパク質豊富なお肉―――つまり魔女だ。
「……さて、こちらに向かってくるのは白鳥型の二頭か」
「ローズさんの読みが当たりなら、飛行しながらの戦闘はあまり得意ではなさそうですが」
「そうだね、白鳥は渡り鳥で長い距離を飛ぶのは得意だろうけど、水鳥でもある。空中で獲物を取ったり戦ったりするのは苦手なはず」
「でもあの長い首を伸ばして噛みついて来るなら、けっこう厄介じゃない?」
「うん、その可能性もあるね。本物の白鳥の場合は無理にそういうことすると落っこちちゃうんだろうけど、魔法で飛んでるわけだからね。多少体勢が崩れようが強引に噛みつきにくるかもしれない。みんな、油断はしないように」
とは言え白鳥型ワイバーン二頭はローズ達の頭上をぐるぐる旋回し、すぐに降りてくる気配はない。そしてやはり距離が十分ならワイバーンにこちらの魔法が当たることはまずない。
「あ、あんたらーっ、飛び回ってないで降りて来なさいっ!」
「トリア、うっさいの、ちょっと黙るの。そんなこと言われて降りてくる馬鹿はいないの」
「そ、そんなこと言われてなくても分かってるわよっ。気分でしょ、気分っ」
「だから隣でそんな大声を出されたら、その気分が害されると言っているのっ」
「ぬぬぬっ、ちょっとあたしたちの主力だからって生意気なぁ」
不服気に唸るトリアだが、その声は小さく潜められた。
魔法戦闘の技術、センスではなんだかんだ言ってテレーズが一番である。こちらの最強戦力の機嫌を損ねては大変と自重したらしい。さすがトリア、キャラに反して気遣いの出来る子。
「うーん、しかし本当に降りて来ませんね。ローズさん、何かお考えはありませんか? お詳しいでしょう、魔物のこと」
「よっ、魔物博士」
トリアが妙な合の手を入れる。
「なんだい、それは」
と言いつつ満更でもないローズだった。
「うーん、降りて来ないのは、要するに家屋が砦の代わりになってるからだよね。ワイバーンの爪や顎だと壁や天井を破るのは難しいからね」
「だったらいっそ、みんなで屋内に避難してやり過ごすってのはどうですか?」
アンリが“はい”と小さく手を上げて言う。可愛い。
「うん、逆転の発想と言うか、良い考えだね。ワイバーンの武器は牙と後ろ脚の爪だから、そうしている限りこちらに人的被害が出ることはないわけだ」
ローズの評価も思わず甘めになる。
「いやいや、住民の不安は相当なものですよ。各ご家庭にどれだけ食料の備蓄があるか分かりませんし。それにもし長期的に都市間交通が遮られたら領都全体が干上がることになります」
エリカが冷静に突っ込む。
「いや、さすがにワイバーンもそこまで居座りはしないと思うよ。ああ、でもそうなると領内のもっと小さな村落が襲われるか。やはりこの場で仕留めないと駄目かな」
思案していると、視界の端に何かがよぎり―――
「トリアっ」
「きゃっ!」
咄嗟にお姫様の手を引き、抱き寄せた。
「な、なんなのよ、こんなときに急に。もうっ、ローズったらあたしのこと好き過ぎるんだか―――、らあっ!?」
トリアのすぐ横、先刻まで彼女が立っていた大地に何かが突き立った。
「……これは」
「皆さんっ、建物の陰にっ!」
「“危な”、“いのっ”」
今度は十数本にも及ぶ“それ”が降り注いできた。
エリカが叫び、テレーズが上空へ向けて気砲を連発する。ローズ達は目に付いた店先に飛び込んだ。
「ローズ、それって」
「ああ、トリアを狙って降ってきた最初の一本を引っこ抜いてきたんだけど」
「槍、ですかね。ワイバーンの飛んでいる方から降ってきたように見えましたが」
「ああ、実は僕はこれに見覚えがある。―――リザードマンの使う石槍だね」
「えっ、それってどういうこと? ワイバーンがリザードマンの槍を投げたってこと?」
「いや、ワイバーンの身体の構造上、あんなに強く正確に槍が投げられるとは思えない。投擲は人や人型魔物の専売特許だからね。下からだとよく見えないけど、たぶん乗ってるってことだろう」
「乗ってるって、ワイバーンにリザードマンが?」
「ああ」
「……もしかして、それってすっごくすっごく珍しいこと?」
「そうなるね。基本的に我が国を侵す魔物は、食糧やら何やらを求めて現れるだけだ。だから動物と一緒で普通は単体か、同じ魔物だけで構成された群れになるんだけど」
店の軒先からワイバーンを見上げつつ、続ける。
「こうなるとあれはいよいよ異種族間の混成集団だね。たまたま共生関係にあるリザードマンとワイバーンなのか。あるいは―――」
「あるいは二つの魔物を結びつける、より上位の存在から指令でも受けたか、ですか」
ローズが思わず飲んだ言葉を、エリカが容赦なく続ける。
最上位の魔物であるワイバーンにリザードマンの運び屋など命じられる存在なんて、裏設定も含めた原作知識を紐解いたところで数えられるほどしか思いつかなかった。




