第100話 王子様系TS少女は婚前お泊りハーレム旅行に繰り出す その7
「“四重火焔砲”」
巨大な火球が放たれる。
ワイバーンはひらりと躱すも、急降下する飛行の進路が大きく逸れた。誰もいない大地を爪で抉り取ると、地面を蹴って再び飛び上がっていく。
「皆様っ、ご無事ですかっ?」
女騎士が馬を寄せてくる。
「はい。―――お祖母様、ありがとうございます」
無詠唱で中級上位魔法など放てるのは、この場には祖母だけだ。あれが無ければ全員仲良く命を散らしていたかもしれない。
「なるほど、あれがワイバーン。本物は初めて見ました。貴方がたの経験、頼りにさせてもらいますよ、ローズ、皆さん」
「はい、お祖母様。まずは、―――エリカ、頼めるかい?」
「ええ。皆様、私の近くへ出来るだけ集まってください。―――“土よ”」
周囲の大地が盛り上がり始める。
「みんなはワイバーンを近付けないように、魔法で牽制だ。お祖母様もお願いします。初級魔法で十分ですので、その分手数を増やしてください」
「ええ、“火砲”、“火砲”」
「“分かっ”、“たのっ”」
弾幕を張ってワイバーンを遠ざける。ほどなく―――
「出来ました」
「さすが、早い」
エリカが土塁を完成させた。
ローズ達六人に祖母、女騎士とその乗馬までをすっぽりと収納したちょっとした砦である。
「“落ちろっ”、“なのっ”」
安全を確保し、本格的に迎撃を開始した。前回の戦いで要領は得ている。
「えっと、どうしたら?」
「ジャンヌ、お祖母様、ワイバーンの羽の付け根を狙って下さい。そこに飛翔を司る術式があります」
「はっ、はいっ。――――――。―――。――――」
ジャンヌは無属性魔法と水魔法を組み合わせた彼女独自の詠唱を開始する。
―――しかしこんな事件、ゲームにはなかったぞ。
描写されなかっただけで、物語の裏側で起こっていたことなのか。いや、さすがにローズの帰省中にワイバーンがボーモン領を襲撃したとなれば、作中で何も触れられないのは不自然だ。原作でもローズは主人公のクラスメイトで友人である。
「……待てよ。そういえばこの間のリザードマンも」
その後のグレース嬢との一件が強烈過ぎてすっかり失念していたが、あの襲撃も原作にはないものだ。
ボーモン領どころではなくアンリの故郷の町での出来事だし、ローズが居合わせなければ最悪主人公の幼馴染であるグレース嬢が命を落としていたかもしれない。原作ではローズの代わりにアンリが助けたと言うことなら、それこそ作中で触れられないのはおかしい。
「ローズさん、何をぼさっとしているのですっ? あなたも撃ってください! “石弓”、“石弓”」
「ん、ああ、ごめんごめん。“火砲”、“火砲”」
エリカの声に、はっと我に返って魔法を連発する。―――今は考えても仕方がない。
とは言え、ワイバーンが避ける避ける。前回とは異なり熟練の魔法使いである祖母と女騎士まで加わっているのにスルスルと避けまくる。
「“火砲”、“火砲”、う~ん、当たらないなぁ。…………よく見ると前のより少し小柄で、それだけじゃなくちょっと身体付きも違うか?」
前回のワイバーンの形状がハトや鶏に近いものだとしたら、今回はカラスに似ている。頭部が大きく、骨格や肉付きがいくらかほっそりとしている。
「もしかしたら僕達は一緒くたにワイバーンとして扱ってるけど、ワイバーンの中にも鳥みたいに種族の違いがあるのかもっ」
「“石弓”、そんな考察は良いからっ、“石弓”、何か手はないんですか?」
「う~ん、ここはやっぱり前回同様、囮役が必要だね。仕方ない、ここは僕が」
「いいえ、僕が行きます」
「……アンリ、君は前回ワイバーンに捕まったよね?」
「いや、あれはローズさんを庇ったからで」
「あっ、ずるい、そういうこと言っちゃうんだ」
「先に持ち出したのはローズさんじゃないですか」
「―――お二人とも、こういう時のための私です」
女騎士が割って入った。
「騎士様、危険です」
「その危険を引き受けるのが護衛というものでしょう」
「僕らには経験があります」
「そうね、でもこちらは魔導騎兵よ。徒歩の貴方達よりは上手くこなして見せます。と言うか、少しは学園の先輩を信じなさい」
女騎士は子供でもあやすようにぽんぽんとローズとアンリの肩を叩いた。
「それでは。―――あっ、囮役と言っても、別に私が撃ち落としてしまっても良いのでしょう?」
格好付けて言うと、女騎士は馬を引いて砦から出ようとして―――
「―――――――。―――。“煉獄”」
その瞬間、砦の外で炎の柱が十数本、いや数十本も立ち上がった。
発動式の主は祖母だ。
女王や女王から学んだローズの煉獄と比べると一本一本の火柱は細い。が、その分だけ数が多かった。
火柱は祖母を中心に―――すなわち砦を中心として半径十数メートル余りの円周上に綺麗に等間隔に並んでいた。そしてワイバーンもその内に収まっている。
「―――ッ!」
ワイバーンは一声いななくと急上昇して離脱を試みるも、その鼻先で数十本の火柱が一つに合流した。
そうして形成されたのは、言うなれば炎で出来た巨大な―――。
「さあ、これで籠の中の鳥、いえ、籠の中のワイバーンです。さあ、皆さん、撃ち落としてしまいなさい」
「はい、お祖母様っ。“火砲”、“火砲”、“火砲”」
「“石弓”、“石弓”、“石弓”」
「“落ちっ”、“ろっ”、“なのっ”」
魔法の一斉放射が浴びせかけられる。女騎士もちょっと恥ずかしそうに戦列に加わっている。
ワイバーンは限られた空間の中でなおも避ける。避ける避ける。やはり空中での姿勢制御が前回の個体よりはっきり優れている。
「―――ッ!?」
ワイバーンがいななく。その片目に突き立っているのは魔法で形成された火球でも石弾でもなく、一本の矢だった。
「おおっ、当たったのう。どうじゃっ、ローズっ、母さんっ! まだまだ腕は落ち取らんわい!」
声に視線をやると、鳥かごの外、屋敷の二階窓でクロスボウを構えている老紳士の姿が目に入る。
「―――お祖父様っ」
屋敷を訪れた時に挨拶したきりだったが、そういえば祖父も在宅中であった。
魔力を視認するワイバーンにとって、ここに来ての普通の矢は完全な不意打ちだったろう。
「ほれ、ローズ、さっさと仕留めてしまいなさい。お祖母様の魔法も、それほど長くはもたんぞ」
「はいっ」
煉獄は火の最上級魔法である。維持し続けるだけでもどんどん魔力は消費されていく。
というか、これがローズならとっくに魔力切れを起こしているところだ。同じ血統の祖母と孫、魔力量に大差はないはずだから、魔力利用の効率化の違いだろう。とは言え、さすがにそろそろ限界か。
「ローズさんっ、僕が」
「……ああっ、お願い。みんな、僕らでワイバーンの動きを誘導しようっ。僕は上から」
「左を私がっ、“石弓”、“石弓”」
「“右はっ”、“私なのっ”」
「あっ、誘導ってそういうことっ。じゃあ下はあたしがっ、“火砲”」
エリカとテレーズが即座に意図を察し、トリアも合わせる。
火球が頭を抑え込み、左には石弾、右には圧縮空気弾、そして尻尾の先を巨大な火球が過る。上昇も左折も右折も下降も封じられ、縦横に飛び回っていたワイバーンの動きが一瞬制止した。そこへ―――
「――――。“光よ、穿て”」
光線が走る。
「―――ッッ!!!」
ワイバーンは甲高い悲鳴をいななかせ、巨体を落下させる。
「追撃は―――。…………必要、ないか?」
そろそろと砦の外に出て、落ちたワイバーンを確認した。前回は死んだふりに騙され、アンリに助けられている。
「……そのようですね。初級魔法でしたのに、対魔族特効と言うのがこれほどのものとは。国父様が人魔戦争の英雄になるわけです」
エリカが驚き呆れた様子で頭を振った。
巨大な翼を支えるぶ厚い胸肉に背後まで見通せる大穴が空いていた。光線が貫いた部分は、まるで最初からそうであったかのように綺麗にえぐり取られている。
そこでふっと、火柱が消失した。
「……ローズ、今のはもしかして?」
祖母も砦から足を踏み出す。
ちなみにいつの間にか屋敷から出て来ていた祖父が駆け寄り、ふらつく身体を支えた。さすがに魔力が尽きかけているようだ。
「ああ、派手なお披露目式があったんですが、まだボーモン領まで話が伝わってませんでしたか。ご想像通り、光魔法です。アンリは国父様以来の光魔法の適正持ちなんです」
「まあっ。生きている間にこの目で光魔法を見ることが出来るだなんてっ。アンリエッタさん、素晴らしいわっ」
祖母は年甲斐もなく、と言っては失礼だがいたく興奮した様子だ。いや、長く生きた魔女ほど感動もひとしおと言うことか。
「そういえば貴方、ずいぶんと綺麗な国父様カラーを。もしかしてアンリエッタさんも王族に連なる御方かしら? マルタンと言うありふれた―――失礼、貴族には珍しい家名なので気付きませんでした」
「ああっ、頭をお上げください、僕はただの平民ですから」
「平民? 平民の娘が光魔法を? ……いえ、元をただせば国父様だって一介の兵士から身をお立てになったのだから、同じように平民の中から新たな英雄が生まれてもおかしくないのかもしれないわね」
祖母はうんうんと頷く。
当主をすでに引退したこともあってか、母よりいくらか考えが柔軟だ。
「はあぁっ、それにしても良かったぁ、片付いたわねっ」
トリアが大きく息を吐くと、そのままどかっと地面に座り込む。
「まさか人生で二回もワイバーンと戦うことになるとは思わなかったわ。―――あっ、これでジャンヌも正式にあたし達の仲間入りね」
「も、もうっ、トリア様、それじゃこれまでが仲間じゃなかったみたいじゃないですかっ」
「あははっ、ごめんごめん」
ちょうど戦闘前と同じように巨乳と貧乳がたわむれ、日常への帰還を演出するも―――
「ヴィクトリア殿下、皆様、せっかくの御談笑のところ心苦しいのですが」
「ん、どったの、怖い顔して?」
女騎士は固い表情を緩めず続ける。
「まだ一頭を討ち取っただけです」
「ん、一頭を? それってもしかして」
「はい。領都上空に、この一頭を含めて全部で六頭のワイバーンの存在が確認されています」
日常への帰還はまだまだ先になりそうだった。




