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壊れた物語  作者: 松明
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○山口亮太(やまぐちりょうた) 備考・X学部四年次(一年留年)、事件当事者、  サークル等;天文部、キックボクシングジム、ラグビーサークル、登山部、写真部


 俺にとってのSは、恋は、叶えられなかったものであって、それでも大事な思い出なんだ。彼女とは同じ中学であったけれど、その頃は特にどうとは思わなかった。だけど、同じ高校に入学して、高校一年の彼女を初めて見たとき、誇張でもなんでもなく、俺は立ち尽くして動けなくなった。彼女やエトセトラは、廊下で立ち止まって、身動き一つせずに彼女を目で追う俺を、いぶかしんではいたけれど、そんなことはどうでもよかった。まさに、世界には俺と彼女しかいないと思ったんだ。

 ひゃはは。実際は、俺しかいなかったのだけれどね。

 たぶん啓子は全く勘付いてはいないと思うのだけれど、俺が啓子を好きになったのは、Sとよく似ていたからだ。えっと、啓子のことは知ってるんかな? まぁ知らんなら、自分の情報収集不足を責めてくれ。あの大きなツリ目と、その奥の瞳の光り具合が、とてもよく似ていた。そしてそれはとても重要だった。俺がSに一番強く魅かれたのは、Sの目やったから。俺は啓子をSとして見て、その目に恋した。

 高校二年のときに同じバスケ部の友達に、Sが転校するらしいって聞いたんよ。そいつはそれを言った後も色々言っていたけど、そんなものは頭に入らんかった。俺はSを好きになって、それなりに頑張っとった。部活を頑張りたいと言って眼鏡をコンタクトにして、つけたことのないワックスを髪につけるようになったし、俺は理系で、Sは文系やったけん、話す機会を得るために、テストが学年順位何位以内に入ったら携帯を買ってくれ、って親に交渉して手に入れもした。

 まぁ結局、アドレスなんて聞けなかったんけどな。

 で、おいはそれを聞いた次の日に、下駄箱で待ち伏せして、Sに話しかけた。せめてメアドでも聞こうって思ってな? でも間違えて、おいは告白してしもうた。

『好きっちゃけど、おいと付き合ってくれん?』なんて。

 ……泣いてたわ、Sは。

 後から聞いたら、Sが転校するってのは、両親が交通事故で亡くなったけんやった。まぁ泣いたのは、おいの顔面が残念だってのもあるんやろうけどな? 

 ひゃはははは。

 その後、おいは好きでもなか娘の両親が死んだショックを利用して、彼女つくろうとした下衆野郎って、校内で認定された。友達が転校の話しの後に話しとったのは、転校の理由やったらしか。

 ん? あぁ、おいはSの顔に惚れとったばってん、Sは、一般的にはかわいくはなかったんよ。大人しか子やったしな。

 そんなわけで、おいは二度とSの前に現れんようにすって決めた。

 あぁ……。で、こっからが弘人の話しやな。

 ボーリングで揉めた後、翔が言ったん。翔は誰とでも気がねなく話すやつやったけん、学科の中では、比較的弘人と話すやつやった。

聞いたのは、弘人がネットを使ってSと連絡を取ろうとしとったことやった。

びっくりするよなぁ。おいとあい、友達でも何でもないんだぜ?

一年次のときに食堂で、何人かで初恋なんかの話しをしたことが何回かあった。おいはそこでメアド聞くつもりが告白してしもうた笑い話しをしとったんが、どうやらそこに弘人もおったらしい。もちろん、転校やら、両親の死んだ話しはしとらんよ。そいを話したんは、雅司と翔の三人で何十回と飲んだ内の、一回だけやった。

 今の時代は便利よなぁ。大体のことはネットで調べられて、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)のプロフィールなんかは、基本的に無防備。ちょうどおいたちが一年次のときは、SNSが急速に広まった頃やった。あしあと機能もあった頃やな。

「ねぇ、木下さんから『もしかしてわたしの知り合いですか?』ってメッセージが来たんだけど、どうすればいいと思う?」って、弘人は翔にニヤニヤしながら言うてきたらしか。「亮太には言わないでね」なんて言ってな。

あぁあいつな、おいば貶めるごたぁこと言うときだけは、仏頂面崩して、下品なにやついた笑いば浮かぶっとさ。

 翔は人の表情を読むのは得意じゃなかったし、自信のなかことは喋らんやつやった。

要は、所謂イイ奴だったんだな。そがん翔でさえ『ニヤニヤしながら』って言うことは、あのハゲは、そん時どれほど喜んどったんやろうな?

 ……許せんよなぁ。転校して、嫌な思い出とか忘れとったろうに。

 なぁ。こがんこと誰が言っても寒かし、おいなんかが言ったら気持ち悪かだけやろうばってん、言うけどさ。誰でも誰に対しても、人の初恋ば踏み躙ってよかわけがなかろうが。

 ……ひゃはは、気持ち悪っ! 今の無しな。

 あいが、その後Sとメッセのやり取りをしたんかは知らん。翔にもそれ以上は言っとらんやった。おいも訊いとらんし、翔にも訊くなって言うた。内容によっては、おいは、どがんしたらよかかわからん。

 運がよかとか悪かとかわからんばってん、おいは去年の冬に地元に帰ったとき、きの……Sに会ったとさ。会ったっつっても、図書館に行ったら偶然おって、目の合ったけどお互いに声もかけずに終わったとばってんな?

 もちろんおいは声かけたかったさ。ばってん色々不安なるやっか。嫌われとったらどうしようとか、邪険にされたら傷つくなとか。決めた理由とか、な。でも、おいは、そいを振り切って行こうと思った。そん時にあいの、弘人のことば思い出してしもうた。あれを聞かれたらどうする? 正直に答えても、おいはなんも悪くなか。ばってん常識的に考えたら、そがんことをするやつがおるって信じてもらえんやろ。友達でもなかやつの過去を必死に探しまわるごた、頭のおかしかやつが周りにおるって信じてもらえたにしろ、そいつにそこまで嫌われとるおいだって、どっかおかしかやつって判断される。

 どっちにせよ、おいは木下に嫌われる。どがん答えればよかか迷ったまま、もう一か八か話しかけに行こうと決めたときには、もうSは図書館にはおらんかった。

 そこで、再燃したとさ。実際、恨みなんて年がら年中持続するもんじゃなかやろ。楽しかことがずっと続いとったら、忘れる。

 でもなぁ、繰り返し繰り返し強く思い出したら、忘れるなんてできん。それ以降、あいの顔ば見た日の夜は、思い出して眠れんくなった。

 ん。両親のことを、弘人は知らんかったんじゃないか? そんなん、知らんよ。あいつが知らんことなんて、知らん。


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