エピローグ
早朝、羽田空港。
駐車場に147系アリストを駐車した雅彬は、繁雑時よりは閑散とした到着口の前で、他の出迎えの集団に混じりつつ、ドイツからの飛行機の乗客が到着ロビーへ到着するのを待っていた。
つい今し方、飛行機が無事に到着した報せを耳にして思わず安堵したものの、入国手続きに時間が掛かっているのだろうか。暫し経っているにも関わらず一向に乗客らしき人影が見られないので、彼は些か焦れったく感じて仕方がなくなっていた。
急に、ゲートの向こうの雰囲気が慌ただしくなった。どうやら、飛行機から降ろされて長いベルトコンベアーに載せられた旅行者の手荷物が、ゲートのすぐ傍の受け取り場まで流れ着いたようだった。
いよいよ、この一週間、特に昨夜は一晩中ずっと待ち侘びてきた瞬間が訪れる。雅彬はグッと息を飲み込んだ。
まるで鉄砲水のように、突然ゲートの向こう、遙か奥のほうから黒い雑踏の波が此方に向かって押し寄せて来るのが雅彬の目に入った。
到着口の自動扉から降り場までスウッと伸びていく白い大理石の広い通路一杯に黒い学生服を来た女子高生の群れが覆い尽くす。ある者は疲れきった表情で、如何にも重そうなスーツケースを引き摺って動く死体の様にげっそりとしている。ある少女はまだ残り香の様に漂う余韻に興奮が覚め止まぬのか、別の女生徒と共にぺちゃくちゃと楽しそうにお喋りに興じている。皆、それぞれ思い思いの表情で、精一杯修学旅行を楽しんできた事を出迎えに来た保護者達に向かって眩しい程に体現していた。
思わず目を細めた雅彬の視界の端に、彼方から彼に向かって大きく右手を振る女の子の姿がちらりと映った。
驚いて焦点を合わせると、彼女と目と目が合った。紛れも無く、それは桃香だった。
現地解散の点呼を終えると、桃色のスーツケースを曳きながら桃香は父親の元へ駆け寄った。
「ただいま!お父さん。」
「ああ、おかえり……。」
「ねえ、ほら。大丈夫だって言ったでしょう?」
桃香は父親をからかうようにそう言うと、悪戯ぽい笑顔を雅彬に向かって見せつけた。
「ああ、そうだな……。」
そんな娘の微笑を見て、彼もまた恥ずかしそうに呟いた。
「ところで、お母さんは?一緒じゃないの?」
「ああ、家で朝食を作りながら桃香が帰ってくるのを待っているよ。
「そう言えば、お腹が空いたな……。」
「じゃあ、早く家に帰ろうか?」
「うん!」
彼らは駐車場に向かって徐に歩き出した。
「……それで、楽しかったか?」
「うん!とっても。あのね……。」
白い朝日が硝子の間から降り注ぐ空港のロビーの雑踏の中へ、小さな影が二つ掻き消えていった。
完