罪人たち
うなだれる劉に、宇賀は問うた。
「劉少佐。実際にあなたの上官たちの首を取ったのは、あなた直属のハルファスですか?」
くっと、劉が息を呑む。
彼は少しの間のあと、うなずいた。
「……はい。半ばパニック状態に陥っていた同胞たちは、すべて自分の仕業だと思いこんでくれたようですが」
そう言って、皮肉げに小さく笑う。
「ネイティブの自分にできるのは、彼らの心臓に銃弾を撃ちこむことくらいです。動かぬ死体のものとはいえ、一刀で首を刎ねるなど、とてもできません。……彼には、ひどいことをさせてしまいました」
「その彼は、今どこに?」
宇賀の問いに、劉は淡々と応じる。
「彼――楊柊は、『崑崙』最高のハルファスです。しかし、あちらに残してきては、万が一彼の行動が周囲に知られた場合、抑圧された不満の発散対象にされかねません。給油機のパイロットとして、こちらに連れて参りました。『崑崙』への輸送機に、彼の席も用意していただけますか?」
「……なるほど、了解いたしました。いや、少々驚きました。日本ではハルファスたちに、航空機の操縦技術までは学ばせていないものですから。我々の航空部隊から、通訳の要請が上がっていないということは、彼も日本語をマスターしているのですね」
劉は、はじめて小さく笑みを浮かべた。
「いえ。『崑崙』でも、航空機の操縦技術と日本語をマスターしているのは、楊柊だけです。一年前から、自分が命じて学ばせました」
こんな日がきたときのために、と。
そこでふと口をつぐんだ劉は、顔をうつむけた。
再び額に手を当て、すみませんと掠れた声でつぶやく。
宇賀は、ラファエルタイプ出現から今まで、おそらく一睡もせずに極限まで気を張り詰めていたのだろう相手を、じっと見つめた。
――彼の行動は、手放しで賞賛できるほど正しくはないが、間違っていない。
そして、間違ってはいないが、かなり極端だ。
実際に話をしてみるまで、宇賀は彼をさぞ才気煥発で自信に満ちあふれた人間なのだろうと想像していた。
たしかに、彼の知性の高さと冷徹な決断力、そして揺るぎない実行力は目を瞠るものがある。周囲の反感を無理に抑えるのではなく、己に対する恐怖さえも利用し、すべてを貫き通した芯の強さは驚嘆に値した。
しかし、今目の前にいる彼は自信に満ちているどころか、ひどく自省が強く、初対面の相手の前で迷いを隠すことさえできない、ごく普通の弱さを持つ人間だ。
そんな彼が、なぜここまでのことをやってのけたのか――。
少しの間思案した宇賀は、ゆっくりと口を開いた。
「劉少佐。あなたが、楊柊くんを育てたのですね?」
劉の肩が、震える。
それからのろりと顔を上げた彼は、青ざめた顔でうなずいた。
「はい。あの子は……私の、息子です」
なるほど、と宇賀は苦笑する。
本土の同胞たちを救いたい、という思いはもちろん彼の中にあるのだろう。
だが、そんな博愛精神めいた感情で、これほどすさまじいことができたはずもない。
人間が命がけで行動できるのは、心から守りたい者のためになるときだけだ。それが家族か恋人か、あるいは自分自身であるのかは人それぞれだろうが。
少なくとも宇賀は、顔も知らない『国民』のために己の命をかけられる者など、胡散臭すぎて信用できない。子どもじみた英雄願望に溺れた酔っ払いも、祖国愛の強すぎる独裁志願者も、同じテーブルを囲むにはアクが強すぎる。
その点、劉の行動原理はひどく単純でわかりやすい。
楊柊のみを伴って『ラオデキア』にやってきたのは、最悪の場合には、彼だけでもラファエルタイプの脅威から遠ざけたかったからなのか。……なんとも、人間らしいことだ。
「そうですか。彼は今、おいくつですか?」
「……先日、十五歳になりました」
答えた劉の顔に苦悩がよぎったのは、幼い彼の手を人間の血で汚させてしまった後悔ゆえか。
「劉少佐。ひとつ、お願いしてもよろしいでしょうか」
「はい。なんでしょう?」
宇賀は、先日受けたばかりの報告内容を思い出しながら口を開いた。
「ご存じの通り、現在フェンリルは『ワダツミ』にいます。彼の専属護衛チームは、この『ラオデキア』所属のハルファスの中でも、トップエリートを選抜したものです」
元々、抜きん出た実力と素質を持つ者ばかりだ。
その彼らが、『ワダツミ』への命がけの旅を乗り越えられたなら、どれほど成長してくれるだろうと期待していた。
だが――。
「今回の旅ののち、彼らの身体能力、反応速度、射撃精度、そして仲間との連携練度。それらすべてが、ありえないほどに上昇していました。思わず、報告書の記載ミスを疑ったほどです。しかし、彼らの使用した高機動車の整備と武器の補充を行った『ワダツミ』からの報告内容と照らし合わせた結果、報告書に記された数値が本物でなければ辻褄が合わないとわかりました」
――期待以上、などという生やさしいものではない。
彼らがそれほどまでに『成長』した要因として真っ先に考えられるのは、常に命の危険に晒され続けるという異常な状況。
だが、それだけでは説明がつかない。
ならば、考えられるのはただひとつ。
「フェンリルは今回の『ワダツミ』行きまで、所属している『ヴォルフ』以外のチームとは、ほとんど接触がありませんでした。そして、『ラオデキア』の『ヴォルフ』のトップは、常に慎重な作戦行動を選択するタイプ。そのため、彼の存在がハルファスたちの戦闘行動にどういった影響を与えるのかを、我々は考えたこともなかったのです」
劉が、訝しげに眉根を寄せる。
「フェンリルがそばにいるだけで、ハルファスたちの能力が著しく上昇する、と?」
「その可能性は高いと考えております。……ただ私は、それが本当に望ましいことなのか、判断しかねている」
獣の遺伝子を受け継ぐハルファスたちは、ある意味人間たちよりも遙かに純粋だ。
そして獣たちが最もその力を発揮するのは、己が子を守ろうとするときである。
……一般人類の劉は、我が子も同然の楊柊のために、敬愛する上官たちの命を奪った。
ならば――。
「劉少佐。これからあなた方は、フェンリルと行動をともにする。そのとき、楊柊くんがどのような反応を示すのか、彼にどのような変化が起きたかを、すべて記録・報告していただきたい」
フェンリルは、決して失われてはならない人類の希望。
しかし、強すぎる力は常に諸刃の剣となり得る。
宇賀は、まっすぐに劉を見据えた。
「フェンリルは――拓己くんは、まだ十七歳の少年なのです。我々はすでに、あまりに重すぎるものを彼に背負わせている。断じてこれ以上、彼によけいな足枷を増やすわけにはいきません」
わずかに息を呑んだ劉に、告げる。
「彼の力を望んだ以上、あなたも我々と同じ罪人です。あなたには、全力で彼を守る義務がある。それだけは、お忘れなきよう」




