第83話 家族の絆
各々着替えてから集まった場所は、広いが落ち着いた雰囲気の部屋であった。軽く十人は座れる食卓の手前にはソファと毛並みの心地良いラグが敷いてある。参加予定者が全員揃うまでは、ソファとラグのある場所でのんびりするらしい。
「ティア、ずっとこの格好でいるの?」
クリスの格好をしているティアを見つけた瞬間から、ジョバンニはクリスに抱き着いて離れない。もう、二度と目を離さないと……きっと幼いなりに妹を守りたかったのだろう。
「ジョンはずっとクリスにくっついているの? クリスが身動き取れないよ?」
少し困った顔で苦笑いしているクリスは、ジョバンニの気持ちも分かるらしく、抱き着かれたままで大人しくしている。見かねたラウルが声をかけたのだ。
「兄様……僕はラウラが姉様じゃなくて兄様だとは思わなかったんだけど。二年も連絡がない間に、何が起こったんだろうね? 僕、いろいろと驚いてしまって、混乱しているんだからね?」
ジトッとした目を向けられたラウルは、眉を下げてワタワタしながら言い訳を考えているようだな。
「うっ。それは仕方なかったんだよ。ジョンが学園に入学するタイミングでカミングアウトする予定ではあったんだよ?」
「でも、結局ラウラは他の家の子になるんでしょ? やっと帰って来たのに…………お姉ちゃん大好きだったのに」
後半ボソッと小さな声でシスコン発言をしたな。まぁ、仲の良い姉弟だったのだろうから、分からんでもないが。クリスがしっかりしているだけで、本来ならば、まだ甘ったれな年頃だからな。
「確かにロペス公爵家の人間にはなるけれど、レオン殿に空間を繋いでもらって、できるだけこっちに顔を出す予定ではいるんだよ」
ルシアンも、これからどうしたいか、何を考えているか、きちんと説明している。彼らの兄弟仲が良い理由は、言いたいことをしっかり言って、分かってもらおうと努力するからなのだろうな。
「それに、いつの間にかウィリアム殿下とも仲良くなってるし?」
「そ、それは…………ご、ごめん」
ウィルがジョバンニに謝っているが、これは仕方ない。国家秘密と言って良いレベルの秘匿情報だったのではないか?
「ジョン、殿下は仕方なかったんだよ。ティアも、お祖父様や皇帝陛下から言っちゃ駄目って言われてたみたいだから、殿下も一緒だと思うよ?」
「分かってる……。でも、僕だけ除け者で寂しかったんだからね!」
ほっぺたをぷく――っと膨らませ、口を尖らせたジョバンニを、皆が撫でたり突っついたりと弄って慰める。
「ごめんね、ジョン。これからはラウルがお義母様を手伝ってくれることになっているからね。貴方が大人になるまで、近くにいて助けてくれるから安心して?」
「ねぇ、ラウラ……ルシアン兄様。本当に、僕が公爵家を継ぐの?」
「そうしてもらえると助かるんだけど、嫌なのかい?」
「ううん。そうじゃないけど……」
双子はどちらも優秀で、事故でいなくなったと思っていたから、頑張って勉強していたらしいジョバンニは、双子が帰って来たのだから、双子のどちらかが継ぐべきだと思っているようだ。この子もとても優しいのだな。
「ラウルは辺境伯のお祖父様の下で働きたいと思っていて、私はロペス公爵家に入ることになっているからね。必然的にモーリス公爵家はジョンが継ぐことになるんだから、兄様たちは何も問題ないんだよ?」
「本当に、僕で良いの?」
「どうして、そう思うんだい?」
「兄様たちの方が賢くて強いから相応しいって……」
「誰が言ったの? お兄ちゃんがやっつけて来てあげよう!」
ガバッ! と立ち上がったラウルとルシアンに、慌てて両手を振って落ち着かせようとするジョバンニ。双子の過保護は、ジョバンニという弟にもしっかり発揮されるらしい。
「ち、違うよ。その……父様が」
また、あの男か! その場にいない兄のほうが相応しいなんて、自分の息子に言うセリフではないだろう。
「ジョン、父様にはもういないのと同じだよ? 恐らく今後、二度と会うことはないだろう。あの人が言っていることなんて、気にしなくて良いからね。言動の九割が自分のためなんだから聞く必要はないよ」
幼いジョバンニは、何を信じて良いのか分からないようだ。双子が自分のために言ってくれている可能性を理解しているからだろう。だからか、クリスに向かって首をコテンと倒した。
「ねぇ、ティア。ティアもそう思う?」
「ん? そうだね。父様は結局、最後までボクを『お前』と呼んで怒鳴っていたからね。これからは愛するから助けろと……自分勝手なのは間違いないと思うよ」
「…………ティアは本当に父様と会ったんだね。僕には無理。意気地無しだから」
「ジョン、ティア。幼い子供が逆らえない者に怯えることは、当たり前のことなんだよ。ジョンのその気持ちは、意気地無しだからじゃない。防衛本能がしっかり働いているってことだよ。あんな男のために、自分を卑下しなくて良いからね」
ジョバンニもクリスも黙って俯いてしまった。
「きっと、一人じゃなければ怖くなかったと思うよ。兄様も、ルシーがいつも一緒にいたから、父様に立ち向かえたんだと思う」
「そうだね。私達はいつも一緒に行動していたから、そこまで怯えずに済んだんだろう」
幼い二人は考えているようだ。確かに、怯えている時は一人だったことが多かっただろうしな。
「うん、そうかも? そもそも父様が怒鳴る時って、近くに自分より弱い者しかいない時なんだよね」
「ボクも父様と面会した時はアトラたちと一緒だったから、そこまで怖くなかったのかも? 考えていたよりは平気だって思ったんだ」
「それは、二人とも強くなったのかもしれないし、怖いと思い込んでいるだけかもしれないな。そなたたちには恐怖から目を逸らさず、ちゃんと考えて行動できる強さがある。力でねじ伏せることしかできない人間なんかより、ずっと強いと思うぞ」
「レオン殿の言う通りだね」
「そうだね、ジョバンニもクリスも強く賢く育ってくれて、兄様たちは嬉しいよ」
ニコニコと微笑みながら、優しい視線を二人に注ぐ双子は、幼い兄弟の成長を喜んでいるようだな。
「あの、レオン……殿?」
「うん? なんだ、ジョバンニ」
「あ、僕のことはジョンって呼んで……ください?」
「ん? 俺に敬語は要らんぞ。クリス達と同じように話せば良い」
「分かったよ、ありがとう。あのね、レオン殿は『神獣』なんでしょう?」
「え?」
ウィルが目をパチクリとさせて、驚いているな? もしかして、ウィルにも教えていなかったか?
「ああ、そうだが。それがどうした?」
「神獣の姿が見たくって…………本でしか見たことがないんだ」
「あぁ、そんなことか。構わんが……俺はクリスと契約しているからな。クリスに聞いてくれ」
「ええっ!? …………契約神獣なんて聞いたことがない。契約精霊ですら稀なのに、神獣とまで契約できるなんて…………」
後半は小声でボソボソと独り言のようにつぶやくウィルは、情報量が多くて大変だな。皇帝やジョセフも教えてなかったとは思わなかったぞ。
「あ、うん。ボクはレオンくんが良いなら見せてあげてほしい」
「やったぁ! ありがとう、ティア、レオン殿!」
俺がポン! とフェンリルの姿をとると、ジョンはキャッキャと喜んでいる。ウィルは珍しく、目を見開いて固まったな。
「あれ? ウィル、大きいのに驚いた?」
クリスが声をかけると、ウィルが苦笑いしながら首を振った。
「いや、僕も本でしか見たことのない『神獣フェンリル』を見られたことに驚いたのと……レオンが神獣で、人の姿でしか見たことがなかったから、信じられないと思っていたのに、信じざるを得ないと言うか……」
「ほほほ、我々も最初は同じリアクションでしたぞ、皇太子殿下」
『ジョセフ、帰って来たのか』
「はい、レオン殿。ジョエルと皇帝陛下は湯浴みをしていらっしゃるところです」
『そうか』
「お祖父様! お久しぶりですっ!」
「おお、ジョバンニ! また大きくなったな」
「はい! ちょうど、レオン殿に神獣の姿を見せてもらっていました! レオン殿には乗れるのでしょうか?」
我は馬より大きいから当然余裕で乗れる。クリスも辺境伯領で楽しそうに乗っていたしな。ジョンはキラキラした目でジッと我を見つめていた。乗りたいのか? 本の挿絵にでも、神獣に乗った人間の描写があったのかもな?
「ジョン兄様、レオンは乗せてくれるよ。ボクが辺境伯領に行ったばかりの頃は、よく乗せてもらって走り回っていたんだ」
クリスはヒラリと我の上に飛び乗った。クリスが体を起こしたのを確認して、ゆっくりと部屋の中を歩いて見せた。
「神々しいな……」
「本当になぁ。絵本にでもして残しておくか?」
遅れて到着した皇帝とジョエルが、我の上に跨るクリスを見て面白いことを言っているな。我々が共に生きた記憶を残してくれるのはありがたいが、今見ている者の感動は伝わらないだろうと思うぞ。くくくっ。
「ほら、皆揃ったのですから、テーブルへ移動してくださいな」
バーバラが笑顔で皆を促す。顔の傷がなくなり、美しく微笑んでいる母親に、双子やジョンは驚いているな。それでも余計なことは言わず、一斉に席へ座った。あっという間に食事が並び、晩餐が始まったのだった。
「お祖父様、父様がどうなるのか聞いてもよろしいですか?」
いきなり爆弾発言をしたのはジョンだ。大人達が一斉にジョンを見てワタワタし始めたぞ。
「ジョバンニ、分かっているのか? そなたの父様は、良くて生涯幽閉、最悪は処刑されるのだぞ?」
皇帝陛下が優しい声で、しっかりと説明してくれたな。どちらにしろ今後は会えないのだから、知らないほうが良いと言われたなら、処刑されたと分かってしまうような内容だ。説明するのが難しいよな。
「はい、理解しています。僕は、ティアや母様、兄様たち……家族や仲間を苦しめた父様を許せません。僕はティアみたいに優しくないから、可哀想だとも思いません。処刑されても仕方ないと思っていますし、それが世のため人のためだと理解しています」
意外だな。ジョバンニが兄弟の中で一番、冷酷というか……現実をしっかりと見据えるタイプのようだな。
「ふむ、そうか…………クリスはどうかな。聞きたいと思うかい?」
ジョセフが困った顔でクリスに尋ねる。双子やバーバラも心配そうにうかがっている。
「ボクも知っておく必要があるとは思うけど、少し怖いと思う。生死に関わることは、人ではなくても覚悟がいるから……」
魔物を捌いたり、干し肉を作ったり……たくさんの経験から命の在り方を学んだクリスの、素直な感想なのだろうな。
「そうだな。ちゃんと考えられて偉いぞ。何れ知ることになるだろうから、気持ちが落ち着いてからでも大丈夫だと俺は思うぞ?」
クリスは「うーん」と言いながら悩んでいるようだ。少しして顔を上げたクリスは、覚悟を決めた顔付きをしていた。
「ううん。やっぱり知りたい。できるならば、今日で父様のことを深く考えるのは終わりにしたい。どんな結末でも、父様が悪いことをしたから裁かれたのだということは、理解しているよ」
鷹揚に頷いた皇帝は、幼い二人に向かって威厳のある声で話しかける。
「そうか……では、そなた達の父である、オリバーの判決を伝えよう。オリバーは爵位を剥奪の上、平民として北の地に投獄されることとなった。オリバーとは生涯、会うことは叶わぬ」
「北の地……投獄されてから、三年すら生きられるか分からないと言われている?」
「すごいな。良く知っていたね、クリス。そうだ、その『北の地』だよ。恐らく、オリバーにとっては、処刑されるより辛い刑罰になるだろう」
「そっか…………」
クリスもジョンも、俯いて動かない。クリスはオリバーの無事を祈念しているようだな。ジョンは判決を噛み締めているように見える。父親と同じ失敗はしないと思うが、幼い二人にも思うところがあるのだろう。
この後の食事は、静かに進められた。二人を慮って、大人達も静かにしていたのだ。どんなに大変なことでも、幼い二人がしっかりと自分の足で乗り越えなければならないからな。甘やかすばかりが優しさではないと、ここの大人達は知っているのであろう。我も今夜は大人しくしていようと思ったのであった。
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