第82話 母との再会、ウィルの願い ★レオン SIDE→ウィリアム SIDE
公爵の森へ転移した我らは屋敷の裏口から入り、母親の部屋へ皆で向かった。双子のノックの仕方には癖があるらしく、バーバラはまさしく飛んで来て扉を開けてくれた。その顔には、事故で負ったのであろう大きな傷が残っていた。
「あぁ、本当に生きていたのね! 良かった、良かったわ! ラウル、ラウラ! 心配したのよ? 大怪我をしたのでしょう? もう大丈夫なの? 顔をよく見せてちょうだい!」
バーバラは、双子の顔や肩などを優しく撫で、無事であることを確認していた。バーバラにとっては、双子も大事な子どもたちなのだと……あのオリバーが父親でも真っ直ぐに成長したのは、恐らくバーバラという母親の存在があったからだろうな。
「義母上、お久しぶりです。お元気そうで安心しました。今回のお話は、お祖父様からどこまで聞いていらっしゃいますか?」
「貴方達双子が生きていることと、旦那様が失脚したこと、そして……ティア……ティアはどこ?」
ラウルに縋るようにしてティアを探すバーバラの前に、クリスが一歩、足を踏み出した。
「まあ、ティア! クリスティアーナ! あぁ、わたくしの可愛い天使! 本当に良かった……怪我はない? 母様に、お顔を良く見せて? ああ、クリスティアーナだわ! 良かった……本当に、皆、生きていてくれて、ありがとうね……ううっ……うっ……」
バーバラは、クリスをギュッと抱きしめたまま泣き出してしまった。双子は母親の背中を撫でてあげていた。クリスは、言葉が出てこないようだ。自分の無事を心から願ってくれていた存在を前に……またもやクリスの瞳からはハラハラと涙が溢れたのだった。
「義母上、この後お祖父様たちも食事を摂りにいらっしゃるそうですよ。私たちは部屋に下がりますので、先に着替えられますか?」
このまま泣き続けては、化粧で隠しても隠し切れなくなるだろうと気を遣ったルシアンが、母親に話しかけた。
「ええ、そうね……まだ、貴方たちと離れ難いけれど、これからは、いつでも会えるのよね?」
「もちろんです、義母上。私たちの親は、義母上だけです。これからもずっと、義母上の子どもなのですから安心してください」
「ええ、ええ、そうね、そうよね。ラウル、ラウラも。ティアもジョンも、わたくしの可愛い天使たちだものね」
微笑みながら美しく涙を流す母親を静かに見ていたクリスは、自分たちのことを心配してくれていた事実に、感謝しているようだ。感動して声を出せずにいるが、目を瞑り、静かに祈りを捧げていた。
「さぁ、私たちもディナーの準備をするために、部屋へ一旦戻ろう」
「そうだな。クリス、そなたの部屋へ案内してくれるか?」
クリスはコクンと頷いた。俺がティアをクリスと呼んだことに、違和感を覚えた母親は、コテンと首を傾げた。
「僕が説明しましょう。クリス、レオンと先に行ってて?」
「うん、分かった。あ、その前に」
クリスは母親の顔に手をかざし、治癒魔法を放った。顔から首、胸辺りまでと、腰から下を怪我していたようで、治癒魔法を受けてキラキラと輝いていた。服を着ていても分かるほどの輝きだったから、またクリスの神聖力は強くなったのだろう。
「治癒魔法……聖魔法まで使えるとは知らなかったな。それも、帝国一の能力だろうか……」
ウィルが小さな声でボソッと呟いた。母親は両手を合わせて感激している。仕草が可愛らしい人間だな。ラウラが女装していた時に違和感がなかったのであれば、手本は母親だったからだろう。
「え? ティア? 治癒魔法を使えるようになったの? すごいわね! ラウルたちも少しなら使えると言っていたけれど……幼いティアがこんなに素早く魔法を発動、展開できるなんて、素晴らしいわ!」
「えへへ」
母親に褒められて、やっと素直な可愛らしい笑顔を見せたな。最近は泣いてばかりだったから、俺も嬉しいぞ。
「ふふっ。母様に使ってくれて、ありがとうね。とっても嬉しいわ、ティア」
恐らく、全身の傷が治っていることに気がついていない母親は、ティアが自分のために魔法を使おうとしてくれたことに対して喜んでいた。母親からすれば、顔の傷が治っていなかったとしても、その気持ちのほうが嬉しいのだろう。
★ウィリアム SIDE
クリスが聖魔法を使い治癒すると、夫人の顔にあった傷は、綺麗さっぱり消えていた。辺境伯の者たちが過保護なのは元々だが、クリスの能力や才能は、過保護になってでも守るべきだと分かる。傷があっても美しかった夫人は、傷が消えると少し頬が痩けているのが分かった。双子やティアが心配だったのだろうね。
レオンが扉を閉めたことで、皆が退室したと理解した。夫人と目が合ったので挨拶を、と思ったのだが、二年以上会っていなかったことに気がついた。無難に挨拶すべきだろうか。ティアの御母堂でいらっしゃるから、ちゃんと挨拶しておきたいと思うのだけど。
「お久しぶりですね、公爵夫人。ああ、もう違いますね。何と呼ぶべきか」
「お目にかかれて光栄です、皇太子殿下。わたくしのことは、バーバラとお呼びください。それにしても、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたわ」
「いや、バーバラ夫人の感情は、当然のことだろうと思います。僕が家族の団欒にお邪魔している状態なのだから、謝るべきは僕のほうです」
「お心遣いをありがとうございます。皇太子殿下はティアと一緒に過ごしてくださったそうですね。ティアと仲良くしてくださり、嬉しく思いますわ」
「いや、クリスは……ティアはとても賢くて、僕より魔法も使えるんですよ。最近はいつも一緒にいるから色々教えてもらっています」
バーバラ夫人の、目尻に残った涙を拭ってから優しく微笑む姿は、やはり双子やクリスによく似ている。とても緊張していたが、思っていたより話しやすくて助かった。まぁ、僕が緊張することのほうが珍しいんだけどね。ふふっ。
「クリス……クリスティアーナは、辺境伯で保護されていたんです。ただ、ティアだとバレては困りますが、閉じ込めるのは可哀想だと思ったジョセフや双子が、男の子として生活させていたので、クリスと名乗らせていたようです。僕は既にクリスとして過ごしている彼とずっと一緒に過ごしていたので、実はティアだと知ったのは昨日なのです」
「まぁ! そうなのですね。確かに、ラウラもまったくバレませんでしたから、お転婆なティアにはちょうど良い隠れ蓑になったのでしょうね。ふふふ」
夫人は聞き上手なのだろう、僕が言いたいことを理解しようと聞いてくれているのが分かる。上手に相槌は打つが、話を逸らすことはしないからね。
「その、それで……僕は二年ぐらい前に、公爵の森の地下牢で、ティアに一目惚れしてしまって……父上である皇帝陛下には、『口説けたら許す』と言われていたのですが、昨日までクリスがティアだと知らなかったから、まだ口説けていなくて……」
「まぁ、まぁ! そんなロマンチックな出来事があったのですね! わたくしが公爵代理となる可能性から、ティアの婚約を決めないでほしいとお願いにいらしたのでしょうか?」
「まぁ、簡単に言えばそういうことなのですが……ティアは、父親がトラウマらしく、相手もそうならないとは限らないと思っているみたいで。前に僕が、クリスの親友として話をしていた時に、結婚はできればしたくないと。ジョセフや皇帝陛下から相手を指名されたら、貴族の義務だとは分かっているから結婚するだろうと言っていて……」
「まあ、なんてこと……貴族の令嬢なのに『お嫁さん』になりたくないなんて……」
夫人には本音で話した方が良いだろう。誠意を込めて話をしなければ。しかし、どう伝えれば……。
「結婚しなかったとしても、クリスは何でもできますからね。今では『ヌシ』すらひとりで捌いていましたし……」
目を丸くして、すぐに細めて柔らかく微笑んだ夫人は、やはりそうなったのね、とでも言いたげだね?
「ふふふ、ティアは辺境伯で働くお父様やラウルたちを、とても尊敬していたのです。男の子として過ごせるなら、狩りや解体もやってみたいのだろうと分かってはいたのですよ? でも、本当にできるようになるなんて……ふふふ、血は争えないわね」
「え? もしかして夫人も魔物を解体なさるのですか?」
「ふふっ、そうですわね。幼い頃から姉様と一緒に解体しておりましたので、ひと通りはできるようになったのですよ」
「そうだったのですね。さすがは辺境伯の子どもたちなのでしょうね」
「懐かしいですわ。皇太子殿下は、ティアのどこがお好きなのですか?」
突然ズバッと聞かれ、少し狼狽える。しかし、すぐに気を取り直して、夫人の目をしっかりと見つめた。
「勉強熱心なところも、優し過ぎて自身が傷付いてしまうところも……すべて好きです。知れば知るほど好きになります。最初は一目惚れだったのですが、昨日クリスがティアだと知ったのに、二人で話したことを思い返す度に、ティアをどんどん好きになるんです」
「まぁ、そうなのですね。男の子の姿をしているティアも受け入れて愛してくださるということでよろしいですか?」
「勿論です。恐らく当分の間は、公爵家の話題が世間を賑わすことになると思います。落ち着くまではクリスとして過ごすでしょうからね。僕も、できる限り、ティアを守りたいと思っています。できれば、心も…………」
「ティアの心…………ですか?」
「はい。ティアはまだ、父親に対する気持ちの整理が、まったくできていない状態だと思うんです。なので、もっと時間が必要で。ティアの心の傷が癒えて、自分のことを考えられるようになってから……異性として、僕と向き合ってもらえるようになってから、納得して付き合えたらと思っているんです。弱みに付け込むような口説き方というか、今すぐに無理矢理口説いたりしたくはありません」
「まぁ、まぁ!ティアはこんなに愛されて幸せですわね。分かりました。わたくしは、ティアが嫌だと言わない限り、皇太子殿下の他に婚約者を決めたりしません。それでよろしいですか?」
「はい! ありがとうございます!」
「ふふっ。頑張って口説いてくださいね。このことは、お父様……ジョセフとジョエル、そして双子と共有させていただきますね?」
「は、はい……彼らにも納得してもらえるような大人に……立派な紳士になりたいと思います」
「ふふっ。殿下ならば、立派な皇帝になられると信じていますわ」
「あ、ありがとうございます」
期待に沿えるよう、これからも頑張らなければ。皇太子としては勿論、ティアの未来の、お、夫としても…………ぐっ、そう考えたら照れてしまった。まだ、婚約者ですらないのに気が早いだろう……。
「皇太子殿下、わたくしに敬語は必要ありませんわ。どうぞ、臣下として扱ってくださいませ」
ティアの御母堂でもあるから、できれば敬語で話したかったが、それは義息になってから……もしくは、婚約が確定してから考えよう。
「あ、あぁ、ありがとう。それで、僕と同じくらいの男の子がいたと思うのだが、彼は『神獣レオン』で、クリス……ティアと契約している。父上もレオンの行動は仕方ないと思っているから、好きに行動させてやってほしい。あと、賢者のエルフ殿もクリスに会いに来ると思うから、そちらも……大丈夫だろうか?」
「うふふ、ちょっと……ええ、お父様たちに説明させますので、大丈夫ですわ。公爵家のお客様に神獣様やエルフ様が? ええ、すんなりとは理解しづらいですわね。ほほほ」
「今に慣れる……とは思う。クリスもレオンも辺境伯邸に住んでいるが、周りは柔軟に対応できるようになったからな……」
「辺境伯家の人間は優秀ですからね。どんなティアでも受け入れてくれたのであれば、嬉しいですわ」
ふんわりと優しい笑顔で穏やかに話す姿は、やっと子どもたちの生存を確認し、皆が帰って来たことで安心した母親の顔があった。クリスたちの母上の存在こそが、彼らの心の拠り所であったのだろうと思ったのだった。
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