第70話 答案用紙の秘密 ★ウィリアム SIDE
普段から一日中、本を読んだり勉強をしたりと集中力はある方だと思うから、クリスも僕も試験の量は問題ないと思っていた。だから誤算だったのは、一学年十五教科×年二回を八年分、二百四十回の試験があるということではなく、それだけの文字を書く必要があるということだった。
「学園長、すみません。ペンで書けなくなってしまったのですが」
「えっ? もう一度、ペンに魔力を流してもらえますか?」
「あぁ、書けました。ありがとうございます」
「学園長さん、指にマメができて潰れちゃいました。ペンが滑るので書きづらいのですが、治しても良いですか?」
「え? 痛くないですか? 自分で治せるのですね? でしたら大丈夫ですよ」
「ありがとうございます!」
「すまん、集中し過ぎて力の加減ができず、ペンを折ってしまった……」
「え……。そのペンは折れるような物ではないのですが……と、とりあえず、こちらを使ってください」
「あぁ、すまんな。次は気をつける」
何だかんだありつつも、サクサク試験を進める僕たちのスピードに、学園長は驚き過ぎてギックリ腰になってしまったようだ。僕の近衛が慌てて柔らかい座り心地の椅子を用意したようだが、とても辛そうだった。ちょっと申し訳ないが、もう少しで終わると思うので我慢してほしい。
「学園長さん、ボクは終わりました。良かったら、腰を治しましょうか?」
「そ、それは有り難いです。よろしくお願いします」
あっ……クリスの治療を受けたら、聖魔法が使えるだけじゃなくって、魔力のすごさが桁違いってバレちゃうんだけど……もう、遅いよね。うん、仕方ない。クリスは善意で治してあげたのだし、父上に言って、口止めしてもらおうかな。
「えっ? あ、あれ? 全く痛くない! ありがとうございます、クリス様」
ん? 気づいてないフリをしてくれている? それとも……
「俺も終わったぞ。ウィル、彼女は魔力なしだから大丈夫だぞ」
レオンが、後半は小声で教えてくれた。そっちだったのか。学園のトップに登りつめた人だから、当然魔力も強く、簡単に魔力の強さが分かってしまうと思っていたが、学園長は座学の方でその地位を得たらしい。とても珍しいはずだ。これまでは、どちらも秀でている人が就任することが多かったからね。座学だけでも帝国へ貢献できる能力があると認められたから、学園長の座に就いているのであって。
「皇太子殿下、あとどれくらいでしょうか?」
ボーッと遠くを見ながら考え込んでいたから、学園長に声をかけられてしまったね。とっくに終わっていたのだけれど、皆が終わるまで待とうと思っていたら、言うのを忘れていたよ。
「あ、すまない。もう終わっている」
「な、なんと……本当ですか? まだ三時間ですよ?」
全員が、三時間で終わらせたことに驚いているようだけど、正直……試験の内容が簡単過ぎたんだよね。設問の文章が長く、書く時間より読む時間の方が長くかかるから、読むスピードが速い人間なら、これくらいの時間で終わると思うんだけど。まぁ、学園長は僕たちが幼いからできないと思ったのだろう。特にクリスはまだ四歳だものね。
「答え合わせは、どれくらいで終わるのだ?」
「あ、はい。そうですよね。解答用紙が私の手元に返って来た時点で、八割方の答え合わせは終わっています。その点数が合格ラインを超えていれば、その学年はクリアとなります。超えていなければ、記述式の設問の答え合わせをしますので、少しお時間をいただきます」
「おぉ、すごいな! もう結果が分かるらしいぞ、クリス。良かったな」
「うん! 楽しみだね。ウィル、ボクは全部解けたよ」
「すごいね、クリス。僕も一応、全部埋めたよ。一緒に、全部受かっていると良いね」
呆然としている学園長が、ハッ! と気を取り直して、答案用紙を手に持って、視線を答案用紙に落とした。あれ、固まっているね? 早く結果が知りたいのだけど……
「学園長、駄目でしたか?」
「ハッ! い、いえ、逆です。一学年前期、クリス様、満点。レオン様、満点。皇太子殿下、満点……」
「やった!一学年の前期はクリアだね!」
「ふふっ、そうだね。頑張った甲斐があったね。どこまで行けるかな? 楽しみだね」
学園長は、三学年目ぐらいで毎回驚いていた表情が『無』になっていった。七学年の後期、最終学年の前期辺りでは、もう震えて……怯えて? いるように見えた。そして、最終学年の後期の結果は……。
「最終学年後期、クリス様、ま、ま、満点……レオン様、一つ間違っていましたが、当然合格ラインです。皇太子殿下、ま、満点……な、なんということでしょう……し、少々お待ちいただけますか!?」
「え? あ、はい。構いません」
学園長は恐らく、文章で回答した、残りの設問の答えも確認するつもりなのだろう。紙をめくっているだけなのだが、ものすごいスピードだった。ちょっとお顔が……崩れて? この世の物とは思えない、恐ろしい物を見たかのような形相で……女性に対する感想としては失礼なのだろうが、声をかけられる状態ではないことだけは分かってほしいかな。
「ふぅ、お、終わりました」
三人分だからね。もう少しかかると思っていたけど、三十分くらいで終わっていたから、とても早いほうだろう。やはり、学園長はかなり優秀な人物だね。僕たちを頭ごなしに否定もしなかったから、最初から好感は持っていたんだけどね。
「クリス様、皇太子殿下。お二人はどちらも満点です。座学は全て免除となります。素晴らしい結果でした。レオン様、一問間違いがありましたが、百年前に改正された法律ですので、改正される前の資料を覚えていらしたのだと思われます。ですが、それ以外の答えが秀逸でいらっしゃいました。私としましては、帝国学園で教鞭を執ってほしいぐらいなのですが……それが厳しいのであれば、私の研究に協力してほしいぐらいです」
「あぁ、最後のあの設問は、そなたの研究内容だったのか。答え自体は公になっているところまでが正解、それ以上書いたのが俺なんだな?」
「はい、その通りです。素晴らしい考察でした。隣国側の森へ行かれたことが?」
「あぁ、当然あるな。それにギーニの素材は、辺境伯に言えば、そなたの欲する物が揃うと思うぞ」
「本当ですか!?」
「ギーニ?」
クリスが可愛らしく、コテンと首を傾げた。確かに僕も、『ギーニ』という言葉は知らないな。レオンは『ギーニの素材』と言ったから、魔物の名前だろうか?
「あぁ、そなたたちがいう『ヌシ』だな。サザラシア王国では、ギーニというらしい。ラビィが言っていたのだ」
「どこの部位が必要なんだろうね? それ次第では、次回から丁寧に解体するのに」
「え? 解体作業を? クリス様が?」
そうだよね。それが普通の反応だと思うよ。僕も初めてクリスが解体を手伝っているのを見た時に、本気ですごいと思ったからね。辺境伯で生きていると、こんなにも野性的に育つんだなって感心もした。いや、きっとクリスは心が強いんだな。もっと幼い頃には実父に虐げられ、軟禁されていたと言っていた。僕もクリスを見習おうと思うよ。
「今のままで良いと思うぞ? クリスの解体はとても丁寧で、ジョセフの爺さんもベタ褒めだったからな。まぁ、風魔法をずっと使っていたから、クリスの魔法は切れ味が良いんだろうな」
あぁ、やはりクリスは刃物で捌いていなかったんだね。そもそも力を入れている感じでもなかったし、手元に刃物がない気がしていたんだ。ずっと疑問だったから、解決してスッキリしたかな。
「え? ジョセフ? ま、まさか……。ジョセフと言うのは……あの辺境伯の?」
「ええ、オベール辺境伯です。弟のラターナ伯爵も……」
「呼んだか?」
「ギャァ――――――――!!」
音も立てずに私たちの背後に現れたのは、ジョセフとジョエルの双子だった。気配まで消していたから、僕もギリギリまで気がつかなかったよ。
「何じゃ、失礼な。人を化け物か何かのように反応しおって」
ニヤリとした笑みを浮かべて揶揄うジョエル。珍しいね? ジョエルが女性と話をするなんて。
「ジョエル、あまりイジメてやるな。久しいな、パーカー嬢」
固まってしまった学園長に、ジョセフが優しく声をかけてあげていた。昔ながらの知り合いだったのだろう。
「あ、オベール卿……貴方様の御身内でしたか……」
「ええ、クリスは私の孫です」
「どういう教育をしたら、この様な神童が育つのでしょうか?」
真剣な顔をして、学園長がジョセフの顔を覗き込む。あまりの近さに、学園長の肩を軽く押して遠ざけたジョセフは、考えながらもゆっくりと話し始めた。
「クリスは、勉強は努力ではないと……やらなくてはならないことではなく、知りたいから本を読み、分からなければ細かく聞き、それらを覚えているだけかと。今は、皇太子殿下と楽しみながら進めております。その前は、レオン殿や賢者様と勉強していたようですな」
「そうでしたか……やはり何事も基本に戻るのですね。私の知識欲も、始まりは小さな興味からでした」
「そういうことですな。ところで、全員合格でよろしかったですか?」
「はい、彼らには非の打ちどころがありません。お話では、魔法も使える……クリス様は、魔物と渡り合えるレベルだとお聞きしておりますが……」
「ええ、それはそうでしょう。辺境伯である、私の孫ですからな? 三歳の頃には、『ヌシ』を一人で斃しておりましたからな。ほほほ」
「あぁ、爺さん。『ヌシ』は隣国では『ギーニ』と言うらしい。それでな、その素材を、そこの者が欲しておるぞ?」
「ほお、ギーニと言うのですな。今度からギーニで統一しましょう。名前が違うとややこしいですからな。それで、パーカー嬢。どの部位が欲しいのですかな? 後でリストにしてもらえれば、安く卸しましょう。研究に使うのでしょう?」
クリスがギーニを一人で斃せることに気を取られていた学園長が、やっと正気に戻ったようだ。
「あ、ありがとうございます。オーベル卿。他の素材もお手元にある物はお願いしてもよろしいでしょうか? もちろん、お値段は正規のお値段をお支払いしますので」
「ええ、構いませんが……。学園に出入りしている業者から買わなくてもよろしかったのですか?」
「最近、質が悪いのに高く売りつけて来るので、困っていたのですよ。あれでは使い道がありません」
「パーカー嬢が仰るのであれば、間違いないでしょうね。そちらは少し探っておきますので、ご安心ください。陛下には、私からお伝えしておきますので」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
「ええ。こちらこそ、クリスと皇太子殿下をよろしくお願いします」
「お祖父様、レオンくんも合格したんだよ!」
「…………そうでしたか。それでは、レオン殿のこともよろしくお願いしますね、パーカー嬢」
「は、はい……」
再来年が楽しみな僕たちと、困惑している学園長。ニヤリと意味深な笑みのジョエルと、業者を調べるための手筈を考えているジョセフ。僕たちは七年生からのスタートで、座学は免除となる。学園に在籍している二年間で、信用できる者と一人でも多く繋がりたい。そのためにも、学園に入るまでの準備をクリスと楽しみながら進めて行きたいと思っているよ。
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