第64話 我の悲しみと怒り
あれから爺さんの行動は早かった。翌日の昼には図面が出来上がったらしく、足りない素材をクリスと双子が獲りに行っていた。もちろん、本当の理由は教えていない。双子は爺さんに聞いて知っているのかもしれないが、クリスには『ウィルと一緒に勉強するために出された条件が、魔道具を献上すること』で、その魔道具を作っているのだと説明した。
ある意味、これが成功すれば公爵家の地下牢に帰らなくて済むのだし、ウィルと一緒に城で時間を気にせず勉強することができるわけだから、あながち嘘ではないんだよな。そのためにも、今回は我が証拠を持って帰らねばならんのだ。
「ふぅ。やっとできました」
その日の晩、クリスが眠りについてから随分経った頃。モーリス公爵家の森の家のキッチンへ転移して来たジョセフに、魔道具を託された。
『明日の昼前にはクリスをそちらに送り届ける。それから決行して良いな?』
「猪はどうなさいますか?」
『エルフが仕留めた瞬間に時間を止めてくれている。まだ温かい状態の猪の骸に、幻影を映す予定だ』
「なるほど。早めに見つけられたなら、体温が残っているので、より信憑性がありますな」
『そういうことだ。こちらに張りついている間、クリスのことは任せたぞ。ちゃんと肉も食うように言ってくれ』
「ほほほ、かしこまりました。よろしくお願いします」
今はまだ夜中だ。辺境伯邸へ帰る爺さんを見送った我は、もうひと眠りすることにした。
★★★
『クリス、今日は爺さんと干し肉を作るんだったか?』
「うん。図書館のお兄さんも、ラビィも来てくれるんだって!」
双子たちはサザラシア王国へ行く準備をするために登城していて、今日は不在だった。しかし、クリスには辺境伯にいてもらわねば作戦を決行できないということで、爺さんやエルフたちに干し肉作りを頼んだのだ。
『そうか。では、我の好きな黒胡椒のも頼んでおいてくれるか?』
「うんっ、良いよ! ボクも手伝って、たくさん作れるように頑張るね! 今日は、ウィルも来るはずだから教えてあげるんだ。この前、一から教えてあげるって約束したからね」
『そうか、そうか。それは楽しみだな。クリスが城で勉強することも増えるだろうから、干し肉のストックも作っておくと良いぞ。エルフの干し肉は腐らないからな』
「うん、分かった! 図書館のお兄さんにも伝えておくね」
辺境伯の隠し部屋でクリスと別れ、そのまま公爵の森の地下牢へ戻り、猪の骸にティアの幻影を映し、ティアが倒れているように偽装した。今日は早めの時間に侍女が訪れたが、パンを投げ込んだだけで直ぐに立ち去ってしまった。ポトンと落ちた二つのパンが、ひとつは窓の下、もうひとつは跳ねてティアの幻影の近くに転がっている。
本当に、ティアがここで誰にも知られず、命果てたとして……こうして冷たい石の床に頬をつけ、孤独で静かに冷たくなってしまったのだろうかと考えると、怒りがふつふつと湧き上がって来る。いつもはクリスと共にいるから、負の感情は持たないようにしているのだが、こうして一人で……一匹で考えていると、悔しい気持ちや悲しい気持ちが溢れてきてしまう。
クリスが許しても、我はどうしても許せない。我が直接復讐に手を貸せなくとも、意思を伝えることはできる。だからこそあの日、皇帝に復讐を許可させ、爺さんに希望する復讐の内容を伝えたのだ。我が手を汚せないことを、我自身が悔やんでいる。神が許すなら、この立派な爪と牙で、喉元を掻っ捌いてやるのにな。
『チュチュン!』
『ピピピッ!』
ん? 考えに耽っていた我に、小鳥の精霊たち『チュン』と『ピッピ』が、公爵の気配が近づいて来ることを教えてくれた。さて、どんな行動を取ってくれるのだろうか? 我は人型になり、爺さんに渡された『動画機』を地下牢の入り口に向け、スイッチの位置を確認し、隠密魔法を自身にかけて待ち構える。
地下牢の扉を「ガンガン!」と何度も叩かれた。もう、この地下牢には、父親の行動に怯えるティアはいない。それだけのことなのだが、我はとてもホッとしていた。この二年間、数日に一度だが訪れてはティアを脅す公爵と、怯えるティアを見て来たからな。恐怖を刷り込まれた体は、大きな音や声に毎回震えていた。もう、そんなティアを見なくて良いのだ。当たり前のことなのだが、なんて幸せなのだろうと思えた。
「おい! まだ寝てるのか?! 父様が来てやったのだから、挨拶ぐらい言われずともしたらどうだ!」
公爵は、加減せずに目の前のティア……幻影を投影されたウリ坊の骸を蹴り上げた。「ドカッ!」という音だけが地下牢に響く。当然、ウリ坊の骸は微動だにしない。少し焦った男は、慌ててティアの顔がある位置を覗き込む。因みに、投影しているティアの顔は、鼻や口から血を流し、目を閉じさせていない。少しリアルにホラーだろう?
「うわっ! ななな、なんだ? どうなっている? 死んでいるのか? 侍女は今日も生きていると報告して来たぞ!?」
後ずさった公爵の足の下には今朝、放り込まれたパンがあった。何とも言えない踏み心地に、「うぎゃっ!」と悲鳴を上げて飛び退く。
「な、なんだ……脅かすなよ、パンじゃないか。あの女、仕事をしていなかったんじゃないか? 飯はパンだけとか言わないよな……?」
色んな偶然が重なって、ビビりまくった公爵は慌てたのだろう、地下牢の扉も閉めずに走って屋敷に向かった。当然、あの侍女を連れて来るのだろう。
『チチチッ!』
『ピピッ!』
やはり連れて来るようだな。穴を掘るための道具も持っているのか、ガチャガチャと音を立てながらこちらへ向かっているらしい。我は小鳥たちに頷いて見せ、改めて『動画機』を地下牢の入り口に向け直した。
「お前が見てみろ! 今朝は何時に確認したと言うのだ?!」
慌てて転がり込んで来た侍女が、ティアの首元に触れる。
「や、やはり、わたくしが見た時……ついさっきまでは生きていたんだわ! まだ、体が温かいもの!」
公爵もウリ坊の骸に触れ、納得したようだった。
「お前は、ティアにちゃんと食事を与えてなかっただろう! なぜ死んでいるのだ! ちゃんと面倒を見ろと言ったよな?! 一度は許してやったというのに!」
「ちゃんと仕事してましたわ!」
「じゃあ、なぜこんなに薄汚いんだ? 風呂はどうした! せめて体を拭いてやるぐらいするだろう?! 幼子は汚れてると死んでしまうこともあるとバーバラが言っていたぞ!」
「そ、そんなことは最初に言ってください! 今さら言われても困りますわ!」
侍女の返事に頭を抱えた公爵が、侍女を睨みつけて唸るように言った。
「ティアはお前が殺したんだ。責任を取って、これを隠すための穴は、お前が掘れ! 近過ぎるとバレる可能性があるから、ここからさらに奥の、日の当たらない場所を掘るんだぞ」
「わたくしの力ではそんなに深くは掘れませんわ! 埋めたとしても、すぐに見つかってしまいます!」
「掘り終わったら私を呼びに来い。確認してやる」
「なっ! まさか、わたくしだけで森の奥へ行って、一人で穴を掘れとおっしゃるの!?」
「お前のせいで死んだのだから、お前が掘るべきだろう? だいたい、なぜ、雇い主の私が力仕事をせねばならんのだ?」
「くっ……掘れば良いのでしょ、掘れば!」
侍女は穴を掘る道具を片手に、バタバタと階段を上がり、地下牢を後にした。それにしても、公爵はまた責任転嫁するんだな。全ては世話を任せていた侍女が悪いと。ティアが儚くなって、悲しいとか寂しいという気持ちがないのだろうか。愛されたがっていたティアの姿をずっと見て来た我からは……このことをティアに伝える勇気はない。いつかはバレてしまうかもしれないが、今はやっと落ち着いているティア……クリスの生活を、邪魔したくないと思ってしまう我であった。
いつもお読みくださり、ありがとうございます!




