第63話 ヤツを欺く為に ★皇帝陛下 SIDE
子供たちが出て行ったタイミングで、食卓にはワインと酒の肴、レオン殿の前には肉中心の食事が用意された。
「レオン殿、猪をどうなさるおつもりですかな?」
ジョセフが丁寧に質問している。私も、猪を狩ると聞いてから、気になっていたから早く答えを知りたかったのだ。
「ああ、そろそろ面倒になってきてな?」
ワインをクルクルと回しながら背もたれに肘をかけ、面白そうにニヤリと笑うレオン殿。子どもの姿なのに、とてもワイルドに見える。
「辺境伯邸と公爵家の森の往復が、ですか?」
「ああ、そうだ。それに、公爵にティアの生存を教えてやることもだな。だから、クリスと同じ重量……昔のクリスぐらいだからウリ坊で良いだろう。その猪に、我がかつての汚れたティアの幻影を映すから、『ティア』は地下牢で衰弱死したことにするんだ」
「そんなことができるのですか?」
私は信じられず、つい疑うようなことを言ってしまった。
「あぁ、皇帝は見たことがなかったか? 爺さん、どっちでも良いから、そこにうずくまってくれるか?」
ジョエルがスッと椅子から降りて、私から見える位置の絨毯の上に、うずくまって見せた。
「皇帝よ、よく見ておくんだぞ?」
うずくまったジョエルに向けて、レオン殿が手をかざした瞬間、何と……そこにいたのは『薄汚れた女の子』だった。もしかして、これが地下牢に入っていた頃の『クリスティアーナ』なのか? そうであれば、ウィリアムが『奴隷かもしれない』と言った意味が分かる。これは、公爵令嬢で『あるはずがない』と結論づけるだけのインパクトがあった。
「れ、レオン殿! この姿が、地下牢にいた頃の『クリスティアーナ』で間違いないのですね? 私は皇帝として、公爵の行動を見逃すわけにはいかなくなりました」
「今さらではあるがな。この姿は、干し肉をエルフが準備してくれてから随分後のものだ。だから、実際はもっと傷だらけで細かった。我とエルフがいなければ、間違いなく……また暴走して処刑されていたのだろうな」
また? 三歳児が暴走した記録もなければ、処刑した記憶もない。で、あれば……。
「まさか、クリスティアーナは、一度目の人生があり、その人生では孤独に死んでいったと仰るのですか?」
「ああ。信じられないだろうがな。我は神に断片的な記憶を見せてもらったが、それは酷いものだったぞ。父親から虐げられ、暴力を振るわれ、母親と双子の兄をお前が殺したのだと毎日罵られては、それを嘆き……。負の感情が、魔力を暴発させたのだろう、皇都の三割を焦土と化してしまってな。『魔女』として、皇都中を引きずり回され、最後は処刑台に……」
「な、何ということだ! 幼い子供にする仕打ちではなかろう!? その時の私は何をしていたのだ……! 自分が許せないぞ!」
処刑台に上がるということは、私の目の前で処刑が執行されたということになるのだ。簡単に言うと、『公開処刑』だな。民衆の前に晒された状態で首を落とされるのだ。当たり前だが、私や宰相たちの許可が必要となる。
「そこなんだ。爺さんや皇帝が幼子を処刑台に上げるか? 少なくとも、一年間一緒に過ごして来た爺さんや双子が、ティアの処刑を許すとは到底思えない。それに、ティアだと分からなかったとしても、皇都を引きずり回すだろうか?そなたたちが幼子に執行する刑とは思えないのだ」
実際に見せられた情景を思い出したのだろう、レオン殿は眉間にシワを寄せ、苦い顔でワインを口に運び、グビグビと飲んでいる。だが、飲みたくなる気持ちも分かる。
「レオン殿に、我々のことを信じていただけて嬉しく思います。恐らくですが、公爵が権限……いえ、金の力を使って、自分は悪くないと、責任をティアに押し付けたのでしょうな……」
「そうだな、その可能性が高いな。あの男は、人に責任を押し付ける天才だからな。責任だけではなく、弟を盾にして自分が助かったりしていたようだしな」
ジョセフもジョエルも苦しげな顔をしていた。前の人生を生きたクリスティアーナを想うと、私も胸が苦しくなる。
「処刑については理解したぞ。やっぱり原因はあの男だったのだな。我としては、時間をかけて準備した後で、奈落の底に突き落としてやりたい。まぁ、それをやるのは双子と爺さんだがな。皇帝よ、『復讐』を許可してくれるよな?」
「勿論です。遠慮は要りません。公爵を誤って殺してしまっても、ジョセフ達と共に、完璧な隠蔽をしてみせましょう。ククッ」
「話の分かる皇帝で良かったな、爺さん。まあ、暴力での復讐を、ティアは反対する可能性も高いからな。あの男が最も嫌がる仕打ちをしてやってくれるか? 爺さんと双子なら、分かるだろう?」
「ああ、なるほど! 公爵の大好きな、地位も名誉も金も……全てをなくせば絶望するでしょうな! こちらには双子やティアという、奴が死んだと思っているであろう生き証人もいる。ティアの母親や双子の執事も証言できます。そうなれば、罪状には困らないですな」
レオン殿は神の遣いだから、直接は手を下せないとは聞いていたが、完全に裏から手を回しているよな……。そこまで公爵に対して怒っているのだろう。
「準備にはどれくらいの期間が必要だろうか? ウィルの立太子パーティーもあるのだろう? そちらも急いだ方が良いだろうから……そうだな、半年ぐらいはかかるか?」
「そうですな。半年以内にその『復讐の舞台』を準備させましょう。それまで公爵は泳がせますか?」
「ああ。そのための猪だからな。これ以上、ティアに負の感情をぶつけられたくない。やっとあの男から、解き放たれるべき時が来たのだ。閉じ込められてから二年近く経ったからな。本来の、助けがない幼子であれば、弱っていてもおかしくないだろう?」
確かに、食事だけでも一日にパンが一つか二つだけだと言っていたもんな。栄養も偏っているし、塩や水分がまったく足りていないだろう。それに暴力まで振るわれていたのだから、怪我が悪化して亡くなるケースも普通にありそうだ。
「そこまで考えてくださっていたとは……。本当にありがとうございます。祖父として、感謝しても――――」
「爺さんからの感謝なんて要らんぞ。我はクリスが……ティアが幸せだと思える日々を与えてやりたいし、やっと笑えるようになったティアの心を守りたいだけだ。出会った頃、誰にも愛されないと泣いていたティアに、そなたは皆に愛されていると教えてやりたかったんだ。健気な幼子が、母や兄を想って毎晩泣く姿を、もう我は見たくないのだ。これから先は、皆と笑って過ごしてほしいのだ」
「はい、その通りですね。我々も全力を尽くします」
しんみりとしてしまったな。神獣殿は、酒を飲むと本音が出るらしい。普段の飄々とした威厳のある雰囲気から、飲んだくれたオッサン……ゴホン。少し砕けた雰囲気に変わっている。
「要は、クリスが自由に動ければ良いのだろう? あの男だけ欺けば良いのなら、ティアを地下牢で息絶えたと思わせればいいだけだと思ってな? その後の行動も気になるから、我が監視してやろう」
神獣だからこそ、できることも多いのだろう。人間では不可能な『幻影の投影』などができるからこそ、今回の作戦が成り立つのだからな。レオン殿が味方で良かった。敵なら……悪しき者の仲間なら、間違いなく、この国の秩序が乱れていただろう。
「確かに。ティアが儚くなったと知った公爵は、どう行動するでしょうね?」
「表向きには攫われたことになっているからな。恐らく、公爵の森の何処かに埋めるんじゃないか? あの侍女を使ってな」
「埋められるのが猪だと分かっていても、とても腹が立ちますな」
「本当にな。だがな、これも証拠にもできるだろう? 爺さんは、その現場を記録できる魔道具を作れんのか?」
「なるほど! それなら動いているまま記録できる物のほうが信憑性はありますな。早速、辺境伯領へ戻ったら作ってみましょう。『ヌシ』のお陰で、材料は沢山ありますからな」
これが動かぬ証拠になれば、軟禁した上に死なせたことが立証できるのだ。これだけでも爵位を剥奪できるだろう。ティアがそれ以上の刑……処刑などを望むなら、双子も協力してくれるだろうからな。本当の意味で、ティアを早く自由にしてやりたいと思っているぞ。
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