第6話 ティアと精霊
ティアを観察して数日しか経っていないのだが、ティアが特別な人間であろう事はすぐに理解できた。小動物達を癒す力はもちろんだが、動物達が去った地下にはどうしてなのか、部屋の隅にいた精霊達が飛び回っていた。
そして、彼女の周りにいる精霊達が、ほんの少しずつだが確実に『成長』しているのだ。精霊は、自然の多い場所に生息しており、自然に沸いている魔力を糧にして生きている。成長する為には膨大な魔力が必要だ。大きな森であれば、その分魔力も多いから、小さな森よりも精霊が生まれやすいというぐらいの差だが。
人間の作る魔力なんてものは、森に比べれば微々たる量だからな。たとえティアの魔力がどんなに多かろうとも、あれほど短期間で成長させるなど、本来であれば無理があるのだ。
そして、人間から精霊に魔力を与えるのであれば、完璧な魔力操作を学んでいなければ難しい。契約していれば、そこまで難しくは無いがな。まぁ先ずは、その疑問を解決すべきだろう。理由が分かれば、今後ティアの武器になるかも知れないのだ。
簡単なのは、自我を持つ精霊に話を聞く事だろう。我はティアが眠りについた夜更けに、今いる精霊の中から、1番魔力の高い精霊に声をかけた。ここにいる精霊達はまだ喋れないから念話なのだがな。
『ちょっと良いだろうか、そこの精霊。我の問いに答えよ』
『ん?なぁに〜?』
『何とも気の抜けた様な返事だが、まぁ良いだろう。お主はこの森で生まれたのか?』
『うん、そうだよ。数百年ぐらい前かなぁ?この森は魔力が少ないから、自分の存在に気がついたのはここ数年だけどね』
『ほぉ?その間に何があった?この森の魔力だけでは覚醒するのは難しいだろう?』
『うん、そうだね。ボクを含め、自我を持つ精霊が現れ始めたのは、そこの彼女が生まれてからだよ』
『ふむ……やはり、ティアが絡んでいたか』
『彼女が生まれた時、何故かは知らないけれど、この森にブワ――ッと魔力が一気に送り込まれたみたい。その魔力でボクの様に、一部の精霊は覚醒したんだよ』
『ティアの存在が、お前達の力となったんだろうな』
『存在もあるだろうけど、彼女の力はそこじゃ無いよ。彼女はボク達に『無意識に』魔力を分け与える能力があるんだ』
『何だって?お前達はティアと契約してる訳でもないだろう?それに、人間の魔力程度じゃ、精霊は生きてはいけないはずだ。大体、ここにいる精霊の数は100を超えているからな』
『あ、半数はここ最近生まれた子達だよ。彼女が森にいてくれるから、魔力も枯渇しないでしょう?これから更に増えるんじゃないかなぁ?』
『そんなに凄いのか……ふむ。そうだ、お主は姿を変えられるか?』
『仔うさぎや小鳥の大きさであれば、何とか維持できるんじゃないかなぁ?彼女には今の状態でも認識してもらえるというか、彼女はボクらが『視える』から、特に変える必要がなかったんだ』
『まさか、何となくそこに居るというレベルではなく、個々の存在すら認識していると?』
『うん、間違いないと思うよ。魔力が枯渇しかけている子を中心に、撫でてあげているのを見たからね。慈しむ心のおかげか、彼女に触れられた子達は、翌日には元気に飛び回っていたよ』
『さすがは御遣いといったところか。やはり聖魔法が使えるのだろう』
『ボクには聖魔法とか分からないけど、彼女の場合は本当に無意識だと思うよ。恐らく、助けたいって気持ちだけで救ったんだろうね』
『純粋なのだろうな。ふむ、この世を生きるには、優しすぎると感じるな』
『彼女を守るために、ボク達も力をつけたいと思うよ。最近、彼女の家族らしき男が暴力をふるうからね。彼女は仲間達を助けてくれたし、大切な存在だから力になりたい』
精霊がティアという人間に対して『大切な存在』だと、認識しているというのか?精霊は自由気儘で、何かに執着する事なく、その日の気分で生きているような存在というのが共通認識だと思うのだが……
『そうか。では、我々は協力した方が良さそうだな。我はティアに知識と魔法の使い方などを教えようと思う』
『ボク達も、それを聞いて学習するよ。彼女を支えられる力が欲しいから』
大きく上下に動いた精霊は、その場でクルンと1回転して可愛らしいシマリスになった。
『どう?これで良いかな?』
『ほう、可愛らしいシマリスだな。声を出せるか?』
「んんっ、どうかな?ちゃんと聴き取れる?」
我には聞こえるが、ティア以外の人間には聞こえないかも知れないなぁ?普通の人間に、シマリスの姿は見えるのだろうか?協力的な精霊に出会ったのが初めてだったから、これから少しずつ調べて行くしか無いだろう。
『あぁ、大丈夫だ。ティアが起きたら紹介するから、これから仲良くして欲しい』
「他の子はどうするの?姿を変えて良いのか、ソワソワと待ってる子達がいるよ?」
『ふむ、ティアを慕ってくれる子達であれば、それは構わないが……あの窓から訪れる小動物達とは一緒に生存出来るのか?小動物がいる間は姿を現さないだろう?』
「あぁ、それはね……猫科の子達はフワフワ浮いているボク達を追いかけ回しちゃうんだよね。本能からの行動なんだろうけど。彼女が困らないように、あえて離れてたんだよ」
『なんと、ティアのためだったのか。そこまでティアは大事な存在だと思っているのか?ティアは凄いな』
「ボクがボクで在る意味をくれたのは、彼女だと思っているからね。これまでは見ている事しか出来ないと思っていたけれど、ボクにも何か出来るなら積極的に手伝いたいな」
『それはありがたいが……我が先に契約してしまったから、お主達とは当分契約出来ないんだよなぁ』
「そうだね、それは後々考えるしかないかな。その代わりに、ティアに歌を歌って貰っても良いかなぁ?」
『ん?ティアは歌が上手いのか?』
「微々たる力だから気がついて無いのかなぁ?ティアの言葉には力があるんだよ?歌にすると、それが良く分かるから、一緒に聞けば分かるよ」
『もしかして、ティアが「いたいねー」とか、「もう大丈夫だよー」って……』
「そうそう。あれは撫でてる手が光ってるから勘違いしやすいんだろうけど、力を持ってるのは言葉の方だよ」
『た、確かに……今思えば、何かしら話しながら治療していたな』
「彼女の大好きな母様が歌ってた歌があるんだけど、その歌が慈愛の歌で、鼻歌なのに癒し効果が凄いんだー」
『鼻歌なのか……』
「幼い彼女には、難しい言葉が多かったみたい。意味は母様が教えてくれたから理解してるみたいだよ。歌ってくれた母様の慈愛の心がシンクロして歌ってるからだと思うんだけど、あの歌で瀕死の精霊も動物もたくさん助かったんだよ」
『そう言えば、この森にいる動物達は、何故あんなに怪我をしてるんだ?』
「あぁ、あの男に見つかったからだね……あの男は、小動物達を的か何かだと思ってるのか、魔法が当たるまで追いかけて来るんだ。精霊は見えてないはずなんだけど、流れ弾のとばっちりで怪我をする子達もいるんだよね」
『なるほど……やはり、あの男は常日頃からクズなんだな。あやつに慈悲など要らんな』
「本当にね。ボク達精霊は、どちらかと言えば穏やかな性質なんだけど、あの男だけは許せないよ」
『あぁ、だよな。あれを見ていれば考えは同じになる。おっと、そうだった。お主に頼みがあるのだ』
「うん?なんだろう?」
『我は、これから先、ここを離れる事も増えるだろう。ティアの食料も足りていないし、勉強するには本などの教材も必要になるからな。数日に1度は我が不在になると思うのだが、その間に何かあれば、我に念話を飛ばして欲しいのだ。我は転移魔法が使えるから、直ぐに駆けつける事が出来るであろう?』
「なるほど、ボクたちは彼女を見守る役目なんだね」
『うむ。そうしてもらえると、安心して物資を調達しに行けるのだが、良いだろうか?』
「もちろんだよ。ボク達に任せて!」
とても心強い仲間が出来たな。精霊は嘘がつけないから、見た事や起こった事は正しく教えてくれるはずだ。1番心配していた、我が不在時の事も解決したしな。仲間が増えるのだし、ティアも1人じゃないんだと理解してくれると良いな。これ以上、1人で悲しまないで欲しいと思うのだった。




