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【完結】小さな光と、その軌跡 ―隠された幼子と神獣の物語―  作者: 月城 蓮桜音
第一部

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第5話 父親の命令と2人目の悪人

 前日に、明日の朝に来ると言って帰って行った父親は、昼近くに地下牢を訪(おとず)れた。後ろに誰か従者(じゅうしゃ)を連(つ)れているようだ。階段を下りる足音が、いつものだけでは無かったからな。


 ガチャガチャと、扉の鍵を開ける音がして、ギィ――と重い扉が開く音がした。


「お前はここで待っていろ」


「かしこまりました」


 連れていた従者は、茶色い髪で背の低い、少しポッチャリとした女だった。この時は、扉の影からちらりと見えたメイド服から、ティアの侍女でも連れて来たのだろうと思っていた。まだ数日しか経っていないとはいえ、転ばされたり蹴られたりで、ティアの容姿は既(すで)にボロボロだからな。


 女を扉の外に放置したまま、わざわざ重い扉を一度閉め、父親はツカツカとティアの元へ歩いて来た。どうやらティアの能力は、他人に教えたくないらしい。ティアの前まで来てほんの少し屈(かが)むと、ティアを上から見下ろすように目線を合わせた。


「さぁて。いいか? とうさまに三日以内に起こる大変な事を教えなさい。嘘をついたりしたら、分かってるだろうな?」


 ティアは震えながら、コクコクと激しく頭を縦に振って頷いた。怖がりながらも父親の瞳を下から覗き込んだティアは、ゆっくりと話し始める。


「とうさまの……おとうと? グランおじさまと、パーティーをしてるソファで、とうさまだけ……血が出てる。おじさまはびっくりして、立ち上がれないみたい」


「ほぉ? あいつと行くパーティーが被るのは明日の夜だな。何処(どこ)から血が出て、どうなったのだ?」


「背中からたくさんの血が出て、それで、た、たおれて……割れたグラスのかけらで、今度はく、首を……」


 ティアはガタガタ震えながら、必死に視た光景を説明している。こんなに幼い子には、父親が刺された光景を視ただけでも辛いだろうに。後で我が慰めよう。男を蹴飛ばしてやりたい、男の前へ出て行きたいという衝動(しょうどう)を抑(おさ)え、懸命に我慢(がまん)する。

 

「ふむ、そうか。そこまで分かっていれば、どうにでもなるだろう。約束通り、褒美(ほうび)にこれをやろう。ありがたく思えよ」


 ティアは固くなったパンを一つ、立ち上がった父親に投げつけられた。パンはティアの腕に当たり、床に転がり落ちる。閉じ込められた日から、動物達が持って来てくれる果物や木の実を少し食べてはいたが、流石にあれだけでは腹が減るよな。ティアは自分に当たって落ちたパンを拾うと、パタパタと手で汚れを落としてから半分に割って齧(かじ)り付いた。


「あはは、三日前……いや、四日前から何も与えてなかったか。まぁ、これからはお前の世話を『最低限』してくれる侍女をつけるからな。お前に死なれてはこちらとしても困る」


 父親は、地下牢の扉を開き、顎(あご)で侍女に中へ入るように促(うなが)した。


「この子どもだ。お前は最低限、こいつの世話をしろ。何も聞かず、生きているかの確認が主だ。屋敷の者達にバレないように飯を運び、会話も最低限にしろよ」


「かしこまりました、旦那様」


 ニヤリと口を歪(ゆが)めた女に、我は嫌な予感しかしなかった。そして、我の勘(かん)はよく当たるのだった。


 ⭐︎⭐︎⭐︎


 父親が去った地下牢。ティアは侍女だと紹介された女に声をかけようと、女の御仕着(おしき)せの裾(すそ)をつまみ、口を開いたそのときだった。


「ちょっと! その汚い手で触らないでちょうだい!」


 バシン!と、容赦(ようしゃ)なく手を引っ叩かれたティアは驚き、反射的に仰(の)け反(ぞ)った。綺麗な薄桃色(うすももいろ)の瞳は大きく見開かれた後、薄っすらと涙が浮かんだ。


「はっ! お前は要らない子なんだって? お貴族様のお子を隠して世話をしろなんて、どうしてなんだろうねぇ。面倒だから早く殺してしまえばいいのに。まぁ、お前のためだけに旦那様が私を雇(やと)ったらしいから……お前もそれなりに必要なんだろうけど。それに私は公爵家の秘密を握(にぎ)っているのよ。好き勝手したって、最後は公爵を脅して金だけ貰う予定なんだから。世話するための金は貰っているけれど、お前に使う気はないよ。ガキの世話なんてするもんか」


 あぁ、あの男……女のいう『旦那様』は人選(じんせん)を誤(あやま)ったようだな。確かに公爵が閉じ込めているとはいえ、ティアは公爵家の御令嬢に違いないのだが。ティアがここから外に出ることになったら、どうなるのか分かっているのだろうか?まぁ、二度と出されることはないと、公爵の話を鵜呑(うの)みにしているのだろうが。


 それにしても……人間は欲深いというが、こんなに近くで人間を観察した事はなかったからな。ここまであからさまに悪意に塗(まみ)れた人間を見たのは初めてで、正直に言うと我はとても驚いていた。


 あの男だけが極端(きょくたん)におかしくて、それこそ最大の悪だと思っていたが、ティアの周りに二人目の悪人が現(あらわ)れてしまった。身近に悪意を持った人間が二人もいたのであれば……一年後にティアが暴走した理由も分かる気がするな。昨日の時点でも十分酷いと思っていたのに、それより酷い状態になるなんて、これっぽっちも思ってなかったもんな。


 この女も、子供に暴力を振るう事を躊躇(ちゅうちょ)しないことから、常日頃(つねひごろ)から暴力的な人間の可能性がある。これ以上、ティアの体に傷がつかないよう、我がすべきは『防御魔法』を教えることだろうか。体には傷がつかなくても、心は傷ついてしまうだろうが…………


 我は子育てなどしたことがないから手探(てさぐ)りになるが、我しかティアを救えないと分かっているのだ。全力でこの小さな命を守ろうと思った。ティア自身が、自分を守る力をつけてからでなければ、外に出ても幸せに生きて行くことはできないだろう。それまでは、我がティアの親となり、導(みちび)いて行こう。


 そんな事を考え奮起(ふんき)していた我に、ティアは走り寄ってきた。ん? おろ? 我はまだスキルを解除していないから、人間には見えないはずなんだがな?


「はい、レオンもどうぞ?」


 何と、ティアはちぎったパンの半分を、我に差し出したのだ。パンの大きさ的にも、自分の分だけでは足りなかっただろうに……ティアの優しさに、見えないはずの我が見えたという疑問すらも吹っ飛んでしまった。


「ティア、我は精霊だからな? 一ヶ月ぐらい食べなくても生きて行けるのだ。それはティアが食べて、早く大きくなるんだぞ。たくさん勉強するためにも、小さいティアがたくさん食べるべきだ」


 我の言葉に納得したのか、コクンと頷いてパンを齧り始めた。ゆっくりとしっかり噛んでも、もとが小さなパンだからな、直ぐに食べ終わっていた。


「レオン、わたし、早く大きくなって、お勉強もして、賢くなって、レオンにたくさんご飯食べさせてあげるからね」


『あ、あぁ、楽しみにしてるよ、ティア』


 愛おしいという気持ちは、今の我のこの想いと同じものだろうか? それにしても、ついさっきまで、弱く可哀想な子供を慰めてあげたいと思っていたはずなのにな。我はティアの腕にスルッと額を擦(す)りつけ、撫でて良いよと合図をするのだった。

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