第46話 『武』の辺境伯
我とクリスは賢者のエルフと無事に合流し、公爵家の森の奥にある隠し通路から、城の謁見の間へ向かった。エルフの計画では、第二皇子や爺さんと同時に皇帝の下へ向かうのでは無く、別々に行動する様だ。
爺さんや第二皇子がピンチの時に助けに入れる方が、相手の出方を伺う事が出来るからと言われた。さすがは知のエルフだな。クリスはエルフが言わんとする事が分かっている様で、エルフに質問をしている。
「図書館のお兄さん、レオンやお兄さんは『直接』は関われないんだよね?相手もそうなのかなぁ?それ次第で、出来ることの幅がかなり違うよね?」
「す、素晴らしい!その通りです、クリス様。敵は私やレオン殿と同じ、人ならざる者である可能性が高いですから、恐らくは『直接』手を出す事は不可能だと思われます。ただ……私たちのクリス様のように、自由に動かせる人間が居る可能性も考えられます」
「そうなったとしても、ボクとその人間の一騎打ちになるだけだろうから大丈夫だと思うよ。相手はきっと幼い子供であるボクに油断するだろうからね」
確かにそうではあるのだが。人間を使うのであれば、相手はクリスよりも大きく、力のある大人の男性である可能性が高いだろう。言うだけ無駄だとは思うが……一応、釘を差しておくか。
「あまり無理はしてくれるなよ?クリス」
「ふふっ。大丈夫だよ、レオンくん。レオンくんは人型なの?」
「あぁ、この姿であれば、何かあった時にクリスを回収に行けるからな。一応、隠密魔法はかけておくが、何にでも絶対は無いからな。念の為、だ」
「そっか。何かあったらよろしくね!」
「あぁ、任せておけ。エルフの、もうそろそろ城の近くじゃ無いか?」
どこからか甘い匂いが微かにしている。砂糖を大量に使えるのは、それなりに裕福な貴族からだろう。であれば、この上は貴族街か城の近くだと考えられるからな。
「そうですね。あの先の突き当たりを右に曲がって200mも進めば、謁見の間の近くです。左に曲がれば、調理場の収納庫の床下に出ます。何があるか分かりませんから、覚えておいてくださいね」
「調理場の収納庫……凄い場所に作ったんだな」
「輿入れされた姫様は、大層な大喰らい……大食漢……ゴホン。とても良くお食べになるお方だったそうです。事実かは確認しておりませんが、お腹が空いたり、城の食事が恋しくなると、つまみ食いをしにこの道を通っていらしたと言い伝えがあるんですよ?ふふふ」
「なるほど、納得したぞ」
我はのほほんと大喰らい姫を想像しながら、エルフの後をついて行く。我も一段落したら、元の姿で肉を腹いっぱい食いたいな。
「さて、次はここを上に……お2人なら大丈夫ですね」
突き当たりを右に曲がって、150mほど進んだ場所には、今度は行き止まりに見える壁があった。我とクリスは頷いて壁に手を掛ける。壁には小さな出っ張りがあって、手と足の指を引っ掛ける事で何とか登れる様になっているのだ。まぁ、我らにしてみれば造作も無いな。3人で止まること無く、スルスルと登って行く。
「こちらへ」
上に20mほど登った所で、壁に大きな横穴の空いている場所があった。そこへ誘導されると、エルフは人差し指を口に当て「ここからは念話でお願いします」と我らの目を見て確認して来た。我とクリスは小さく頷き、音を立てない様ゆっくりと慎重に進んで行った。
横穴を50mぐらい進んだだろうか?エルフは身長が大きいからな。天井に頭をぶつけない様に中腰で、少しゆっくりと歩いていた。我らもエルフのスピードに合わせて進んでいるから、距離感がちょっと掴み辛い。我とクリスは小さくて、天井まで少し余裕があるから普通に歩けているぞ。
『ここから覗いて、状況を確認しましょう』
エルフは立ち止まり、床の埃を払うと小さな扉の様なものが見える。その扉の取っ手を横に少しスライドさせると、大きな部屋が見渡せた。ここは、どうやら城の……恐らく、謁見の間に位置する天井裏らしい。
天井裏で一旦落ち着いた我らは、隠密魔法をかけて下の様子をこっそりと伺う。第一皇子と皇妃は、玉座に座る皇帝の後ろに立って、何か行動すれば皇帝を傷付けるとでも脅しているかのように見えた。正面の少し離れた場所に立つ、第二皇子と爺さん……ん?爺さんの所作を忠実に再現しているジョエルか?
『あ、ウィルと……じーちゃんだ』
クリスも気がついた様だな。やはり、あの爺さんはジョエルだったか。さすが双子だと思うほど、見た目と態度はそっくりなのだが、ジョセフはこんなに威圧感があったか?我が知らないだけかも知れないが。皇妃と第一皇子を睨むジョエルからは、我が重苦しく感じる程の威圧感がある。我らは神の加護があるから、怯む事は無いがな。
『凄い威圧感ですね。私たちはスキルの効果は感じても辛くなる事はありませんが、あの睨まれている2人は、よく立っていられますね?』
『あまりにも鈍感な場合、スキルが効かない人もいるらしいよ?『珍しいスキルと詳しい解説』って本の、236ページに書いてあったよ』
『良く覚えてるな……その本は1度しか読んで無かったよな?我も読みたかったが、エルフが翌日に新しい本を持って来てくれたから、読まずに返却したんだよな』
『内容は全て覚えてるから、知りたい事があったら聞いてね。一言一句、違わずに説明出来ると思うよ?』
『あぁ、その時は頼む。それで、ジョセフの爺さんは何故、第二皇子の隣に居ないんだ?』
『ん?それは、じーちゃんが『武』のスキル持ちだからだよ?』
ジョエルは『武』のスキル持ちなんだな?だから第二皇子の隣に居る理由になっているか?まぁ、後で落ち着いてから聞く事にしよう。今は、下の様子をしっかり確認しなければだ。
我らの居る位置は、玉座の左斜め後ろの天井裏なのだが、その対角線上から視線が……あぁ、隠密魔法をかけて天井に貼り付いている、あちらが本物のジョセフだな。まぁ、ジョエルも偽物では無いのだが、第二皇子の隣に立つのは、辺境伯であるジョセフが正解だよな?
そんな事を考えていると、ジョセフはクリスに向かって小さく手を振ったな?あちらも我らに気付いたらしい。我はてっきり怒られると思っていたのだが、クリスの行動を咎める気は無いのか?それとも、こんな時だから気にするなって事なのだろうか?まぁ、怒られずに済んで良かったな。
「皇妃殿下、第一皇子殿下。それで皇妃殿下は私どもに、どうしろと仰るのでしょうか?」
ジョエルがジョセフの口調で、皇帝の後ろに立つ2人に話しかけた。ジョエルも我らに気付いている様で、視線だけチラリとこちらを見たのが確認出来たぞ。爺さんたちは普通の人間の筈なのに、我らを感知出来るなんて凄いとしか言えないな。
「何度言えば分かるの!?第二皇子から継承権を剥奪しろと言っているのですわ!」
キャンキャンと甲高い声で吠える様に話す皇妃に、うんざりした様子を隠すつもりもなく話すジョエル。アレでも一応は皇妃なのだし?不敬だと咎められないのか?
「ですから、具体的にどうしろと?剥奪しろと言われても、簡単に出来ない事ぐらい、ご存知でしょう?剥奪する為の理由ですとか、方法をお教えくださいと言っているのです」
ほぉ?剥奪したいなら自分でやれと言っているのか?ジョエルは面白い事を言うな。どう考えても、この2人の頭では無理だろうに。
「そんなの貴方が考えなさいよ!皇帝の補佐官でしょう!?」
「いやぁ、私は『武』の辺境伯ですから、知識は持ち合わせておりません。魔物退治であれば、誰にも引けを取らないと自負しておりますが、継承権の剥奪と言われましても、ねぇ?」
皇妃に対するジョエルのやり取りは、解決する気が無いと分かるぐらいには適当で。この三文芝居は、いつまで続くのだろうな?思っていたより、ジョエルが賢い……と言っては失礼なのだろうが、ジョセフのフリをしてるジョエルはカッコ良く見えるのが不思議だな。長引くのを覚悟しながら、我はのんびりと観察を続けるのであった。
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