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【完結】小さな光と、その軌跡 ―隠された幼子と神獣の物語―  作者: 月城 蓮桜音
第一部

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第45話 隙のあり過ぎる計画 皇帝陛下 SIDE

 陽当たりが良いはずの、バルコニー側の大きな窓は、カーテンをぴっちりと閉められ、中の様子を外部からは見えないようにされている。そんな謁見の間で、この国の皇帝である私は玉座に腰掛け、少し怠(だる)そうに肘をつき、のんびりと目の前にいる者たちの観察をしていた。


 私の目の前で堂々と文句を言っているのは、私の妃であるはずの皇妃キャシーと、その息子であり第一皇子のルーカスだ。この者たちだけで私を軟禁することができるとは思えない。何せ、私が軟禁されてから既に三日も経っているのに、謁見予定の者たちがこの部屋の近くまで来て騒いだ様子もないからな。数日前から手が回されていたと考えるのが妥当だろう。であれば、それなりに力のある貴族か、皇族が手伝ったと考えられる。


 だが、すぐにどうこうと言うわけではなさそうだ。時間になれば食事も出てくるからな。毒が入っていても、幼い頃から毒に慣らされてきた私には効かない。精神系の毒であった場合は少し厄介なので、念のために一切口をつけていないが。


 それに、私には優秀な影がついているからな。皇妃たちでは何もできんだろうし、何かしら起こるまでか、危なくなるまでは様子を見ることにしたのだ。今回の件で、皇妃と第一皇子は皇籍を抜かれて幽閉されるべきだろう。そのためにも証拠を集め、言い逃れができないようにする必要がある。


 そして最も優先すべきは、この件に手を貸した者たちを全て捕らえ、厳しい罰を与えることだろう。皇族であっても、官僚であっても、どんなに力のある偉い貴族であっても、皇帝に対して何か企てたのであれば許されないと知らしめる必要があるからな。その証拠を得るための時間稼ぎでもあるのだ。


 私の右側でフッと風が吹いた。影が食事を運んできたのだろう。見えないように隠密魔法をかけた影が、私の懐にビスケットとミントの葉を忍ばせたようだな。ビスケットはひと口サイズで作ってあり、こっそりと口に含むだけで、あっという間に溶けるよう作ってあるから、咀嚼せずに飲み込むだけでいい。水分が欲しくなるが、いつもより甘めに作ってあるビスケットはとても美味しかった。少しだけ頬が緩んでしまいそうになったが、グッと威厳のある顔を保つ努力をせねばならない。


 恐らく、第二皇子であれば気がつくだろうが、皇妃と第一皇子では、私が食事を摂っていることにすら気がついていないだろうな。こんなに甘くて良い匂いがするのにだ。まあ、間違いなく皇妃の香水のせいだろう。ビスケットより甘い臭いのする高級な香水を、これでもかと振りかけているのだから、いつも一緒に行動している第一皇子なんて鼻が麻痺しているのではないか? まさか私の苦手なこの甘ったるい臭いが、こんな風に役立つとは思わなかったが。


「陛下! いい加減に皇帝の座を諦めてくださいませ!」


 ビスケットの香りから様々なことを連想して考えてしまったが、うるさい皇妃に嫌でも意識を引き戻された。目の前にいる皇妃は甲高い声でキャンキャンと……この三日間で何十回と同じ文言を繰り返しているのだ。語彙力がなさ過ぎて、いい加減飽きてきたな。


「皇妃よ、何度も言われるから何度でも聞くが、この国は争い事や戦争にも無縁で、食料も潤沢にあり、国として上手く回っている現在(いま)の状況で、皇帝である私が退(しりぞ)くべきだと言う理由を、もう少し論理的に教えてくれぬか?」


「な、何度も申し上げておりますでしょう! 貴方が皇帝では、効率が悪いのですわ! このわ(・)た(・)く(・)し(・)の(・)帝国を、もっと大きな国にすべきなのです」


「帝国は、そなたのものではない。第一皇子のものでもない。国民のために皇族は在るべきなのだ。安定している帝国をどうしたいのだ?国民が幸せだと……餓えや戦争のないことがどれだけ幸せか――」


「そんな言い訳、通りませんわ。怠惰(たいだ)なだけではありませんか!」


「怠惰だと? 私が国のために毎日遅くまで働いているのを知らぬとは言わせんぞ? それなのに、怠惰だと申すのか!」


「宰(・)相(・)が(・)、わたくしたちが執務室に伺った時だけ、仕事をしているフリをしているのだと教えてくれましたわ!」


「ほぉ?宰(・)相(・)が(・)、な?」


 宰相は私やジョセフの幼馴染だから、裏切るとは思えないが……可能性があるとすれば、誰かが宰相の名を騙(かた)ったか、宰相が皇妃をコントロールしようと嘘を吐いたか、だろうな。ここは宰相が味方であった場合、余計なことを言うと面倒だろうからスルーしておこう。


「ええ、そうですわ。言い逃れはできませんわよ! わたくしと第一皇子である息子のルーカスは、陛下が退位することを望みますわ!」


「それで、私が退位した後は、誰が皇帝になるのだ? 第二皇子か? まさか、公務から逃げてばかりで何もできない第一皇子ではあるまいな? それでは国が傾くどころか、潰れてしまうぞ?」


「なんですって!? 貴方はご自身の息子すら信じられないのですか!?」


 はぁ、本当にキャンキャンキャンキャンうるさいな……それにしても、皇妃は最初から、こんなにうるさかっただろうか?出会った頃はおとなしかったよな? もう二十年近く前のことだから、はっきりとは覚えていないが。


「いや、私もだが、国民が納得できるレベルの……第一皇子を信じられるほどの功績を、彼は残しているのか?」


「そ、それはこれからですわ!」


 第一皇子は何もできない皇子だと、噂されていることを知らないわけではあるまい。誰かに唆(そそのか)されているのか? そうだとしても、詰めが甘いと言う前に、全く詰められてもないよな? 計画が杜撰(ずさん)過ぎてびっくりだな。一応、第二皇子が動いていると焦らせてみるか。ボロが出るかもしれんしな。何かあっても、どうせ直ぐにつかまえられる。第二皇子に危険が及ぶことはないだろう。


「第一皇子と十歳も年の離れている第二皇子は、自ら功績を挙げるから頼みがあると、私に約束を取り付けに来たぞ? 気概があってよろしい。なぁ、皇妃よ。ハッハッハ」


「な、なんですって? 第二皇子は何を望んだのですか!? まさか、皇帝の座を!?」


「そこは第二皇子との約束で、叶うまでは秘密にしてほしいとのことだったからな。立場としては皇帝だが、可能な時は父親でありたいと思っているのだ。約束を破る父親にはなりたくないのでな」


「そ、そんな……なぜ、貴方は第二皇子ばかりを可愛がるのですか? 第二皇子は側妃の子でしょう! 皇妃である、わたくしの子が皇帝になって当たり前ですわ!」


 ウンザリとした目で皇妃を見やり、この三日間で何度も繰り返した言葉をイライラしながら吐き捨てる。


「はぁ、そなたは国を傾けるかも知れないと分かっていて、第一皇子を皇帝にすると言うのか?」


「なにも皇帝が賢くなくても国は回りますでしょう? 全て優秀な者にやらせればいいのですわ」


「側近の者たちが可哀想だな……未来予知なんぞしなくても、側近に引き摺り降ろされる様が目に浮かぶ」


「はぁ!? なんですって? ルーカスは優秀ですわ! 家庭教師だって――――」


 このヒステリックな皇妃を苛立たせないために、周りの人間が気を遣って、差し障りのない成績にしていたと聞いていた。最近では、褒めるような言葉も使われていたと。周りの者たちも、それが皇子のためにならないと、なぜ分からないんだ?


「あぁ、それは改ざんされた物だと、報告が上がっている。剣術も魔法も苦手。座学では十分も座っていられないそうだ。皇帝の仕事なんて、九割が書類仕事だぞ? 私ですら毎日十時間以上座りっぱなしなのに、十分も座ってられない者が、皇帝になれるわけがないだろう?」


「そ、そうだったとして! 第二皇子も同じようなものでしょう!? あの子はまだ十歳なのですから!」


「あぁ、その十歳の第二皇子なのだがな? 大事な物を守るために剣術も人より努力し、今では騎士たちの練習にもついていけるらしいぞ? 魔法は元々得意で、我が国の魔導師より魔力も高い。座学は帝国史すらとっくに終わっているらしい。第一皇子はどこまで進んだんだったか? まだ二章にすら到達していないのだったか?」


「え? ほ、本当なの? ルーカスちゃん」


 少し慌てて第一皇子に聞いた皇妃は、墓穴を掘っていることに気がついているのだろうか? これは喜劇か? 喜劇に対して失礼か。つまらんハズレの喜劇だな。


「帝国の歴史なんて、知らなくても生きていけるでしょう。優秀な側近がいれば、後ろからこっそり教えてくれる」


「ま、待って? ルーカスちゃん、学園でのあ(・)の(・)成績は嘘ってこと? だって……」


「ええ、あれは――――」


「待って! それ以上言っては駄目よ!」


 …………やっぱり全てにおいて、あちらの計画は杜撰(ずさん)だよな? 私はため息を、大きく息を吸って大袈裟に吐いた。この中途半端な軟禁状態はいつ解除されるのだろうな? 私は遠い目をしながら、信用できる男、ジョセフが来るのを無意識に待つのだった。

いつもお読みくださり、ありがとうございます!

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