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第41話 不穏な空気と、とうもろこしスープ

 クロウという子供を助けてから半月ほど経ったある日。我は辺境伯領にある、爺さんの屋敷に向かった。最近では安全も確保されている事から、着替えなどで時間のかかるティアを先に行かせ、我は森の家でやるべき事を終わらせてから来るのだが…… 


 我はこの日もいつも通り、急に現れて辺境伯に住む者たちを驚かせないために、転移の許可が下りている書斎の隠し部屋へ転移した。


「誰?」


 我は知らない人間の気配を瞬間的に感じたので、慌てて人の姿をとった。ここは隠し部屋だぞ?何故知らない人間が居るのだ?


「聞きたいのはこちらだ。ここは辺境伯の屋敷と分かっているんだろうな?爺さんの許可を取ったのか?」


「偉そうな子供だな……ジョセフの身内とは思えない。隠し部屋に転移して来たのだから、この子供も逃げて来たのか?」


 逃げて来た?目の前の人間は、10歳ぐらいに見える男の子だ。ん?魔力が強いな。そしてこの色は……もしかして皇族か?確か、第一皇子とは年の離れた第二皇子が居るとエルフが言っていたな。この子供が皇族なのであれば、年齢的に第二皇子の方だろうが、確信は無い。だが、色は皇族なんだよな。


「………………皇子か?」


 ボソッと呟いてしまった我を、バッ!と仰ぎ見る子供は、我から逃げる素振りを見せた。


「ああ、悪い。(われ)……俺はレオン。お前は?」


「僕…………俺は、ウィル」


「ウィル?第二皇子か。確か、ウィリアムだったか?」


 ティアの勉強のついでに見ていた貴族図鑑が役に立ったな。まぁ、我より偉い者は神だけだから(うやま)う必要も無いし、我には皇族だの何だのは関係無いのだが。


「その賢さは、ラウラの知り合いか?」


「くくっ、確かに俺はラウラともラウルとも知り合いだが、血筋は全く関係ないぞ」


「そう……」


「今、爺さんを呼んだからな。呼びたかったのだろう?」


「あぁ、助かるよ。ありがとう」


 ほぉ?今の我は、見た目がこの皇子よりも幼いはずだ。なのに、我にも礼を言うとは。この皇子が国を(にな)ってくれたら安泰だろうな。それに、この雰囲気は……


「ん?お主、公爵家の森に来た子供か」


「公爵家の森?あぁ、前に1度だけ入った事があるよ。クロウと一緒にとてもキレイな歌声を聞いたなぁ。ほんの少しの時間だったけど、とても癒されたんだ。また彼女に会いたかったんだけどね、僕はもう気軽に外へは出れないだろうから……」


 やはり、あの時の子供に間違いない様だ。ティアが閉じ込められて半年ぐらいした頃に、森に入って来たんだったな。おっと、爺さんが凄い勢いで走って来るぞ。念話で、隠し部屋に人がいると(ざつ)に伝えたから、慌てて来たんだろうな。


「レオン殿!何事……ん?ウィリアム殿下!何故?私の魔石は反応しなかったのですが……何が起こりましたか?」


 すぐに冷静さを取り戻した爺さんが、強張(こわば)った顔で、皇子の体に傷がないか確認しながら聞いている。


「ジョセフ、謀反(むほん)だ。父上が拘束(こうそく)されたと思われる。僕にだけ先に逃げるように母上から手紙が来た。諜報員が近付けないと言うからには、僕には何も出来ないだろう?邪魔にならない様、こちらへ逃げて来たのだ」


「そうでしたか。拘束されたのが陛下だけであれば、命の危険は少ないでしょう。殿下、素晴らしい御判断でしたな。……ですが、数日後には皇都へ戻らねばなりません」


「分かっている。母上が危ないからな。どうせ、王妃と第一皇子の策略だろう?必ず何処かに隙があるはずだ」


「ええ、隙だらけでしょうな。今から諜報員を多めに城へ送り込みます。3日後までには準備が整うとは思いますので、安心してお待ちください」


「ありがとう、ジョセフ」


 隠し部屋を出て、書斎のソファに座ろうとした時、ティアが我を探す声がした。


「レオン、どこー?」


「ああ、()()()が探しているな。俺は、クリスと森に行ってくるぞ。爺さん、後でな」


 公爵の森では、ティアは名を名乗っていたはずだ。今は森に行くために動きやすいパンツスタイルだろうから、そちらの名前を使った。爺さんは何となく違和感を感じた様だが、「森へ行く」と言ったからか納得した様だ。


「はい、レオン殿。よろしくお願いします」


 ☆☆☆


 クリスは準備万端で、髪もいつもの様にまとめて貰っていた。何度も見ているが、この格好や髪型も活発な感じで可愛らしいな。


「レオンくん、今、扉の隙間から男の子が見えた……」


 クリスは急に立ち止まり、我の目をオロオロしながらも見つめて来た。何か気になるのか?あの森で出会った子供だと気がついたとか?


「ん?ああ、爺さんの客みたいだな?」


 ティアの様子が変だな?切羽詰まってる様な……?


「レオン、あの子に伝えて!多分、とうもろこしスープだと思う。強い毒が入ってるんだよ。かなり苦しむから、軽く舐めて痺れるぐらいで吐き出さないと駄目って伝えて!」


 なるほど、先が視えたのか。この距離でも視えるなんて、凄過ぎないか?まぁ、今はそれどころでは無いな。


「その後、倒れていたか?」


「うん。ガタガタ?ブルブル?引きつってる感じだった」


「分かった。クリスはエントランスでちょっと待っててくれ。すぐ行くからな」


「うん、分かった」


 ☆☆☆


 我は、わざと目立つ様に扉をバーン!と開け放った。


「爺さん!」


「うわ!れ、レオン殿?そんなに慌ててどうなさった?」


「てぃ……クリスが、皇子の先を視た」


「なんですと!?何か危険が?」


「クリスが言うには『とうもろこしスープ』に強い毒が入っているらしい。ガクガク引きつると行っていたから、神経系の毒で痙攣(けいれん)したのだろう。口に入れて、痺れを感じたら吐き出さないと危ないと言っていたぞ」


「殿下、お聞きになりましたか?」


「ああ、分かった。とうもろこしスープは僕の好物だからあり得るね。甘さの中に苦みも少しあるから、毒だと気がつきにくいだろう」


「そうですな。殿下の護衛も変えましょう。私の部下で1番の猛者を。そして、毒見役が敵の可能性ですな……」


「俺はもう聞かない方が良さそうだな?クリスを待たせてるし、後は任せたぞ」


「レオン殿、ありがとうございました!」


 爺さんが我に頭を下げた。それを見た皇子が目を大きく見開き、我に話しかけた。


「待ってくれ。そなたは巫女(みこ)の守護者か何かなのか?」


「くくっ、そうだな。俺は『巫女』の護衛だと思ってくれれば良い。『巫女』はまだ幼いのでな?俺が表に出ない様にしている」


「なるほど、分かった。ありがとう。助言をくださった巫女様にもよろしくお伝え下さい」


「相分かった。それでは失礼する」


 ☆☆☆


「ジョセフ」


「はっ!」


「そなたは知っているんだよな?」


「はい、存じ上げております」


「父上は?」


「先日、報告致しました」


「そうか。ならば良い。まだ秘匿(ひとく)すべきだと考えての事だろう?」


「ご理解いただき感謝致します」


 ☆☆☆


「くくっ」


 あの皇子はすんなりと納得した様だな。それにしても、皇子が『巫女』という存在を信じるとは思わなかったな。帝国が(まつ)っているのは恵みと平和の神。その神話に『巫女』は出て来ない。『巫女』は、東の国の物語に出て来るが、この国では異国語で書いてある書物しか無いのだがな?くくっ。


「レオン?」


 今日は我の背に乗りたいと強請ったクリスの希望に応えて、本来の姿に戻った我の背に乗せていたのだが、考え事をしながら歩いていた我を心配している様だな。


「ああ、何でもないぞ。さて、もう少しスピードを出すか?」


「うん!もっと早く走って欲しいな!」


「おし!じゃあ、喋るんじゃないぞ?舌を噛むからな。いくぞ!」


 ティアを振り落とさない程度の速さまでスピードを上げた我は、すぐにまた一心不乱(いっしんふらん)にこれまでの出来事をまとめながら考えていた。


 エルフめ、第二皇子に肩入れしたな。そうで無ければ、東の国の物語なんて読める訳が無い。我は暇だから読んだし話せる様になったが、普通の人間には難しい言葉の国なのだ。一般人が簡単に読める様になるとはおもえない。そして、第二皇子を推すと言う事は、第一皇子では皇帝は務まらないと見限ったと言う事。


 情報通のエルフは、帝国だけでは無く、大陸中の情報を仕入れている。この大陸の絶対的強者である帝国が荒れると、周りの国が「今しか無い!」と攻めて来る可能性があるのだ。帝国の友好国に攻め入る可能性もある。だからこそ世界中の情報を集め、戦争の可能性を潰したり、帝国のためにならない場合は、今回の様に正しい方向へ進める様、見えない所から手回しをしたりするのだ。我とエルフが知り合った理由でもある。エルフを助けてやってくれと、神に頼まれた事があったのだ。


 しかし、エルフが動くのであれば、帝国は一時混乱するだろう。何か巻き込まれてしまいそうな嫌な予感が……ヒシヒシとする我なのであった。

いつもお読みくださり、ありがとうございます!

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