第35話 報告せねばなるまい ★ジョセフ SIDE
森のエルフと対面したその日の夜。ティアの祖父である私、ジョセフは、皇都へひっそりと入りました。気は重いのですが、ティアの事を報告しない訳にはいきませんからな。皇帝陛下の右腕とまで言われている私が、家族のためだからと真実を隠す事は出来ないのです。それが分かっているからこそ、私は子供を作る事を許されたのですから。
「こちらです」
部下のベイルが案内してくれる様ですな。恐らく、外回りのルートで、皇族しか入れないと言われている温室に案内されるのでしょう。隠れて護衛している者も当然おりますから皇族以外も入れるのですが、入れないルールがあるという事実が大事なのです。
「待っていたぞ、ジョセフ……だよな?」
弟のジョエルでは無いかと不安になられたのでしょう。陛下は私たち双子の幼馴染でもあります。陛下の隣に居るのは、これまた幼馴染で、この国の宰相を務めるアルバートと言う真面目な男です。
「はい、ジョセフです陛下。本日は貴重な御時間を――――」
「ああ、挨拶は良いから座れ。面白い話が聞けるのだろう?」
「私には、全く面白くはありません」
キッパリと言い切る私を見て、ニヤニヤしている陛下は昔のままですな。陛下は私の幼馴染でもあり、前皇帝の乳母が私の祖母で……説明すると長くなりますから割愛しておきますが、要は家族ぐるみで仲が良かったのです。
「それで?孫娘が見つかったと聞いたが、無事だったのか?」
陛下の言う『無事』は、女性としての『無事』なのでしょうが、ティアは3歳ですからね?まぁ、世の中には色んな趣味や好みがありますから、一概には言えないのですが、今回は全く問題無かったので良かったと本気で思えたのですが。
「そちらは全く問題ありません。孫娘を隠していたのは私の義理の息子であるモーリス公爵家の当主オリバー。場所は公爵の森にある家の地下牢でした。面倒を見ていた人間は公爵が別で雇った侍女が1人だけ。ちゃんと面倒を見ていなかった様で、貰えたのはパン1つか2つだったと聞いております」
「な、なんだって?孫娘の体は本当に大丈夫なのか?」
目を丸くしてティアを心配してくださる陛下に感謝しつつも、どう説明すればよいものか。私であっても信じられない話ですからな。あの日、地下牢でレオン殿と対面していなければ、恐らく私自身が未だに信じられなかったでしょう。
「その……とても現実味の無い話をこれからするのですが、信じていただけますでしょうか」
一応、念を押しておきましょう。前置きが無ければ、話が頭に入って来なくなりそうですからな。
「真面目が取り柄のジョセフが言うのであれば、それは信じるしかあるまい?」
「有難きお言葉、痛み入ります」
私は深く息を吸って、呼吸を整えてから陛下に顔を向けました。
「地下牢で一緒に過ごし、日々孫娘を支えてくださったのは、『神獣フェンリル』のレオン殿です。そして、食事面で支えてくださったのは、『帝国の賢者エルフ』であると聞いております」
「………………は?」
「ですから…………」
「いや、そうでは無い。ジョセフ、お主の孫娘は神か何かなのか?神獣やエルフがお主の孫娘を助け……育てたと?」
「あ、はい。育てたで間違いありません。孫娘は10ヶ国語をペラペラと話せますし、魔法の扱いも帝国の魔導師並み……いえ、それ以上です」
昨日の森で風の刃を操るティアを思い出すと、帝国の魔導師が霞んで見えてしまいます。双子も素晴らしい腕前のはずなのですが、ティアを前にしたら赤子の様だと感じましたからな。
「何だって?」
「因みに、ティアは神ではありませんが、〝神の御遣い〟だそうです。レオン殿からそう説明されました。もちろん、『神聖力』も使えます」
「…………それは、ヤバくないか?」
全帝国民が3歳の時に義務化されている『洗礼式』を受けられなかったから仕方ないのですが、教会に囲われるはずの『聖魔法使い』が報告されていないのは、教会と皇族の関係を悪くする可能性がありますからな。
「とてもヤバいですね。ですから夜分遅くに申し訳無いと思いつつも、一刻も早く報告するために馳せ参上いたしました」
「相分かったが…………婚約者は居るのか?」
ティアを囲い込み、守ろうとしてくださっているのは分かるのですが、今はまだ難しいのです。
「陛下、ティアはまだ3歳です。家の兼ね合いもありますし、双子の事もありますので……」
「あぁ、公爵を先にどうにかせねばなるまいな。そこら辺は考えているのか?」
「はい。愛する末妹の扱いを知った双子が、復讐するために作戦を練っております。最終的には公爵家を乗っ取る形で落ち着くかと」
「ほぉ、それは面白そうだな!中間報告をこまめに上げてくれるよな?親友よ!」
「陛下……面白がる事ではありませんよ。ジョセフも、笑ってないで陛下を嗜めてください」
大人しく聞いていた宰相のアルバート=ガルシアが、眉間にシワを寄せて「ハァ」と小さくため息を吐いてから、胡乱な目で私を見てくる。
「宰相殿、この面子ですから、堅苦しい事は言わなくてもよろしいでしょう?」
「そうだぞ、アルバート。幼馴染なんだから、楽しい事は分かち合わなければな!」
「楽しいって……3大公爵の1つである、モーリス公爵家の一大事でしょうに……」
「ハンッ!私は、双子たちが復讐すると言わなかったなら、私自ら手を下すつもりでおりましたからな?私の娘たちも、あの男の被害者なのですから……」
呆れた顔で私を見ていたアルバートは、ハッ!とした顔で申し訳なさそうに目を伏せてしまいました。彼を責めている訳では無いのですけどね。
「あぁ、そうだったな……そなたの娘たちには悪い事をしたな。皇帝として、心から感謝しておる」
「いえ。私も迷惑極まりないモーリス家の当主を潰す事には賛成でしたからな」
辺境伯という地を治める者は、強さと賢さを持ち合わせている事を、今代の皇帝陛下に認められた者だけであります。魔物の森と、隣国からの流れ者という、面倒事を全て引き受ける必要があるからか、辺境伯の地を治めたいと名乗り出る者は中々おりません。だからこそ、その地を治められる才を持つ者には、公爵家と同等か、それ以上の権限を持つ事をも許されるのです。
そして、辺境伯は帝国の面倒事を押し付けられる事も多々あります。今回は、親殺しと兄殺しの罪を暴けなかったのですが、間違いなく手をかけたであろう、モーリス公爵家を乗っ取った現公爵オリバーの手綱を握るために、辺境伯の娘を嫁に出したのです。
私ジョセフは、辺境伯なのですが……現公爵が、わがままな高位令嬢は嫌だとゴネまして。自分の思い通りに言うことを聞きそうな大人しい下位の令嬢を望んだのです。ですが、公爵家の跡取りが伯爵家より下の家から嫁を取るのは難しいので、伯爵令嬢で手を打つようにと陛下が仰ってくださいました。
そして、これは皇帝からの指示ですので、娘たちを伯爵である弟ジョエルの娘として婚姻を結ばせました。ジョエルには息子が2人おりますが、娘は授からなかったのです。
ありがたい事に、私ジョセフと弟のジョエルは見た目が全く同じでして。名前も似通っておりますので、どちらがどちらの名前で伯爵家を名乗っても、「あれ?」という程度で、誰も気にしませんでした。お陰で、何故かこの杜撰な作戦がまかり通ってしまったのでした。
「ジョセフ、その者たち……神獣殿とエルフ殿に、直接会うことは出来るだろうか?」
「城に上がっていただく事は出来ないかと。あくまでも、ティアのためにしか動かない方々ですので。辺境伯領か……少なくとも伯爵領まで、陛下がいらしてくださるのなら、私もお願いしやすいのですが……」
「そなたが言うからにはそうなのだろう。アル、予定を開けられるか?」
「御言葉ですが、陛下。お会いになるのは危険ではありませんか?正直、私にはまだ信じられないのです……」
宰相の反応が普通でしょうな。陛下は昔から、私の言う事は全く疑われる事が無いので、信じて頂ける事自体はありがたいと思うのですが。
「取り敢えず、公爵家を無事に乗っ取る事が出来てからでよろしいでしょうか?決行は1年後を予定しておりますので、まだ時間はありますからな」
「おお、そうだな。アルバートもそれで良いか?」
「ええ、そうですね……」
宰相であるアルバートは、まだ納得していない様ですが、まぁ仕方ありませんね。そう遠く無いうちに、彼らに会う可能性も……どうしても信じて貰えなかったら、レオン殿にお願いするしかありませんね。まぁ、まだ時間はありますからと、のんびり考えていた私は甘かったのだと……後々思い知らされる事になるのでした。
いつもお読みくださり、ありがとうございます!
少しでも面白いと思ってくださった方は、是非★とリアクションのスタンプをお願いします♪




