第34話 『ヌシ』を斃して、欺いて
早速、次の『ヌシ』を斃すこととなった。ティアは瞬時に皆の防御や火力などのバフをかけ直していた。この場にいる全員に、だ。エルフは目玉が飛び出るのではないか? と思うほどに目をかっ開いているな。毎回、誰かが驚くから見ていて面白い。
『森のエルフよ。早く『ヌシ』を出してくれるか?』
「あ、は、はい。その場所へ出します。よろしいですか?」
エルフは場所が分かりやすいように、薄っすらと魔法陣を人間にも視えるように出して見せた。
「「「はい!」」」
返事と共に、先程よりもひと回り大きな『ヌシ』が現れたのだった。双子と爺さんは戦闘態勢に入り、緊張感が走る。そんな最中、ティアが我に質問をしてきた。
「ねぇ、レオン。この魔物の素材は何? どこが急所だろうね?」
『素材は全てじゃないか? 皮も硬いから革鎧として使えそうだし、爪も角も硬そうだよな。急所は……全身毛に覆われてはいるが、見えている顔や首の皮膚は硬そうだから、口の中とかじゃないか?腹は柔らかそうに見えるが……黒いから触ってみなければ分からないな』
「そっか。じゃあ取り敢えず、口の中を狙おっか」
サラッと発言したティアの視線は、既に『ヌシ』の顔にあった。『ヌシ』の頭上に四枚の風の刃。恐らく火に弱いのだろうが、火事を出すのが一番危ないと教えたから、得意な風にしたのだろう。
その風の刃がわざと『ヌシ』の後頭部を攻撃したが、刃はガン! と音を立てて、ポロリと落ちた。やはり、全く攻撃が入らないな。それを確認したティアは、『ヌシ』が振り向くタイミングで、その方向にあった風の刃を口の中に叩き込んだ。そして、逃げようと後退して左を向いた『ヌシ』の口に、その方向にあった風の刃の残り二枚を正確に同じ場所へと叩き込んだのだった。
「ぐ、グォ――――――ッ! グググッ…………」
口の中……体の内側から首の骨を砕いたことで、『ヌシ』は断末魔の叫びを残して呆気なくバタンとその場に倒れた。
「「「「……………………」」」」
皆が呆然としているな。風の刃四枚で斃せる相手じゃないと思っていたのだろう。いや、同じ場所へ叩き込める、ティアのコントロールが正確だからこそではあるが。
「す、凄いですね。素材にするとしても、ほぼ丸々全てが使えますよ。さすがティア様です」
一番最初に正気に戻って褒めたのは森のエルフだった。その顔は微笑み、とても嬉しそうだ。エルフの発言に「ハッ!」とした爺さんと双子は、さすがに驚いた顔を隠せてはいなかったが、すぐに笑顔になってティアを褒めている。
「本当にすごいよ、ティア! 私たちが三十分以上かけて斃す魔物を、たったの風の刃四枚で……ほんの数分だったよね!」
「それも、刃を振り回すのではなく、顔を向かせることを前提としていたね! だからこそ、最短かつ、『ヌシ』の死角から攻撃できていたのだから、ただ戦うよりもすごいよ!」
「確かに、先手を打っているように見えたな。これは、辺境伯の地にいる間はいいとしても、外に対しては全力で隠さねばなるまい……」
爺さんは嬉しそうな顔で苦笑いしてみせた。それを見たラウラが、嬉々として爺さんに話しかける。
「お祖父様! それならいい案があります。私のように、性別を偽ればいいのですよ。ティア、自分のことを『僕』と呼んでみて?」
うん? ラウラが面白いことを言い始めたな?
「ん? わたしが……えっと、ボクって呼べば良いの?」
「「………………」」
「確かに違和感はないですな…………」
爺さんが何ともいえない顔をしているな。我はティアの中身を知っているからか、あまり変わって見えないのだがなぁ? 我ら神獣は、人間ほど性別を気にしないからかもな。
「ティアぐらいの年齢であれば、可愛らしい男の子もいますしね。私たち双子もティアぐらいの年齢では女装ができたのですから、ティアができないはずもないよね」
ラウルはとても楽しそうだな? 妹よりは弟の方が安心ってだけだと思われるが。男の姿なら、男に惚れられたり、言い寄られることもないだろうからな。
「訪れた者たちには、私たちが三兄弟だと触れ回っておけばいいのではありませんか? そうすれば百パーセント、ティアではない、ティアは辺境伯にいないってことになりますよね!」
ラウラは賢いのは確かだが、ちょっと己の趣味? が入ってそうだよな。元々、可愛らしい物が好きなようだから、きっとティアはオモチャにされてしまうのだろう。
『ティアがいいのであれば、それでいいんじゃないか?』
「わた……ボクはそれでいいよ。話し方も変えなくていいんでしょう? ラウラみたいな話し方はできそうにないもん」
『ぶはっ! クククククッ! そうか、そうか! カーッハハハ!』
「ぶ、ブフッ……そ、そんなに笑っちゃ可哀想……ふふふっ」
「そ、そうだよな、ティア! はははは! 本当にティアは可愛いなぁー!」
我は耐えられずに大笑いしてしまったぞ。ラウラが堪えながら笑う隣では、ラウルが豪快に爆笑していた。ティアの答えは尤もだと思うのだが、言い方がな? くくくくくっ。
「………………コホン。それでは、ティアはこの地……辺境伯領にいるときだけ男の子だということにするとして。名前はどうするのだろうか?」
爺さんが、ラウラを見る。言い出したラウラに決めさせるつもりらしい。
「それはもちろん、『クリス』でしょう! 『クリスティアーナ』なのですから!」
「それはよいね! 名前で分かる人は分かるだろうけど、あの人には絶対に分からないだろうからね」
ラウルは暗に、父親が賢くないと言っているな? 父親の威厳なんぞないに等しいな。
「そうだよね。ねぇ、ティア? いいえ、ここではクリスだったね。使い分けできそう?」
「うん、それは大丈夫だと思うよ。見た目はどうするの? 髪とか服とか?」
「そうね、髪は……赤いルビーのような、こちらの瞳を出しましょう。公爵家では、薄桃色の、本来の色を出していたのでしょう? こうして左側に髪を持ってきて……首の下辺りで結んで、こう前に垂らせば…………ほら、優しげな男の子に見えるわよ」
「髪を切ってなかったからね。帰ったら少し揃えた方がよさそうではあるけど。うん、全く印象が変わるから、これでいいんじゃないかな? ねぇ、お祖父様」
「ああ、そうだね。ティアではないようで、呼び間違いもしなさそうではあるし、本人も納得してるようだから、私はそれでいいと思うよ」
『確かに。うむ、この先何があるか分からないからな。身分や性別、ティアであることを隠したいときにも使えていいんじゃないか。逃げることも簡単にできるが、背中でも見られていたならば、逃げる方が追い掛けたくなるし、気になるからな』
そうだそうだと、皆が頷いている。ティアの安全を守るために、皆が必死に考えてくれているのは分かっているのだが……この中で一番強いのはティアなのだと、いつ気がつくのだろうな? まぁ、気がついたとしても、彼らの過保護さが変わるとは思えないが。
「服はこちらで用意するから、クリスは気にしなくても大丈夫だからね。今日はあと数体『ヌシ』を斃して、また明日にでも残りを斃しに来ましょうか」
ラウラが『ヌシ』討伐にやる気を出して言うと、森のエルフがこちらをバッ! と振り向いて目を丸くしている。
「えっ? 明日もいらしてくださるのですか!?」
「千体、斃さなきゃ駄目なんでしょう?」
ティアが可愛らしくコテンと首を傾げて聞いている。ティアはもちろん、辺境伯の者たちには手伝わないという選択肢はないからな。森のエルフは嬉しそうにコクコクと頷きながら、瞳を輝かせて言った。
「ありがとうございます! この森は危険だと分かっているのでしょう、全く人間が近寄らないのです。たまに迷い込んだ盗賊などもいましたが、あまりにも弱すぎて……私は、この恩を一生忘れません! 本当にありがとうございます!」
「いえいえ、森のエルフ殿。この地は私の治める領地ですので、森のエルフ殿も私の大切な領民となります。困ったことがありましたら、お互いに助け合うべきでしょう。これからも、何かありましたら、私や双子がお手伝いさせていただきますので、どうぞ気軽にご相談ください」
目をキラキラさせて感激している森のエルフは大きく頷き、「ありがとうございます」と何度も頭を下げていた。ティアの爺さんは、我ら神の遣いですら感謝したくなるほどの重要な決断ができる男なのだな。そして、森を守ってくれていると感謝する気持ちを忘れない。さすがは帝国の皇帝が辺境伯に選んだだけはあると、我は感心したのであった。
ゴールデンウィーク、11日連続投稿は無事成功しました!
次の更新は5月9日(金)となります!
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