第18話 祖父との再会、ティアの実力
「うぅ――ん……」
ティアはまだ寝ぼけ眼の様だが、やっと目が覚めたようだな。我が近くにいなかったから、小さな声で「レオン?どこー?」と探しているようだ。いつも外に出掛ける時には必ず声を掛ける様にしているから、我が地下にいない事が心配なのだろう。
『ティアが起きたようだ。下に……お主なら入れると思うが、面倒だから転移するぞ。我に触れよ』
爺さんはひとつ頷き、膝をついて我に触れた。それを確認して、我はティアの前に転移したのだが……
「レオン!」
ティアは我を確認すると、凄い勢いで抱きついて来た。心細かったのだろうか、小さな体は少し震えている。悪い事をしたな。
『すまなかったな、怖い夢でも見たか?』
大きく首を振って、我の胸に縋る。
「ううん、違うの。レオンが、ここにいるのを父様にバレて、連れて行かれちゃったのかもって思ったら、ちょっとだけ、怖くなっちゃったの」
顔を我の胸に埋め、声を震わせながらも話してくれた。あの男は、ティアに酷いトラウマを植え付けそうで腹が立つな。我がほんの少しの間いなかっただけで、こんなにも心配になるとは。それに、『ちょっとだけ』と言っているが、この震え方は、とても怖かったのだろう。
『そうかそうか。ティア、我はそなたの父より強いから、絶対に負ける事は無い。安心して良いのだぞ?』
「そうね、分かっているわ。魔力とか、物理的な力で言ったらそうだと思う。でも、父様は悪知恵が働くもの。使えると思ったら、きっとレオンも連れて行かれちゃうわ」
なんと、ティアは我を案じてくれていたのか。本当に優しい子だな。どうしたらティアを安心させてやれるだろうか。これから爺さんたちと共に考えよう。我もティアも、1人では無いのだからな。
『あぁ、そうだな。我も気をつけよう。ティア、そなたに客人が来ておるぞ』
我の後ろからひょっこりと現れた爺さんに、ティアは目をまん丸にして驚いているようで、微動だにしなかった。そんなティアに、爺さんは微笑みながら声をかけている。
「ティア、久しぶりだね。怪我はないかい?随分と会ってなかった気がするなぁ。私のことを覚えていてくれただろうか?」
「お、おじいちゃま……?本物……の?」
「あぁ、そうだよ。大きくなったね、ティア」
爺さんは、大きく手を広げ、走って飛びついたティアをしっかり受け止め、ギュッと包み込んだ。ティアは爺さんの顔を見て固まった瞬間から、滝の様な涙を流している。これまでは緊張の毎日だったからな。やっと素直に泣けたのだろう。
そんな感動の再会をした2人は、落ち着いてから色んな話をしていた。特に爺さんは、ティアの母親と2日ほど一緒に暮らしていたからな。その時の母親の事を沢山教えて貰っていた。
「ティア、母様はもう大丈夫だ。それでな?レオン殿に、ティアの勉強の事について相談を受けたのだ。そろそろ地下では出来ないお勉強もしたいと思わないかい?」
「本当に?!嬉しい!もう読める本も無いし、どうしようかと思っていたの。わたし、他のお勉強もしてみたいわ!」
目をキラキラさせて嬉しそうなティアを見ていると、当たり前の生活すらさせて貰えず、ひたすら我慢させていたこの1年間を、よく耐えたと褒めてやりたくなる。爺さんも、汚れた服や髪から現状を把握出来ているはずだ。
「そうか、そうか。ティアはお勉強が好きなんだなぁ。おじいちゃまは嬉しいよ。そうだ!ティアは色んな国の言葉で話せる様になったとレオン殿から聞いてるが、どうかな?」
「うん、そうだね。最近は隣国の4ヶ国なら、その国の歴史書を読めるくらいにはなったんだよ」
ティアはその凄さを分かっていないんだよな。爺さんも目を丸くして驚いているが、ティアを驚かせないように穏やかな声で話を進めている。
「ほぉ、凄いのぉ!それじゃあティア、私が異国語で話すから、同じ言葉で答えてくれるかい?」
「はい、おじいちゃま」
「〝会えて嬉しいよ、愛しいお嬢さん〟」
「〝サザラシア語だね。わたしもまた会う事が出来て、とっても嬉しいわ〟」
「おぉ――凄いじゃないか!では、次は分かるかな?」
爺さんは、我が国を囲んでいる、4つの国々の言葉でティアと会話をしていた。ティアの話す言葉はいわゆる『標準語』で、美しい発音なのだ。恐らく、たまに先生として来てくれるエルフが、とても綺麗な発音をするからだろう。我はあそこまで綺麗な発音とは言い切れないからな……
そしてあの日から、エルフもティアを可愛がってくれている。干し肉を持って来たついでに、本には載っていない色んな物事を教えてくれるようになっていた。ティアもエルフに懐いているし、賢いティアに物事を教えるのは彼も楽しいようだった。我としても、相談出来る相手がいると言うのは、とてもありがたい事であった。
「凄いな、ティア!これまでしっかり勉強して来たのが分かるよ。良く頑張ったな!」
「わたしの異国語、ちゃんと出来てる?」
「あぁ、とても良く出来ているよ。ティアはラウラよりも、ずっと賢くなるかも知れないなぁ!」
「そうだと、良いな…………」
ティアは双子の話が出た事で寂しそうに下を向いたのだが、爺さんはそれに気付いていないな。後でティアが精霊たちと遊んでいる時に、爺さんに話しておく必要があるだろう。
「ふむふむ、レオン殿の言う通りですな。ティアに必要なのは作法やダンスであって、言語や歴史では無いようだ。攻撃魔法も教えたいのでしたな?」
『あぁ。ティアは人を攻撃するのは嫌うだろうから、攻撃魔法を練習する理由がそれなりに欲しい所だ』
我はわざとらしく大きく頷いて、ティアに聞かれないように念話で話す。爺さんは小さく頷いて、ニッコリと微笑んだ。
「ティアはまず、体を動かす所からだろう。腕も足も細くて心配になってしまうからな。そうだ、まずはゆっくりのんびりと散歩が良いだろうね」
「おじいちゃま、わたしがここから出たら……」
ティアはジョバンニが心配だから、自分はここから出れないと今でも思っているのだろう。我らは大人だからな。こういう時は頼っても良いのだと……頼る事の出来なかったこの1年を思えば当たり前か。これからは、もっと大人を頼るように教えなければならないな。
『ティア、安心して良い。我と爺さんでちゃんと話をするからな。ティアの懸念も伝えておくぞ』
「うん!ありがとう、レオン」
笑顔で頷くティアに、少し安心する。神の神託を受けてから1年、あの惨劇は免れたと思っても良いのだろうか?このタイミングで出会えた爺さんにも意味がありそうだよな。その事も含め、爺さんと話し合う必要性を感じたのだった。




