第17話 神獣と孫娘 ★ジョセフ SIDE
何とも不思議な出来事があるものだ。私を爺さんと呼ぶ神獣は、レオンと名乗った。〝神の御遣い〟であるティアが父親に閉じ込められてしまい、神様にティアをサポートするように頼まれたと……ティアの能力が異常だった理由は理解したが、まさか〝神の御遣い〟だからとは思わなかったな。
それにしても、ティアの父親であるオリバーには困ったものだ。誘拐された日から5年経つと、誘拐された者は死亡した事にされてしまう。それより前に見つかったのは良かったのだが、まさかこんなに酷い扱いを実の父親にされていたとは……オリバーが憎いし許せないが、今は目の前の事を優先すべきだろう。
「レオン殿、先程の話ですが……まずは、ティアの勉強についてでしょうか。そうしますと、ティアの学力がどれほどか、調べる所からでしょうな」
レオン殿の頼みの1つである、ティアに地下で出来なかった勉強をさせたいと言う願いを叶えるために話し合う事になった。私としても、孫娘が勉強する事には大賛成なので、当然の事ながら手伝う事になったのだ。
『あぁ、そうなのだが……言語であれば、我が既に10ヶ国語ほど言葉の読み方は教えたぞ。ペンも紙も無かったから、字を書けるかまでは分からないが。爺さんも異国語を話すのだったな?ティアが目覚めてから話しかけてみれば良い』
はぁあ?とマヌケな声が出そうになるのをグッと抑え、その件はティアが起きるのを待つ事にした。私は彼が、幼い子供に必要な勉強を教えたいのだと……うん?レオン殿はティアに何を教えたいのだろうか?
「それでは、レオン殿はティアには何が足りないと……何を教えるべきだと思っておられるのですか?」
『あぁ、それはだな。食事の作法など、本では分からない礼儀作法が主だな。時と場合で、どうすべきかは本で学んでいたのだが、我は人の仕草が出来ぬからな。そうじゃないと言葉で教えても、見本が無ければ厳しい場面も多々あったのだ』
なるほど、神獣の姿では教えられない事を学ばせたかった様だ。本である程度までは勉強させたのであろう、ティアの出来ない事が具体的で素晴らしい。
「なるほど、確かにそうですな。テーブルマナーやカーテシーなどは、本来であれば親の作法を真似る所からですな」
『そうだな。それらは人間の大人が周りにいないと学べないのだ。後はダンスか?それら人間が行動で教えること以外は、殆ど理解してると思うぞ?あぁ、魔法は攻撃魔法を教えていない。地下じゃ危ないからな。それと、剣を習わせたいと思っている』
要約すると、人間の動きを真似る必要のある勉強と攻撃魔法、そして剣術を教えて欲しいと。ん?いや、勉強を教えて欲しいと仰っていたような?普通の子供が文字が読めるようになるのは、もう少ししてからなのだから違うはずだ。ティアはまだ3歳になったばかりだ。……いや、間違っていても困るし、確認した方が早いか。
「ま、待ってくだされ。基本である帝国史や……」
『分かっておるぞ?ティアは、話せる10カ国のうち、隣接している4つの国の歴史書も、恐らく全て覚えておる。本は国立図書館にあったからな』
ま、待って欲しい。私の頭はパニック状態に陥った。3歳の子供が?賢い双子の片割れですら満点が取れないぐらい難しい帝国史を?さらには隣国の歴史書までも全て覚えていると?
「そ、その、レオン殿を疑う訳ではないのですが、アカデミーを卒業した者たちですら、我が国の歴史を勉強するだけで精一杯なのです。双子は及第点は取っていた様ですが……」
『あぁ、その気持ちは良くわかるぞ。ティアの能力や集中力も凄いのだがな。よく考えてみると良い。じっとしていられない幼子が、1年以上閉じ込められ、外を散歩すら出来ずに暇を持て余しているのだぞ?唯一出来る事と言えば、我が本を運んで来て、それを読むぐらいなのだ』
あの男の事だ。ティアに配慮している訳が無いのだから当然なのだが、事実を突きつけられると胸が痛む。父親から本やおもちゃすら渡されず、地下牢で1年もの時間を過ごしたのだから。さらに言えば、普段着1枚で寒さを凌いだり、まともな食事が出ない中で生活するのは大変だっただろう。レオン殿が居てくださり、サポートしてくださって、本当に良かった。感謝してもしきれないですな。
「た、確かにそう言われるとそうなのでしょう……帝国史すら、国の物語として読めなくも無い……理解は深まりそうではありますな。ただ、流石に分からないことが沢山出て来るでしょう。ティアは1月に3歳になったばかりのはずです」
『なんだ、そんなことか。それこそ我の出番であろう?我が何年生きていると思っているのだ?帝国史なんて、何十回と学んだからな。1番分かりやすく教えてくれた者の話し方で説明したからか、ティアもちゃんと理解したと思われるぞ』
何もかもが信じられない。神獣が子供に勉強を教えている事もそうだが……先ず、神獣という存在に会えたのが奇跡だろう。私は70年以上生きて来て、学べることは何でも貪欲に学んだ。だが、この年で初めて神獣の存在をこの目で確認したり、会話したり出来るとは思っていなかった。その事についてはティアに感謝すべきだろう。
今回はそれだけでは無い。ティアが帝国史を全て理解していると?さらには隣接した国の歴史書も理解しているのだと言う。レオン殿が言う事が本当であれば、もしかしなくても、ティアは天才なのだろうか?実際にティアと話をしなければ流石に信じられない。
「…………それでは、ティアが起きるまで待ちましょうか」
『ふふん。やはり爺さんには、まだ信じられんか?我ですら未だに信じ難いのだから仕方あるまい。自分の目で見て、ティアと会話して確かめると良い。だが、どんなに信じられなかったとしても、彼女の努力を良く頑張ったと褒めてやって欲しい』
「も、もちろんです。まだ3歳なのですから、帝国語と共通言語だけでも読めれば充分だと思われますし、治癒魔法も……ん?え?ティアは聖魔法を使えるのですか?!」
そうか、3歳の『洗礼式』に出席させて貰えなかったのだろう。隠しているのだから、わざわざ受けさせ無いだろうから仕方ないが。それが本当であれば能力も、公にする前に、陛下に相談した方が良いだろう。
『そうだな。〝神の御使い〟であるティアが、神聖力を使えないなんてあり得ないだろう?』
「た、確かに……言われてみれば当たり前の様な気もしますな?」
『くくく、爺さんも素直なんだな。現実味が無い事に驚き過ぎて、よく分からなくなって来たか?大丈夫だ。我に会った事のある人間は5000年で3人しか居ない。爺さんの行動が普通なのだと思うぞ?くくく』
「揶揄わないでくださいよ、レオン殿……」
『悪い、悪い。ずっと地下牢に閉じ込められていたからな。開放感があってつい、な?くくく』
楽しそうに笑うレオン殿は、目をつぶっていれば、昔からの友の様に気さくなお方だ。目を開ければ、神々しいフェンリルのお姿なのだが、未だに信じられない……
「申し訳ないのですが、慣れるまでにもう少し時間が必要な様です。失礼な発言などありましても、どうかご容赦くださいませ」
『くくく、本当に真面目な男だな。お主なら構わんぞ。我はお主の事も、とても気に入ったからな!』
下手を踏んでも、少しなら許されそうだ。ホッと一安心する。そろそろ外も明るくなって来た様だった。ティアが起きるまで、もう少し詳しく話を聞こうと思うのだった。




