第16話 新たな仲間が欲しい
我は、そろそろ作法などの、人がマンツーマンで指導する必要のある勉強も学ばせたいと思っていた。燃えそうな物がないとはいえ、室内では危ないからと控えていた攻撃魔法の練習などもさせたいな。そのためには外部の助けが必要になる。
そこで我は、ティアの無事を手放しで喜んでくれると思われる者を、公爵家の外から探すべきだと考えた。そして、その味方になり得る人物へ相談し、ティアの勉強や今後のことについて手伝ってもらえないかを尋ねたい。エルフと共に調査した結果、我が白羽の矢を立てたのは、ティアの母方の祖父ジョセフであった。今は息子に伯爵位を譲り、領地に隠居している前伯爵である。
この男、我とエルフが調べても、なかなかどういう男か分からなかったのだが、どうやら国の諜報機関にいたらしい。「らしい」というのは、現時点でも出動要請があれば動いていることと、若い者の育成も行っているかららしい。引退したと言ってはいるが、どうやらどっぷり関わっているようなのだ。
であれば、ひっそりとティアに会うのは簡単なのではないか? それに、諜報技術があるのならば、誘拐されたというティアの行方も既に分かっているのではないだろうか。
もしくはティアの父親を刺激しないために、現状を理解していながらも動けないのか。ティアを愛しているのであれば、だが。元凶の父親と、同じ穴の狢ではないことを祈るしかないな。
どちらにしろティアの祖父が、動けるまで回復した娘に近々会いに来るらしいから、その時に善良な人間なのかを探ってみるしかないだろう。我の耳は本邸の音も拾えるからな。じっくりと見聞きし、滞在中はしっかりと観察してから判断したいと思っている。
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公爵家を訪れたティアの祖父を観察してから二日が経った。ティアの母親を見舞い、励ます姿は、娘を心から愛する父親であった。そこに嘘や偽りは無いと言い切れる。未だに一年前の事故と、ティアの誘拐という事件に心を痛め、ふとした瞬間に涙の流れる娘を優しく抱きしめて『大丈夫だ』『お前は悪くない』と背中を撫でてあげていた。
その娘を見る眼差しが慈しむものであることは、誰が見ても明らかだろう。精神的に不安定な娘を想い、二日間ずっとそばにいて慰めていたのだから。これは本来なら夫である公爵の仕事なんだがなぁ?
そして三日目の朝……早朝というか、日が昇る少し前の、まだ薄暗い時間。その男は離れの森にある、我らの住んでいる部屋である半地下をひっそりと、息を殺して覗いていた。観察対象がわざわざこちらに来てくれるとは思わなかったな。まぁ、我も話してみたかったからちょうどよかったが。
『それ以上、近づくな』
我はわざと念話でティアの祖父に話しかけた。彼はピタリと止まり、全神経を集中して半地下の様子を目だけ動かして確認しているようだ。さすが現役の諜報員といえるだろう。
『誰に会いにきた?』
彼が警戒して止まったことから、念話はしっかりと聴こえているはずだ。お互いが黙っているうちに隙をつかれて襲われても困るので、質問してみることにした。我が敵か味方か分からないうちは用心するのが当然のことだからな。少しずつ我とティアの関係を理解してもらわねばなるまい。
「…………孫娘だ」
彼は小さな声で返答した。人には聴こえぬほど小さな囁き声だ。この男、我が人ならざる者だと理解しているな。もしくは、我を試しているか、だ。まぁ良い。我としては、ティアのためになる者であればいいのだからな。
『孫娘の名前は?』
「クリスティアーナ=モーリス」
これも小さな声で囁いた。無駄な話はせずに聞かれたことにだけ答える様子から、こういった交渉は何度も経験があるのだろう。現状ではティアが人質にとられているといっても過言ではないからな。我を苛つかせるのは避けたいのだろう。
『…………よかろう。|まずは我が話を聞こう。ティアはまだぐっすりと寝ているからな。お主なら上の部屋に入ることぐらい容易いだろう?』
この森の中の小さな家は、上は普通の家屋となっている。一階には簡単な応接間として使える部屋があるし、テラスにはベンチもある。今回は人目を気にすべきだろうから、応接間を使うべきだろう。男は小さく頷いて、音もなく建物の中へ侵入した。さすがは諜報員だな。
男が一脚の椅子の前に立ったのを確認してから『座れ』と念話で伝えると、大人しく腰掛けた。素人のようにキョロキョロと視線を彷徨わせることもなく、微動だにもしない。この様子なら、我がこの姿で堂々と現れても腰を抜かすことはあるまい。
『いい度胸だ。我と対面することを許そう』
我はわざとらしく風を|まとい、本来の大きさで男の前に姿を現した。男は一瞬息を呑んだが、即座に椅子から滑り降りて膝をつき、頭を下げた。
「初めてお目にかかります。私はクリスティアーナの祖父で、ジョセフ=ラターナと申します。神獣フェンリル様とお見受けいたします」
ふむ。肝が据わっておるな。我は気にいったぞ。嘘や偽り、悪意なども感じないし、緊張はしているようだが、優しい色を|まとっている。
『ほう、我がフェンリルであると?』
「はい。少なくとも神獣であらせられます。貴方様の纏う力は魔力だけではなく、聖神力もお持ちになられていますので」
『ふむ、ティアはお主に似たのだな。我の力が人とは違うと、一年前にあっさり気付いていたぞ。精霊たちの力も然り。幼きうちは違いを知る必要はないから、よく分かったなと褒めちぎって誤魔化しておいたが』
「そうでしたか……これまでクリスティアーナを守って頂き、ありがとうございます」
『礼はよい。お主の言うように、我は神獣フェンリル。ティアがレオンという名前をつけてくれたから、レオンと呼んでくれ』
「か、かしこまりましたレオン殿。その、名付けと言いますと……」
焦っているな。この男は知っているのであろう。
『ああ、我はティアと契約しておる。話すと長くなるが……はぁ、最初から話すしかないだろうな』
諦めた我は、ティアが神の御遣いであることから、神に頼まれたこと、そして今後どうしたいのかまで話すことにした。この男に教えられないことは、神が関与して勝手に口を噤むことになるだろうからな。最低限の人間には手伝ってもらう必要があるし、神が許すならば話せるだろうと踏んだのだ。我の思惑通り、これまでの出来事を簡単にだが全て伝えることができた。
「な、なんと……ティアにかけたまじないが未だ消えずに感じられたので、生きているとは思っていましたが、あの男がこんなに酷いことをしているとは……。いつかティアの能力に気付き、閉じ込めるかも知れないと、双子達と話しておりましたが、まさかここまで酷い扱いをしているとは! ティアには申し訳ないことをしてしまいました」
辛そうな顔で悔しそうに呟くこの男からは、後悔の念が伝わってきた。それはそうだろう。爺さんにとっては双子を亡くした上に、ティアまでさらわれたと聞かされていたのだからな。ん? そうなると、これまでの間、ずっと探し続けていたのか?
『爺さんはティアがさらわれたと聞いてから今まで、ティアのことを探していたのか?』
「はい、もちろん探しておりました。まさか、王都の公爵家の森にいるとは思いませんでしたが。灯台下暗しでしたな」
『なぜ、ここだと気が付いたんだ?』
「ああ、それはですね。ティアの兄妹である双子が、ティアが産まれてから、公爵の森に精霊が一気に増えたと言っていたのが気になりまして。私は伯爵位を退いておりますから、なかなか伯爵領を離れられず、こんなに遅くなってしまったのです」
『お主の部下にでも、様子を見にこさせたらよかっただろう?』
我が、爺さんは諜報員であることを知らないと思っているのだろうな。少し驚かせてみようか。わざとニヤッと笑って見せるが、フェンリルである我の顔の変化に気がついてくれるだろうか?
「そ、そんなことまでご存知であらせられるとは! レオン殿には誤魔化しは通じませんな。部下にこさせられなかった理由ですが、ここは……公爵の屋敷と森は特に、招かれた者しか入ることができないのです。その……人間は、ですが」
苦笑いした爺さんが言いたいことがよく分かった。我が人ではないからこの森に入ることができて、ティアを守ることができたのだと。そういえばそんな話を前にも聞いたな? それに、エルフが髪を切られそうになったときも人外だったから気づかれたのだったな。未然に防げた事件ではあるが。
『ほぉ。では、今回は招かれたと?』
「ええ、そうです。双子がいなくなったことで後継となった、ティアの兄であるジョバンニの誕生日パーティーをするから顔を出せと、このように招待状を」
爺さんの手には魔法をまとった招待状があった。この招待状が、公爵家に入る鍵となっているのだろう。
『ほほぉ、魔法の鍵か。手の込んだことをする。後ろめたいことがあると言っているようなものではないのか?』
「一応は公爵家ですからな。他の家の人間には、力を示すために金をかけていると、とられるのです。公爵家の見栄だと思われているわけですな」
『ふむ。あちら側が勝手に都合よく受け取ってくれるわけか。あんなので、よくこれまでやってこれたと、ある意味感心するがな』
「あの男は金だけはありますからな。この世は金があれば、ある程度はなんでもできましょう」
『そうだな……そのせいでティアも酷い目にあったからな。まぁ、ティアは自分で解決してしまったが。……ふむ、爺さんなら信用してよさそうだな。我はティアの味方を探していたのだ。これ以上の勉強は、ここでは難しいからな』
「もしかして、レオン殿は私が来るのを待っておられたのですか?」
『あぁ、公爵家にティアの祖父が訪れることは知っていたからな。まさかそちらから会いに来てくれるとは思っていなかったが。それで、ティアの今後を手伝ってもらえるだろうか?』
「もちろんです。こちらこそ、孫娘を助け、育てていただいたこと、大変感謝しております。どうぞ今後もよろしくお願いします」
爺さんは我に向かって深々と頭を下げた。大きく二度頷いた我を確認してから顔を上げた爺さんの瞳には、薄っすらと涙が浮かんでいた。孫娘が無事だと聞いて安心したのだろう。この爺さんが信用できる人間で本当によかったと、心から思った我なのであった。




